十八話 聖女VS皇太子
次の日。
今日も私は気だるげな朝と共に一日をスタート。うーん、寝たい。
「おはようございます、エリー様」
「おはよー······」
「シェイグランド卿、シャキっとしなされ。一体いつになったら貴女は朝に強くなるのですか?」
そんなん私が聞きたい······。二、三年も早起き習慣してるはずなのに、一向に朝に強くならない。これはもう天性の素質。
「そう、つまり。私が早起きするという事は天が与えた性質に逆らうということ。それはすなわち女神に歯向かうということ。私は聖女としてそんな恐ろしい逆心は持てない。よって、二度寝する事こそ真の信仰」
「寝言を言わないでくださいっ!」
朝から怒られた。
私の日々のルーティンは変わらない。
お祈り、ご飯、掃除、ご飯、お昼寝、読書、お祈り、ご飯、入浴、時々お酒、お祈り、就寝、だ。
少しだけ変わった事は、お昼寝と読書の時間が子守りになりつつあるということ。本当に面倒くさい事この上ないけど、これは立派な仕事だから仕方ない。
また昨日みたいに外へ行きたいなんて言わなければいいのだけれど······。
「暇だ、シェイグランド卿」
「はいーっ、やっぱりー! 思った通りっ、予測は的確、予想は想定通り、期待は裏切られ、予感は的中のパンパカパーン!」
「ど、どうしたんだいきなり? シェイグランド卿、何か変な物でも拾い食いしたか?」
何を心配そうな顔をしてるのですか殿下。貴方のせいでこうなってるんですよ?
「殿下。私は貴方のナースメイドになった覚えはないのですよ?」
「当たり前だ。君は聖女だ。メイドより遥かに格上だ」
「その言い方もメイドさんに失礼だとは思いますが、けっこう。ならば、事ある毎に私の元へ来るのもナンセンスなのはご理解いただけますね?」
今日も今日とて私の部屋に上がり込む殿下。図々しいというレベルを通りこして、もはや不法占拠だ。
「たまには一人でお過ごしください。私も読書で忙しいのです」
「要は暇って事だろ? ちゃんと仕事しろよ。それに、俺の相手をするのも仕事だろ?」
間違ってないけど、貴方に言われる筋合いはありませんのよ。
「昨日買ったあのカッコいいハルバードを試したいんだ。庭に来てくれ」
「はぁー······私の静かな日々はいつ戻るんですかねえ」
仕方なく、殿下を連れて庭へと出る。
昨日買ったなんちゃらソードを意気揚々と振り回し、満足そうに掲げる殿下。
「見ろっ、姉さん! この剣がこれからハルバードへと変身する様を!」
「はいはい、凄いねー」
前回と同じく、私は天使像の根元に腰を下ろして本を開く。お守り兼読書だ。
「おいこら! 本なんか読んでないでハルバードを見ろ!」
と、せっかく本をゆっくり読もうとしたら生意気な命令が飛んでくる。私の静かな時間を無遠慮に踏みにじる悪い子猫ちゃんめ。
「カッツェ、一人で遊んでなさい。姉さんは聖書のお勉強で忙しいの」
「どうせまた、あの変な小説だろ?」
「変とは失礼な。確かに少しマニアックだけど、令嬢や町娘とかの身分問わずに乙女に評判の新感覚ハートフルストーリーの代表作だよ」
「そんな物より、これ見ろよ! ほらっ、こうやって~、変形!」
ちっちゃな体でうんしょうんしょと変形合体させていく殿下。おもちゃの剣が、戦場の主役ハルバードへと変貌する。
「どうだ!」
「すごいねー」
──ペラ──
「おいっ、見てないだろ!」
「見てる、見てるー」
さて、続きはと·············。
「むむうっ、とうっ!」
──ブウゥンッ──
「わっ?!」
読み始めた矢先、木製の斧が本の上に滑り込んできて覆い隠してしまった。
「こら! 危ないでしょカッツェ!」
「ふふん。どうだ姉さん。なかなかの槍捌きだろ? 俺は武闘派なんだ。例え体が小さくとも武器の扱いは得意なんだ」
「だから何なの。人の読書の邪魔をしないの」
突き付けられた矛先を手でどかす。でも、それはまたスッと文章を遮る。
「ふっ。姉さん。そんなに本を読みたいか?」
「読みたくなきゃ持ってこないでしょうが」
「ならば決闘だ!」
全く文脈が無い。今の流れのどこがどう氾濫すれば読書から決闘へと置き換わるのだろう。
「ゆっくり読書したいなら、俺を倒してみろ!」
「あの、訳が分からないんだけど」
「なーに。簡単な話だ。帝国人たるもの、互いの意見が食い違った時は武力で解決するに限る」
やはり祖国は野蛮な国家だった。頂点に君臨するであろう未来の皇帝が人の読書の権利に対してこう言うんだから間違いない。
「この俺の技を全て防ぎきれたら読書を認めよう。どうだ?」
「どうだも何も拒否権は無いんでしょう?」
「その通り」
蛮族め。
「はぁ······いいよ。受けてたちましょう」
「そうこなくちゃな!」
仕方ないので、少し殿下の決闘ごっこに付き合う事にした。
実力差を見せつければ大人しくなるでしょう。
お互いに距離を置いて向き合う。
「それで、勝ったらカッツェは何をくれるの?」
「好きな褒美をやろう。俺が元に戻った暁には君の望む物をくれてやる」
「ほう?」
悪くないじゃん。なら、お酒一年分とか大いにふんだくってやる。
「もっとも──」
スッとハルバードを構える殿下。
「俺に勝てたらの話だがな!」
小さな体を弾くように駆け出す殿下。速い。鍛えたり、鍛練するのが好きと言うだけあって様になる動きだった。
まあ、あんまり意味はないけどね。
「おりゃああ!」
「ほい」
──ボゴオッ──
「どっ?! どっ、どっ、どおっ?! わべっ!?」
魔法によって、地面に干渉して土を盛り上げる。それは蟻塚みたくなって、殿下の足にぶつかった。。
躓いた殿下がビターンっと顔面から転ぶ。下が芝生で良かった。
「う、うごごご······」
「はい、私の勝ちー」
ハルバードの切っ先すら届かない距離での転倒。うん、勝利だ。
──ガバッ──
「ひ、卑怯だぞ! そんな足下見るような戦い方があるか! 男らしくないぞ!」
女です。
「とっ! 隙ありー!」
起き上がったかと思ったら、不意打ちのような形で再度攻撃に移る殿下。男らしくないぞ。
「ほい」
──ズモモモモッ──
「のわあっ!?」
再び土を盛り上げる。今度はさっきよりも高く、大きく。その盛り上がりの勢いで殿下は足下を捲られた形となってひっくり返った。
コロコロんっと転がる殿下。
「いってて······おいっ! その土魔法は卑怯だ! 反則だ! 反則!」
「戦いとは非情なものだよ」
「駄目だっ! それは卑怯だから禁止だ!」
「え~。分かったよ。じゃあ土魔法はナシね」
「······フッ! 隙ありいー!」
盛山を避けて再び猛進してくる殿下。
「とりゃー!」
「ほい」
──シュルルルッ、ガッ──
「どぅおわあっ!?」
──ビターンッ──
またまた顔から芝生にめり込む殿下。その足には今しがた生えたばかりの強靭で青々としたツルが絡まっている。
「う、ぐぐ······な、何だこれは?!」
「ツタだよ。ちょっとした植物なら操る事も出来るし」
「んなあっ?!」
驚愕に目を丸くする殿下。すぐにそれが怒りんぼな顔に早変わり。
「卑怯だぞ! こんなの姑息だ! これも禁止!」
「え~」
その後、近くの池の水を大蛇にして足をすくったり、風を渦巻かせて軽く浮かしたり、実にソフトな方法で殿下を辿り着く前にノックダウンさせていったけど、その度に『その技は卑怯だ! 禁止だ!』だなんて言って再戦を仕掛けてきた。
「ぜえ、ぜえっ、ぜえっ、ぜえっ······」
「もういいでしょーカッツェ。何連敗してんの?」
「う、うるさい! あんな他の物に頼るような戦いで勝った気になってもらっちゃ困るな! 男なら、他の物に頼らずに己の力だけで勝負するもんだ!」
だから女です。あと、なんでそんなに熱くなってるんですかね?
帝国男児の意地というやつなのかな。
「いくぞ姉さん! 今度こそ勝つ!」
「かもね······」
あらゆる魔法を禁止にされてしまった。もはや私に残されたのはワイバーンを一撃で真っ二つにする斬撃魔法か、スライムの大群を一瞬で蒸発させる爆裂魔法か、湖の魚を絶滅させる雷撃魔法の類いしか残っていない。
このままでは負ける。いや、別に負けてもいいけど。
「とおりゃ~!!」
懲りずにかかってくる殿下。あのおもちゃハルバードを大きく振りかざして、小さな体をバネにしての渾身の一刀。
さて、どうしようか。
もう殿下を無力化出来そうな魔法は残ってないし、かと言って本気で迎撃する訳にもいかないし。
仕方ない。こうなったら肉体硬化魔法で私自身がカチカチな岩みたいになるか。
殿下がハルバードを振り下ろした瞬間、お気に入りのおもちゃはポッキリとなってしまうだろう。
少し気の毒だけど、そうすれば大人しく諦めてくれるだろう。
「だりゃー!!」
タンっと、初めて間合いに侵入した殿下。今なら私に攻撃が届く。
唸りを上げて、私の胴体へと迫る矛先。
──ピタッ──
「?」
「ふぅーっ! よし!」
ハルバードの先端が私の体より手前で止まり、殿下の満足そうな声がした。
「俺の勝ちだな、姉さん」
「え? なんで?」
チッチッと指を振る殿下。
「今の一撃。本物なら姉さんは即死だぞ? つまり、これは実質俺の勝ちって訳だ」
「······別にそのまま振り下ろしてよかったけど······」
「えっ。何言ってんだよ」
と、殿下が困惑したように言った。
「女の体に傷つくような事する訳ないだろ?」
「え?」
構えをほどいて汗を拭う殿下。
「いくらおもちゃとは言え、当たったら痛いし怪我するかもしんないからな」
「······なら、最初から決闘なんてしなければいいのに」
「だって······」
そこで少し拗ねたような顔が私を見上げた。
「姉さん、俺じゃなくて本ばっかり見てたから」
「······」
何それ?
寂しかった、のかな?
「ぷっ······もしかして、寂しかったの?」
「ち、違う! ただ、この俺を無視するような態度が我慢出来なかっただけだ!」
殿下は顔を赤くして、プリプリと怒った。
その姿が本当に面白くて、私もつい笑ってしまった。
「もう。仕方ないなー。それなら少しだけ付き合ってあげるから、その後はゆっくりさせてね?」
「おう!」
その後、殿下のお気に入りハルバードの変形を長々と見せつけられたけど、一通り実演した後は満足したのか一人で遊んでいてくれた。
そんな事をしてたら、すっかり時間がだいぶ経ってしまい、すっかり夕方になってしまった。
お疲れ様です。次話に続きます。




