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二十話 未來の若き皇帝

 





「はい、どうぞ」

「いつもいつも、すみません······」

「いえいえ。気にしないでください。たくさん食べてくださいね」

「はい、どうぞ。熱いのでお気をつけて」

「ありがとうございます」



 広場にて。炊き出しの準備を済ませた後、早速コポコポと鍋を煮立たせて、教団特性の野菜たっぷりスープお粥を作った。

 辺りに漂う滋養深い香りに寄せられるように、一人、また一人とポツポツと人が現れ、あっという間に大勢が集まった。

 その人達の持ってきたお皿にどんどんお粥を入れていく。


「聖女様、本当いつも申し訳ありません。私のような死に損ないのためにお時間を······」

「そんな事言わないでください。女神様はまだお召しになりはしません。これを食べて体を大事に労ってくださいね」


 そして、その料理以外にも袋を一つずつ渡す。中にはパンやドライフルーツ、塩漬の野菜や肉などの食料が入っており、少しずつ食べれば数日はもつ。


「いつもすみません。本当、聖女様のお手を煩わせてしまい······」

「これが私達の使命ですから。煩わしいなんて思っていません。今日も美味しく出来たと思いますから、食べて元気出してくださいね」

「聖女様、ありがとう、ありがとう······」


 それらを受取りに来る人の大半は元気が無い。だから、ご飯を渡すだけではなく、なるべく励ましになるような言葉もかけていく。


 集まってくる人の多くは老人や、痩せこけて顔色の悪い人間だ。中には片足が無かったり、片腕が無かったりと人体のどこかしらを欠損してる人も居る。



 そんな人々に、炊き出し料理を盛り付けをして声をかけていく。この活動は単に食事を提供するというよりも、むしろこういう話をしたりするのが大切なのだ。それこそ、私たち聖職者の役目だし。


「カッツェ、そっちのお鍋は?」

「さっきからずっと煮たってるぞ」


 大きなお玉を一生懸命に掻き回す殿下。


「うぐぐ、重いっ······」

「後で代わってあげるから、もう少し頑張ってねカッツェ」

「は、早くしてくれ」


 唸るように応えるカッツェ。



 その後も、集まってきた人々にお粥をご馳走していき、百人近くに振る舞った辺りでようやく一息つけた。


「ふいー。エマ、ビショップ。お疲れ様」

「はい、お疲れ様ですエリー様」

「シェイグランド卿、お疲れ様です」

「カッツェもお疲れー。大変だったでしょ?」

「ぜえっ、ぜえっ、ぜえっ······こ、こんくらい、大した事、ないっ! ま、まだ千人くらいいけるぞ······」


 お鍋の足元に座り込んで息も絶え絶え。どう見ても疲労困憊な様子だけど、意地っ張りだ。


 でも、文句も言わずに頑張ってくれた。


 殿下なりに、何かを感じ取って一生懸命になってくれたのかも。



 既に大仕事を終えた私達だけど、まだこれだけじゃない。この後もやるべき事があるのだ。


「それじゃあ片付けは二人に任せるね」

「はい。お任せください」

「ビショップ、薬箱を」

「こちらです」


 私には次の仕事があるし、殿下にはこのままここで休んでてもらおう。


「じゃ、また後で。多分いつも通り三時間くらいで終わると思う」

「行ってらっしゃい」

「お気をつけて」

「二人もよろしくね」

「姉さん、どこか行くのか?」


 この後の仕事のやり取りをしていると、地面に座り込んだままの殿下が尋ねてきた。


「また水汲みか?」

「ううん。定期献身に行くの」

「定期検診? 医者がやるあれか?」

「そっちの検診じゃないよ。献身、つまり慈善活動の一環。お家を何軒か回って教団で作った薬をあげるんだ」

「······よし」


 話を聞き終えた殿下が立ち上がり、私の横につく。


「俺も行くぞ」








 殿下をつれて早速出発する。広場から離れ、一旦住宅街から出る。辺りには人が居ない。


「しかし、まさか教団がこんな仕事をしていたなんてな。知らなかった」


 歩きながら殿下が言う。


「シェイグランド卿も真面目に働くものなんだな」

「失礼な。私だってちゃんとやることはやります。サボってる仕事はほとんどの人が困らない物だけです」

「ほとんどって事は困ってる人間も居るのか」

「エマとビショップ」

「なるほど」


 苦笑する殿下。その顔がふっと真顔に変わる。


「それにしても······。まさか炊き出しにあんな大勢来るとは思いもよらなかった。ここは城下町の帝都だ。貧富に差はあるかもしれんが、仕事も十分にあるはずなんだが」


 途端に小難しい話を切り出す殿下。


「あの住民達は働いていないのか?」

「働いてない。というよりは、働けない。と言う方が正確でしょう。公共事業の大半は肉体労働です。誰にでも出来る代わりに誰もが嫌煙するような肉体的負担の大きい仕事ばかり。健康な体を持った者なら問題ないでしょう。しかし、生まれつき体力の無い者、弱者には厳しいのです」


 殿下の歩きがゆっくりになったので、私も歩調を合わせた。


「働きたくても働けない。人並みに動く事すらままならない。病気がちでそれどころじゃない。そういった人も世の中には居ます。少数ではありますが。しかし、周りの人間からすればそれは理解し難い事でもあります。『怠け者』、『言い訳してるだけだ』、『楽をしたがる堕落者』。そんな言葉を向けられながら、誰にも理解してもらえない人種も存在するのです」

「······目を通していた報告書にはそういう話は無かったはずだが」

「国も大きければ大きいほど、細かい事に目が行き届きません。ましてや、次期皇帝となる殿下の耳に入るような話でもありません。私も政治に詳しくはありませんが、大局を動かす人間と局地的な物事に取り組む人間は別ですから。そして、どんなに善政を敷いても、その救いの手から溢れてしまう者も居ます。彼らがそういう者達なのです」


 空き地や小さな畑を抜けて、小さな住宅街へと入る。


「国家が救いきれない人。どうしてもふるいにかけて落としてしまう人。そういった人達を救済するのが教団の役目です。この慈善活動はその一環です」

「それは自分達の信者を獲得するためなのか?」

「ええ、もちろん。それが目的ではあります。ですが······理由付けなど何でも良いんじゃないでしょうか。それでも、一人でも多くの人に小さな救いを差しのべられるのなら」

「······たしかに。そういうものか」


 うーん、と唸る殿下。


「違うものだな。俺が机の上で見た書類と、実際の現地の様子は」

「それはそうですよ。机上はあくまで机上。本物とは違います。いくら図鑑でワインを眺めても酔う事は決してないのと同じですよ」

「おい、真面目な話だったのに変な例えするなよ」


 呆れる殿下。私としては分かりやすい例を出したつもりだったんだけど。


「ふーむ。これは元の姿に戻ったら考えなければならない事だな。自ら生計を立てるのが難しい者達をどうするか。国家が救済処置を取らずに、宗教団体が救っていては人心は国から離れていってしまう」

「そうですね」


 実際、教団の権力と影響力は凄い。大陸全土を網羅するほどのコネクションを持っているのも、地道な慈善活動の効果による処もある。


「なるほどな。親父が言っていた勉強になるとはこういう事だったのかもな。城に居るばかりでは分からん事もある」

「良い体験をしましたね」


 ちょっと悔しいけど、陛下の言われた事も間違いではなかった。ディゲル殿下もこうやって帝国の影をその目で見る事が出来た。護衛も何も無い、偽りない姿そのままに。


 殿下は子供じゃない。本当は大人だ。当然、今の状態よりは精神的に成熟していたはずだ。

 けど、まだまだ若い。

 きっとこれからさらに成長して、やがては立派な皇帝になるのだろう。なるといいな。

 そういう意味では、こうやって子供の姿に戻って成長し直すのも良いのかもしれない。


 真剣に考え込む横顔は、幼いのに大人びていて、なんだか微笑ましくも魅せられるような気がした。



「それに、もう一つ。俺は学んだ事がある」


 と、唐突に殿下が言った。


「むしろ、こっちの方が意外で、大きな見識に繋がった気がする」

「それは何ですか?」

「君についてだ。シェイグランド卿」

「え?」


 殿下がまじまじと私を見上げて言った。


「君が来る前。皇室や貴族達の間にも様々な噂が飛び交っていた。皇城にとんでもない聖女が来ると」


 クスクスっと笑う殿下。


「聖女のくせに信仰心は低く、祈りの言葉すらままならず、戒律違反の飲酒も度重なって他の枢機卿すら手に負えない不良聖女。そんなのがよりによって我が帝国の聖女になるなんて、と親父を初めとしてみんな絶望していた。大変な貧乏くじを引かされてしまった、と」

「それはそれは。大変でしたね。泣いていいですか?」


 でもほぼ全て事実だから言い返せない。


「そんな君を初めて見た日。あの時だ。俺達皇族と顔合わせした時。あの時の俺の第一印象は『人は見かけによらないものだな』だった。少なくとも、君は外見だけなら間違いなく聖女だったしな」

「それは褒められているのでしょうか?」

「一応な」


 生意気なニヤ笑いをする殿下。


「だが、聖堂での祭事や儀式の合間に見る君は何と言うか覇気が無かったし、聖女らしいありがたいオーラも皆無だった。いつも面倒くさそうにだらけていて、なんなら黙祷の時に昼寝していたのには流石の俺も呆れたもんだ」

「そ、そんな事いちいち覚えなくていいんですっ」


 そんな事もあった。つい船を漕いでしまった時。あれは流石に我ながら恥ずかしかったんだから。


「だから、俺の中でも君はものぐさな不良聖女としての認識が確立された。やはり生臭聖女だなって。でも、今日またその考えが改められたよ」

「え?」

「救いを求める人達に手を差しのべる君の姿は本当に美しかった。普段見る君の顔とは別人のようだった。ああ、聖女なんだなって思った」

「······」


 美しかった、て······。


「そ、そうですか。それは、その。ありがとうございます」

「············っ!? あ、ああ。うん、まあ、そうだ、これは褒めの言葉だ! 恩に着ろよ、はっはっは!」



 きっと私も知らないんだろうな。殿下の本当の素顔とか。




 いや。


 あるいは、子供の姿の今こそ、彼の本当の素顔なのかもしれない。



お疲れ様です。次話に続きます。

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