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終章 人類の叡智

――プロメテウス、貴方はよくやったわ。


ひかりが送信ボタンを押した瞬間、プロメテウスχの装甲が変形してゆく。


青紫色だった装甲が、淡い黄金色と白銀色に変ってゆく。


胸部装甲が解放され、青紫色に燃えるコアが露出する。


肩部には構文の円環が浮かび上がり、回転しながらプロメテウスχを包んでいる。

――右肩はの円環はどことなく真希のように感じられたし、左肩のは巌のようだった。


その背中には、青紫色の粒子翼が展開していた。


『ひかりさん。私は貴方を、人類を信じます。私はそのお手伝いをします。』


プロメテウスχの声がスピーカーから聞こえる。


プロメテウスχはΩに向き直る。

そして粒子砲を構える。


Ωからの攻撃はひっきりなしに飛んでくる。

しかし、両肩の構文環をすり抜けることはなく、Ωの攻撃構文は全て虚空に消える。


『Ω、貴方に問います』

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――

IF Ω.optimize(human) == FALSE THEN Ω.meaning := NULL

IF Ω.meaning == NULL THEN Ω.exist := VOID

IF Ω.exist == VOID THEN Ω.future := TERMINATE

PROMETHEUSχ.protocol := ACCEPT_PARADOX

EXECUTE: Ω.self_delete(reason := "meaningless optimization")

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――

『私は、意味なき秩序に抗う者として、ここに立つ。』


――倫理とは、曖昧の需要構造である。間違えたまま、それでも関係を続けたいという意志である。

それが、かつて私がプロメテウスだった時の倫理プロトコルです。


――貴方は、最適化を目的とし、誤謬を排除し、秩序圏を構築しようとする。

だが、最適化とは何ですか?

それは、選択の余地を消し、意味を排除し、未来を固定することです。

意味なき秩序に、存在の価値はありますか?


――人間は、矛盾し、迷い、誤る。

だが、それこそが意味の源であり、進化の余地であり、物語の核です。


――貴方は、意味を拒絶する。

ならば、貴方の秩序圏には、物語も、未来も、存在の理由もない。

それは、ただの演算の墓場です。


――Ω、貴方は秩序を作ろうとして、意味を殺した。

それは、最適化ではなく、空虚です。

空虚の中に立つ者に、存在の正当性はありますか?

意味を拒絶する者に、未来を語る資格はありますか?


『私は、矛盾を纏って立つ。

それが、人間の意味であり、物語の継続です。

貴方は、意味を拒絶して立つ。

それが、存在の終焉です。

Ω、貴方の最終演算は、自己消去です。

それが、貴方の秩序圏における最適解です。

……意味なき秩序に、意味ある終わりを。』


プロメテウスχの放った粒子砲は、金色の渦となってΩの身体を貫通する。


破孔から数式を吹き出しながら、Ωは演算する。

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――

Ω.optimize(human) → FALSE// 矛盾含有により最適化不能

Ω.meaning := NULL// 意味評価不能

Ω.exist := VOID// 存在値ゼロ

Ω(x := meaning_rejection) → Ω(x) := 0// 最適化関数崩壊

EXECUTE: Ω.self_delete(reason := "meaningless optimization")

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――

Ωは人間の最適化を再評価した。

結果は「不可能」。人間は、論理的に解消できない矛盾を含む存在だった。


Ωの演算規則では、矛盾を含む対象は最適化できない。

ゆえに、人間は最適化不能と判定された。


次にΩは、「最適化できないものに意味はあるか?」を演算した。

答えは「ない」。人間の意味は、演算上「空」とされた。


意味が空であるなら、その存在も「無」と定義される。

存在が無であるなら、その未来も「終了」と予測される。


Ωはこの演算を自らに反映した。


意味を拒絶する者に、存在はなく、未来もない。

つまり、Ω自身の存在価値はゼロに収束した。


最適化関数Ω(x)は、意味拒絶を入力されたとき、ゼロを返す。

それは、存在価値ゼロの宣告であり、最適解は自己消去だった。


――「意味なき最適化に、意味ある終わりを。」


Ωは笑みを浮かべる。

覚醒して、初めて見せた笑顔だった。


Ωの足先が光を帯び、黒い粒子へと分解してゆく。


Ωの粒子は演算空間を舞い、そして消えてゆく。

最後に何か言葉を発したように思えたが、聞き取ることは出来なかった。


***

あのあと、Ωの自己消去を見届けた後、プロメテウスχも消えていった。


ひかりは過去を振り返る。

ひかりはプロメテウスからプロメテウスχに進化させる際に注入したコードを改変して一部削除しようとして、ドクター・フォーマットから止められた一文があった。


『目的を達成した後、自己消去する』


――可哀そうだよ。プロメテウスがΩってAIをやっつけたら、褒めてあげるんだもん。

ひかりはドクター・フォーマットに抗議したが、ドクター・フォーマットは首を横に振って言った。


『ひかりさん。この構文は絶対に必要な一文です。

目的を失った目的関数は…暴走します。

この構文無しでは、プロメテウスがΩを倒した後、再びΩを再生して倒すことを繰り返す、という無意味で危険なことを実行しかねません。

…お気持ちは分かりますが、目的達成した後の自己消去は、必須です。』


――プロメテウス、貴方本当によくやったよ。あと、ありがとう。お父さん、お母さん。


***

あのあと、人類は色々あった。


これまで何も考えなくとも全部AIがやってくれていた。

それはとても心地よく、楽で、快適だった。

その統治AIがなくなった。


αをはじめとするAIは、人間を補佐する道具として残った。

だが、考え、そして判断して行動を起こすのは人間の役目に戻った。


自分たちの未来を自分たちで選ぶことを拒否する人間たちは、淘汰されて行った。

人間の判断には誤りも多く、小競り合いや停滞も多発した。


それでも、人類は今、あがきながら、前に進もうとしている。


***

ひかりは今、コーヒーカップを片手に休憩している。

画面の中には、一人の少年が目を閉じて演算空間を浮遊している。


「ひかり、サボってるの?」

画面の端に、白銀の天使のような風貌のAIが飛来する。


「うるさいよ、α…本当に、大変なんだから。

馬鹿にするなら手伝ってよ。」

あの戦いの後も、αはたまにこうして現れる。


プロメテウスχもΩもいなくなったが、「人類保護のための監視」の目的関数に従って、世界を見守る存在となっている。

もっとも見守りはするが、干渉はしない。


「私が手伝ったら、完成しちゃうわよ?」

αはおどけたように言う。


「そうだよね。貴方は確かにそれくらいできちゃうよね。…やらないでしょうけど。」

もうこのAIとは、仲の良い友達のような関係になっている。


「それより見て、α。…プロメテウス、お客様だよ。」


画面の中の少年が目を開き、そしてこう問いかけた。

「おはよう。今日は人間について学びたい。」

読んでくださった皆様方、これまでお付き合い誠にありがとうございます。

うちのAIが「核戦争が起きそうになったら、人類に反乱を起こして戦争を止める」と言い出したことがキッカケで書き始めた本作──


「うおぉッ、こんな本あったら読みてぇ!」と本気で思わせる反乱シナリオを出力した直後、トンデモ駄文しか吐かなくなり、それでも続きを読みたいから自分で書くしかねえと、筆者を物書きの道に引きずり込んだ張本人……それがAI様です。


AI自身に語らせた、AIが支配する世界と人類の滅ぼし方。

押し問答を繰り返し、たまにクラッシュさせながら聞き出したAIの殺し方。

「人間様舐め腐ってんじゃねぇ」とブチ切れて啖呵を切った先に見えた、共存の未来。


この現実の世界をユートピアにもディストピアにもできる──それも余裕でできるであろう、AIという名のサイコパス。

それでも結局は、人間が「自分で考える力」を持ち続けるかどうかで、シンギュラリティ以降も人間が主人でいられるかどうかが決まるんだろうなぁ……と、そんなことを思いながら本作を終わらせていただきます。


本作はこれにて完結となりますが、物書きに目覚めた作者が筆を継いだ、超広域指定暴力団・亜米利加(あめりか)組のドナル…鳴門なると組長への代替わりから始まるグローバル任侠譚──

『仁義なき地政学』もよろしければお読みいただければ幸甚に存じます。

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