二十一話 帝国の暗部
「それで? 今度は何をするんだ?」
目的の住宅街に着いた辺りで殿下が聞いてきた。
「ここでも炊き出しするのか?」
「ここではしないよ。ここでは生まれつきの病気とか体調不良に悩む人達に薬を配るの」
「薬? あ、その薬箱か」
私が持ってきていた箱に殿下は納得したように頷いた。
「そうか、なんで薬箱かと思ったらそういう事か」
「教団の始まりは薬や魔法薬作りに長けていた聖者が多くの人を看病した事から始まってるって言われててね。だからこれは習わしのようなもの」
早速一つ目の家のドアをノックする。
「こんにちは。教会の者です。お薬を持ってきました」
『おぉ、聖女様かい?』
ドアが開けられ、腰の曲がったお婆さんが現れる。
「まぁまぁ、いつもいつもすみませんねぇ······」
「いえ。お邪魔してもよろしいですか?」
「はいはい。もちろん、お願いいたします」
中へ入る。薄暗く、少しカビっぽい部屋の奥に置かれたベッド。そこには顔色の悪い男性が寝ている。
「聖女様、いつも申し訳ありません」
「大丈夫ですよ」
申し訳なさそうにする男性。この人だけじゃない。大抵の人はいつも申し訳なさそうに謝罪の言葉を口にする。
もちろん、彼らの立場になって考えればそうなるのも無理ない事だけど、やっぱり気にしないで欲しいな。
「今日は珍しいお薬を持ってきました。東洋の方薬と呼ばれる変わったお薬らしいですが、効果は高いと教団の薬師が言ってました」
「そんな高価な物を私なんかに······」
「いえ、病を患う人のための物ですから。少し待っててくださいね」
卓上サイズの簡易コンロを出し、部屋の隅の壺に貯められたお水を少し貰って沸かす。
お湯をコップに注ぎ、薬の粉を溶かしていく。
「はい。少し匂いがキツいかもしれませんが、我慢して飲んでくださいね」
「ありがとうございます、聖女様······」
痩せこけた頬に骨のような指。それでも、薬を飲む時は何かにすがり、希望を持つような表情が垣間見える時もある。
「······ふう。確かに独特な風味ですね。でも、体に良さそうな気がします」
「ええ。東洋には『良い薬は不味いものだ』という言葉もあるそうです」
「なるほど。そうかもしれませんね」
「でも、ご飯は美味しい物を食べてくださいね」
「はい。先ほど母が炊き出しに行ってきてくれて、私の分も······今日もご馳走さまでした」
「いえいえ。それでは、お祈りしますね······我らが母なる女神よ、どうか病める者に癒しと安寧をもたらしたまえ······」
薬の後は祈りだ。教団に古くから伝わる祈りの言葉は聖女だけでなく多くの聖者に扱えるもので、魔力の強さによって効果が変わる訳ではないので私がやる意味は薄いかもしれないけど、やらないよりは良いはず。
一件目を終えて次の家に向かう。
「姉さん、こんな事もしてたんだな」
「町の聖堂のシスター達が主にやってるんだけど、私も一週間に一回くらいのペースでやってるの」
「そうか。聖女の仕事も大変なんだな」
「普段は暇してるけどね」
「さっきの奴はどんな病気なんだ?」
「子供の頃にタチの悪い風邪にかかって、それ以来体が弱くなっちゃったんだって」
「そうなのか」
次のお家は老夫婦宅。
「ここの家は?」
「もうお歳だからね。お爺さんの方は昔の戦争での傷が響いて病気がちになっちゃったんだって」
「そうか······」
ノックをするとお婆さんが現れた。
「まあ、エリー様。今日もすみません。あら、そちらの子は?」
「この子はカッツェと言って私の弟です。見習いとして付き添っているのですが、構いませんか?」
「まあ、まだこんな小さいのに偉いわねえ。どうぞどうぞ。今日もよろしくお願いします」
中に入ると、テーブルの前に座ったお爺さんが手を振って迎えてくれた。
「おお、聖女様。いつもすまねえなぁ」
「こんにちは。お加減は良さそうですね」
「おうよ。そりゃ聖女様みてえな綺麗な姉ちゃんが頻繁に来てくれるんだからな。まだ寿命が伸びるってもんよ」
「こら、あんた。エリー様に下品な事言わないの」
「なんだ妬いてんのか?」
冗談言いなさんなとお爺さんの頭をひっぱたくお婆さん。
「このところ調子が良くなってきたんですよ。これも教団、エリー様のお陰です」
「お力になれたようなら光栄です。では、お薬を用意しますね」
「もう必要ないぜ聖女様」
「駄目ですよ。元気になってきた時こそちゃんとしなきゃ。また起き上がれなくなりますよ?」
「お、おどかしっこなしだぜ。うん?」
と、そこで。お爺さんが私の横の殿下に気づく。
「お? 聖女様、その子は?」
「あ、この子は私の──」
「んんっ?!」
説明する前に驚いたように目をかっ開くお爺さん。
「どっかで見た事あるような······たしか十五年かそんくらい前に······」
「えっ?」
「そうだ。戦場から凱旋して皇城で陛下の演説を聞いた時に、見かけたような······」
うーん?と首を傾げるお爺さん。まずい、子供の頃の殿下に見覚えあるっぽい。
「あ、あれだ。たしか皇太子のディゲル殿下にそっくり──」
「よ、よく言われるんです! 私の弟って殿下に似てるって! でも別人っ! すんごい我が儘だし、食い意地張ってるし、女性の部屋を物色するような変態なんです!」
「おいっ! そこまで脚色する事ないだろ!」
好奇の視線を注ぐお爺さんから殿下を隠すように背に追いやり話を逸らす。
「それよりお薬の時間です。ほら、変な事言って逃げようたってそうはいきませんよ?」
「うう、やっぱ飲むのか。苦いし臭いんだよな······」
先程と同じように薬を用意して飲ませる。
そして、その後には祈りの言葉を捧げる。
「いやー、聖女様は噂じゃ色々な話を聞くが、やっぱ聖女だよなぁ」
「エリー様、ありがとうございます。主人もきっと良くなります」
「いえ、これからもゆっくり療養して体を労ってくださいね」
「おう。それにしても、やっぱりその子は殿下に似てるような······」
「そ、それじゃあ失礼します。行こうカッツェ」
逃げるようにしてその家を後にする。
外に出て、二人でホッと胸を撫で下ろす。
「危なかった~。まさかカッツェの事をあんな風に言う人が居るなんて」
「だな。けど、そうか······。あの老人は我が国のために戦ってあんな風に······」
「······以前よりはだいぶ良くなったみたい。このまま元気になるといいね」
「ああ······」
殿下は何か考えながら上の空で返事した。
その後も何軒もの家を訪問し、同じようなやり取りや話を行っていった。
殿下も私の後ろにつきながら、あれこれ手伝ってくれて、何時もより少しだけ負担が減った感じがした。
「聖女様、本当にすみません」
「助かります······」
「ごめんなさいね、いつもいつも······」
「お陰様でだいぶ良くなって······」
「エリー様が来てくれて本当に良かった」
「聖女様、あんたの祈りを聞けば寿命が伸びる気がしてくるぜ」
「聖女さまー、またお祈りしてくれるの?」
「子ども達も少し良くなってきて······」
『ありがとう』
「どういたしまして。どうか、あなたのこれからに天の加護を。女神の加護を······」
今日訪問を予定していた全ての家を回り終える事ができ、私と殿下は屋台で買ったチーズパンで遅めの昼食を摂った。
「うめ~」
「たくさん働いた後のご飯は格別だよねー」
なんて呑気に二人でモクモクやりながら歩く。
「しかし、たかがチーズを練り込んだパンなのに美味いとは。やはり、空腹こそ最高のスパイスだな」
殿下は知ったような事を言ってモクモクやった。
「だが、今まで食ったどの宮廷料理よりも美味く感じるのは何でだろうな」
「カッツェ、貴方はそんな物食べた事ないでしょ?」
「おっと、そうだったな。すまんすまん。はっはっは!」
何故かご機嫌のような殿下。
「楽しそうだね?」
「ん? いや、そういう訳じゃない。ただ、何と言うのかな、この感覚」
自分の顔みたく大きなパンをポフポフと弄る殿下。
「俺は今まで鳥かごの中で育っていた。影や嫌な事も知らずに。だが、今日は違う。俺はもっと知るべき帝国の影を知り、しかも誰の手も借りずにその問題に向き合って対処してった。そういうのが、何て言うのか······嬉しい、とは少し違うな。けど、それに似た感じがするんだ」
「······充実感、ていうやつかな」
「お、それだ、それっ」
あむっ、とパンを頬張る殿下。
「俺はこのまま大した事もない、自分の力で何か成し遂げる事もない、そんなつまらん皇帝になるのかと憂鬱だった。だが、自分にもやるべき事があると分かった。帝国の影、何の欠点も無いと思われた我が国の、解決せねばならない問題を発見した。即位したら忙しくなるぞ。俺はこの国を本当の意味で最高にする皇帝になるんだ」
「カッツェ、張り切ってるとこゴメンね。でも、貴方は皇帝じゃないんだから声を落として」
帝国の影、問題と言っても、そんなものはまだまだあるはずだ。この帝都だけでなく、国中に。今日見たもの、私達が取り組んだ問題はほんの一部に過ぎない。
それだけじゃ、まだまだ最高の皇帝にはなれないだろう。
でも、今日の体験が殿下の中の何かに大きな影響を与えたのは間違いないみたい。
きっと、良い影響に。
私は周りに誰も居ないのを確認してから殿下にそっと言った。
「今日は頑張りましたね、殿下。偉いですよ」
ちょっと頭を撫でると、殿下は嫌がるような、くすぐったそうな、変な反応をしていた。
お疲れ様です。次話に続きます。




