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十二話 皇太子の居る食卓

 




「腹へった~。まだか~?」

「もうちょっとですよー、待っててねカッツェ君」


 夕飯の時間になり、殿下ことカッツェと私は台所にてエマの料理を待っている。


「ごめんねエマ。食い意地の張った弟で」

「いいんですよ。カッツェ君、聞きましたよ? お昼はお姉さんのお仕事を手伝ったんですよね?」

「ああ、シェイグ······姉さんはだらしないから俺が代わりに掃除してやったんだ」

「まあ。偉いですよカッツェ君。それに引き替え······エリー様っ、駄目じゃないですか。聖女として、いえ一人の姉としてカッツェ君の見本となるような人間でいなくちゃ」

「そうだぞシェ、姉さん。俺の姉ならしっかりしてもらわなくちゃな!」


 お調子に乗りおって。お腹が空いて待ちきれず、台所の様子を見に行く~とか言うお子ちゃまのくせに。


「それしても、エマと言ったか。君は料理は上手いのか?」

「ええ、得意ではあります」

「そうか。姉さんはヒドイものだぞ。昼飯は姉さんに作ってもらったんだがドロドロの味しないスープだった」


 私の作った物を入れた口から、私の悪口を吐き出すとは。とんだ悪質交易路じゃないか。


「で、晩飯のメニューは何なんだ?」

「魚のスープとパン。それに豆とじゃが芋の付け合わせです」

「また肉は無いのかー」



 出来上がった料理をピョコピョコと運び出していくカッツェ。エマはそんな彼の様子を微笑みながら眺めていた。


「可愛い弟ですね、エリー様」

「どこがよ······」




 ビショップも加わり、四人で食堂のテーブル席に着く。


「腹へった~。あーん······」

「あ、駄目ですよカッツェ君」


 パンを食べようとした殿下。それからパンを取り上げるエマ。


「あ、何するんだ」

「まずはお祈りからです。食事の前に女神様へ感謝のお祈りを捧げないと駄目ですよ」

「えー、そんな事するのか」

「そんな事だなんて言っては駄目だぞカッツェ。君もお姉さんみたいになりたくないだろ」

「そうですよ。君にはまともな聖者になって欲しいんですから」


 二人にたしなめられる殿下。なんか聞き捨てならない言葉を聞いたような気もするけど、ま、いいか。


「それではエリー様、お願いします」

「はいはい」


 食前のお祈りは一番位の高い者が唱える。


「創生の母なる女神よ、我ら大地に降りし子らの日々の糧、命の紡ぐ今日という日の──」


 お祈りは一分くらいで済むけど、覚えるのが面倒くさくて最初の頃はよくカンペをチラチラと見たものだ。


「──我らに祝福あれ。女神よ永遠なれ······。はい、終わり。食べましょー」

「「天に感謝を」」

「? あ、感謝を」


 殿下もエマ達に倣って天を拝んだ。




「モグモグ──うーん。なるほど」


 食事をしながらコクコクと頷くカッツェ。


「てっきり姉さんが料理下手なのかと思ったら、そうじゃなくて宗教料理とはこんなもののようだな」

「こら、カッツェ。エマお姉ちゃんの料理になんて失礼な事を言うのっ。確かにエマお姉ちゃんの料理は私に比べればちょっとアレかもしれないし、私の方が理想的なお姉様レベルが高いかもしんないけど、御飯は美味しいでしょうがっ」

「失礼な事を言ってるのはエリー様です! 第一、カッツェ君は別に不味いとは言ってないでしょう!」

「こら、シスター・エマ。食事中は静かにしなさい。シェイグランド卿も、もっと聖者としての自覚をですな······」

「ねー、エマ~。ワイン一杯じゃ足りないよ~。もっとちょうだい」

「もう。どのくらい欲しいんですか?」

「1樽」

「モンスターですか貴女は!」

「だから、シスター・エマ、君もそんなに騒がずにだな······」


 わいわいぎゃーぎゃーやってる我ら三聖者を、殿下は不思議そうに見ていた。


「なあ、シェイグ······姉さんは聖女だから偉いんだよな?」


 という殿下の問い掛けにビショップが大きく頷いた。


「それはもちろん。我ら教団の頂点に立つのは聖王だが、その下に選ばれし枢機卿が存在する。聖女とはその枢機卿、つまり教団内では序列二位の高位に位置するのだからね」

「ふーん。の割には君らは随分と親しげだな?」

「はい。エリー様は確かに聖女なのですが、同時にこう、教団内でも有名な問題児ですので······位に関係なく厳しめに物申して良いと他の枢機卿の方々からも言われておりますから」

「姉さんって本当に問題児なんだな······」


 私のどこが問題児なんだ。ただちょっとサボりがちで、戒律違反もするし、聖女にしてはだらしないし、枢機卿で唯一聖書を半分も暗記してなくて、修道院での脱走回数歴代一位の記録保持者で

 うん、めっちゃ問題児だった。納得。


「······」

「カッツェ君?」


 何故か途端に黙りこくってしまった殿下。その表情は神妙というか、なんだか寂しげだ。


「どうかしたの?」

「いや。こうやって大声で話ながら食う飯なんて初めてだから。なんか変、でな」


 そう言ってパンを頬張る殿下。その横で何か察した(この場合は勘違いしたという方が正確)エマがハッと口に手を当てた。


「そう、ですよね。カッツェ君の生まれ(名もなきシングルマザーの家庭)を考えれば、こういう食卓は初めてかも······」

「ああ。食事の時はいつも無言だ。たまに親(皇帝陛下)から何か小言を言われたり、政治の話をされる事はあったが、無駄口は禁止だった」

「まあっ······厳しい家庭だったのですね······」

「それなりに、な」

「ふむ。カッツェ。君のお母さんは何をしている人なのかな?」

「何って、王妃だが······」

「オホンッ、オホンッ!」


 殿下が早速ドジしてたので咳払いの掩護射撃をしてあげる。


「えっと、王妃ってのはね、ほらっ、アレ。アレだよ。煌びやかな夜のお城で殿方達を元気付けてあげる素敵なお姉さん的な······」


 咄嗟の嘘だったけど、エマとビショップは何か察したかのように(勘違い)気まずそうな反応をした。


「そうですか、王妃ですか······大変なんですね、カッツェ君のお家も······」

「うむ、カッツェよ。ここで多くを学び、お母さんを楽にさせてあげなさい」

「? よく分からんが、分かった」


 殿下は能天気に残りの御飯をパクパクと平らげていった。




 夕飯が終わり、殿下に自分のお皿は自分で洗わる事にしたら、すごくブーブーと文句垂れた。


「くそ、なんで俺がこんなこと······」

「カッツェ君、そんな事を言っては駄目ですよ? 自分の身の回りの事は自分でやる。それも立派な修道者の義務なんですからね」

「でも、姉さんだって洗ってないじゃないか」

「ああ、私はいいの」

「なんでだよ」


 ふっ。分かってませんな。


「私は聖女だから。基本的な家事とかそういうのはお付きの人がやってくれるの」

「な、何だって? くそ~、ズルいぞ!」

「フッ。そう思うなら君も大司教になりたまえ」


 悔しそうに冷たい水をジャバジャバやる殿下。今ほど、聖女の肩書きに優越感を抱いた瞬間はなかった。


「でも、エリー様はだらしないから少しは自分でやった方がいいような······」


 そんな声も上がる肩書きだけどね。



 食後、一旦殿下の部屋に戻ってベッドメイキングなどを済ませた後、お風呂に入る準備をさせる事にした。


「なんだ、風呂か。今日は別に入らなくていい」

「駄目です。確かに貴族や皇族の方々は三日に一回程度の入浴で済ませていますが、聖職者達は基本的には毎日入らねばなりません」

「そうなのか。面倒な規則だな」


 けど、昼間にたくさん働いたからいっかと言う殿下。


「じゃあ入ってくる」

「あ、殿下お待ちを」

「ん? 何だ?」

「規則として、修行者などの下位に属する人間は高位の人間と共に入って体を洗う手伝いをせねばなりません。殿下はここに修行しに来てる身ですので、入浴の際は高位者と一緒に入らねばなりません」

「············え゛っ!?」

「ですので──」

「ちょ、ちょちょちょちょっと待てっ!」


 なんかいきなり慌て始める殿下。ほっぺから耳の先まで燃え上がるようにカーッと赤くなっている。


「い、一緒に入るのか!?」

「はあ。まあ、規則ですので。でも、体を洗うだけですよ? 別にそんな恥ずかしがる事も──」

「は、恥ずかしいに決まってるだろ!? というか、君は恥ずかしくないのか?!」

「え? はあ、まあ別に」


 ますます紅潮する殿下。なんか見た事ないようなアワアワした様子。何をそんなに慌ててるんだろう?


「い、いや、その、だな。ほら、確かに体は子供だが、俺だって男でな、だから、いくらシェイグランド卿とは言え、お、女と一緒に入るのは······」

「はい? あの、何の話ですか?」

「え? だ、だから、俺とシェイグランド卿で風呂に入るっていう······」

「······結婚もしていない男女が裸体を晒し合うのも教団では原則禁止です。私が言っているのは、殿下はビショップと共に入るという話です。私はエマと入ります」

「え、あ、は? あ、ああ、そ、そうか。そういう事か······」


 どうやら盛大な勘違いをしていたらしい殿下。まだ耳たぶまでホカホカに赤い。


「······もしかして、一緒に入りたかったんですか?」

「えっ?」

「私と」

「············」


 殿下は目を丸くして私をじっと見ていたけど、『ボンッ』という音が聞こえそうなくらいにもう一段階燃え上がるように顔を赤らめた。


「な、ななな、な、なにっをい、言ってるんだ君はっ!!?」

「おや······」


 なんか面白い反応。


「クスッ······うぶなんですね殿下」

「~~~~っ!?」


 スタッと立ち上がった殿下は弾かれるように部屋から飛び出して行ってしまった。


「あらら······」


 ちょっとからかい過ぎちゃったかな。


 でも、殿下にも可愛いとこがある。

 本人の性格なのか、あの体だからなのかは分からないけど。


「······あの体、か」


 何とか大事な初日を終えたけど、これからどうなるのかな。

 果たしてこうなった原因は突き止められるだろうか。

 そして、殿下を元に戻す事は出来るのだろうか。


 それらは私の手にかかっているのだから、気が重い。



「はぁー。今までだらけてたツケが回ってきたのかなぁ」


 頑張るしかないもんね。

 頑張ろう。



お疲れ様です。次話に続きます。

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