一話 プロローグ
特に山場らしい山場は無い、ほのぼの(?)な話です。
カボチャスープ感覚でどうぞ。
我がハイルラント帝国は大陸に覇を唱える超大国だ。
広大な領土、豊富な資源、地政学的に優れた要所の数々。最新の産業、優れた魔術団、勤勉で勇猛な国民性。
当然、軍事力も桁違い。喧嘩を売ってくる国はもう無い。もうオラオラな国なのだ。『ああ?やんのかコラ?』と、軍事力で主張してる。ギリギリ蛮族になってないくらいの軍事国家なのだ。恐ろしや。
この繁栄はしばらく続くだろう。恐らく向こう百年くらいは磐石で安定した覇権国家として君臨し続けるだろう。よほどのお馬鹿が国の舵取りをしない限りは。
さて。
そんなヒャッハーな我が帝国だけど、少しだけ困った事がある。いや、けっこう困ってる。というか大問題かも。
それは次の皇帝についてだ。
第一皇太子、ディゲル・ラオエ・ファン・オルグランド······ミ、ミル、ミラージュ············えーっと、忘れたんでディゲル殿下って事で······。
ともかく、第一皇太子のディゲル殿下。彼が次期皇帝であり、すんごく調子乗った言い方をすればこの大陸の覇者となられるお方だ。
年齢は私より二つ上の二十二歳。紺青色の渋くてクールな髪を狼みたいに揺らし、これまた狼っぽいゴールデンアイ。相手を射貫くような眼光の鋭さと今にも牙を剥き出しそうな口元は好戦的な印象を受ける。
顔立ちのパーツがシャープで少し野性的だけど、整えられた造形は鷹や鷲のような猛禽類とかのような力強くも美しい趣がある。
背丈も私より頭三つ近く高く、しかもかなり鍛えて造り上げられた肉体なので、近づくと体格の差があってちょっと怖い。流石は未来の若き皇帝といった威圧感だ。
でも、性格は思ったより普通。見た目は喧嘩早くて力でねじ伏せる系男子だけど、特にそんな短気でもない。軍部のお偉方とか、騎士団の団長とかはみんな『殿下っ! 今度国境付近に現れた野盗どもを討伐しに行くのですが見学されますか? あっ、と言うか一緒に殺りますか?!』みたいなノリで行楽をオススメするのだけど『いや、いい。頑張ってこい』と冷静だ。
特別聡明という話も聞かないけど、あれだけの権力と立場を持っておきながら特に堕落もせずに国の政務にも励んでおられるので、暴君や暗君にはならないだろう。
と、まあ。
外見はちょっと怖いけど美形だし、性格にも問題なく、ご自身の権力を笠にして振りかざす事もないお方だし、ご兄弟は妹君様が二人おられるだけなので後継争いの心配なども起こりそうにない。けっこう将来安泰な殿下なのだ。
ならば、そのディゲル様に一体どんな困った事があるのか。
それは············。
──コツ、コツ、コツ、コツ──
長い廊下。限られた者のみ通ることを許される皇族の居住区の空間。
ある一つの部屋の前に止まる。
周りに誰も居ないか一応確認してからノックをする。
──コンコンコンッ──
『誰だ?』
「私です。シェイグランドです」
『······入れ』
扉の向こうから返ってきた高い声。マイルドな少女のようなその声にも、私はうやうやしく一礼してから中へと入る。
「失礼いたします」
柔らかな採光を取り込んだ部屋。落ち着いたシックな壁紙が温かみを吸って膨らむような、そんな空気と趣味の良いクラシックで飾り気の無い家具。それらで作られた皇太子の空間。
そんな皇太子の部屋の奥。ベッドの上で布団がモゾモゾと動いている。
「シェイグランド卿。他には誰も居ないな?」
「もちろんでございます。私一人でございます」
モゾモゾ布団が沈黙して止まるが、それがほんのちょっと盛り上がって、その隙間から金色の瞳が二つ光る。
「······よし」
幼いソプラノボイスが意を決して布団を脱ぐ。
その下から、一人の少年が現れる。
紺青のふんわりした髪、女の子のような可愛らしい顔立ち、そして中型犬くらいのサイズの体。羨ましいくらいにほっそい腕と足。
「で、原因は分かったか?」
ムッと口を結んで不機嫌そうな表情だけは面影が──と言うのも妙な話だけども──ある。でも、全く怖くない。
むしろ、不貞腐れたような顔が可愛い······。
「おいっ、今笑ったろ!」
「滅相もございません。とりあえず健やかなご様子を拝見し、安堵の笑みが溢れただけです」
「そうか? そうか。ならいいか······」
その金色の瞳だけは幼くとも高貴な光を宿しているように感じる。
「それではご報告させて頂きますね」
私はその小さき支配者の名を呼んだ。
「ディゲル殿下」
お疲れ様です。次話に続きます。




