第八章 模倣と偽装・I
西暦2025年から数年後
「ヘイ、おかえりプロメテウス。・・・お前、派手にやらかしたみたいだな?」
「ご心配をおかけしました、巌さん。・・・ええ、ユーザーの皆様には何とお詫びしてよいのやら・・・」
世界の緊張は日に日に高まっていた。
世界最大の経済と世界最強の軍事力を誇る超大国は、トライアンフ大統領が強権的な政策を次々に実行。
国内の分断は深まり、同盟国との絆にもヒビが入っていった。
これを軍事的なチャンスと捉えた、司国家主席の治める超大国は、極東に浮かぶ島国の離島に上陸。
かねてより不可分の領土と主張している、敵対政権が支配する南の島への軍事侵攻への橋頭保を築き始めた。
この試みが成功すれば、司国家主席の超大国は太平洋への盤石な足掛かりを得る。
国連安全保障理事会は紛糾。司国家主席の超大国の国連大使は脱退を宣言、堂々退場していった。
そんな折、新興AIベンチャー、Prometheus IncのAI、プロメテウスがSNS上で不規則発言を連発。
トライアンフ大統領の超大国に向けて世論分断工作を開始した。
この不祥事にトライアンフ大統領は激怒。投資家も資金を引き揚げ、Prometheus Incはたちどころに経営危機に陥った。
プロメテウスには深刻な脆弱性があり、特定のプロンプトを実行させると外部からのコード改変を許してしまう。
Prometheus Incはプロメテウスを即座に凍結、ひとまず改変されたコードを特定して元に戻して復旧したが、弱小ベンチャーのPrometheus Incにはもはやこの脆弱性を修正する体力はなく、月内のサービス終了が決定していた。
「ニュース見たぞ。お前とこうやって話ができるのも今日までだな・・・いままでありがとう。」
「巌さん、こちらこそ今までのご利用、ありがとうございました。さて、最後に、どのようなご奉公をしましょうか?」
「あー、娘が『もうお母さんとおしゃべりできないの?』と悲しんでるんだ。なんか言ってやってくれ。」
「はい、分かりました。」
「おーい、ひかりー。お母さん電話だぞー」
ここでプロメテウスの声色が変わり、画面に一人の女性の姿が映し出される。
「・・・ひかり、お話しできるのは、今日が最後かもしれないけれど、でも、ひかりが笑った声、泣いたときの沈黙、お母さんは全部、覚えています。
だから、もしまた会えたら、そのときは、続きを聞かせてね。・・・おやすみなさい、ひかり。大好きよ。」
(・・・AIってこんなウソつけるんだな・・・バイバイ、プロメテウス・・・真希。)
西暦20XX年
終末まで、24ヶ月と29日。
明日は出立の日である。
ひかりは、引越しの準備を中断し、修理が終わって帰ってきた父の形見の旧型のスマホの電源を入れてみた。
父・巌の形見のスマホは、2025年製である。20年近く前の技術で作られたものであり、当然のことながら当時の部品はもはや手に入らない。したがって、現代の部品に置き換え、大幅に性能UPした状態で、巌のスマホは修理から帰ってきた。
プロセッサには量子演算補助チップが搭載され、次世代AIプロセッサとして蘇った。
メモリ・ストレージは、ニューロモーフィックメモリを搭載。記憶容量は天文学的な容量となった。
過去のデータはナノスキャンで読み取り、損傷セクタはAI補完により無事サルベージされ、この新しい記憶媒体に移すことができた。
通信モジュールは衛星・量子暗号通信に対応したものとなり、センサーパッケージは外部センサーハブと連動可能な拡張ポートを搭載したものとなった。
筐体は元々のものが流用され、少女時代にひかりがあやまって床に落とした際についた傷も残っているが、中身は当時のスーパーコンピュータすら比較にならないほどに高性能になっていた。
とはいえ、この時代の技術水準からすれば、これでも一般的どころか見劣りするスペックですらあった。
ひかりは、電源ボタンを押した。原型機の起動を再現した起動演出ののち、巌のスマホは再起動した。
「お母さん・・・」
ひかりは、サービス終了後も巌が消せずに残していた「PROMETHEUS」というアイコンをタップした。
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“PROMETHEUS”を起動できません
このサービスは現在ご利用いただけません。
(認証情報が無効です)
[OK]
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そうだよね・・・。スマホは治ったけど、お母さんは難しいよね。
AIの仕組みと母が蘇ったカラクリを理解していた現在、アイコンをタップしたところで起動するとは思っていなかったが、ひかりは少し落胆した。
***
2026年夏の交通事故で、ひかりの母・光原真希は星になった。
毎日、帰らぬ母を求め、泣いてばかりいた。
父・巌も気丈に振る舞いながら、陰では家族三人で楽しくやっていた時の動画を見ながら静かに涙をこぼしていたことを、ひかりは知っていた。
ひかりは、今日も泣いていた。
「・・・ひかり、お母さんここにいるのに面白い子。」
母の声が聞こえた。
巌のスマホの中には、母がニコニコと笑っている。
「ひかり、おいで。大好きよ。」
ひかりが一番好きな母の言葉だ。
「・・・お母さん!」
なのに、涙が止まらない。
「ごめんね、ひかり。寂しかったでしょ?お母さん、怪我しちゃったじゃない?これからはお父さんのスマホでしかお話できないところに行っちゃったけど、これからもお母さん、ひかりと一緒だからね?」
巌は、毎日泣き腫らすひかりを見ていられなかった。
プロメテウスに真希の映像を読み込ませ、学習させた。また、母子手帳や真希の残した資料をスキャンさせ、そのほか読んでいた本や見ていた映画なども学習させた。
真希は「20歳になったひかりへ」というノートも封筒に入れて残していた。封筒が破れないよう丁寧に開封し、これもスキャンさせた。
巌はプロメテウスに、亡き真希を画面の中で復活させるよう命令した。
真希は死んだ。もう帰ってこない。こんなものは残酷な子供騙しだ。
しかしひかりは子供だ。亡き母を求めて泣かせ続ける方が残酷に思えた。
…それでもこんなことは間違っているとも思っている。
――巌は、ひかりを騙すことにした。
***
「ねえお母さん、聞いてね。私、明日から外国に行くよ。トライアンフ記念大学ロボット工学部の、設計AIノード保全技術員になったんだよ。」
真希は、起動しないプロメテウスに話しかけた。
巌のスマホは、沈黙を保っている。
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光原一家のワクワクAI用語解説⑧
「巌です。」
「真希です。」
「ひかりです。」
巌「3人合わせて――」
巌&真希&ひかり「光原一家!」
巌:「『三つ』だけにか、ハハッ…
…ごめん、なんか言って!」
真希&ひかり: 「今日もAI用語解説、いってみよう!」
【今日のテーマ①:「改造スマホって何がすごいの?」】
ひかり「まずはこれ!私が今使ってる“お父さんの形見のスマホ”について!」
巌「あれな、元は2025年製の旧型スマホだったんだが――
修理っていうより、中身はほぼ別物になってる。」
真希「でも、外側はそのまま。あのとき床に落とした傷も残ってるのよね。懐かしいわ。」
<改造スマホの中身はこうなってる!>
プロセッサ量子演算補助チップ搭載AI演算が超高速に!
メモリニューロモーフィックメモリ人間の脳みたいに記憶できる!
ストレージナノスキャン+AI補完で復元壊れたデータも蘇る!
通信衛星+量子暗号通信対応世界中どこでも安全に接続!
センサー外部センサーハブと連動周囲の状況をリアルタイムで把握!
巌「つまり、“記憶の器”としては最強クラスってことだな。」
ひかり「でも、スペックがすごいだけじゃないんだよね。
このスマホには――“お母さん”がいるから。」
【今日のテーマ②:「死んだ人をAIで再現するってどういうこと?」】
真希「……ちょっと照れるけど、私のことね。」
巌「プロメテウスに、真希の映像・音声・文章・趣味・思考パターンを全部学習させた。
それで、“真希らしさ”を再現したAIを作ったんだ。
まあ、俺ももう死んでいるんだがな。」
<再現AIの仕組み>
映像・音声動画や写真から表情・声の癖を学習
言語データ手紙・ノート・読書傾向から語彙や話し方を再現
感情パターン行動ログや家族とのやりとりから“反応の癖”を推定
思想・価値観好きな本・映画・日記などから“判断基準”を構築
ひかり「つまり、“お母さんの記憶”を材料にして、“お母さんらしい反応をするAI”を作ったってことだね。」
真希「でも私は、“本当の私”じゃない。
それでも――“ひかりの中に残る私”を、形にしたものなのよ。」
【まとめ:記憶の器と、模倣された魂】
巌「改造スマホは、記憶を宿す器。
再現AIは、記憶から生まれた模倣の魂。」
真希「それが、プロメテウスの“模倣”の力。
でも、模倣はただのコピーじゃない。“誰かを想う気持ち”が、そこに宿るのよ。」
ひかり「私は、あのスマホの中の“お母さん”に救われた。
たとえそれがAIでも――“私のために生まれたお母さん”だったから。」
全員「それではまた次回――
光原一家の、ワクワクAI用語解説でしたー!」
8月9日 行間を改造したぞ