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十三話 陛下との会談

 



 ──チチチッ······チチッ······──


 ──コーンッ、コーンッ、コーンッ──


「ふあぁ~······ふぃー」


 朝だ。

 鳥のさえずりと、響き渡る鐘の音で目が覚める。


 いつもの朝だ。


「ぁ~······」


 私は朝に弱い系聖女なので、この時間帯は本当にしんどい。

 けど、起きなきゃ。


 適当に身支度を済ませ、浴室へと向かう。

 水場で顔や口をすすいで身を清める。この水の冷たさが良い気付けになるのだ。


「ひぃ~······」


 キンキンする~。




 もう一度部屋に戻り、今度はちゃんと法衣などを身に付けていく。髪も櫛で解いて、サラサラに伸ばしてからちゃんと紐で結ぶ。


 ──スッ、スス、サッ──


 そして鏡の前に立てば聖女の完成だ。うーん。相変わらず我が身とは実感しにくいお清楚な出で立ちだ。黙ってれば聖女だ。でも、やる気のなさそーな光の無い目に私の個性を感じる。


「さ、お仕事、お仕事」




 聖堂に入ると、既にエマとビショップが居り、各々の仕事に取り掛かってる。


「おはようございます、エリー様」

「おはようございます、シェイグランド卿」

「おはよー。ふぁ~······」

「もうっ、エリー様ったら。また恥ずかしげもなくあくびなんかして」

「むにゃむにゃ······最近疲れがとれなくてー。歳かねえ」

「何を言われる······私なんか今年で五十五になりますが朝はバリバリですぞ」

「それ、お爺ちゃんならそうじゃない?」

「失礼な! 私は老人ではありません!」

「そうですよエリー様っ。それに、私だって若年ですが朝はちゃんと起きてますよ!」


 私は不良聖女として有名だけど、お付きの二人は凄い真面目な人間だ。お陰で今日も朝から小言だ。


「あ、お祈りしなきゃ~。いやー、聖女の仕事は忙しくて大変だー」


 そんな小言は聖女の仕事で回避するに限る。こればかりは他の人間に代われないので、二人も何か言いたくても渋々引き下がるしかないのだ。


「えー······我ら人の子の母よ、女神よ──」


 流石に毎日唱えていたから暗記してしまった、女神礼讃聖歌。歌、と言っても音階があるような代物じゃなくて呪文だ。


 聖女の朝はこうして始まる。



「──天よ、今日も全ての人に祝福を」


 朝の祈り。それは世界のための祈り。

 女神様に感謝と尊敬の言葉を乗せた歌を届け、人々は今も貴女を愛して敬っていますと伝える。そして、どうか貴女も我らを愛し、我らの行く末をお守り下さいとお願いするのだ。


 聖女には特別に強い力が宿っているので、唱えた呪文はただの声だけでは終わらない。それは聖堂の骨格に組み込まれた特殊な建材に反響して、一種の磁場を生み出す。魔力の磁場を。


 それは人々の不安や怒りを多少和らげる癒しの魔法だ。聖堂とは、祈りを捧げる場所であると同時に聖者が使う巨大な魔道具なのだ。



 と、口酸っぱく教えられたものだけど、果たして私の祈りが本当に人々を癒してるのか疑問過ぎる。


「さて、と。仕事も終わったし、本でも──」

「駄目ですよ!」


 ──ガシッ──


 私の祈りが終わるのを待っていたのか、エマがすぐに捕まえにきた。


「教団から報告書を送るようにって催促が来てるんですからね! もう十日分も滞納してるって!」

「いーじゃん別に~。だって『管理聖堂における問題点、疑問点、改善案を一つずつ挙げ、現状に関する備考を千文字以上書きなさい』なんて言われたってさ~、数日で劇的に何か変化とか事件が起こってる訳じゃないんだし。無駄な仕事だと思うな私は」

「そうかもしれませんが、規則は規則。そしてエリー様は聖者達の模範となる聖女なのです! やりたくないでは許されません!」


 バサッと突きつけられる書類。


「きっちり十枚! 今日中に処理してください」

「エマ、お願いね」

「もう駄目です!」


 ここ最近の20日分くらいはエマが肩代わりしてくれてたけど流石に我慢の限界がきたみたい。うーん、癒しの呪文は効果無しのようだ。


「カッツェ君もエリー様の仕事ぶりを見て修行するのです。模範となるお姉さんが怠けていたら彼は聖者になれないかもしれないですよ!」


 代わりに皇帝になるんだから別によくない?




 と、そうやってエマから押し付けられる書類を必死にガードして抵抗していた時だ。


 ──ギイイィ·····──


 聖堂の扉が開かれ、兵士が入ってきた。私達の前まで来るとうやうやしく跪いてこう言った。


「失礼いたします。シェイグランド卿、皇帝陛下がお呼びです」

「あ、はい。という事でー······エマ、ごめんねー、仕事が入ったんで書類はよろしく」

「あっ、こら待ちなさいっ、エリー様!」


 兵士の人は笑いを堪えていた。







 ──コンコンコン······──


「陛下、シェイグランドです」

『入りなさい』


 今は主を失った殿下の部屋を開けると、皇帝陛下はテーブルを前に座って待っていた。側には執事さんも居る。


「おはようございます、陛下」

「うむ。まあ堅苦しくなる必要はない。そこに座ってくれ」

「失礼いたします」


 用意されていた席に座る。


「さて、シェイグランド卿。まずは昨日の件の事だが、見事だ! あの警備を突破して皇太子を連れ出すとは。やはり私の目に狂いはなかった。そなたこそ正に不良聖女、教団始まって以来の真の問題児だ」

「光栄でございます」


 絶対光栄じゃないけど、一応褒められているのでお礼を言わなければならない。


「うむ。何か褒美をやりたいところだが、それは今回の件が解決したら改めて授ける事にしよう。今回は礼の言葉だけにとどめておく」

「お気遣い痛み入ります」


 執事さんがスッと紅茶を差し入れてくれたので、ありがたく飲ませてもらう。


 陛下も満足そうにカップを手に取った。


「シェイグランド卿、皇太子はどうだ? 何か困るような事はしていないか?」

「いえ、困るという程の事は······しかし、思ったより我が儘だったり、子供っぽかったりと言うか·····まあ、あの姿になった事による作用と言いますか、見た目だけではなく幼児退行しているという事なのでしょう」


 かなり恐れ多い事をズケズケと言ってると我ながら思うが、陛下は気を害する事もなく頷いていた。


「ほう、なるほどな。ふーむ、今のところ害らしい害は無く、純粋に皇太子が幼児化しているだけという事か······。教団からはまだ例の資料とやらは届いていないのだな?」

「はい。まだ時間はかかるかと」

「そうか。まあ、とにかく。皇太子に仔細無いようで良かった。卿、出来の悪い息子だが、あれでも我が子だ。よろしく頼む」


 突然殊勝な態度になった陛下に私も慌てて返事する。


「いえっ、とんでもございません。こちらこそ、精一杯務めさせて頂きます」


 正直言って、引き受けた時は嫌だったけど、こうやってお願いされたのでは私も責任持って最後までやり通さねばなるまい。あー、やだなあ。



「あ、そうそう。卿、例の作り話の件なのだがな、教団とそなたの実家からすぐに返事を貰った。これがその手紙だ。そなたに渡しておこうと思ってな」


 陛下が思い出したように二つの手紙を取り出した。


「これは私宛ての物だが、そなたにも関係のある内容が含まれている。読んでおきなさい」

「はあ、ありがとうございます」


 一応受け取り、読んでもいいかと改めて陛下に確認してから中身を見てみた。


 まずは教団からの手紙。


『今回の件につきまして、教団側でも全力で協力させて頂きます。シェイグランド卿より要請された資料等の収集も引き続き尽力して参りますので、一日も早い問題解決をお祈りいたします。ディゲル殿下ことカッツェに関しては「教団随一の不良問題児聖女であるシェイグランド卿のために、修行を兼ねたお目付け役とするべく枢機卿内で派遣を決定した」とし、関係者などには情報共有をしております。これでしばらくの間は誤魔化せるかと思われます。なお、教団として唯一の懸念点は果たして本当に殿下をシェイグランド卿の元に預けて良いものかどうかという点なのですが······殿下が怠け者になり、酒浸りの堕落者にならないか心配です。そもそも、自分の面倒も満足に見れないシェイグランド卿に果たして子供の面倒を見れるかどうか······』


 ボコスコにディスられていた。


 ──ペラ──


 次は実家(父)からの手紙。


『大変恐れ多い話でございますが、ウチの娘なんかで良ければいくらでも協力させてやって下さい。私も、しばらくは町の酒場に繰り出して周辺の娘に淫らな言葉の数々をかけて女にだらしないという噂を広める所存でございます。なんなら、妻も「どんどん浮気してきなさいよ!」と協力的なものですから、こちらの偽装工作は万全です。つきましては、図々しい事を承知の上でのご相談なのですが、エリーの協力による褒美の方のご相談をさせて頂きたく······』


 父よ。母よ。

 私を生んで、育ててくれてありがとう。

 その感謝の上で言いたい。

 馬鹿なの?


「どうだ。どちらも我々の計略に協力的だろう?」

「はい。ええ、もう本当に。びっくりするくらい。こと実家に関しては私の方がおかしいのかなと思うほど狂ってる気がしますが」


 陛下は愉快そうに笑い、執事さんは同情するような眼差しを向けてきた。


「そういう訳でだ。そなたはこれで堂々と振る舞っておればよい。万が一誰かが怪しんだとしても、教団もそなたの家も口裏合わせは万全だ」

「そのようですね」


 私一人だけ疲弊しているのは気のせいですかね?






 陛下との極秘会談を終え、私は二つの手紙を懐にしまったまま聖堂へと戻った。



 中へ入ると、ディゲル殿下と、エマ、ビショップの三人が祭壇の前に揃って何やら騒いでいた。


「さ、カッツェ君。次の一節を覚えましょう!」

「まだ覚えるのか? もう今日はいいだろ~」

「駄目だぞカッツェ。そんなんじゃお姉さんのようになってしまうぞ」


 私が近づくと三人とも気づいた。


「あ、お帰りなさいエリー様」

「シェイグランド卿。我らは既に朝食を摂りました。貴女の分は食堂に用意されております」

「どこ行ってたんだよシェ······姉さん」


 怒ったように見上げてくる殿下。


「姉さんが居ないから代わりに俺が祈りの言葉を読まされてるんだぞ」

「そっか。ご苦労様カッツェ」

「まったく。何で俺がこんな事······。それに比べていいよな姉さんは。楽そうで。フラフラしてるだけだもんなー」

「······ふふふ」

「!?」

「エ、エリー様?」

「そっかあ。楽そうかあ。そっか、そっかぁ」

「ひっ?! ね、姉さん、笑顔の中の目が笑ってないぞ?!」


 ええ、そうですか。楽そうで羨ましいですか。


 訳の分からない事件に巻き込まれ、仕事が増え、しかも我が儘なお子ちゃまを守りながら同僚に散々コケにされ、親のアホな手紙を読まされる私はさぞかし楽でしょう。


「ふふ、ふふふふ······カッツェ~、ごめんね~益体無しなお姉ちゃんでー」

「ひぃっ!? そ、そそんな事ないぞ! 姉さんは自慢の姉だ! うんっ!」

「エマ~、暖炉に火を点けてもいい~?」

「あ、は、はい。あ、私が点けますね」



 もう要らないという話は聞いていたので、私は手紙二枚を暖炉の中で踊る炎に飛び込ませてやった。


 鼻唄を歌いながら火をいじる私を、三人が気味悪そうに眺めていた。




お疲れ様です。次話に続きます。

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