二十七話 聖女の休日
「はい、エリー様。欲しがっていた白ワインですよー」
「わーいっ! エマ大好き! ありがとう!」
「シェイグランド卿、こちらご所望のチーズでございます。ワインによく合うかと」
「お~、ありがとうビショップ!」
献上されるワインとチーズのセット。私に至福の時間を与えてくれる天国セットが煌めいているではないか。
「むっふふ! 今日はこれでたっぷり楽しんで、ゆ~っくり昼寝でもしようかな」
「ええ。ごゆっくりお休みください」
「後の事は我らにお任せあれ」
ニコニコと笑顔で応えてくれるエマとビショップ。我が愛しき仲間達や、そなたらに女神の加護があらんことを。
「な~んてねっ。あはっ!」
「······」
そんな私を殿下が奇妙な生き物を見るような目で見ている。
先に言っておきましょう。
これは夢オチではないのだっ。
そう、ちゃんとした現実です。
何時もは小言でうるさいエマが私にお酒を献上し、厳格なビショップがおつまみに最高なチーズをくれたのも、決して都合の良い夢を見てる訳ではないのであります。
では、なぜこんな事になっているのか。それは、教団の風習からなのだ。
「な、なぜ二人が姉さんに酒セットを? シスターエマもビショップ司教も乱心したのか?!」
「こらカッツェ。二人になんという暴言を吐くの。二人とも聖者として当然の事をしたまでよ」
「どこが?!」
ふっ。いいでしょう、ぼーや。
「まあ、確かに何でこうなってるのかカッツェには分かんないよねえ。なら、教えてあげましょう」
「お、おう」
私は殿下に教団内のある風習に関して話した。
フリューゲル教にはいくつかの戒律があり、それらは聖者達の生活を引き締めるために自ら課した制限である事が多い。つまり、堕落して信仰心を失わないために、精神的な修行を常に生活に組み込んでいるというわけ。
けど、常に制約、一生がんじがらめになってしまうような規則ばかりでは多くの人は支持は得られないし、聖職者に就く人間も少なくなってしまう。事実、一時期フリューゲル教の勢力が衰えた時代もあった。
本来の原理主義では肉食は絶対禁止、魚も駄目、酒など一滴でも飲んだら破門、男女は手の届く距離で話す事も許さん。などなど、厳しい戒律が多かった。
そこで、時の枢機卿達はもう少し制約を緩めて、より多くの人が親しめる宗教にしてはどうか?と提案したのだ。
それにより、様々な規則の緩和が進み、フリューゲル教は『祝い』という名目で、ある程度の娯楽的な催しや制限解除などを推進した。例えば、祝日とされる日は肉を食べても良いし、蒸留酒も飲んでいい。など。
そうする事によって、フリューゲル教は多くの人に親しまれ、勢力を拡大していったのだ。
「そんなある時、偉大な枢機卿がこう言い出した。『我々枢機卿だってたまには贅沢したいっ、羽を伸ばしたい! オフ日が欲しいっ!』と」
「それ、姉さんの事じゃないよな?」
「その偉大な賢者の発言により、フリューゲル教では『二ヶ月に一度、枢機卿クラスの位を持つ者は、戒律に違反しない範囲内での贅沢を楽しみ、好きなように過ごしてよい。下につく者も感謝の意を込めて何かプレゼントするように』という風習が生まれたの」
「けっこう権力の横暴じゃないのかそれ······」
「そして、今日がその定められた日! つまり。二人が私にこうやって尽くしてくれるのも、私が怠け宣言をしても小言いわれないのは立派な戒律によるものなのよっ」
「な、なるほど?」
一応頷く殿下。
「まさか教団にそんなふざけた戒律があったなんてな。君たちも大変だな」
殿下がそう言うと、エマ達はこぞって頭を大きく縦に振った。
「そうんなんですよカッツェ君! 大体エリー様は普段から祝日のような暮らしをしてるのだから必要ないでしょうに!」
「シェイグランド卿は逆に毎日が祝日のようになっておられるのだから、今日くらいは真面目に聖務に励む日にしてもいいでしょうに」
何と言われようと、今日は合法的に怠けていい日なの!
「という訳で~っ······んくっ、んく······プハアッ!」
私の部屋。宴の寝室。この日のために用意されたワインにチーズ、ドライナッツ。
盛大にボトルをラッパ飲み。ワインがすぐさまに私の血となっていく~。
「う~んっ、やっぱこれよねー!」
なんと素晴らしい日だろう! この制度を提唱してくれた昔の賢者に乾杯を!
「ふぃ~。あー、おいしー」
思い返せば、最近は忙しかったからなー。たまにはこうやって本来の私であるべきだ。
今日は殿下もまだ来てないし、心行くまでワインを堪能し、おつまみ達とのワルツを踊ろうじゃないか。既に私のエスコートに耐えられなくなったボトル君が三本ほど床に転がってるが、私はまだまだいける。
そんな感じで、ひゃっほーな時間をしばらく堪能していた時だ。
──コンコンコン──
『姉さん、ちょっといいか?』
「うっ?」
盛り上がってきたところで、一気に冷や水が。殿下の声だ。
今日はゆっくり好きに過ごさせて欲しいのに。とは言え、無視という訳にもいかないか。
「どうぞ」
きっとまたバタバタと駆け込んできて、私のサンクチュアリを踏み荒らすのであろう。
しかし、何時と違いドアが遠慮がちに開かれ、殿下がひょこっと顔だけ覗かせた。
「あ、エリー。もう酒盛りは始めてるか?」
「人を飲んべえみたく言わないでください」
「いや、実際そうだろ。いや、それより。これ、淹れてきたんだ」
と、殿下は湯気立つコップを持って入ってきた。
「これは?」
「スペシャルドリンクだ」
紅茶、にしてはドス黒い。本当に飲み物なのか。
けど、せっかく殿下が気遣ってくれたのだ。
「ありがたく頂きますね」
「ああ」
ふむ。良い香り。初めての匂いだけど悪くない。美味しそうだ。
クイっとやってみる。
「っ!? ぶふっぉ!?」
「わ、わあっ!? ど、どうしたエリー!?」
「ケホッ、ケホッ! な、なんなんですかこれは!?」
苦い。それはもう、絶大に。どのくらい苦いかと言うと、ワインの渋さが蜂蜜に感じられるくらい。
「ケホッ、ケホッ! うぅ、し、舌が······お口直しのワイン······あ、味がしないっ?!」
なんと、強烈な苦さによって他の飲み物の味が麻痺している!
「こ、こらー! よりによってせっかくの祝日に悪戯するなんてー!」
「わああっ!? お、落ち着け! 悪戯じゃないっ! これはパルタールって言って帝国男子の嗜み、滋養強壮茶なんだ!」
「おちゃ~? 何の茶葉を使ってるんです?」
「正確にはスープみたいなもんだ。マンドラゴラの葉と根を土が付いたまま煮込んで、そこにワイバーンの胆汁を混ぜて······」
「よくもそんな劇薬で私の舌を破壊してくれましたね。さあ、償いの時です」
ガッチリと捕獲すると、殿下は命乞いするように叫んだ。
「ま、待て! それなら、こっちは?! おつまみに合うかと思って持ってきたんだ!」
「ん?」
殿下は袋に詰まった小さなポテトフライみたいなのを出した。
「チップスですか?」
「おう、これは苦くないぞ」
揚げ物か。確かにたまには脂っこい物が欲しくなる。
「ありがたく頂きますね。あむ······っ??!!」
口の中で溶岩が爆発した。
「か、きゃはぁひぃっ!?(辛い!?)」
「どうだ? ピリ辛ペッパーまぶしフライは。帝国男子に人気の料理だが、肉ではなくポテトにしてみたぞ。あと、俺の好みのスパイスを五種チョイスした」
「ケホッ、ケホッ! ケッホッホ!?」
「美味かったか?」
「こ、この~!」
「う、うえぇ?!」
流石にプッツン案件だ。これはもう許すまじ。
捕まえようとしたら、今度はスルリと逃げ出した殿下。
「な、何で怒るんだ?! 美味かったろ?!」
「どこがじゃーいっ!!」
「わあああーっ!?」
殿下を追い回す。逃げ回る殿下。
「よくもよくも私の貴重な祝日を滅茶苦茶にしてくれましたね~っ! 今日という今日はゆるさーん!」
「な、何でだよ~!? 何をそんなに怒ってんだよ~?」
しかし、すばしっこい殿下を捕まえる事は出来なかった。
挙げ句、逃げ切った殿下はドアから出て、こんな捨て台詞を吐いていった。
「なんだよもう! せっかくご馳走してやったのに!」
「だまらっしゃい! お外で遊んできなさい!」
もはやこちらからバタンっとドアを閉めてやり、鍵をかける。
「まったくもう。あ~、口がヒリヒリする······」
いつもいつも私を困らせて。
「······でも、ちょっと怒り過ぎちゃったかな」
去り際、なんだか泣きそうだった殿下の顔がよぎった。
「······水飲も」
苦味の残る舌、ヒリヒリする口。まっさらな水でゆすぎたい。
台所に入ると、エマがお皿を洗っていた。
「あ、エリー様」
「お疲れ様、エマ。あれ? ずいぶん洗い物が多いね?」
朝食を終えてだいぶ経ってるはずだけど、流しには洗い物が山盛り。
エマは苦笑いのような笑みを見せた。
「これはカッツェ君の努力の跡ですよ」
「努力? カッツェの?」
聞き返すと、今度はクスクスっと微笑ましそうに笑った。
「カッツェ君たら『俺も姉さんを労って感謝を伝えたい!』って張り切っちゃって」
「······」
「あれ? まだご馳走になっていませんか?」
「ううん。ごめん、ちょっと外行ってくるね」
「?」
急いで殿下の部屋に行ったけど、居ない。
聖堂も、私の部屋も。
そして庭にも居なかった。
「······はぁ。悪い事しちゃったなぁ」
いくら楽しみにしていた時間に大変な目に遭ったとはいえ、本人に悪気はなかったのだ。
それなのに、追い出すような事しちゃった。
「······ん?」
落ち込みかけたその時、庭の隅、天使像にサッと隠れた人影が見えた。
見知った小さな人影が。
「あ······」
そっと近づくと、殿下が恐る恐ると言ったように顔を半分だけ出した。
「殿下、ここに居ましたか」
「······そ、その。エリー······」
殿下はバツが悪そうに俯いたまま出てきた。
「よかった。またどこか行ってしまったのかと心配しましたよ」
「······エリー、その、悪かった」
「え?」
項垂れたまま続ける殿下。
「君にとっては楽しみな一日だったのに、俺が台無しにしてしまった。ごめん······」
「······な、何を言ってるんですか。殿下が謝る必要なんてありませんよ」
「え?」
顔を上げる殿下。そのほっぺをぷにっと挟む。
「私の方こそごめんなさい。殿下は殿下なりに労ってくれようとしたんですよね?」
「う、うん。一応······」
目を伏せる殿下。
「けど、独りよがりだった。もっとエリーの好みに合わせるべきだった」
「その気持ちも嬉しいですが、殿下なりに一生懸命やってくれた事もとっても嬉しいです。ありがとうございます」
「そ、そうか?」
不安そうに揺れる瞳に頷くと、みるみる顔に元気が戻っていった。
「そうか。うん。けど、今度からはもっと上手くやってみせる!」
「楽しみです」
「あ、そうだ。エリー、これ······」
「え?」
鼻先に小さな花が微笑むように揺れた。少し桃色づいた、名も知らない小さな花。
「何かお詫びのプレゼントをと思ったんだが······ごめん、今の俺にはこんなのくらいしか用意出来なくて······」
「まあ······」
思わずその花を両手でそっと受け取った。ほのかな、優しい香りがした。
「······ありがとうございます、殿下。とっても嬉しいです」
「そ、そうなのか? 一輪の小さな花なのに?」
「はい」
可愛らしい花弁は、妖精が腰かけているかのようにふんわりとしていた。
「可愛いお花ですね。せっかくですから、植えて育てましょうか」
「うんっ」
物置から植木ばちを見つけてきて、庭の土を少し貰って小さな花を植えた。
「ヒールもしたので、きっとすくすく育ちますよ」
「気に入ってくれたのか?」
「ええ。とっても」
嬉しそうに笑う殿下と、しばらくそのまま花を前に座ってお喋りして過ごした。
お疲れ様です。次話に続きます。




