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二十六話 いつの間にか私の当たり前に

 




 次の日。



 朝ごはんまでのルーティンを一通り済ませ、私は一人部屋で『さて今日の予定はどうしようか?』なんて考えていた。


「うーん。今日も例の資料調査かなー」


 慈善活動も無いし、溜まってる仕事もない(エマが代わりにやってくれるはず!)。なので、本来なら私の休日になるはずなのだが······。


「はぁ······」


 どうせまた、あのチビッ子殿下が押し掛けてきて、図々しくも私のベッドに転がり回り、なんやかんやと野次を入れたり邪魔をしてくるのであろう。

 こちらの事情などお構い無しに自分の暇を潰すために押し掛けてくるのだからたまったもんじゃない。


 まあ、そんな理不尽な目にも慣れ始めている自分が居るのだけれど。


 さて。それはそれとして、少し部屋を片付けておこう。服とか脱ぎっぱなしだし、布団もぐちゃぐちゃだ。


「 まったく。なんで私がこんなこと······」


 少し前まで享受していた堕落生活のなんと懐かしく、愛おしい事か。


 例え、ちんちくりんのチビッ子おませ我が儘坊やであっても、仮にも我が国の皇太子。お出迎えの用意はキチンとしておかねばならない。

 みっともない部屋の荒れようはあらかた片付け、いつ殿下が来ても大丈夫なようにする。


「これでよし」


 とりあえず、散らばっていた諸々の物はクローゼットに押し込み、布団はうわべだけ整えておいた。こんなものだろう。


 さて。あとは殿下が来るまで待ちますかね。


 私は先に資料の整理から取り掛かった。もちろん、ここに来たならば殿下にも手伝ってもらうためだ。


 資料の整理も完了したので、私は早速あの謎の古文書に再び目を通した。



「······」


 相変わらず、書いてある内容のほとんどが意味不明だったし、注釈を見ても意味が通じるところは少ない。



 だが、なんと。



 実はちょっと閃いた事がある。というか、もしかしたら、と思うような仮定を立てられた。今回の事件。その原因が分かったかもしれない。

 まだ確証は無いけど、今回の『殿下幼児退行事件!』をその仮定に当てはめて考えると中々に辻褄が合う。かなり突拍子もなく、アホみたいや仮定だけど。

 けど、あり得なくはない。


 つまり、私はもしかしたら少しずつ真相に近づいているのかもしれない。


 問題は、その事を殿下にも話すべきかどうか。正直言って突拍子もないし、オカルトな話でもあるから話したところで私の頭がおかしくなったと思われるだけなような気がする。


 とりあえず、私はその仮定に基づいて、()()()()()()()送ってくれるよう教団本部に依頼の手紙を郵送した。

 今度のは禁忌記録でも何でもない、本当に単なる記録なので、すぐに返答が来るだろう。


 もし、私の突拍子もない仮定が当たっていれば······。事件は案外すぐに解決するかも。





「······殿下遅いな」


 それにしても、殿下が来ない。

 もう朝食が終わって三十分は経ってるはずなのに、一向に来る気配が無い。


 何時もならノックした後に返事も待たずにドアをオープンしてトタトタ入ってきて、挨拶も無しにベッドにダイブして「暇だ」なんて言って邪魔してくるのに。


「······ま、いっか」


 来ないなら来ないで好都合。今の内にお仕事でもしておこう。


「······」


 ふうー。久々の静かな時間。やっと私の時間が返ってきた。


「······」


 ──ペラ──


 こんなに平和なら仕事は一旦置いといて小説でも楽しもうか。


「······」


 ──ペラ······──


 いや~。穏やかだなあ。


「······」


 ············。


「いや······」


 なんか落ち着かない。


 チラリとドアを見てみるけど、殿下が来る気配がない。


「どうしたんだろう?」


 いや、居ない方が都合良いし、こちらとしては望むとこなんだけど······。


 だけど、来ないなら来ないでなんか落ち着かない。


「う~ん。うーん······」


 自分の部屋でお昼寝でもしてるのだろうか。それなら構わないけど。

 いや、それともお腹を壊してトイレに籠りっきりとか?

 はたまた、勝手に外に出て今頃町中で悪い大人達に捕まってるんじゃ······。


「············あ~っ、もう!」


 集中できないじゃん!


 ──パタンっ──


 いてもたってもいられなくなった私は、部屋から出て殿下の部屋のドアをノックした。


 ──コンコンコン──


「カッツェー。いる?」


 返事が無い。


「開けるよ?」


 ドアを開けて中を覗いてみるけど、誰も居ない。


「なら······」


 トイレも見たけど誰も居ない。


 台所ではエマが掃除をしているだけ。


「ねえ、エマ」

「あ、エリー様。どうされました?」

「でん······カッツェ見なかった?」

「カッツェ君ですか? いえ、見てないですけど」

「そう。ありがと」


 次に聖堂へ行ったけど、同じく。殿下は居なかった。


「ビショップ」

「おや、どうされましたシェイグランド卿」

「カッツェ知らない?」

「いえ、ここには居りませんが」

「そう······」

「ああ、でも。そう言えばさっき聖堂から誰か出ていきましたな」

「え、ほんと? それはどのくらい前?」

「朝食を終えて少ししてからでしょうか。うん、そう言われればカッツェだったような」

「ありがと、ビショップ」


 やはり外に出ていたようだ。そのまま城から出られたらどこ行ったか分かったもんじゃない。


 急いで私も聖堂から出る。


「もう、何時もは邪魔してくるくせに、今度はいきなり居なくなって!」


「それは誰の事だ?」


「カッツェだよ。もう、一体どこ、に······」

「······」


 近くから聞こえた声。ちょっと低い位置からした。


 首を向けると、そこにはあのチャチな木刀ハルバードを持った殿下が立っていた。


「感心しないなエリー。俺の事を邪魔だと思ってたのか?」

「······こ、こらー!」

「うおっ?!」


 殿下を捕まえ、そのまま地面に座って膝の上に乗せてまな板の上のお魚状態に仕立て上げる。


「さあっ、何か言うことは?」

「お、おいぃっ!? ま、待てよ!? 俺何も悪い事してないだろ?!」

「だまらっしゃい──いや······言われてみれば······」


 て、冷静に考えたら別に殿下何もしてないじゃん。


「あ、その······ご、ごめんなさい。つい勢いで」


 心配から一気に安心に吹っ切れた瞬間、何故か怒りが込み上げてしまった。けれど、殿下は別に何も悪い事してない。


 殿下がスルッと膝上から脱出する。


「よっと! なんなんだエリー。いきなり俺を無実の罪で折檻とはいい度胸だな?」

「あ、いえ。その~。す、すみません」

「ふん。どうやら今度は俺からお仕置きしてやらねばならんようだな? さっきの邪魔者発言といい、今さっきの無礼といい。覚悟しろ?」


 ニヤニヤっと悪戯っぽく笑う殿下。


「けど、一体どうしたんだ? なんでいきなり俺をシバこうとしたのだ?」

「えっと、それはですね······」


 私は事のあらましを話した。

 何時もならすぐに部屋に来る殿下。今日はなかなか現れず、心配になって探しに出てきたら、呑気に居たのでつい、と。



 事情を説明し終えると、殿下はパチパチと目を丸くしていたけど、スッと神妙な表情に落ち着いて言った。


「そうか。俺を案じて······うん。そういう事なら大目に見よう」

「え、許してもらえるんですか?」

「ああ。だって俺を心配したんだろう?」


 殿下は気恥ずかしそうに言いながら爪先で芝生をくりくりと抉っていた。


「そういう事情なら仕方あるまい。他人の好意を無下にしたら皇帝の器なんか務まらんからな」

「おお、初めて感服いたしました」

「おいっ! 前言撤回するぞ!」


 ムスっと不貞腐れる殿下。


「まあいい。帝国男子に二言はない。それに······君なら多少の事は大目にみよう」

「え?」

「エリーだけだからな。こんな寛大な措置をしてやるのは」


 プイッと顔を背ける殿下。


「だから、感謝しろよな」

「······ぷっ············ええ、感謝いたします」

「むむ、笑うなっ」


 私も信用されてきているのか。殿下からはそれなりに重臣のような存在として見られてるのかも。



「ところで、殿下はなぜ外に?」

「ん? ああ、鍛練のためにな」

「鍛練?」


 聞き返すと、殿下は一つ頷いてから例のオモチャハルバードを持って庭に躍り出た。


「さあ、続きだレオンポルドよ! 用意しろ!」

「れおんぽるど?」


 と、見てみると。殿下が構える前方にモフモフした影が。


「あ、マイケル?」


『ニャゴ~オン』


 私の友達こと、皇城猫の部門の帝王ことマイケル。それが庭の真ん中にボテンっと身を下ろしている。


「殿下、マイケルと遊んでいたのですか?」

「話を聞いてなかったのか? 俺はレオンポルドと鍛練していたのだ」

「??」

「あれを見るがいい」


 殿下がマイケルの方を槍先で示す。よく見ると、マイケルが何か咥えてる。


「って、アレは買ってあげたオモチャのケンダマ?」

「そうだ。アレに一撃でも俺が叩き込む事が出来れば俺の勝ち。見事に躱しきれば奴の勝ち。簡単だろ?」

「よく分かりませんが、つまり模擬戦って感じですか?」

「そうだ。俺が負けたら奴には褒美としてハイラントバス(帝国の湖や川に広く分布する魚。優れた食料)をくれてやるのだ」

「ちょっと待ってください。その魚どっから?」

「食料庫」


 あの小うるさいエマの事だ。目ざとく気づくに違いない。


「しかしまた、どうしてそんな変な鍛練を?」

「変ではない。鍛練は相手が居る方がより捗るものだ。それに、あのレオンポルドは見た目こそ図太いが、動きは豹のごとく。いくら子供になっているとは言え、この俺の槍をヒラリと躱してのけるのは見事だ。ふふ、相手が強ければ強いほど帝国男子の血が騒ぐ」

「はぁ。しかし、私が聞きたいのは何故そんな鍛練に精を出し始めたんです?」

「なんでって、そりゃあ······」


 そこまで言いかけて、殿下はヒョイっとこっちを見た。


「?」

「······い、色々あるんだ、男には。その、守りたい物が出来たりすると、強くなりたいって思うものなんだ」

「?」


 よく分かんないけど、将来国を治めていくだけの力を付けたいって事かな?


「そうですか。なら、応援してますね」

「おう! 見てろよエリー! 次期皇帝の華麗なる一撃を!」

「張り切るのは良いですが、声を落として!」



 その後。確かに想像以上に俊敏な動きを見せるマイケルと、それに翻弄されながらも中々に華麗な槍捌きを繰り広げる殿下を見守り、午後も同じような時間を過ごして一日を終えた。





お疲れ様です。次話に続きます。

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