二十五話 子供心は難解だ
コーン、コーンっと朝の鐘。それが私の新しい朝の合図。
そして何時もの朝を告げる音。
「ふぁ~······」
私は何時になったらシャキッと目覚められるようになるのだろうか。
「エリー、今日はどこか行かないのか?」
「行きません」
そしてすっかりお馴染みとなりつつある殿下が図々しくベッドに寝転がる光景。
なんという厚かましさ。どこかの王族ですか?あ、我が国の皇太子だった。
「あー、暇だなー。また町に行こう」
「今日は用事も無いのだから行きません」
「いいじゃんか。どうせエリーだって暇してるだろ?」
「私の暇とは、私による私のための時間ということ。つまり、暇ではありません」
「そういうのを暇って言うんだぞ」
「それなら、暇とら私の余暇ということ。つまり、どう使うのも私の勝手。以上」
この我が儘ぼーやの相手をするのにも慣れてきた自分が恐ろしい。
それにしても、昨日からいきなり名前呼びとは。
まあ、確かにいちいちシェイグランド卿って呼ばれるのは長ったらしくて煩わしいからね。
「大体、私はその空いた時間を使って今回の殿下の事件に関する資料を調べてるんですからね。少しは手伝おうとか思わないんですか?」
「わかった。なら一緒にやる」
「え、あ、はい」
たまに素直な時もあるので、そういう時は何を考えてるのかよく分からなかったりもする。
今日は一日中、調べものになりそう。
「それじゃあ殿下。私はこちらの資料を読んでますので、殿下はこちらをお願いします」
「分かった」
殿下にもいくつかの資料を渡す。
すると、どういう訳かトタトタとサイドテーブルと椅子を運んできて私の机の隣に置いた。
「何してるんです?」
「これは真剣な作業だからな。ベッドで寝転がりながらやる訳にはいかんだろう」
そう言いながら私の横に設置された簡易チビ執務机に資料を乗せ、席に着く。
卓の高さと椅子の高さがあまり変わらないから、非常にやりにくそう。
でも、そんな事気にしてないようで、殿下は張り切って資料を広げていった。
「ほら、何をボサっとしてるんだエリー。君も早く取り掛かってくれ」
「あ、はい」
そうして、二人で資料の調査に取り掛かかった。
「······」
──ペラ······──
私は禁忌術の記録書ではなく、例の怪しい古文書の解読文を読む事にした。
手紙にもあったように、これは『元々あった古代文書に何者かが加筆して暗号化した日記』という訳分からない代物になっているので、そのままスラスラ読むのは困難。
文章の所々に注釈や解釈などがメモのように書き込まれており、それらを確認しながらの読解となる。
「······ふーむ」
それでもやはり難解だ。
『約束されし、我が血の力より、どうか願いを叶えたまえ。・(注釈)〈古代の呪法の一文と同じフレーズ。呪いの言葉だろうか?〉
この身、この命、この魂、天より授かり、天に捧げ、泰平の世に貢献せり。されど、この心は邪なる渇望を求めて止まん。女神よ、我をお叱りになるでしょうか。・(注釈)〈おそらく、この文を書いた者の懺悔だと思われる。何に対する懺悔かは不明〉
嗚呼、血の奥より出でる欲よ、魔物の牙よりも我が心を蝕む。誰がこの苦しみを解ってくれようか。誰も許すまい。それは暗雲を引き裂くあの陽の光よりも白々しく……。・(注釈)〈何の話かは分からないが、人には打ち明けられない恐ろしい願望?があったという事だろうか〉
童。童よ、童。無垢なる魂、それは天の使い。清き心、脆い体、嗚呼、女神よ許したまえ。我の心は我を超えて、かの元へとゆく。この湧き出る衝動に、抗う事も叶わず・(注釈)〈もはや意味不明〉』
どうやら解読専門の腕を持ってしてもなかなかに難儀な作業だったぽい。
それにしても、この文章。なんというか既視感というか。この雰囲気みたいなの、私が今読んでる本にどこか似てるような。
「おい、エリー。何か分かったか?」
そうやって頭を捻っていると、隣で同じく黙々と読み込んでいた殿下が話しかけてきた。
「俺も読んでみてはいるが、どうも俺には関係無い話ばかりのような気がするんだが」
「ええ、まあ。正直言えば殿下のその変貌はまるっきり手掛かり無し案件なのです。ですから、今はこうやって過去に類似した事件が無いかを探しているのです。似たような事件があれば、その記録を元に問題解決への糸口になるかもしれませんからね」
「ふーん。で、そっちには有力な情報はあったか?」
「特には。むしろこっちはこっちで謎が深まったというか、むしろ別件で気になるというか······」
「おいおい。それじゃあお手上げじゃないか」
だらーんっとその場で脱力する殿下。
「くそー。この資料も変なのばっかりだぞ。やれ、身長を操る魔法を作ったらガリガリに痩せこけただの、子供に意識を乗り移ろうとしたらニワトリになってしまっただの、子供に成長を止める魔法を使ったらあべこべに急激に老けただの。どれもこれも失敗談ばかりだ」
「禁忌術なんてそんな物です。倫理的な観点からも禁止にされてはいますが、それよりも禁忌術と呼ばれる魔法の多くは技術的にも安定しないものが多いのです」
何より、禁忌術ゆえ個人や閉鎖された環境下で行われる事が多く、結果、ロクな技術力の無い人間がロクに設備や道具を持たないまま強行するから失敗しやすいのだ。
それこそ、国家ぐるみの魔術団や教団の枢機卿などのような専門組織でないと完璧な術式は作成しにくい。
「······そう考えると、殿下のその状態って凄いのかもしれませんね」
「うん?」
首を傾げる殿下。
「いえ。今言ったように禁忌術というのは大抵、自然の理から外れたり、通常ではあり得ない事象を目的として行われるものですから。故に魔術の限界を超えて失敗ばかりするのです。ですが──」
殿下はというと、完璧な子供の姿に若返っている。
「殿下は何の異常もなく、完璧な幼児退行を果たしています。原因こそ不明なものの、もし魔法であるならとても高度な術式によってそうなったと言えるでしょう」
「そうか? まあ、エリーが言うのならそうなのかな。しかし、俺は子供になっても全く嬉しくもないんだが······」
「まあ、元々がお若いですからね。そこまでの若返りを果たしても特に喜ばしい事はないのでしょう」
私も今はまだそこまで気にしてないけど、あと十年くらいしたら気になるのかな。
知り合いに、『あ~、わ、私の婚期が~······』と言って愚痴酒によく巻き込んでくる八歳年上の令嬢がいたが、彼女なら羨まし案件なのかも。
「エリーは子供に戻りたいと思った事あるか?」
そんな風に、他人の要らぬ事を心配していた私に殿下が唐突な問いかけをしてきた。
「君はいい加減だからな。さぞ、働かなくてもいい子供時代に戻りたいと思うこと多々なんじゃないか?」
余計なお世話です。
「そんな事ありません」
「本当かー?」
「ええ。だって、子供に戻ったらお酒が飲めなくなっちゃうじゃないですか」
「君の詭弁の中で、これほどまでに説得力があって反論の余地が無い答えがくるとは思わなかった」
「バカにしてます?」
この生意気ちんちくりん。可愛くないっ。
「しかし、エリーの子供時代か。どんなのだったんだろうな」
「どうもこうも普通ですよ。私にだってかわいい時代くらいあったんです。殿下と同じです」
「俺は可愛くなんかないぞ! 帝国男子がそんな言葉で喜ぶと思うな!」
そういう面倒っちいとこは確かに可愛くない。
「ふふん。子供のエリーか。さぞ手のかかる子供だったんだろうな」
「それ、殿下が言います?」
「俺の事はいいんだ。だが、君は確か元は男爵家の令嬢だったな?」
「ええ、そうです。無理やり聖女にさせられる前は平々凡々な地方領主の娘でした」
「······ぷっ」
「何わろとんです?」
くくくっと失笑する殿下。
「いや、すまんすまん。エリーがカーテシーなんかして『ご機嫌よう』なんて言ってたのかと想像したらおかしくってな」
「けっこうズケズケとお馬鹿にしてくださりますわね? わたくし、少々カチンと来ましたわ。お覚悟はよろしくて?」
また聖なる右手でお尻に禊の張り手をかましてやりましょうか?
「そう怒るな。しかし、令嬢のエリーか。もしかしたら舞踏会とか社交界で出会う事もあったのかもな」
「何を言ってなさるんですか。殿下はこの帝国の皇太子。対して私は田舎の一領主の娘。皇族の集まる場になどまず呼ばれる事はありませんし、聖女にでもなって皇城に来なかったら接点など無かったでしょう」
「そうか。そう考えるなら、君を無理やり聖女にしてくれた教団には感謝だな」
何故に?
ますます調子に乗ったようにクスクス笑う殿下。意地の悪そーな笑み。
「しかし、令嬢の時からそんな調子だったら婚約や見合いの話は来なかったろ?」
いきなりノンデリな発言。これだから皇族のボンボンは困る。
「まあ、そんなには来ませんでしたね。けど、地方には地方同士の政略とかあるので、お見合いは何回か無理やりに出席させられましたが」
「なに、そうなのか?」
「ええ」
「ふーん。で、どんな相手とかだったんだ?」
「普通聞きますかね? まあ、同じくらいの家柄のお坊ちゃんとか、地元の有力商人の跡取りとか、そういう方々でしたよ。幸いにも悪い方々ではなかったので、私も嫌な思いせず気楽にお茶会とか出来ましたけど」
「······ふーん。そうか······」
途端にブスっと不機嫌になる殿下。
「悪くなかったのか」
「ええ、よく聞くじゃないですか。家柄や自分の生まれの環境でマウントとって、相手に高圧的な態度をとってくるような輩も居る······て、殿下?」
「ふん······」
殿下はヘソ曲げたようにそっぽ向いてしまった。何か怒らせるような事言ったか?
「何か怒ってます?」
「別に。けどな、エリー。そうやって誰彼構わずに縁談なんか進めるのはよろしくないぞ」
「いや、縁談ではなくお見合いとかですし、地方貴族の娘なんてそんなもん······」
「とにかくっ、駄目だ!」
ズイっと小さな頭をプンプンに怒らせて懸命に背伸びする殿下。
「そんなのは不潔だ! 君は聖女だろう?! 聖女がそんな風に異性と取っ替え引っ替えに会うなんて許されん!」
「いや、人聞き悪すぎません?! それに、お見合いは令嬢時代の事であって、聖女になってからは······」
その後、すっかりヘソを曲げてしまった殿下の機嫌が治るまでは時間がかかった。
「何であんなに怒ったんだろう?」
子供は何を考えてるのか分からない······。
お疲れ様です。次話に続きます。




