二十四話 小さな温もりを背負って
「ご馳走さまっ」
「はい、お粗末さまでした」
昼食を終え、殿下は満足そうにお腹をさすった。
「ふうー。食い慣れれば聖職者の料理も悪くないものだな」
「カッツェ、エマお姉ちゃんにお礼は?」
「シスター・エマ、ご苦労だったな」
「ふふふ、どういたしまして」
馴染んできた光景。聖職者達の食卓にふんぞり返る小さな皇帝の居る景色。だんだんと日常になりつつある。
でも、そんな日常も多くは無いかもしれない。
「ところでエリー様、今朝届いた教団からの手紙はどういった内容だったのですか?」
「大した事じゃないよ。他の枢機卿とかの現状報告とか、聖王からの激励の言葉とかそういうの」
「そうですか。では、一層気を引き締めてまいりましょう」
「シェイグランド卿、他には何かありませんでしたかな?」
「特には。まあ、ここ最近は平和だからねえ」
必要な物は揃った。後は私の聖女としての腕前(謎解きみたいで、果たして聖女のやる仕事なのだろうか?)で、この『ディゲル殿下チビッ子化事件』の真相を暴くだけだ。
「やれやれ、私も忙しくてかなわんよ」
「どこがですか」
「面白い冗談ですな」
「盗み食いして」
「いつも暇しとるでしょう」
「弟君にちゃんと聖者の教育をしないと」
「それに、近頃は通常の仕事に身が入っておりませんぞ」
そして、いつかその真相が明かされ、私の名誉が回復するだろうか。いや、それは私の手腕次第だ。
頑張ろう。
「あ、そうだ。そろそろリップルの実を採ってこないと」
午後。エマと一緒に食料庫の整理(昨日の盗み食いによる制裁という名の罰ゲーム)をしていたら思い出した。
「そろそろ代え時だもんね」
「そうですね。それなら、こちらは私がやっておきますので、エリー様はリップルを採りに行ってくださいませ」
リップルの実とは、古くから多くの人間に親しまれたフルーツだ。リンゴに近いけど、もっと甘くて希少。山の中にある。
高い霊峰の山腹によく分布してるため、教団では天に近い果実、聖なる食べ物として定められていて、宗教的にも意味のある果物だ。
リップルは聖堂の最も重要な祭壇に供えられ、これを定期的に交換しなけらばならない。その作業は、その場で最も位の高い者がやる事になっている。
「それじゃあ行ってくるね」
「行ってらっしゃい」
数分後。手早く準備を済ませた私は早速出発した。幸いにも、この皇城の裏は山になっていて、リップルはそこにあるのだ。
早ければ二時間くらいで帰ってこれる。ゆっくりマイペースにやろう。一人になれる機会だ。昼寝か読書を楽しむのもアリだ──
「······なのに、どうしてついてくるのですか?」
「なんだよ、別にいいじゃんか」
そんな私の思惑を破壊するかのように、チビッ子殿下がちょこんっとついてきた。
「何故ついてくるのです?」
「暇だからな。外へ行くのだろう?」
「遊びに行く訳ではないのですよ?」
「ああ、君はそうだろう。だが、俺は違う。そこら辺で好きにやってるから、君は君の職務を全うするといい」
ケロっとしおって。
どこで聞いていたのか、私が出かけると知った殿下がさも当然かのようについてきた。
「まあ気にするな。邪魔をする気はない。俺はただ外に出たいだけだからな。君の近くで適当に過ごしてるから安心してくれ」
そういうのが邪魔と言うのですが。
けど、私が殿下から離れる事態はなるべく避けた方が良い訳だし、仕方ないか。
「しょうがないですね。その代わり、勝手にどっか行ったりしないでくださいよ?」
「分かった!」
お返事だけは素直でよろしい。
厄介事が増えなければいいんだけど······。
「はぁ。最近の私は大変だなあ」
「どこがだ?」
無自覚系我が儘皇子を連れて裏門から出る。
門番の人達に山へ入ると伝え、登山道の入り口にある管理小屋でも兵士に入山を伝える。
「それではお気をつけてシェイグランド卿。カッツェも姉さんに迷惑かけるなよ?」
「ええ、まったくです。カッツェ、行くよ」
「ふん!」
不機嫌殿下を連れて山道を登る。今日も天気はぽかぽか、気持ちの良い行楽日和。
「どいつもこいつも俺を子供扱いして。とんだ不敬者ばかりだ」
「今は仕方ありませんよ。みな悪気は無いんですから怒ってはいけませんよ?」
「元に戻ったら覚悟はしてもらうがな!」
このまま事件を解決しない方が世のため人のためだろうか。
「それにしても······。シェイグランド卿はそんな服も持ってたんだな」
「ええ。流石に聖女の衣では登山しにくいですし」
今の私は普段着ている聖女の法衣ではない。冒険者の女の子が好んで選ぶ軽装だ。動きやすく、丈夫な半ズボンや通気性と保温性の良い外套。
何時もと雰囲気違く見えるだろう。
「リップルを採りに行く時はこの服装で登るのですよ。冒険者用の装備は頑丈だし、体温調整に優れた素材と造りをしてますから」
「そうか。なんか、そういう君の姿も新鮮だな」
「そうですか?」
「うん。何時もの聖女も良いが、そういうラフなのも悪くないぞ」
何だかご機嫌な殿下。山道をピョコピョコと先行して登って行く。
一時間しない内に、私達は目的の物がある場所に着いた。山の中腹にあるちょっとした広場のような場所だ。あちこちに人の倍くらいの背丈のリップルの木が立っている。
「へえ、こんな所あったのか」
「皇族所有の果樹園的な場所です。ご存知ありせんでしたか?」
「ああ。裏山自体来た事なかったからな」
好奇心が抑えられないといったようにバタバタ走る殿下。
「へーっ! たくさんなってるじゃないか!」
木にはリップルの実があちこちに付いている。見た目はリンゴによく似ているけど、形はもっと丸くて、下部は窪んでない。それに、色はどれかというと赤よりピンクに近い。
「あれ? でもリップルは冬の実だったはずだが」
「ここでは特殊な魔法や薬を使って栽培してるらしく、一年中採れるようになってるそうです。教団でも、大聖堂などでは同じように中庭で一年中採れるようにしたりしてます」
「へえー」
ついでに言うと、動物や魔物が近寄らないように結界も張られている。旬の時期ではないリップルは味が落ちるけど、供え物として一年中使えるのは教団としては助かる。
「それではなるべく大きくて美味しそうな物を採りましょうか。殿下も探してみてください」
「任せろ。100個くらい採れば良いのか?」
「そんなに要りません。選りすぐりのを5個ほど採れば良いのです」
私達はそれぞれ手分けして探してみた。
「うーん。あ、あれとか良さそう」
早速良さげな物を見つけた。大きさも形もツヤも良い。やれやれ、女神様は美食家なのか一級品しか供えられないのだ。
他にも一つ良いのを見つけて採ったので、殿下に知らせようと思い、辺りを見回した。
「あれ?」
ところが、近くに殿下の姿が見えない。
「あれ、殿下? 殿下ーっ。おーいっ、殿下ー!」
まさか勝手に森の奥とかに入ったんじゃ······。
背中に冷えた物が流れたその時、少し離れた場所に立っていたリップルの木がガサガサっと揺れた。
「ばあっ!」
──ガサッ──
その繁った葉を突き破って、殿下が頭を飛び出たせた。
「はっはっは! 焦ったか? シェイグランド卿!」
かかかっと響く笑い声。ニヤニヤと悪戯小僧その物の笑みを浮かべていた。
「ふっふっふ! まだまだ甘いなシェイグランド卿。俺がアサシンだったら君は二回命を落としていたぞ」
何戯言いってんですかね?
「はぁ······びっくりさせないでください。どっか行ってしまわれたかと思いましたよ」
「ふっ! 修行が足らんぞ修行が」
「はいはい。それより、良さげな実は採れましたか?」
「ああ、この通り······って、わあっ!?」
「殿下?!」
殿下の体がぐらっと傾いた、と思った時には小さな体が地面に落ちていた。
──ドサッ──
「いって!?」
「大丈夫?!」
慌てて駆けつける。木の根本に蹲って唸る殿下。
「どこか痛むの?!」
「いつつつ······ひ、膝を打った」
見てみると、硬い根で擦ったのか、膝から血が出ていた。
「血が······」
「へ、平気だこんくらい。帝国男子なら、こんくらい平気だ」
強がってるけど、傷は痛々しい。出血もそれなりにある。
「とにかく、傷を治しましょう」
「え?」
殿下の膝をそっと持って、手を翳して呪文を唱える。
「動かないでくださいね············光の精霊よ、かの者の傷を癒し、命を吹き込め······ヒール」
聖女の光魔法には“ヒール”という特別な魔法がある。それは、傷を癒し、怪我を治すという不思議な魔法だ。選ばれた者にしか扱えない特別な力。
私の手から滲んだお日様のような光が、殿下の膝に降り注ぐ。パックリと開いた傷口がゆっくりと塞がっていき、肉の裂け目が閉じる。
「お、おぉ······痛みが引いてく······」
「······はい。これでよし」
ものの数秒で殿下の怪我は治った。血の汚れは残っているものの、傷は痕すら残っていない。
感動したように目を輝かせる殿下。
「すげー! 今のヒールだろ?」
「はい、そうです」
「初めて見た。本当に怪我を治してしまうんだな!」
病気とかにはあまり効き目は無いけど、怪我の類いには絶大なヒール。殿下は感心しきりだった。
スッと立ち上がる殿下。
「おー! 痛くない! あっ······」
「おっとと」
フラついた殿下を抱き止める。
「駄目ですよ。傷口は塞がっても体へのダメージ自体を全て回復した訳じゃないんですから」
「う、うん」
そっと殿下を離してみるけど、なんとなくおぼつかない感じがする。
「どこか痛みますか?」
「い、いや。ただ、ちょっと足に力が入らないかもしれん」
リップルの実も採れた事だし、長居してたら暗い山道を歩かなければならなくなる。そうなったらまた怪我するかも。
ここは早く帰りたい。ので──
「はぁ。仕方ないですね。はい」
屈んで背中を向けると、殿下の困惑した声がした。
「な、なんだ?」
「おんぶしてあげますから、乗ってください」
「お、おんぶ?!」
上ずった声が響く。
「お、俺にそんなみっともない格好をしろと言うのか!?」
「しょうがないでしょう。また転ばれたりしたら困るんですから。それに、早く下山しないと暗くなりますよ?」
「う······」
背中越しにも躊躇う気配が伝わったけど、やがて遠慮がちな手が肩に掛かり、小さな温もりが背中にくっついた。
「よいしょっ、と。殿下、落ちないでくださいね?」
「う、うん」
そのまま殿下を背負って元来た道を戻る。筋力系魔法を使ってるとは言え、殿下は体重を感じさせないくらい軽かった。
「ちょっと段差がありますね。揺れるからしっかり掴まっててください」
「う、うん······」
なるべく殿下の体に負担をかけないように慎重に下りていく。でも、この分なら日没前に戻れそうだ。
しばらく、静かに山道を下った。
「な、なあ······」
「なんですか?」
途中、殿下が遠慮がちに話しかけてきた。
「その、すまないな······俺がふざけたりしなかったらこんな苦労しなかったろうに」
「いえ、お気になさらず」
珍しく素直に謝ってくる殿下。
「怪我が大した事なくて良かったですよ」
「······」
「それに、これくらい大した事ありません。足に力が入らないのに歩かせるのは危ないでしょ?」
「······それは、俺が皇太子だからか?」
「はい?」
突然、妙な事を聞いてくる殿下。
「俺が次期皇帝だから、ここまでしてくれるんだよな?」
「? あー、そういえば、そうでしたね。殿下って次期皇帝でしたね」
「は?」
おっと、つい。流石に今のは失言だった。
「いえ、すみません。しかし、不敬を承知の上で申し上げるなら、そんな事ではなく、なんだか放っておけなくて」
「放っておけない?」
「ええ。私にとっては今の貴方は世話の焼ける弟ですから」
「······」
かなり失礼な事言ってるけど、遠慮しなくていいと言われたから遠慮なく思った事を素直に言った。
殿下は何を考えているのか、その後はずっと黙っていた。
でも、途中。いきなり──
「······ありがとう。エリー······」
「え?」
ふっと振り返ったけど、背中にくっつけているのか、殿下の顔は見えなかった。
背中から伝わる小さな心臓の音が、トクントクンっといやにうるさく聞こえた。
お疲れ様です。次話に続きます。




