十四話 生意気なカッツェ
午後になり、本来ならお昼寝と読書タイムに移れる私の癒しパーティータイムなのだけど、生憎とそうはいかない。
「シェイグランド卿。暇だ」
「······それなら自分の部屋でお昼寝でもしててくださいよ」
当然のように私の部屋に上がりこんで、ベッドに転がる殿下。無断ではなく、ついてきただけだから許すけど、その傍若無人ぶりは目に余る。
「私も聖女の仕事で忙しいのです。殿下も適当にお外で遊んできてください」
「ならレッグス(ボールを足で蹴って行う遊戯、スポーツ。通常は10対10ほどのチームでやる)やろう」
「やりません。というか私の服では出来ません」
毎日床に引きずりそうなくらいギリギリに長いロングスカートの法衣を履いてるんだから動き回れる訳ないでしょうが。
「暇だー。暇だぞー。卿は俺の部下なんだから何かもてなせー」
「部下になった覚えはないのですが······」
まあ、一般人ではないけど私も帝国の住人。そんな帝国人は全て皇族の所有物みたいなとこはあるから間違ってはないかも。
「仕方ありませんね。それなら、外で一緒に日向ぼっこと読書と参りましょう」
「何だその老人みたいなチョイスは」
と言いつつも、とにかく外に行けるとなった殿下はウキウキで用意を始めた。
聖堂の庭に二人で出ると、殿下は芝生の園をチョロチョロ~っと走った。
「おおーっ! なかなか広いじゃないか! これならレッグスも出来るな!」
「だからやりません」
ちっこい体を草原の上で弾ませながら、キンキンな高い声をよく響かせる。
「シェイグランド卿ーっ、ボール持ってこい、ボールー!」
「だからやりませんってばーっ。それと、声が大きいから姉さんと呼びなさーいっカッツェ~っ」
私の言う事を聞いてるんだか聞いてないんだか、カッツェは地面をキョロキョロ見回しながらポンポン跳ね、ピョコピョコ屈んだりしながら何やら遊んでいた。
「まったく······」
一人遊びに夢中になっている。よし、これでようやく私もゆっくり読書に入れる。
しおりを取って続きを読む。昨日までに読んだのは主人公のエリックが友人のスコットと模擬戦をすると話が決まったとこまでだ。
「······」
──ペラ──
『エリックの心は嵐の合間に時折顔を覗かせる晴れ間のような、あの心情その物であると言えた。乱れ、掻き回され、混沌の中に光を見出だすような、あの風景と彼の心情は重なっていた。灰色の重い雲の上に優しくもたれるような黄金の陽光。それは、単に喜びと表現するのには不可解過ぎた。
友の事を考えると······スコットの顔を思い出し、その声を思い起こすと、どうしようもなく心が掻き乱されるのだ。そして、それは多分の喜びと興奮を含んでいたが、それよりもやはり戸惑いと躊躇いが勝った。友を友として好きなはずなのに、心の片隅で突風が巻き起こる。穏やかならぬ、心の底の何か得体の知れない恐ろしい感情が。
あまりに生々しいその感情は、エリックの中に備わっている理性や倫理をあっという間に飲み込んでしまう。あえて名付けるなら、それはやはり゛欲望”と呼べるのだろうか。
「ああっ、スコット······!」
エリックはため息混じりに友の名を呼んだ。その声には熱い吐息が纏わっていた。
「友よ、掛け替えの無い友よ! 僕らは親友だ。そう、共に戦場を駆け抜け、血の中を這いつくばり合った仲だ。この世に喜びや楽しさを共有出来る人間は多く居るけれど、苦しみや痛みを分け合ったのは君だけだ!」
それは悲痛な叫びであった。一体誰が、彼ら若い騎士のその脆い心を理解してやれるだろうか。危うい彼らの魂をそっと手で包んでやれるだろうか。
分厚く、冷たい鎧を幾重にも重ねて、その手には命を刈り取る剣を握る。それを一つ一つ振り下ろす度に彼らは血の代償として大切な物を失う。
その身体に、どうしようもない狂気の熱が孕み、胸がどうにかなるほど苦しい。
そんな人間にとって、その苦しみを持つ友がどれほど素晴らしいか。同じ苦しみを理解してくれる友がどれほど美しく見える事か!
「スコット、ああっ、スコット······! 僕は君の友だ! 友達なんだ! これは、例え神が僕の身に戒めの棘を千本打ち込もうとも誓える! 君は親友だ! なのに、僕の心は違う君を求めてしまっている!」
嵐のように不穏な暗雲。そして、日の光のような純粋な煌めき。それは一度風向きが変われば一瞬にして世界の色を変えてしまうり
そして、今度は濁流が彼の穏やかな心を飲み込み、今新たな感情が確かな形と意識を持って生まれようとしている。エリックにはそれが恐ろしかった。その抑えようのない願望が、二人の関係を変えてしまう事が分かっていたからだ。
灯のように揺れる心。それを飲み込んで激しく沸き上がる業火のような衝動。
あまりにも恐ろしい想い。禁断の、許されない想い。それは、おそらく蕀の園への片道······。その甘い毒に囚われれば、彼の心は二度と元の位置には戻らないだろう──』
「ふーん? よく意味が分からんな」
「どぅわっひゃあああっ?!」
「うおっ?!」
突然遮られた私の嵐。いや、エリックの嵐、違うっ、心の葛藤──
ではなく、せっかく深く読み込み始めた一節の途中で、私を空想の世界から引きずり下ろした声をかけたのは──
「で、殿下っ、いつの間に?!」
「さっきからずっと居たぞ。何をそんなに真剣に読んでるのかと思ったら、この間の本か。まだ俺が知らないパートのようだな」
いつの間にかすぐ横に潜んでいた殿下。
「こ、こらっ! 人の読んでる物を覗き見るなんていかがわしい! この間の無断侵入といい、貴方は変態なんですか?!」
「な、何をそんなに怒ってるんだ? というか、俺は変態なんかじゃない!」
「嘘おっしゃいっ! 女性の部屋に勝手に入って私物を漁り、しかも覗き見なんて立派な変態です!」
「わ、わかった、わかったよ。悪かった。そんなに怒るなよ」
私の剣幕が凄まじかったのか、殿下は困ったように降参した。
「まったく。何をそんなに怒ってるのか。女という生き物はどうも難しい」
あ、そういうのは一番好感度下がる発言やぞ。
「でも、殿下にだって妹さんが二人居るじゃないですか」
「居るには居るが、基本的には幼い頃はあまり一緒に過ごさなかったからな。男子には男子の生き方、女子には女子の生き方があるからな」
「そういうものですか」
「男子は帝国男児らしく育つよう教育される。男らしく、強く、逞しく。そうだな、ちょうど今くらいの歳の時にそういう教育を本格的に受けたもんだ。何事も学びは大切だからな。それがそのまま人格に直結する」
「それなら少しは女性に対する優しさや寛容さも学んでください。デリカシー、気遣い。そういうのが無いと愛想尽かされますよ」
「そ、そうか? ふむ······」
殿下は何か困惑するような様子で私を上目遣いでチラチラ見ていたが、こんな事を言った。
「シェイグランド卿は変わり者だと聞いていたが、そういう所は女っぽいんだな」
「あの、変わり者だとしても性別まで変化してる訳ではないのですよ?」
まったくもう。これでも一応領主の家のお嬢様だった時代もあったのに。まあ、その頃から変人令嬢扱いだったのは認めるけど。
「そうか、そうか。何て言うか······卿も女の子なんだな」
「え? あ、はい。それはもちろん」
いきなり真面目な顔で“女の子”だなんて言われた。
「聞いていた噂からも、実際に何度か話した限りでも、卿は女子らしさが希薄だと思っていたのだが、こうやって普段の素顔を見てみると、女の子なんだな」
「······何を言ってるのですか。当たり前でしょう。まったく。私の事なんだと思ってたんですか」
この。なんか生意気。
殿下のふんわり頭を軽くクリクリしてやる。
「あ、何すんだよ」
「なーにが女の子、ですか。今の状態では私は女性。貴方が男の子なんですからね」
見た目はわんぱく坊やのくせに、いっちょ前に女がどーのこーのなんて言っちゃって。
「生意気ですよ。お子様のくせに」
「俺は子供じゃないっ」
ムッとして手を打ち払ってくる殿下。
「覚えておけよシェイグランド卿。俺が元に戻ったらこれまでの非礼や無礼はぜーんぶ問いただしてやるからな!」
「帝国男子ならそんな女々しい事言わないべきなんじゃないですか?」
「ぬっ······よく口の回る奴だ」
「それに。殿下が元に戻る方法を調査するのは私なんですからね。つまり、あんまりお姉様に逆らうと子供のままにしちゃいますよ?」
「職権乱用だ! ズルいぞ!」
わーぎゃー騒ぐ殿下を適度にからかい、ちょっと仕返しをしてやったら、覗き見とかの事は許してあげる気になった。
代わりに、とりとめもない話をしていたら思ったよりも時間がかかってしまい、すぐに日も落ちてしまった。
いつも午後にはしているお昼寝が出来なかったせいで、私は夕飯を終えるとすぐにおねむになってしまい、読書もあんまし進まなかった。
本来なら厄日だなーなんて思う一日だったはずなんだけど、不思議に嫌な感じはせず、ぐっすり寝る事が出来た。
眠る前に、殿下がつぶらな瞳で『女の子なんだな』と言ったのを思い出し、
「生意気ですよ······」
なんて、一人言を漏らして瞼が下りた。
お疲れ様です。次話に続きます。




