二十三話 二人で調べものも
「えーっと、こちらがシェイグランド卿への手紙になります」
「ありがとうございます」
朝。
教団からの届け物を持って来てくれる係の兵士から手紙と分厚い封筒を受けとる。
「それでは失礼いたします」
「はい、ありがとうございました。今日も天の加護があらんことを······」
受け取った手紙の類いを持って一旦部屋に戻る。
机に向かって座り、早速手紙の封を開ける。
「······」
『シェイグランド卿、例の件は私も知っております。にわかには信じがたい事件ではありますが、文献を調べてみると意外に類似した例もいくつかありました。参考になり得そうな記録の写しを送ります。それと、例の謎の書物ですが、そちらも解読を完了いたしました。どうやら二千年ほど昔の古代文書に、何者かが加筆して一種の暗号書のようになった、極めて不可解で奇妙な物のようです。私個人の見解を挟むのであれば、誰かの日記?のような物とも考えられます。とりあえず、古文法は解読済みなので、おおよその内容は読めるようになっていると思われます。
こちらでも引き続き調査に取り組んで参ります。卿も何かありましたらご連絡ください。
それではお体にお気をつけて。』
この件を調べてくれたのは、私の修道院時代の知り合いの子で、今は教団の中央書庫を管理する司書をしている。同時に、古文書や禁忌術の解読を担う書術士という特殊な役職でもある。
勤勉で勉強家だった彼女なら、きっと大いに参考になる資料を送ってくれたに違いない。
今回私は二つの依頼をした。
一つは、殿下の幼児退行に関連してそうな禁忌術の記録の収集。つまり、過去の禁じられた魔術含めた超常現象に類似した例が無いかという調査。その資料や書簡を選定して送ってくれるようお願いした。
そしてもう一つはというと、ある書物の調査だ。
今回の件に関係あるかは分からないけど、どうも気になる事がある。
それが、“あの本”だ。
殿下が子供になってしまう直前。何かきっかけになった変わった事があったかというと、一つ。
殿下が見つけた古文書だ。
殿下が子供になる前、私はあの本の一件で呼ばれた。
あの時は幼児退行事件でバタバタと混乱していたため、とても解読どころじゃなかったけど、タイミングがタイミングだったし、本からは確かに奇妙な魔力を感じたのも事実。
これは根拠のない直感みたいなものだが······私にはどうも、あの本が今回の事件に関係してるような気がするのだ。
その本を密かに回収しておいた私は『解読をお願い』という手紙と一緒に送ったのだ。
あの本は古文で書かれており、修道院での勉強をサボりがちだった私にはほとんど読めなかったけど、その解読も完了したという事なので、併せて読んでいこう。
「えっと、まずは······」
類似した禁忌術、事件の記録。
──ペラ······──
『・聖歴180年。オッサム国のアームグレイ王は、国家元首初の錬金術師として広く知れわたっているが、不老不死の研究者でもあった。
彼はフェニックスの生き血を飲めば、たちまちの内に若返り、人間は永遠の若さを手に入れられると説き、兵士五千人を動員してフェニックスを捕獲した。
その後、生き血を飲んだ王は激しい嘔吐と発熱によって死亡したが、その体は少し縮んでいたと記録されている。
・聖歴254年。キンナリー国のモージャ伯爵は、若返りの研究をしていた。狂気とも言える非人道的な研究の末、彼は黒魔術の応用により、若返りの魔法を作り上げた。当時52歳であった伯爵は自らに若返りの魔法を施し、その容姿は30代前半ほどになったという。
しかし、この術式は欠陥があり、若返る代わりに寿命が大きく削れ、伯爵はその後僅か二年で亡くなった。
聖歴・319年。アブーラ国のミートンという魔術師が、動物の若返りの魔術を研究していた。老いによって乳を出さなくなったり、卵を生まなくなった家畜を再利用するためだ。
彼はその魔法を開発し、実際に家畜の若返りを成功させた。
しかし、この術は不安定であり、若返りに成功した家畜は50分の1程度にとどまり、失敗と評価されている。
聖歴・333年。バーミユダン海沖にて30代の父親と10歳あまりの息子の漁師親子が、海に漁に出て行ったきり行方不明となった。
それから二十年後。地元の港に二人が突然帰ってきたが、二人の年齢は行方不明当時と全く変わっておらず、船や積まれた道具なども経年による劣化は見られなかった。
二人は「港から出て、まだ三日しか経ってない」と証言したと言う。
聖歴504年。東洋にて──』
「······」
などなど。送られてきた資料には分かりやすく過去の事例が載せられていた。
数百年単位に報告された詳細な記録の数々に、私は改めて教団の歴史を感じた。
同時に、そんな膨大な記録の中からよくこんなピンポイントな記録を集められたものだと感動した。
それはさておき、送られてきた資料だけでもかなりの量だ。一刻も早くこの事件を解決して、面倒くさい仕事から解放されるためにも頑張って読まなくては。
「······とは言っても。一人で目を通すには多すぎるなあ」
「なら手分けするか?」
「どうっひゃあ!?」
「うわっ?!」
突然隣から何者かの声がっ!
「って、殿下!?」
「いきなり大声出すなよ。驚いたぞ」
何時の間に侵入したのだろうか。殿下が隣にちょこんっと立っていた。
「こ、こらー! また無断で入りましたね?!」
「な、なんだよ、そんな怒るなよ。ドアが開いてて覗いてみたら卿が何か真剣に読んでたもんだから······」
「言い訳無用っ」
またまた乙女の花園に無断で入り込み、しかも私をビックリポンにした罪は重い。
殿下を捕まえて膝の上にうつ伏せにして乗せる。
「さあ、何か言い残す事は?」
「だーっ!? ま、待てっ! 別に悪気があった訳じゃないんだ! ただ気になったから······! あっ、そう! それより、今読んでたのは例の資料だな?!」
バタバタと暴れ、話を逸らそうと懸命な殿下。
「ほらっ、ドアも開きっぱなしだし、誰かに見られたらマズイだろ?! ここは謝るから穏便にいこう、シェイグランド卿っ、いや、姉さん!」
「······はぁー。まあ、確かに」
こんな所をエマやビショップに見られたら色々言われそうだし、この資料や手紙が見つかるとさらに厄介になりそうだ。
ここは殿下の言う通り、こんな事してないでドアを閉めて調査に戻るべきだろう。
「もう。次はありませんよ」
「やった! 流石は姉さん、話が分かるじゃないか」
猫みたいにヒョイっと膝から降りる殿下。そしてそのままパタパタと走ってドアを閉めて戻ってきた。
「さ、シェイグランド卿。調査続行だ」
「いや、何しれっと残ってるんですか。出てってくださいよ」
「何言ってる。どうせ調べるなら二人でやった方が早いだろ?」
「それはまあ、そうですが」
「それに、これは俺の事に関する事なんだ。自分の事は自分でやらなくちゃな」
いっちょまえな口を効く殿下。だけど、確かにその通り。殿下自身に関係ある事だし、二人で調べた方が早い。
「もう、殿下は本当に我が儘なんだから」
「そう言うな。同じ盗み食いの同志じゃないか」
「そんな仲間になった覚えはありません」
昨晩の傷口を開きおって。
「それでは殿下にも手伝ってもらいましょう。こちらの資料に目を通してもらってもよろしいですか?」
「分かった」
資料を受け取るや、殿下は遠慮無しに私のベッドへ転がった。
「もう。少しは遠慮したらどうなんですか?」
「しょうがないじゃんか。まさか床で読ませようって言わないよな? それに、君も段々と俺に遠慮無くなってきてるからおあいこだ」
「む······」
少々痛いとこを突かれた。たしかに、未来の皇帝、現皇太子に対して私の言動はあるまじき非礼ばかり。
本来なら重い罰を下されても仕方ない程だ。
「······そうでしたね。失礼いたしましたディゲル殿下。数々の非礼、どうかお許しください」
私は、これまでの自分の立ち振舞いを思い返して、殿下に詫びた。
しかし、殿下はと言うと、驚いたような顔をしたかと思うと、パッとベッドから下りて私の膝元まで走り寄ってきた。
そして、何故か困ったような目を震わせて言った。
「シェイグランド卿、今のは戯れだ。本気にしなくていい」
「え?」
「あ、いや、その。つまりだな。君のこれまでの言動や無礼、非礼。どれも普通なら咎められるものではあるのだが、今は非常時だしな」
なんか歯切れの悪い殿下。モジモジしてる。
「つまり、君に関しては特別だ。今さら畏まらなくていい。さっきのような対応で構わない」
「はあ。そうですか?」
「うん。そうだ。まあ、一応俺は弟のカッツェだしな。そうだ、遠慮なんて要らない。分かったなシェイグランド卿。いや、姉さん」
「?」
なんだかよく分からないけど、殿下は気負わなくていいと言ってるのかな。遠慮せずにちょっと粗雑に接していいと。
我が儘皇太子のくせに、ちょっと気遣ってくれたのかな。
「······それなら、そうさせて貰いますね殿下」
「うむ!」
「はい、なので······」
私は椅子から立って殿下を代わりに座らせた。
「私がベッドを使いますので、殿下はこっちで調べてください」
「おいっ、本当に遠慮ないな?」
「だって、いいのでしょう?」
「む······ああ、もちろんだ。帝国男子に二言はない」
頬を膨らませて強がるように言う殿下がおかしくて、私はつい笑ってしまった。
しばらく、私達は静かに資料を読んで過ごした。
ほとんど話もしなかったけど、不思議と気楽な時間だった。
お疲れ様です。次話に続きます。




