十五話 陛下からのお願い
「さ、カッツェ君。もう一回」
「えーっと、春に歌い、大地を駆け、命の伊吹を間に受けて······」
「そこは身に受けて、ですよ」
「えーっと、身に受けて、生の喜びを天に感謝して、我が筋肉を······」
「そこは我が身、肉を、だ」
翌朝。
朝食前のお祈り時間に起こされた殿下が、エマとビショップ指導の元、つたない祈りの言葉を朗読している。
本人は嫌々やっているけど、教えてる側のエマときたらそれは楽しそうで、いきいきしてる。
「はいっ、今日はここまでで大丈夫です。よく頑張りましたねカッツェ君」
「たく。何で俺が祈りの言葉なんか······。しかもこんなに早くに。ふぁ~あ······」
「カッツェ君、もっとピシリとしないと! そんなんじゃエリー様みたいになりますよ!」
「そうだカッツェ。そうなったらたちまち不良聖者の仲間入り。地獄の姉弟の誕生になってしまうぞ」
事あるごとに私を反面教師の材料するの止めない?
「でも、流石はエリー様の弟と言ったところでしょうか。こんなに小さいのによく聖書の文を読めますね」
「うむ。きっとお母様が良い教育をしてくれていたのだろう。素晴らしい事だ」
流石に皇族なだけあって殿下の教育レベルは高く、聖書にあるような難しい言葉も読めている。
「君らは毎日こんな事をしているのか? ウンザリしないのか?」
「しませんよー。聖者なんですから」
「ふーん。囚人の生活と変わらなそうだな」
代わりにデリカシーレベルが低いのも皇族故であろうか。
私も朝のお祈りを終え、皆で朝食を摂る。
「モグモグ、なあ、たまにはローストチキンとか、豚の丸焼きとか食べないのか?」
「カッツェよ、教団は祝日以外では肉食を禁止している。我慢しなさい」
「なら魚でもいい。この際肉なら我慢する。魚が食いたい」
「カッツェ君ったら。あんまし我が儘言っては駄目ですよ?」
「野菜だけじゃ貧弱になるぞ。帝国男子は強くなくちゃいかん。男子たるもの、多少馬鹿でも容姿が悪くても問題ではないが、強さは例外じゃなくてだな──」
殿下による帝国男子論。私からしてみれば毛先ほども興味の無い話なんだけど、本人は身を乗り出すほど熱弁をしていた。
エマとビショップは親切にも付き合ってあげてうんうんと相づちを打っていたけど、食後に二人は『父親の居ない家庭環境で育ったから、強い男性像に憧れての思想かもしれない。これから少しずつ軟化させてあげよう』と、聖職者としての使命感を燃やしていた。
午前中は私もそれなりに仕事をしていたから、殿下も大人しくしてくれた。
大人しくと言っても、静かに読書するとか、お昼寝するとかそういう意味ではなく、用は一人で勝手に遊んでいてくれた。
聖堂のあっちこちをちょこまかと走り回り、探検を楽しんだみたい。パタパタとした足音が右や左や、後ろや上から聞こえてきて、まるで小動物が侵入してるかのような騒ぎだ。
「殿下、落ち着きないですね」
「しょうがないだろ、暇なんだから」
「普段は何をして過ごされていたのですか?」
「基本的には政務だな。というより、その習いというべきか。各地の産業や資源、人口や領主達の財政状況や親戚関係とかの資料に目を通したり。後は鍛練だな。騎士団に混ざって身体を鍛えて技を磨く。これが一番好きだったな」
絶対的権力者の立場ながら、あまりだらけずに真面目に義務を果たしていたため忙しい身だったそうだ。だから、今の現状は暇で暇で仕方ないらしい。
まあ、だからしょうがないのだけど······。
「駄目です」
「何だよ、別にいいだろっ」
「駄目なものは駄目です」
昼食を終えて午後になったら、殿下がいきなり「外で遊びたい」なんて言い出したのだ。
外と言っても庭とかそういうのではなく、本当の外。つまり皇城外だ。
「何で駄目なんだよ」
「安全面からです」
いきなり外に出たいと言い出す殿下。でも、普通に却下案件。
「いいですか、殿下。殿下の正体は極秘事項として隠されています。が、いつどこで秘密が漏れてもおかしくありません。なんなら既に漏れている可能性だってあるのです。となれば、殿下はなるべく外に出ないのが吉なのです」
ご自身の立場を考えれば、今この状況で外に行きたいだなんて我が儘にも程がある。いくら私がついていると言っても、もしもの事があったら責任なんか負いきれない。
「大丈夫だって。極秘にするためにあんな脱出劇までしたんだから。それに、俺はカッツェ・シェイグランドなんだ。聖女の弟なんだから怖いもの無しだ」
最初は嫌がってたくせに、ここへ来てからむしろ活動的になってしまった。困ったものだ。
「駄目なものは駄目です」
「外に出てみたいんだ、行かせろ。チャンスなんだ」
「? 普段から頻繁に出掛けていたのでは?」
そう聞くと、殿下は首を横にふるふると振った。
「何かあったらマズイって言われて簡単には出して貰えなかった。出る時も大体護衛がゾロゾロついてきて自由に動けなかった」
「そうだったんですか」
そういう話を聞くと、やはり大物のVIPなんだなあと改めて実感する。
でも、とても窮屈そうな話でもある。
「だからさ、今なら皇太子って訳じゃないから自由に外出れるじゃんか」
「······言いたい事は分かりますが······」
気持ちも分からなくはない。私も一応令嬢だった頃は夜には外出禁止が基本だったし、修道院時代は言わずもがな。殿下の気持ちは分かる。
「しかし、やはり外出を許可する訳にはまいりません。諦めてください」
「なら無理やり脱走してやるからな!」
そして今は修道院のシスター達の気持ちもよく分かる。なるほど、私はいつもこんなに困らせていたのか。反省しよう。
「大体、シェイグランド卿だって修道院ではよく脱獄してたんだろ? 人に偉そうに駄目だなんて言える筋合い無いだろ」
「それとこれは別です。今の私は立場が制御、保護する側なのです」
「なら俺はその保護を破る側だ」
「見逃すはずないでしょうが」
くるっと反転する殿下を掴まえる。
「くそーっ、離せシェイグランド卿!」
「もうっ、皇太子なんですから少しはご自身の立場を弁えてください!」
そんな風に面倒な事になりかけていた時だ。
「エリー様っ」
聖堂前の玄関を掃除をしていたはずのエマが小走りで寄ってきた。
「皇帝陛下がお見えにっ······」
「陛下が?」
「父上が?!」
パシッと殿下の口を塞いで誤魔化し笑いをホホホっと上げておく。
「いや、突然すまなかったなシェイグランド卿」
「いえ。とんでもございません」
聖堂にて、長椅子に座る陛下。お付きの近衛兵が十人ほどあちこちの入り口や陛下の脇を固めている。
途端に物々しくなった聖堂。壁際に立って見守るエマとビショップも緊張気味だ。
「卿の元にカッツェという弟が来たと聞いてな。私も興味が沸いたので様子を見に来たのだ」
意味ありげな口振りと目線を向ける陛下。私も頷いて、隣でブスっと不貞腐れているカッツェこと殿下を前に出す。
「こちらが私の腹違いの弟カッツェです。ご覧のようにまだ幼いですが、なかなか快活で元気にやっております。最初は部屋が狭いやら壁が汚いやら料理が口に合わないやら文句を言っておりましたが、帝国男子たるもの女々しく愚痴を言っても仕方ないと言って修行生活に励んでおります」
「おお、そうか。それは良かった」
私は弟の事を話すというていで殿下の様子を伝えた。
「ほら、カッツェ。皇帝陛下だよ。ちゃんと挨拶しなさい」
「えっ、なんでだよ──うぬあっ?!」
無理矢理殿下の頭をグイィッと下げさせ、一緒に私も深く頭を垂れる。
「申し訳ありませんっ、陛下。この子は少し陛下のスケールの大きさが分かっておらず······」
「はっはっは、構わん。いや、よくやってくれたシェイグランド卿」
私は殿下に小声で耳打ちした。
「今の貴方はカッツェなんです。一庶民として振る舞ってください」
「わ、分かったから手を離せ!」
頭を上げると、陛下はニコニコ笑顔で尋ねてきた。
「時にカッツェよ。姉の元での生活はどうだ? 卿はよくやってくれてるか?」
要は父親が息子に『元気にやってるか?』という挨拶をしてるわけだ。
そう問われると、殿下は何か考えるように押し黙ったが、すぐにハッとしたように捲し立て始めた。
「ぜんぜんっ! シェイッ、姉さんはとんだ不良聖女で、俺が不平を言ってもロクに話も聞かないし、少しの過ちでも厳しい罰を与えるし、自分の仕事を押し付けて重労働させたりもするんだ!」
あ、コラ。ここぞとばかりにチクりおって。
しかし、当の陛下は逆に愉快そうに笑いたてた。
「はっはっはっは! そうかそうか! 何だかんだで上手くやれてるようだな」
どこが。
ポカンとする我が子に陛下は少し不敵に笑って語りかけた。
「帝国男子たるもの、あらゆる困難を乗り越えてこそ一人前と言えるだろう。カッツェ、厳しい姉の指導に恵まれて良かったではないか」
「よくないっ······もがあっ!?」
「だからカッツェ! 私達みたいな一般人は皇帝陛下をちゃんと敬うの!」
「わ、分かったよ姉さん」
殿下は大きくため息を吐いて父親にジットリとした目を向けて言った。
「皇帝陛下、俺も何時までも修行するつもりはありません。ですので、早く一人前の大人になってこの帝国のために働きたいです」
(つまり、『早く元に戻って次期皇帝として復帰します』という事だろう)
「うむ。そうだな。頑張るのだぞ、カッツェ」
「ですが、ここは何かと退屈です。俺ももっと外とかに出たいです」
「こーら。そんな事陛下に言ってもしょうがないでしょ?」
どさくさに紛れて先ほどの我が儘を述べる殿下。
すると、陛下が意外な事を言った。
「ああ、それなら姉さんと一緒に行ってくるといい」
「は?」
と、私は思わず聞き返してしまった。
「は、はい? 陛下、何をおっしゃって······」
「うむ。これはあくまで私個人の意見だがな」
と前置きして陛下が言う。
「男子たるもの、経験は大事だ。思うに、カッツェも聖女の姉と共に外に出て町の様子などを見てくるのも修行になると思うのだ。どうだろう、シェイグランド卿?」
意見を求める陛下。だが、つまるところこれは『お願い』だ。
そして、この帝国において皇帝のお願いとは、『絶対命令』と同義だ。
つまり、私に断る事など出来る訳もなく······。
「······はぁー。分かりました」
ほんの十分後。
私と殿下は二人並んで城門を潜って外へと出た。
お疲れ様です。次話に続きます。




