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十九話 殿下の慈善活動

 



 翌朝。



 何時ものお祈り、祭壇のお供え物の交換、聖壇の掃除。聖女のしきたりをこなして、やっと朝ごはんの時間になった。


「ふぁ~あ~······」


 ご飯を食べるまでは常に睡魔と戦わなければならない。聖女は辛い。


「もう、エリー様はいつも眠そうですね。そんなんでお仕事はしっかり出来てるのですか?」

「そう言わないでよ~。朝は弱いんだからさ~」

「そうか、姉さんは朝に弱いのか。だが、早起きなんて慣れだぞ。俺だって昔は早く起きるのは苦手だったが、大人になったら自然に目が覚めるようになったんだ」

「ふふ、カッツェ君ってば。君はまだまだ大人になれますよ」

「卿、弟君もこう言っておられるのです。もっとしっかりしなさい」

「もう、二人はカッツェがどんだけ我が儘ボーイなのか知らないから、好き勝手に言えるんだよ」

「子供は多少わがままなものでしょ?」


 朝ごはんはすっかりカッツェのための模範的姉像を守らせようとする説教時間になってしまった。




 殿下がここに来てから数日が経った。エマとビショップもよく面倒を見てくれ、悪くない日常になりつつある。


 けど、殿下はここに馴染んでもらうのが目的なのではない。

 こうなってしまった原因を突き止め、一刻も早く元に戻ってもらうのが目的なのだから。







「シェイグランド卿。今日も出掛けよう」

「またですか······」


 慣れ、というのは恐ろしい。殿下は私の部屋に土足で入り込み、横暴な要望を遠慮もせずに押し付けてくる。

 最初は『茶番劇だ~、よりによってシェイグランド卿となんて~』とか文句言ってたくせに、すっかり色々と馴染んでいる。私の自室はもはや殿下との作戦会議室になってしまった。


「あのですね、殿下。いくら皇帝陛下が外出自体を推奨しようとも、私からすれば第一優先は殿下の身の安全なのです。なのに無防備な外へ連れ出しまくると思いますか?」

「君がボディーガードなのだろう? しっかり働いてくれ。外では卿だけが頼りだからな」

「そんな必要が無いよう、私が外出を許す訳ないでしょうが」

「だって、ここ暇なんだ。また市場行こう~」


 気持ちは分からなくもないけど、そんな軽率な理由で外に出たくない。第一、めんどくさい。


「それに、俺の正体を知る奴なんて居ないだろ。気にしすぎだ」

「はぁー······。分かってませんね殿下。例え殿下の正体が見破られてなくとも、外に行くのは得策ではないのです。まず、何が起こるか分からない。一般の場所は皇城のように護りとなる人間がすぐに駆けつけてくれる所ではないのです。次に、偽りとは言え今の殿下は『聖女の弟』となってます。となれば、そっちの方面で狙ってくる輩も居ないとは限りません」

「それじゃあ本末転倒じゃないか」

「ええ、まあ。そもそも変な偽装工作して私に押し付けた時点で相当アホな計画だったかと」

「後で親父に言ってやるからな!」


 かわいくない!


「コホン。ともかく、これで外に出るのは得策ではないと理解していただけましたか?」

「でもシェイグランド卿が居れば問題ないだろ? 確かに実力もなかなかのものだってのは昨日の模擬戦でわかった。期待してるぞ」

「そういう問題じゃないんです」


 話が通じない。万が一を考えて駄目だと言ってるのに。あと、私が守ること前提の話は本人である私がめんどくさいので却下なの!



 なんていう不毛なやり取りをしていた時だった。


 ──コンコンコン──


『エリー様。そろそろお時間ですよ』


 というエマの声がかかった。


「あ、そっか。忘れてた。わかったー、すぐ行くね」

『はい』


 エマが去ると、殿下が尋ねてきた。


「一体なんの時間だって?」

「いえ、うっかり忘れてたいたのですが、今日は町へ慈善活動をしに行く日だったんです」

「慈善活動?」

「教団の仕事の一つで、貧しい人々に炊き出しをしたり、軽い医療行為を施したり薬を授けたりする活動です。週に一回程行うのですよ」

「そんな事もしてたのか······ん? ということは······シェイグランド卿は町に行くんだな?」

「あ」


 しまった。自然な流れでうっかり。


 ニヤっと笑う殿下。


「よーし。それなら俺も行ってもいいよな。ついでってやつだ」

「何を言ってるんですか。私は仕事だから行きますけど、殿下は留守番に決まってるじゃないですか」

「だが、ここに一人で残っては肝心のシェイグランド卿の守りも無いぞ?」

「う······」


 たしかに。慈善活動はここの聖職者総出、つまり私とエマとビショップの三人で出掛ける。


 つまり、殿下一人になってしまう。


「······はぁー。タイミング悪いなあ」


 これは仕方ない。


「では、殿下も一緒に参りましょう」

「やった! ははは! これも日頃の行いが良いからだな! 天よ、感謝してやる!」


 神なんか信じない~とか言ってたくせに。この罰当たりめ。



 私と殿下はすぐに身支度に移った。









 私、エマ、ビショップ。


 そして殿下。


 聖堂シェアハウス組で揃って外に出て、専用の馬車に乗り込む。迎賓用の座席タイプではなく、兵糧運搬用の馬車だ。荷台には必要な物資が載せられてる。


「へー。昨日の馬車とは違うな。これは兵士達のだろ?」

「うん。炊き出し用のお鍋とか食材とか組み立てテーブルとか載せるからね」

「へー。楽しみだ。腹減ったんだ」

「食べるつもり? 言っておくけど、これは慈善活動のセットなんだから。カッツェのお昼ごはんセットじゃないの。遊びに行く訳でもないんだからね」

「じゃあ俺はどうすればいいんだよ」

「当然、お手伝い」

「え~······」


 嫌そーな顔する殿下。


「じゃあ俺残ってようかな」


 そして先程までと180度回転した意見。なんだろう、わざとなのかな?


「そういう訳にはいかないでしょ。ほら、いいからさっさと乗るっ」

「へいへい」


 渋々と乗り込むカッツェの後に続くエマとビショップ。


「ふふふ。エリー様ったら、ちゃんとお姉ちゃんしてますね」

「良い事ですぞシェイグランド卿。小さな頃から活動に積極的に参加すればカッツェも教団の意義の理解を深められるでしょうし」

「まあね」


 本当は連れて行きたくないけど、仕方ないだけなんだよね。






 ──ゴトゴトゴトッ──


「うおおっ、ゆ、揺れるな?」

「カッツェ、そっちの壺押さえてて」

「お、おう」

「エマはそっちの木箱をね」

「はい」

「いやはや、この振動は腰にきます」

「ビショップ、塗り薬は持ってきてある?」

「もう塗ってあります」


 物資輸送用だけど、大雑把で単純な兵糧用の馬車だから乗り心地は押して知るべし。




 目的地の住宅街の中にある広場に着いた頃には皆でお尻を擦った。


「う~、揺れた、揺れた。さっきの段差では尻が割れたかと思ったぞ」

「もう割れてるから大丈夫」

「エリー様、下品ですよ。聖女らしく『私が元通りにしてあげましょう』の一言くらい返さないと」

「いや、だから元々割れてるでしょ······」


 皆で手分けして荷物を降ろしていく。かなりの重労働だけど、魔法の力によってヒョイヒョイ運べる私が一番馬車馬のごとく働いていく。


「申し訳ありません、エリー様。力仕事の時はいつもお任せしてしまい······」

「平気だよ。肉体強化魔法使えば全く重くないからね」

「ふおおっ、こ、腰が······」

「お爺ちゃんは無理しないでね」

「私はまだ現役ですぞっ······」

「はい、カッツェ。ぼーっとしてないで、そっちの麦を降ろして」

「へいへい」


 皆で手分けして荷物を降ろしていき、調理器具などを用意していく。簡易竈を設置して、そこに燃料をくべて火を点ける。

 食材は既にカットしたり、下ごしらえは済ませてあるのを持ってきているから、後は近所の井戸からお水を汲んでくればいいだけ。


「よしっと」

「お疲れ様です、エリー様」

「うん。私はお水を汲んでくるね。ここはお願い」

「はい。ビショップ司教と用意をしていますね」

「さてと。カッツェ」

「ん? なんだ?」

「ちょっとこっちに」


 近くの食材をいじっていた殿下を呼ぶ。


「炊き出しは基本的にお鍋を使った料理だから水が必要。井戸に汲みに行かなければなんないの」

「そうか。大変そうだな」

「だから、はい」


 汲み桶を殿下に渡す。


「さ、行くよ」

「くそ。これもやらせるのか」


 私のやり方を理解し始めたらしい。桶を突き付けたら渋々ながらも素直に受け取った。慣れとは恐ろしい。



 井戸は近隣の住民が使っているのを利用させてもらう。他にも水を汲みに来ている主婦の方々が気づいて声をかけてくれる。


「あ、聖女様」

「エリー様、いらっしゃっていたのですね」

「まあっ、やだ。今日はエリー様の来る日だったのね。そうと知ってれば旦那のお酒を持ってきたのに」

「みなさん、こんにちは。今日もお騒がせいたしますが、どうぞよろしくお願いいたします」

「いえいえ、こちらこそ毎日お世話になって。この間頂いた薬、よく効くって爺さんも言ってたのよ」

「それはそれは。その後お加減はいかがですか?」

「もうバッチシよ」

「エリー様、私の娘もすっかり体調が良くなりまして。本当に感謝です」

「いえ、それは何よりです。皆様に女神のご加護があったようで私も喜ばしい限りです」


 顔見知りになった地域の人々と話していると、殿下はじっと私を見上げていた。


「あら、エリー様? その子は?」

「あ、この子はですね、私の弟でして──」



 殿下ことカッツェを紹介し、その後は他にも集まった奥様方やご老人達にもワイワイ色々賑やかに話し掛けられながら、私達は井戸と拠点を行ったり来たりした。


 殿下はあまり多く喋らなかったけど、最後の方は私を見上げたまま「姉さんってちゃんと聖女なんだな」と、当たり前の事をしみじみと呟くように言っていた。




お疲れ様です。次話に続きます。

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