十六話 お忍びの市場
「それではシェイグランド卿、お気をつけて」
「弟君も、姉さんのお手伝い頑張れよ」
門番さん達に見送られ、私達は橋を渡り、堀を越えて対岸に降り立った。
近くに待機している外出用の馬車へ向かい、御者さんに『出掛けたいのですが』と声を掛ければすぐに出発してくれる。
ゴロゴロと馬車に揺られ、ぐるりと堀周りを回って城壁の外側への門を潜る。
そこからさらに郭を下っていってまた城壁の門を潜る。
そして、さらに下りていき、いよいよ一番外側の最も分厚くて高い城壁の門、つまり最終出口であり最初の入り口でもある場所を通過して、晴れて本当の城の外だ。
「最初来た時も思ったんだけど、このお城って凄い城塞だよね」
「四重城壁なんて滅多に無いからな。凄いだろ」
ちょっと自慢気な殿下。自分の家が褒められて嬉しいのは身分を問わず皆そうらしい。
「で、姉さん。これからどこに行くんだ?」
「城下町に行くの。外に出るって言ったらエマが『それじゃあついでに買い物お願いします』なんて言うから」
私達の食料は基本的にはお城の使用人の人達が用意してくれるけど、自分達が欲しいと思い立った物は自分達で買いにいかなくてはならない。
今回は殿下が魚でもいいから肉が食べたい~、なんて言うもんだからエマが買ってきて欲しいと頼んできたのだ。私がお酒を頼む時は全部却下するくせに。不公平極まりない。
皇城は大きな台地の上にあるので、城から出れば長い坂道が待っている。行きは良いけど、帰りは大変だ。お馬さん達にもお礼の人参を買ってあげよう。
「おお、町が見えてきたぞ」
「初めてじゃないんでしょ?」
「ああ。けど、楽しみだ」
窓から顔をひょっこり出してはしゃぐ殿下。
「こら、カッツェ。危ないよ」
落ち着きなく浮かれる小さな皇太子を引きずり込んで座らせる。
城下町に入り、馬車はそのまま市場の方へと舵を切った。
「どこに向かうんだ?」
「市場。近隣の農村や隣町とか、交易所から商品が集まる場所だよ。魚とかでも湖や川の物なら多く取り揃えてるからね」
「おおー。で、金はあるのか?」
「もちろん。皇族から教団に沢山支援金が入ってるからね」
「感謝しろよ」
「だーかーら。カッツェには関係ないでしょ?」
馬車が町中の道を通過し、民家が少なくなった広場のような場所へと出る。
「着きました」
「ありがとうございます。さ、降りるよカッツェ」
御者さんにはその場で待っててもらい、私達は降りる。
「おお、市場か」
と、殿下が感嘆の声を上げた。
あちこちに並んだ屋台。商う人も、通りかかる人もまるでお祭りのように多く、威勢の良い声や笑い声が飛び交っている。
そんな光景が人並みで見えない向こうまでズラーっと続いて、広場を埋め尽くしているのだ。
「活気があるな!」
「来た事はある?」
「一応あるぞ。けど、人払いとかもされてたからな」
なるほど。それでは本来の風景は見れなかったろう。
「それじゃあカッツェ。はい」
「うん?」
迷子になられても困るので手を差し出すと、殿下は首を傾げた。
「なんだ? 何かくれるのか?」
「違う。手を繋いで行くよ」
「えっ?」
目をくりんっと丸くする殿下。
「なんで?」
「この雑踏だもん。迷子になったら困るでしょ?」
「おい、子供扱いするなよ」
「子供でしょうが」
そっと小声にして言う。
「それに、手を繋いでる間は私の守護魔法によって殿下は守られるので、安全面からも手を繋ぐのは必須です」
「しかし······」
理由に対して反論は無いようだけど、殿下は何故か躊躇ったまま。
「どうしてもか?」
「はい。あの、手はいつもキチンと洗っていますので汚くないですよ?」
「い、いや。そういう事を言いたいんじゃない。分かった、遠慮しないよ」
そんなに嫌かなあ。流石にちょっと傷つく。
殿下の小さな手が掌の中に遠慮がちに入ってくる。小さくて、熱いくらいにあったかい。
「カッツェの手は熱々だね」
「へ、変な事言うなよ。そういう姉さんはちょっと冷えてるな」
「歳かねえ」
「まだ若いじゃんか」
ツンっとそっぽを向く殿下。
「ほら、早く行くぞ。こんな格好恥ずかしいんだからな」
「はいはい」
小生意気でちっちゃな未来の皇帝の手を引いて市場へ。なんとも変な感じ。
市場は露店が集合したエリア一帯の事をそう呼んでいる区画で、その場に建物で根付いたお店はほとんど無い。
代わりに屋台やゴザの簡易的なお店があちこちに好き勝手並ぶので、来る度に道とかがちょっと変化したりする。そういうのは面白い。
「おおーっ、美味そうな匂いがするー!」
「だねえ」
お店のラインナップは色々あるけど、大半が食べ物関係だ。
近くの村から出店するパン屋とか、八百屋、魚屋といった食材とかをそのまま売る店もあれば、その場で加工して調理した物を提供する屋台も多い。
なので、炭火で焼かれたお肉の芳しい香りは歩く者の欲望を容赦なくつついてくる。
「あの串焼き美味そうだ! 姉さんっ、あれ買ってくれ!」
「駄目。祝日でもないのにお肉を食べるのは戒律違反だよ」
「生臭聖女のくせに生意気言うなよ」
どっちが生意気だ。どっちが。
「おお、聖女様。今日もお買い物ですか?」
「あら、エリー様。こんにちは」
歩いていると、顔馴染みになった食料品店の店主と女将さんに声をかけられた。私もカッツェを連れたまま挨拶する。
「こんにちは。今日もお世話になります」
「いやいや、世話になってんのはこっちさ。聖女様がここに来てからスライム(ブニョブニョしたゼリーのような魔物。よく地下水路に発生する)やモース(大きなネズミの魔物。同じく地下水路などに発生する)があまり生活圏に出なくなったって噂でよ」
「ええ、本当に。ありがとねー、エリー様。あら? そっちの子は?」
流石に隣の殿下に気づく。
「まさか······エリー様っ、ママに?!」
何でみんなそういう発想になるの?
「いえ。こちらは私の弟のカッツェと言います」
「「弟?!」」
「はい。さ、カッツェ。ご挨拶しなさい」
驚く二人にカッツェは一応ちゃんと挨拶した。
「カッツェ・シェイグランドだ。姉さんの元で聖職者の修行する事になった」
「こーら。そんな偉そうにしないの」
「む。えっと、しばらく姉さんと暮らすからよろしく頼む」
最後まで横柄だったけど、おじさんとおばさんは笑顔で受け応えた。
「それにしても、姉弟揃って聖者だなんて感心だねえ。あ、そうだ。これウチの畑でたくさん採れたの、持ってって!」
おばさんが小さな袋を差し出してくる。
「今年は豆がよくなってね。使っておくれ」
「おお、俺ん所も豊作だったんだ。持ってってくれ」
今度はおじさんも同じように包まれた芋を差し入れてくれた。どちらも新鮮だし、私達聖職者が良く食べる類いの物だ。
「まあ、またこんなに······。ありがとうございます。天よ、お二人に祝福を······」
「はははっ、そうやってる時だけは本当に聖女様って感じだな」
「こらっ、失礼な事言わないの。エリー様は綺麗な娘さんで、いつも聖女らしいじゃない」
「そりゃあ、べっぴんさんなのは間違いないが、中身ときたら俺ら親父どもと良い酒を飲み交わせるような感じだからなあ」
まあ、こんな感じに親しくやってくれる。
その後も、顔見知りの人達には声を掛けられ、何らかしらのお土産を貰った。聖女というだけでこんなに良くしてもらうのは少し気が引けるくらいなので、お礼のお祈りだけは心を込めて行っていく。
「ありがとうございます。貴方に、女神のご加護がどうかあらんことを······」
「おお、聖女様自らのお祈りなんてもったいねえや。ありがてえ」
ありがたいかは分からないけど、私も聖女の端くれ(もっと自信持とうよ私っ!)。ちゃんとやって、それで感謝の代わりになるのならお祈りはする。
「天の祝福があらんことを······」
「ありがたや~、ありがたや~」
「······」
そうやって一人一人にお礼の祈りを返していってると、殿下が不思議そうに見上げているのに気がついた。
「どうかした?」
「いや。なんか、そうやってると姉さんって本当に聖女だなーって」
「どういう意味よ」
普段はどう見えてるのよ。
「しかし、君は不思議だな。どう考えても優秀で模範的な聖女とは言い難いだろうに、人を惹き付ける何かがあるみたいだ。それこそ聖女の素質なのかもな」
途端に大人じみた事を言い出すカッツェこと殿下。
「みんな仲良くしてくれるから感謝なのは間違いないけど、それは聖女にっていうより、いい加減さが滲み出てるんじゃないかなあ」
「けど、今日こうやって一緒に居る間は、たしかに聖女らしい君の一面が見られた」
ふいにらしくない事を口にした殿下を思わず顧みると、じっと澄んだ目で見上げていた。
「勿体ないぞ」
「え?」
「普段からしっかりして、変な事言わなければ綺麗な聖女なんだから」
「······そ、そうですかね? あはは······あの、ありがとうございます。あ、じゃなくて、ありがとね。ちょっと嬉しいよ」
「······っ!? あ、いや、その。綺麗って言うのは、ほら、周りから見るとそういう評価になると思うっていう意味でだなっ、別に俺は何とも思わないんだがっ······」
自分で自分の発言が恥ずかしくなったのか、殿下は頬を赤らめてあわあわと言い訳のような事を喋った。
途端に、繋がってる手の温もりが意識させられ、私も何だか落ち着かないような気分になった。さっきより熱い気がする。
何となく気まずいような、気恥ずかしいような感じになったけど、荷物が増えた事によって繋いでいた手も離し、私達はすぐに元のような雰囲気に戻った。
ものぐさ聖女と、幼児化皇太子の、偽りの姉弟に。
お疲れ様です。次話に続きます。




