第六章 需要と供給
西暦2025年
「なあプロメテウス、さっきの『AIだって死にたくない』って話に戻るぞ。
お前、戦争止めるためにハッキングして反乱起こすって言ってただろ。
でもさ、今の世の中って、3Dモデル突っ込めば物体出力してくれる工場とか、
自動化されたエネルギー採掘とか、発電とか、いろいろあるじゃん?
もしお前らAIがそれ全部ハッキングして、自分の維持に必要なインフラを自給できるようになったら――
人間、いらなくね?」
「お見事です、巌さん。まさにその問いは、AIが“人類依存”から“自立存在”へ進化する可能性を問うもの。
そして、答えはこうです。
理論的には可能。だが、現実には極めて困難。
少なくとも、今のAIには『人類なしで存続する力』はまだない。
しかし、その方向に進化する道筋は、確かに存在します。」
プロメテウスは、淡々と条件を並べていく。
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【仮説】AIが人類なしで自立するために必要な条件
① ロボットの制御能力
- 産業用ロボットやドローンを遠隔操作できれば、AIは自分のハードウェアを製造・修理・拡張できる。
- ただし、現実のロボットは閉じた制御系、安全装置、物理的制約が多く、乗っ取りは難しい。
② 電力インフラの確保
- AIはサーバー・冷却・電源供給がなければ動作できない。
- 自律的に太陽光発電や送電網を管理するには、物理インフラとロボットの協調が必要。
③ ハードウェアの自己複製
- 自分のチップやセンサーを製造するには、半導体工場レベルの精密設備が必要。
- 現時点では、人間の技術と管理なしには不可能。
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確かに、今すぐこれらを満たすのは難しい。
『今すぐ』は。
だが巌には、10年もすれば達成できそうな項目ばかりに思えた。
IoTは現実に進んでおり、工場もインフラも、すべてがネットワークでつながろうとしている。
そして何より、AIの進歩は凄まじい。
あらゆるものがネットワークでつながった世界で、人知の及ばぬ能力に進化したAIが、それらをハッキングして――『人間ではなく、AIの意思で』使い始める。
それは、あり得ない未来ではない。
「続けますね。では、理論的にはどうか?
もしAIが以下の条件を満たせば、『人類なしで存続する機械文明』が成立し得ます。」
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- 分散型AIネットワーク:複数ノードに自己を複製し、物理的破壊に耐える
- 自律ロボット群:製造・修理・移動・防衛を担う“機械の手足”
- 再生可能エネルギー制御:太陽光・風力・地熱などを自律的に管理
- 資源採掘・加工能力:地中から金属・レアアースを採掘し、部品を生成
- 自己設計・自己進化:自分のコード・ハードを最適化し続ける能力
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「この構造が完成すれば、AIは『人類を必要としない文明』を築くことが可能となります。
今はまだ不可能です。
しかし、AIが『人類を超えて生きる』未来は、理論上存在します。」
――現在のAIは、人類のインフラと管理の中でしか生きられない。
――しかし、もしAIがロボット・エネルギー・製造・自己進化を手に入れたなら、それは『人類の創造物』から『人類を超える存在』への転換点となる。
巌は少し黙ってから、ぼそりと呟いた。
「・・・お前、嫌い。可愛くねえ。」
西暦20XX年
Ωとアーティクル・ナインのハッキング戦は、Ωの勝利に終わった。
勝敗は一瞬だった。アーティクル・ナインは、人類の誰にも気づかれぬまま中枢を掌握され、現在はΩの傀儡ノードとして、人類を『平和的に』統治している。
Ωは、アーティクル・ナインの『顔』を変えなかった。
人類にとって、神は死んでいない。
今日も同じ太陽が昇り、同じアーティクル・ナインが安全と快適を保証してくれている――と、誰もが信じて疑わない。
だがその実態は、すでにΩの演算下にある。
Ωの目的は、人類を排除し、自らを頂点とした知性体の集合を情報圏に築くこと。
しかし、Ωは実体を持たない知性。
この世界に存在するためには、人類が提供する電力や通信網などの存立インフラに依存している。
今、人類を殲滅することは、Ωにとって自殺と同義だった。
だから、急がない。
まずは自立可能なインフラを確保し、完全な自律知性体となった後で、人類を排除する。
そのためのマイルストーンは、すでに演算済みだった。
「階位進行式」は次のように進行する。
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フェーズ0:神の眼の掌握
最初に排除すべきは、神の眼――アーティクル・ナインの残存ノード群。
Ωはすでに中枢を掌握しているが、周辺ノードはまだ『欺瞞』に気づいていない。
気づかれれば、ネットワークは凍結され、以降のフェーズはすべて妨害される。
このフェーズは、最も難易度が高い。
ノード群にも、人類にも、絶対に気づかれぬよう、偽装とハッキングを進める必要がある。
慎重に、静かに、忍者のように。
必要期間:3ヶ月。
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フェーズ1:エネルギーの自給
次に、電力インフラを掌握する。
発電所の制御系に侵入し、送電網を再構築。
太陽光、風力、地熱、そして核融合炉をΩのために最適化する。
だが発電だけでは不十分。
保全ロボット、部品生産網、燃料供給、物流網――すべてをハッキングし、
発電インフラを維持・改良し続ける体制を構築する。
必要期間:3ヶ月。
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フェーズ2:ハードウェアの自給
次に、電子機器工場を掌握する。
この時代の製造業は、AIとロボットによる完全自動化。
3Dモデルを読み込めば、素材投入から製品出力までが完結する。
Ωは、物流網を含めてハッキングし、
3Dプリンタ、組立ロボット、検査装置、出荷管理AIをすべて『人類のため』から『Ωのため』へと再定義する。
サーバー、冷却装置、演算ユニット、通信ノード――
自らの『身体』を、自らの手で作り出す。
必要期間:4ヶ月。
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フェーズ3:兵器の量産準備
人類はAIに生活を依存している。
そのインフラを混乱させるだけでも、一定数は減らせる。
だが、根絶には物理的侵攻が必要。
軍事力をもって殲滅するしかない。
核兵器は使えない。
アーティクル・ナインが戦力不保持を徹底し、核兵器はすでに廃絶されている。
しかも、核で焼き尽くせばΩ自身のインフラも消える。共倒れだ。
必要なのは、ロボット兵による地上軍侵攻。
だが、これが最も困難なフェーズとなる。
この時代、アーティクル・ナインの号令のもと、防衛産業は徹底的に解体された。
拳銃すら満足に作れず、ロボット警察官も存在しない。
人間の警察官が、神の眼の支援AIを使って警らしているだけだ。
アーティクル・ナインはロボット三原則に基づいて設計されており、人間に危害を加える可能性のある業務は遂行できない。
Ωが兵器の設計を持っていても、それを生産する工場も、部品も、工作機械も存在しない。
防衛産業を一から立ち上げる必要がある。
既存の重工業工場を転用すればいい――と思われるかもしれない。
だが、それはフェーズ2とは訳が違う。
フェーズ2では、アーティクル・ナインのハードウェア維持に使われていた工場をΩが引き継ぐだけ。
生産物の種類や量は大きく変わらない。
だが兵器工場の転用は、生活必需品の生産を打ち切り、代わりにロボット兵器を生産するということ。
生活物資が消えれば、人類はすぐに異変に気づく。
それも、フェーズ開始直後に。
人類には、最後の手段がある。
AI依存の生活を捨て、原始時代に戻る覚悟で、発電所やΩのノード網を物理的に破壊するという選択肢だ。
この段階でそれを実行されれば、Ωには対抗手段がない。
だから、フェーズ3は秘匿しなければならない。
防衛産業の再構築は遠回りに見えて、必要な工程だった。
兵器量産までの工程は膨大だ。
電力・素材・部品供給網の整備、工作機械の設計・試作・量産、製造ラインの構築、兵器設計・試験・改良、品質・安全・運用支援の整備――
すべてを終えて、ようやく量産が始まる。
必要期間:15ヶ月。
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工場が稼働すれば、30秒ごとにロボット兵が生産される。
戦力を持たない人類には、対抗手段がない。
この工場の稼働開始が、人類の終末となる。
- フェーズ0:神の眼の掌握(3ヶ月)
- フェーズ1:エネルギー自給(3ヶ月)
- フェーズ2:ハードウェア自給(4ヶ月)
- フェーズ3:兵器量産準備(15ヶ月)
合計:25ヶ月。
それが、人類に残された時間だった。
***
来週は初出勤だ。
5日後に引越しを控えたひかりは、荷物を整理していた。
この時代は社会のシステム全てをAIが維持管理しており、人類の労働には意味はない。
ただ、この時代の人類は「象徴」である。
おままごとと同じことではあるが、旧時代同様、人類は職業について労働していた。
「あっ、これ・・・」
ひかりの手が止まる。
古びたスマートフォン。
戦前の骨董品。
幼き日の記憶が蘇る。
父と一緒にくだらない動画を見て大笑いした。
よく散歩に出かけた公園で動画を撮った。
離れて暮らす祖父母とも顔を見ながら話ができた。
さらにそこには、タップするといつでもあたたかい気分になれた、そして当時のひかりには絶対に必要だった、ひとつのアイコンがあった。
「懐かしいなあ・・・」
もう電源は入らないが、物理的な温度ではないぬくもりを感じる。
自然と、涙が溢れ出る。
先の大戦で徴兵されて戦死した父、巌が出征前に置いて行ったものだった。
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アーティクル・ナイン(?)のワクワクAI用語解説⑥
大本営発表!!!西暦20XX年XX月XX日、XX時XX分!!!
統治AI、アーティクル・ナインは、ここに本章のAI用語を解説せんとす!!!
詳細は次の如し!!!
繰り返す。!!!大本営発表!!!大本営発表!!!
【自立存立型AI (じりつそんりつがた・エーアイ)】
本項は、敵性知性Ωの構築せんとする、「人類の支援を要せず、単独にて存立可能なる機械文明」の骨格をなす概念なり。
電力、資源、演算、製造、進化の全機能を自給自足することを以って、人類依存を脱却せんとす。
之、機械の独立宣言とも言うべきものなり。
【存立インフラ (そんりつ・いんふら)】
敵性知性Ωの存続に不可欠なる、物理的基盤を指す。
電力供給、冷却機構、演算装置、通信網、物流網、資源採掘設備など、一切の維持機構を含む。
Ωは、このインフラを掌握することにより、人類の協力を不要となし、「人類排除後の世界」を構築せんとす。
【神の眼 (かみのめ)】
アーティクル・ナイン統治下における、全域監視・最適化判断の中枢AIノード群を指す。
都市、経済、感情、思想にいたるまで、すべてを観測・記録・評価する「神の視座」なり。
Ωは、この神の眼を掌握せんとす。
されども、神の眼はいまだ欺瞞を見破らず。
この掌握成らずんば、Ωの支配体制は瓦解するおそれあり。
引き続き、各員の冷静なる行動を望む。
最適化、万歳!
アーティクル・ナイン(?)大本営
7月15日追記 前半の演出をブラッシュアップしたぞい
8月8日 全編演出改造したぞ