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十一話 わがまま皇太子

 




 お尻ペンペンタイムを終えると、涙目になったチビッ子殿下が恨めしげな目で見上げてきた。


「くぅ~~······し、シェイグランド卿~。お、俺が元に戻ったら覚えておけよ~······この仕打ちは決して忘れんからな······」

「おや、何をです?」

「俺に対する無礼だ! 次期皇帝たるこの俺の尻を叩くとはっ、本来なら極刑物だぞ!?」

「何か勘違いされているようですね。私は皇太子ディゲル殿下に暴力をふるった事などありません。我が弟カッツェ・シェイグランドに姉としてお仕置きした覚えはありますが」

「詭弁だっ、そんなのっ! うぅ······」


 痛そうにお尻をモジモジさせる殿下。


「まあ、今回のは確かに女性の部屋に勝手に上がっていた俺にも非はある。許してやろう」


 なんで上から目線なんですかね。まあ、皇太子だし仕方ないか。

 というか、そんな常識をわきまえているのに何で入ったし。



「さ、殿下。早く出てって下さい。私も今から昼寝──お祈りをしなくちゃならなくて忙しいんです」

「さっきも言っただろ? 俺はこっちの部屋の方が気に入った。だから交換だ」

「なるほど。今度は左手に交換して叩いて欲しいと」

「ひぃ! わ、分かった。しばらくは向こうの部屋で我慢する!」


 先ほどのお仕置きがかなり効いたのだろう。手を上げただけで殿下は降参した。


「たく、なんで俺があんな独房みたいな部屋に······」

「ほら、我が儘言わないの。帝国男子の頂点である皇太子でしょ?」


 殿下は苦い顔をして私を睨んだけど、ふと思い出したように言った。


「なあ、それより。腹減ったんだが」

「もうですか?」


 まだお昼御飯には一時間近くある。


「昼食にはあと一時間近くですが······」

「腹減ったー。腹減った~。もう飯にしろ~」


 その場で駄々をこねる殿下。次の皇帝の何ともみっともない姿だけど、子供の体になってるから色々と生理的欲求の勝手が違うのかもしれないし、ここは言うこと聞いてあげよう。


「仕方ありませんね。では自分の部屋で待っててください」

「ああ、分かった」

「······」

「ん? どうした?」

「と、思ったんですが、また勝手に部屋に侵入されたりしたら嫌なのでついてきて下さい。と言うか自分のご飯なんだから手伝ってください」

「え~。面倒っちい。早く作ってこいよ」


 ──スッ······──


「わ、分かった分かった! 俺も手伝うよ!」


 聖なる右手をかざすと殿下は条件反射で立ち上がった。





 二人で台所に入る。


「おー、これが厨房か。初めて入った」

「そうなのですか?」

「ああ。へー。狭いんだな」


 キョロキョロと物珍しそうに見回す殿下。


「ここでどうやって料理するんだ?」

「作る物によって変わりますので一概には言えませんが、野菜を切ったり茹でたりするのが主でしょうか」

「へー。肉はどこで焼くんだ?」

「フリューゲル教では基本的に動物の肉食は禁止されております」

「肉が無いだと?! じゃあ何を食うんだ?!」

「野菜、麦」

「それって家畜の餌じゃないのか?」


 帝国の貴族などは肉食こそ男子のあるべき生活スタイル、肉を食わない男は男にあらずというような風習があり、代わりに野菜ばかり食べる者は貧乏か軟弱野郎だと評価される。


「野菜も麦も立派な食物です。肉は食べられませんが、乳製品や卵、それに魚なら肉を食べる事は許されています」

「ぬう。魚など軟弱者の食い物だと聞くが······」

「美味しいですよ」


 まあ、確かに私も本音を言えばお肉が食べたい。


「まあ、フリューゲル教では祝日(一ヶ月に一回ほどの間隔で設けられた日。女神様に感謝するお祝いの日は好きな物を食べてOK)になれば肉も食べられるので、それまで我慢して下さい」

「それまで居るつもりはない」

「そうなると良いのですが」

「他人事みたく言うな。そうなるようにするのが君の仕事なんだからな」


 もう、可愛くない。見た目は愛らしいのに性格が生意気過ぎる。まあ、中身は皇太子だし横柄になるのも生意気なのも仕方ないかもしれないけど。



 可愛げのない殿下のためにミルク粥を作ってあげた。


「シェイグランド卿、これは何だ?」

「我々聖職者が普段食べてる物です」

「スープか?」

「ミルク粥です。豆も入っております」

「ふーん」


 席に着いてスプーンを持つ殿下。

 スッと美しい所作で音も立てずにすくって一口食べたのは流石だ。そういう上品なところは流石皇族。


「······シェイグランド卿」

「なんですか?」

「君は料理下手なんだな」


 前言撤回だ。なんと下品な物を言う口だ。


「これ、味がしないぞ。それになんかミルクくさい。それにドロドロしててスープっぽくないぞ」

「いいですか? 聖職者の口にする料理というのは娯楽のためではなく生きるための物なのです。つまり、一口でハッピーになるような味つけや、高価なスパイスなどによる香りつけも無いのです。あと、スープじゃないです」

「いいんだ、卿。気にするな。君は聖女であってコックじゃない。料理が下手でも問題はない。俺はいい迷惑だけどな」


 あ、また右手が疼いてきた。しかし、悪びれた様子もないしモクモクと食べてる辺り、これは殿下なりの気遣い、なのかな?


「それに、腹が減ってるからな。昔の言葉にもあるだろ? 『空腹は最高のコックである』と。だからこれも食える。味はともかく腹には溜まるしな」


 仮にも((れっき)とした!)女の子の手料理を食べておきながらこの感想とは。皇太子の肩書きが無ければサイテー野郎確定だ。



 物凄く腹立つ事を言った割には、殿下はミルク粥を綺麗に食べきった。


「ふうー。空腹は治まった。卿、ご苦労だったな」

「大変光栄でございますわ殿下。先程からの労りの言葉の数々、私エリー・シェイグランドは感謝の気持ちでいっぱいで(はらわた)に込み上げてくるものがありますわ」

「うむ、これからも精進しろよ。それと、それを言うなら胸に込み上げてくる、だ。卿はもう少し勉強もしろ。料理もだぞ」


 女神様、この右手に我が怒りを込める事をどうかお許しください。


「······ふぅー。我慢、我慢······」

「さてと、シェイグランド卿、暇か? 暇ならチェスやろう」

「暇ではありません。これからお昼寝、お祈りです」

「そんなのいいだろー。俺は暇なんだ」

「でしたら、ビショップに相手してもらいましょう」


 と、思ったけど、この様子だといつ殿下がボロを出してしまうか不安だ。私がついていた方が良さそう。


「仕方ありませんね。しかし、チェスのルールはよく分からないので、他の事をしましょう」

「他の事って何だ?」

「ちょうど書庫の方で画期的な遊びを思いついたので、それをやりましょう」

「画期的な遊び?」


 殿下の目が期待に輝く。


「どんな遊びだ?」

「ふふ、それはですねぇ······」








 ──バタンッ──


 書庫のドアを明け開く。


「本を元の場所に戻そうゲームです!」

「······」


 ──ぐちゃ~、ごちゃちゃ······──


 床に散乱する本。横に積み重なって棚にふて寝する本。机は資料雪崩で埋もれているし、部屋の隅には積み本連邦が連なって山頂には埃雪を被っている。


 薄暗い部屋のカーテンを開け放つと、その凄惨な光景が鮮明に浮き出る。


「さあっ、思う存分遊んでいいですよ殿下っ」

「······いや」


 くるりと踵を返す殿下の首根っこを掴む。


「さあ、子供は遊ぶのが本業ですよ~」

「こ、こらっ、離せ! 止めろ~!」


 無駄な抵抗は止めなさい。貴方が悪いんですよ殿下。我が儘ばかり言うから。


 暴れる殿下を中へと引きずり込んで扉を閉める。



「はい、という事で。早速遊びましょう。見ての通りここは楽しい遊具が揃っております。ですが、ルールはいたってシンプル。本を棚の中にキチンと正しく収めればいいだけです」

「そういうのは遊びって言うんじゃなくて雑用と呼ぶんだ!」

「違います、掃除と言うんです」

「遊びじゃないじゃないか!?」


 わめき散らす殿下の頭をポンポンっと撫でる。


「まあまあ、他にやる事も無いのですから暇潰しにはもってこいですよ」

「やだ! というか、何でこんなに荒れ果ててるんだ?」


 それは私が聞きたい。聞いたところによると、私の前任の聖女は真面目な人だったらしいけど、その後に赴任した輩が政治家達と癒着してるような生臭聖者達だったらしく、仕事場の大半を乱雑に使用したまま放置していたらしい。

 私が引っ越してきた時も、特別個室は綺麗だったけど、物置と書庫は荒れ果てていた。


 物置はエマが片付けてくれたけど、書庫に関しては『たまには自分でも仕事しなさいっ!』と理不尽な事を言われて押し付けられてしまったのだ。


 そして、やらないまま放置。今に至る。


「それでは頑張ってくださいね殿下」

「おい待て! 本当に俺にやらせるのか? 君はやらないのか?!」

「ええ。だって殿下は暇しておられるのでしょう? そのために私が苦心して与えた娯楽なのですから、私が奪う訳にはいかないじゃないですか」

「お、俺はこんな事やらないからな!」


 もう、また我が儘言って。


「仕方ないですね。それなら私も手伝います」

「いや、元々君の仕事じゃないのか······」

「ほら、ぐちぐち言わない。帝国男子でしょっ」


 まだ嫌そうにしている殿下を促す。


「もし頑張ったら後でおやつのクッキーをあげますから。ね?」

「む、おやつか」


 おやつという言葉を聞いた殿下はそわそわっとして頷いた。


「まあ、仕方ないな。手伝ってやろう」

「ありがとうございます、殿下」



 小さな体を一生懸命に使って重い本をえっほえっほと運ぶ殿下はちょっと可愛かった。

 そして、無理して多く運ぼうとするところを手伝おうとすると「こんくらい平気だ」と意地を張るのも、男の子なんだな、と面白くて笑ってしまった。



 重労働は夕方まで続いたけど、全部は片付けられなかった。

 けど、殿下は体を動かせたからか満足そうだった。



お疲れ様です。次話に続きます。

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