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十話 聖女の裁きを見せてあげましょう

 







 荷解きも終わり、設定の共有も終わった。これで第一段階は無事に終了したと言える。


 そして、ここからが細かな話だ。


「さて。殿下、設定の延長線の話になるのですが、殿下は私の下で修行するという名目でここに来ました。これからは単に生活すると言うより、それなりに聖堂でのお仕事に従事して貰わねばなりません」

「この俺がか?」


 案の定、口を尖らせて文句を言う。


「まさか、俺も法衣を身に纏って断食するとかじゃないだろうな」

「そこはご心配なく。聖職者としての務めは私やエマ達でこなします。ですが、名目上ここで修行する事になっておりますので聖書の一節くらいは読めるようにしといた方が良いでしょう。後で差し上げます」


 修行に来ているはずの人間が聖書を全く読めなかったら流石におかしいからね。


「他には、私と一緒にお祈りしたり、食事も聖職者と同じ物にしてもらいます」

「そんな事までするのか」


 げんなりとする殿下。


「正直に言うが、俺は神など信じてないんだが」

「まあ、それは個人の自由ですのでとやかく言うつもりはありませんが、陛下からの指示でも『ついでに教団の教えも勉強させてくれ』とありましたので」

「はぁー······」


 さっきから文句と不満しか出力しないぞこの子。


「俺は次期皇帝だぞ。それなのに、何で政とは関係ない宗教の手伝いなどを······」

「物は考えようですよ。ここで聖職者達の考えや価値観を学んでおけば、皇帝に即位した時に信者達の支持を集められるような美辞麗句の一つや二つを述べられるようになってるかもしれませんよ?」

「まあ、言われてみれば······」


 少し考え込んだ後に、納得したようにコクコクと上下する丸っこい頭。


「そうだな。確かにフリューゲル教は我が帝国にも深く根差した宗教だ。歴代の皇帝も政教分離の方針は変えず、信仰の自由は守っている。教団の教えを学び、その思想を理解する事は民の心情にも寄り添う事に通じる」


 ちんちくりんのくせに難しいことを言っちゃって。このおマセさんめ。


「そうか、親父はこの事を見越して学べと言ったのか。それに、シェイグランド卿は腐っても聖女。ここで枢機卿たる卿と親交を深めれば将来的に教団への影響力だって持てるかもしれん」

「あの、そういう下心は出来れば心の内だけで呟いてもらえませんか?」


 しかも腐ってもと言ったな。許さんぞ。



「それでは、また後で色々と詳細に打ち合わせいたしますので、殿下はお引っ越しに取りかかってください」

「ああ、そうしよう」

「何か入り用の物があれば書斎のビショップか、聖堂のエマをお尋ねください」

「君はどこか行くのか?」

「ええ、少し外を回ってきます」

「?」


 部屋を失礼して、聖堂へと戻る。

 まだ掃除の続きをしていたエマが気づいて早速話しかけてきた。


「エリー様。その、大変ですね。まさか腹違いの弟が産まれていたなんて······」

「あー、うん。まあね」


 エマは気まずそうに言葉を選んでいた。


「きっとお父様も何か苦悩があっての過ちだったのでしょう。人とは常に迷い、時には愚行とも呼べる選択をしてしまう事もあります。それは大抵、誰にも打ち明けられない苦悩によって追い詰められているからそうなってしまうものです。しかし、だからと言って過ちその物が無かった事にはなりません」

「え、あ、うん。そうだね······」

「ですからエリー様。エリー様のお気持ちも分からなくはありません。悪い言葉を選ぶなら、お父様は家族を裏切っていた事になるのですから。エリー様がお父様やカッツェ君に穏やかならぬ思いを抱いてしまうのは無理ありません」

「えーっと······」

「ですが、エリー様!」


 バシッと手を叩くように挟んで取ってくるエマ。


「貴女は聖女です! 聖女とは慈しみと愛の使徒とも言える存在。教団における母性の象徴でもあるのです。ですから、例えエリー様個人の感情がどれほど荒もうともっ······耐えねばなりません。そして、お父様を許し、カッツェ君をも愛してあげなければなりません!」

「う、うん。そうだね」

「エリー様っ······」


 エマの抱擁。温もりが体いっぱいに伝わる。


「お辛いでしょうっ、本当は内心では快く思ってはいないでしょうっ! それなのに耐えなきゃならないなんて! そして、今もこうやって表には出さないなんて! まるで本当に気にしてもないかのように! 可哀想なエリー様っ! 今だけは弱くてもいいですっ! 私の胸の中で泣いてもいいんですっ!」


 エマ······。


 大変盛り上がってるとこ、ほんとーーーに申し訳ない。


 全部的外れなの······。

 そもそも隠し子だの弟だのって話はみんな空想なの。というか陛下の作り話なの。

 そして、私達はその嘘を演技してるの。


 ······とまあ、そんな事言えるはずもなく············。


「う、うわー。エマー、私も本当は辛いのー。今だけは泣かせてー」

「はいっ、はいっ! 今だけは聖女ではなく、一人の女の子として泣いてください!」


 私は本当に良い友達を持ったなー。

 というか、どう考えてもこの子の方が聖女の素質あるんだけど······。


 神は才能の采配をよく間違えるみたい。





 なんか結構な罪悪感を抱きつつも、エマには礼を言って後を任せて、私は外へと出た。


「はぁ。この問題が解決したらちゃんとネタばらしして、謝らないと······」


 何故か私が全く原因ではないはずなのに負担が増え、しかも罪も重なっていってるような気がする。なんでこんなにツイてないの。ハッ、いつも神聖なお祈り中に寝たりサボって本読んでるからか。女神はよく見ておられる。


 馬鹿な事考えてないでさっさと仕事しよう。



 聖堂の回りはちょっとした庭のようになっている。皇族専用の聖堂であるけど、親族を集めての儀式なども執り行われるため、周囲には広いスペースが確保されている。私はまだそんな大きなイベントを請け負った事はないけど、そういう時のためのスペースだ。


「えーっと、手頃なのは······あ、あれとか良い」


 近くに天使の彫像が立っていた。私の胸くらいの高さの台座があり、その上に大きな翼を持った天使がこちらを見下ろすような格好で立ってる。

 うん。ちょうどいい。


「天の使いよ、母なる守護者よ、その袂に我が記憶、我が護り、我が目を置く事を許し、我が力の宿す拠り所になりたまえ······」


 台座に触れながら、呪文を唱える。光り輝く刻印が石の上に浮かび上がり、スッと溶け込んでいった。


「よし。あと3ヵ所くらいは欲しいかな······」


 他にも石柱や何らかしらの彫刻物が配置されている。あれらに施せばいいか。



 私の使命は殿下を時が来るまでお守りする事。ボディーガードだ。


 とは言え、いきなり強襲されたりすれば私が負ける事はなくとも殿下は簡単にやられてしまうかもしれない。

 そこで、侵入者が入った時に報せてくれる魔方陣、いわゆる結界を作ってるのだ。


「これでよし」


 合計4ヵ所に術を施した。殺意や邪気を持った者が近づけば私が感知出来るようになっている。


 これで護りは万全だ。まあ、前提として敵が来たらの話だけど。

 でも、念のためだ。



 いや~、今日は働いた働いた。

 さ、これでやるべき事はやった。後は部屋でのんびり過ごせばいいだけだ。


 一仕事終えた私は解放感に浮かれながら聖堂へと戻った。


「あ、お早いですねエリー様」

「うん。私は少し部屋で休んでるね」

「はい······。エリー様、もし何か悩みがあったら······」

「真っ先にエマに相談させてもらうね」

「はいっ!」


 居住区に戻り、殿下の部屋の前を通ったが静かだ。中でお昼寝でもしてるのだろうか。


「私も寝させてもらいますかね」


 自室のドアを開ける。


 ──カチャ──


「ふいー。これで一杯やれるー」

「お、早かったなシェイグランド卿」


 あれ?


 部屋に入ったと同時に殿下の声がした。


 と、見てみると、ちんちくりん殿下ことカッツェが私のベッドの上に寝そべっていた。


「卿、君に話したい事があったんだ。まあ、くつろいでくれ」

「······」


 いや。


「ちょっと、何してるんですか殿下」

「ああ、君の部屋は特別仕様だと聞いたから気になってな。さっき失礼させてもらった。確かに良いな。ここはいくらか温かいし、壁紙もちゃんとしてる。気に入ったから俺の部屋と交換してくれ」

「······その手に持ってるのは?」

「これか?」


 寝転がったまま天井に掲げている聖書──

 に見せかけた、私の禁書(不純と評される恋愛系創作物。名作として名高い男子友情のハートフルドラマストーリー。〈ドロシア・マーガレット著〉)。


「暇だから聖書でも読もうと思ってな。しかし、子供の頃に読んだのとだいぶ違う気がするのだが、これは外典なのか? まるで小説のようだが。しかし、それより。卿、君の部屋は散らかってるな。少しは聖女らしくしたらどうだ」

「······」


 ──カチャッ──


 ドアをゆ~っくり閉めて、鍵をしっかりかける。


「あ、シェイグランド卿。俺の荷物を部屋から持ってきてくれ。君も衣類などを今の内に整理するといい」

「······」


 ──スッ、スッ、スッ──


「ん?」


 私もベッドの上に上がり、まずは優しく本を取り上げる。


「あ、なんだよ。今からドラゴンを倒しに行くとこだったのに」

「ええ、そこは良い場面ですね。その戦いの後に深傷を負った二人が支え合いながら熱い友情を育む前半の山場に突入しますので」

「そうか、面白そうだ。シェイグランド卿、返してくれ」

「読書の前にしなければならない事があります」


 ──ヒョイッ──


「うわわっ?」


 軽いですねー殿下。こんな可愛い子猫のような坊やが横柄にも私の花園を踏み荒し、しかも反省の色を見せないとは。


「お仕置き、のお時間です」

「へっ?」


 殿下を膝の上に横たわらせ、左手で背中を押さえ、右手を天にかざす。


「すこーし痛いかもしれませんが、我慢してくださいね」

「え、え、ちょ、まさか──」


 ──ペシッ──


「いいっ?!」


 布越しでも威力十分、スナップビンタ。それを殿下の小さなお尻に振り下ろす。


「いったあ!? な、何するんだシェイグランド卿!?」

「言ったでしょう? お仕置きです」


 ──ヒュッ、ペシンッ──


「ひぐゅいっ?!」

「いいですか~カッツェ~。男の子が女性の部屋に勝手に入るなんて──」


 ──ペシンッ──


「わああっ!?」

「言語道断」


 ──ヒュッ、ペシッ、ヒュッ、ペシッ──


「ひぎっ!? つぃーっ!? うゆぃー?!」

「そして、私物を物色するなど最早盗人と同じ。いけません、いけませんよー」


 ──ペシンッ──


「ぎゅいわあっ!? ま、まいった! シェイグランド卿っ、まいった!」

「まだ半分ですよ~」

「わ、悪かった! 謝るからっ! ひゅぎいっ?!」


 ──ペシンッ──


 跳ね回る殿下を、しばらく反省させた。




お疲れ様です。次話に続きます。

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