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二話 ディゲル殿下

 




 事の起こり──というよりは前兆と言った方が正しいかもしれない──は三日前。








「シェイグランド卿。ディゲル殿下がお呼びです」

「殿下が?」


 と、近衛兵の人に言伝てを預かり、私は一人首を傾げた。


(呼び出しなんて初めてだ。しかもディゲル殿下からとは)


 そんな風に意外な気持ちになっていた。私はまだ“この立場”になって日も浅かったし、いきなり皇太子から呼びつけられるとは思っていなかった。


(とにかく、行こう)


 せっかく裏ルートで入手した小説『許されざる友情・友の香りは薔薇に満ちて』のカバーと聖書のカバーを交換して何時でも堂々と読めるようにしてたのに、楽しんでいた矢先にこれか。

 とは言え、次期皇帝のお呼び出しだ。すぐに行かなくては。


「もう。王様は庶民の都合なんて知らないんだから」


 まあ、私も一般庶民ではなくなったのだから仕方なかったけど。





 事の経緯を語る前に私の事をサラサラっと話しておこうと思う。


 私の名前はエリー・シェイグランド。聖女だ。


 聖女とは、この大陸のあらゆる国のほとんどが信仰しているフリューゲル教の定める偉い人の階級名であり、特殊な能力や強大な魔力を持った女性に授けられる称号だ。位としては聖王(教団の一番偉い人)の次の枢機卿というお偉方と同列扱い。


 細かい話は置いといて、聖女は一国につき一人充てられる。そういう決まり。基本的には生まれた国の聖女として配属される。


 私は帝国の片田舎の領主の娘だったので、自動的にこの帝国の聖女となった。たまたま聖女の席が空席だったのもあって、ほぼ強制的に聖女にさせられた。


 こんな風に。



『シェイグランド令嬢。貴女は今日から聖女となるために修道院で暮らします』

『はい?』

『さあ、荷物を纏めなさい。これから厳しい修行が始まります』

『いえ、あの。拒否権は?』

『ありません』

『私、聖女なんて興味無いんですけど』

『貴女に無くても我々にはあるのです』

『私の意見は?』

『聞きません』

『えっとー。私、少々お酒を嗜むタイプの慎ましやか令嬢なのですが、聖女でも呑めますか?』

『ワイン以外は呑めません。そして、修道院に居る間は全て禁止です』

『じゃあ、お断りです』

『拒否権無いって言ってんだろおおおっ!』



 多少、話をはしょったり誇張表現を盛り込んではいるけど、概ねこんな感じのやり取りという名の誘拐事件が起こった。イン、私の実家。


『お酒の無い人生なんて恋人の無い乙女と同じよ! 助けてお母様っ、お父様っ! 拐われるわ!』と、頑張って嘘泣きの演技までして私は両親に訴えたのだが、当の二人は『これで我が家は安泰だー!』『教団からの謝礼がガッポリね!』と、私の身売りを大いに喜んでくれた。良心が無いのかな?


 妹にいたっては『いいなー、あたしも聖女になりたーい! お姉ちゃんズルい! 代わってよ!』と、利己的ながらも私の味方かもしれない事を言ってくれたが、当然そんなの聞き入れてくれる教団でもなく、私は無事に(?)連行された。



 そこからは、めんどくさい聖女の修行が始まった。まずは教会の制約とかを教え込まれ、次いでお祈りの言葉、修道院での生活ルールや聖書のお勉強。そして光魔法とかいう聖女専用の教会秘密の魔法の勉強。

 それらをギュウギュウに詰め込んだ修道生活を二年経て私は晴れて正式な聖女になりましたとさ。


 もちろん、私だって素直に従った訳じゃない。ちゃんとささやかな抵抗はした。


 修行中、なんとか逃げ出そうとしたこと実に十二回。失敗七回、成功五回。いずれもすぐに連れ戻された。

 ならいっその事追い出されようと、規則違反(戒律的には許される物もあるけど、修道院では全面禁止)の飲酒を強硬すること三十回くらい。これもめっちゃ怒られて食事抜きにされるだけで失敗。

 不幸な事に、私の聖女としての潜在能力だけはピカイチだったそうで、教団も手放すに手放せなかったらしい。


 そんなの知ったこっちゃない私は徹底的に規則違反や脱走を繰り返した。


 それでも何やかんやで聖女と認められた結果、私は『史上希に見る生臭不良聖女』という烙印を押されるという、『何で私が悪く言われなきゃならんのよ』というめっちゃ理不尽な評価を下された。ちなみに付いた渾名は“酒狂(さけぐるい)の聖女”。命名した人間はいつか必ず見つけ出して酒樽の中に沈めてやろうと思ってる。



 まあ、そんなこんなで一応聖女として就任した私は、早速皇城に呼び出された。皇城には皇族やそれに近しい縁者だけが使用を許される特別な聖堂があり、私はそこの管理者として呼ばれたのだ。




 城に来た初日に皇族の方々と顔合わせをして挨拶を交わしたら、皇帝陛下は苦笑いでこんな言葉をかけてくれた。


『そなたが酒乱の聖女か。噂を聞くに少々心配なのだが、よく務めるがよい』


 いえ、酒乱ではなく酒狂ですと訂正するのもアレだったので私は深々と頭を下げた。正直に白状するならば、この国のトップの方々の前でいきなり不名誉な経歴を口にされたのでめちゃくちゃ恥ずかしかった。


 まあ、そんなこんなあっての先行き不安な私の着任式も終わり、聖堂の奥に充てがわれた自室への引っ越し作業が始まった。


 従者のシスターと司教の二人も手伝ってくれ、晴れて私の根城は皇城に設営された。

 私の住居でもある聖堂は、皇城の本丸から少しだけ隔離された場所にある。と言っても、渡り廊下をほんの十歩くらい歩けば着くので、ほぼ城の一部だ。

 一家族専用の聖堂にしては、町の聖堂よりも立派で大きい。私のお家にしては豪華だ。



 そんな所へ引っ越して一ヶ月半くらい。城の生活に慣れるのは案外早かった。修道院の生活が監獄生活だったので、それに比べたらお城の生活は退屈だけど悪くない。

 それに、一応腐っても(失礼な!)私は聖女だ。皇族を除くほとんどの人は私に対してうやうやしいし、畏れ多いははーっと言った感じに扱ってくれる。そう、私もけっこう偉いのだ。


 まるで動物の調教みたいにビシバシやってくれた修道院とは大違いだ。


 そんな感じで生臭聖女なりにそこそこ真面目に聖職者としてお祈りとか教導をしていたある日。ディゲル殿下に呼び出されたのだ。






 ──コツ、コツ、コツ、コツ──



「一体何の用かな」



 ディゲル殿下とは何度かお話した事もあるし、面識は普通にあったが知り合い程度の関係。

 少なくとも、個人に呼びつけられるような事はそれまでに無かった。


 話してみての印象は、けっこう生真面目っぽいということ。


 妹君お二人はキャピキャピかしまし姉妹で『オーッホッホッホ! 今日も紅茶の色が血のように真っ赤で美しいわー!』とか『まあっ、パンが食べられないならお米を主食にすればいいじゃない!』とか『お金? お金とは何かしら? ああ、この円い金属の事? あら、てっきり攻城兵器の弾か何かと』とのように、なかなかにヒャッハーな我が帝国らしい皇女方であらせられた。


 対して、ディゲル殿下はというと普通。


 前に興味本位で『皇帝になられたらどんな国にしていきたいですか?』という、我ながら不躾な質問をしてしまったのだけれど『安定して平和な国』と答えた。好戦的なお面とは裏腹にクールだ。


 殿下との個人的なやり取りはそのくらいで、それ以降は事務的な会話しかしていなかったのだけど······一体何の用だろう。



 殿下のお部屋に着き、ノックをしたら『入れ』という声が返ってきたので、中へと入った。



 中へ入ると、殿下は執務机から離れ、本棚の前で古びた分厚い書を手にして待っていた。外から入る日の光を切るようにスッと立つ姿はちょっと見惚れるような美しさがあった。


「どのようなご用でしょう、殿下」

「シェイグランド卿、君は聖女だ。となれば聖書関係の古文にも詳しいな?」

「え? え、ええ。まあ······」


 正直言って怪しいけど、読めなくはない。と、思う。多分。自己評価的には。


「こんな怪しい書を見つけたんだ。読めるか?」


 そう言って分厚い本を差し出してきたので受け取ってみるとズシリと重かった。さらに、不思議な魔力の気配を感じた。


「これをどこで?」

「実は、君が聖堂に来る前に大掃除をしてな。今の君の部屋と地下書庫などをね。そして、その時に出てきた物なんだ」


 殿下いわく、その時に見つけて処分をどうするかと考えて保管していたら存在を忘れていてしまったとのこと。それをフッと思い出して持ってきたとの話だった。


「何やら普通の書ではない感じがしてね。どうだ?」

「ええ、確かに。魔力を感じます」


 腐っても(失礼しちゃうわ)聖女なので、私にはすぐに普通の本ではない事は分かった。

 中身は古代呪文らしき固い文が書かれていて、読むのが難しかった。


「んー。えっと······『我、ここに願う。清き、我が望み、神よ、許したまえ。ただ、無垢なる者、愛らしき、心休まる、癒しの······』」

「どういう意味だ?」

「ええっと······」


 さっぱりだったのだけれど、面子のためにこんな嘘をついた。


「これは古の教徒達の祈りの言葉です。要約すると、『ああ、今日も良い事だらけ! でも、やりたい事もいっぱいだ! 神様僕の願いを叶えてください、可愛いあの娘を幸せにしたいんです!』といった感じです」

「······本当か?」

「えっと、少しだけ現代風にしましたが、大体は」


 ジト目で私を見ていた殿下だったけど、とりあえず頷いて納得した。


「分かった。とにかく、これは歴史的な書物かもしれない。解読してみる必要がありそうだ。時間を作ってまた呼ぶから知識を貸してくれ」

「はっ。仰せのままに······」



 この日はそんな感じで何事もなく終わったのだが······この日を境に思いがけない苦悩が始まる事になろうとは。




お疲れ様です。次話に続きます。

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