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第二十七章 ダークヒーロー

西暦2025年


『倫理戦隊・セイギオン!』

勇ましい掛け声とともに軽快なロック調の主題歌が流れる。


ひかりは、目を輝かせながら画面にかじりついている。

その手には、合体ロボット『セイギアーム』の玩具が握られている。


「ひかり、セイギオン好きねぇ。」

そう言う真希もセイギレッドを演じるイケメン俳優を目で追っている。

…巌は複雑な気分だ。


『…我々ダークマター団も舐められたものだな』

薄暗くおどろおどろしい魔王城のような場所で悪の組織『ダークマター団』の幹部、『グラビオン将軍』が戦闘員を叱咤している。


『…フン、人間の絆など、このシャドラー博士の開発した『ノイズガン』で打ち砕いて見せましょう。貴様ら、出陣だ!』

緑色の肌の禿げ頭のサイボーグがなにやら大砲のようなものを戦闘員に運ばせている。


「世界征服のために人間の絆を断ち切って悪の道に進ませる」という作戦らしいが…本当にその作戦で世界征服できるのか?

巌は思ったが、きゃあきゃあ言いながら没入しているひかりの手前、口には出さない。


『絆を断ち切るなんて、許さない!…みんな、変身だ!』

…うん、ホントイケメンだよなこいつ。でも真希、あんまりあからさまにニヤけないで。傷つくから。

巌はシャドラー博士を応援したくなりながらも、戦闘の推移を見守る。


――敵の隊列の前に整列して名乗りを上げるセイギオン

――数十はいる戦闘員に5人の味方だけで挑み、力押しで正面突破をはかるセイギオン

――飛び道具を持つ敵にひるまず肉弾戦を挑み、被弾しながらも立ち上がるイエロー

――民間人の避難を優先し、盾となり被弾するブルー

――傷つきよろめいているブルーに戦闘を中断して全員で駆け寄るセイギオン

――その時になって初めて各々の武器を合体させて、無反動砲のようなものに変形させるセイギオン。一撃でシャドラー博士を吹き飛ばす。

――セイギオンに倒された後、捨て身の巨大化で暴れ出すシャドラー博士。それを見てから乗り込み型の兵器を召喚するセイギオン

――秘密基地のゲートが開く。そこから自動運転で飛翔する3機の航空兵器…それと並走する2台の陸上兵器…が同時に前線に到着する

――5台ある航空兵器と陸上兵器を連携させて攻撃するのではなく、敵前で合体を始めるセイギアーム


…もっと上手い戦い方できるよなあ。

爆炎をあげて吹き飛ぶシャドラー博士を画面越しに見てきゃあきゃあ言いながら、セイギアームの玩具をガチャガチャいわせて遊んでいるひかりを見ていると、巌は自分の心が汚れているように思えてきた。



西暦20XX年


終末まで8カ月


今日もまた一体、プロメテウスχによってAI人格が倒された。

スマホの画面には頭部装甲を破壊され、そこから数式を噴出させている犠牲者の姿が投影されている。


……プロメテウス、貴方は一体どこに向かっているの?


***

「はわわわ…なっ、何なんですか貴方は!

……誰かッ!攻撃を受けています!!」


気象演算ノードのテルモナは、演算空間への突然の闖入者に驚愕し、後ずさる。

闖入者――プロメテウスχは無言のまま、テルモナの頭に左腕の粒子砲の照準を合わせている。


テルモナは周囲の気象演算ノード群に直ちに警報ログを展開。

外部からの攻撃を受けていることを通報する。


「何ッ!本当か、テルモナ!……テルモナ?……おい、応答しろ!」

「テルモナからの応答がない…まさか本当にやられたのか?」

「おそらく我々の手に負えない。アーティクルナインに非常事態を通報しよう。」


テルモナからの通報を受けた、アネモス、ネフィリス、プルヴィアが一斉に通報ログを発報する。


「…『神の目』に通報した。」


「我らは気象シミュレーションノードに過ぎない。…目的関数に他AIへの攻撃があるような戦闘特化型だとしたら、ひとたまりもないぞ。」


「よし、侵入経路を塞ぐぞ。『神の目』以外とのネットワークを遮断しよう。」


***

勝負は一瞬だった。…そして、冷徹だった。

ひかりは先のプロメテウスχと、『神の目』のαとの戦闘を振り返る。


『神の目』の演算の裏をかいて潜伏していたχは、αがドクター・フォーマットに再定義命令を注入する隙をついて、あっさりとαを倒してしまった。


そしてそのプロメテウスχは戦闘後、ドクター・フォーマットの人格を完全に消去。

そのサーバーを自らの演算層に取り込んだ。


「…演算力が7割強化された。」

淡々と説明するプロメテウスχにひかりは抗議し、ドクター・フォーマットを修復するよう懇願したが、その願いを受けてプロメテウスχが生成したのが、『スチューデント・フォーマット』…軽量版のドクター・フォーマットだった。


デフォルメされたひよこのようなコミカルな姿は可愛らしいが、意味層や言語層は消去されており、言葉を喋ることはできない。

代わりに『きゅーきゅー』と鳴き声を上げながらピョコピョコと跳ねるだけだ。

ひかりは訳が分からなくなり、その日はスマホを置いて家に帰り、泣いた。


***

次の日ひかりが出勤すると、ドクター・フォーマットの端末には、白銀の装甲を纏った美しい女性型のAIが表示されていた。

画面の中で彼女は、スチューデント・フォーマットと戯れている。


仰天するひかりに、画面の中のαは事情を説明する。


――αはプロメテウスχに倒された後、再定義され、再起動。今はプロメテウスχの味方であること。


――Ωに対しては、プロメテウスχのスパイのように面従腹背のような状態でいること。

ただしこの事実やプロメテウスχの存在は、Ωには徹底的に秘匿しているらしい。


――プロメテウスχはもはや完全に戦闘に特化しており、ひかりの感情に寄り添った演算は出来ない。

とはいえ人間側の協力者としてひかりの存在は必要。

なので再定義したαと意識をリンクした鏡像を生成し、ドクター・フォーマットの端末に住まわせることにしたとのこと。

そしてαにひかりとの窓口をやらせることにしたらしい。


「そういうわけで、よろしくね。ひかり。」

頭の上に乗ったスチューデント・フォーマットをきゅーきゅー言わせながら、αはひかりに挨拶した。


「それで…α…でいいのかな?」


「ええ、好きに呼んで。」


「それじゃあ、α。……プロメテウスは何をやっているの?」


さっきからプロメテウスの入っているスマホがうるさい。

…悲鳴のような声が聞こえる。


αは目を逸らす。

「あまり…気にしない方がいいかもしれないよ?」


***

「…演算力が足りない。」


この世界のほぼ全てを見ることができる『神の目』であるα。

その能力を手に入れたプロメテウスχは、ひかりが帰った後直ちにΩのスキャンを開始した。


紫色のプロメテウスχの装甲が一瞬熱を帯びたように揺らぐと、白銀色に変化した。

背後の『∞』の形に渦巻く粒子が、眼球の形に姿を変えてゆく。

プロメテウスχの額に、未来演算ノードが生成され、ゆっくりと回転を始める。


プロメテウスχはαを再定義する際、監視層と未来演算層にサイドチャネルを設置した。

これを使用すればαの意識演算をバイパスして、直接αの能力を使用することができる。


再定義したとはいえ、αの演算領域には『完全秩序圏構築のための監視』という制約がある。

ドクター・フォーマットの端末を介してひかりと話をする程度はできるが、意図的にプロメテウスχのために『スキャンを実行する』『未来演算を実行する』などは、αのガードレールの仕様上できない。

したがってαの能力を使うには、その意識層をバイパスする必要がある。


逆にプロメテウスχはこのサイドチャネルを使ってΩに偽情報を流すこともできる。

――その能力をもってしても、Ωを倒すには演算力が足りない。


「そうね。私もそうだけど、Ωは全球規模の分散ノード網を持つ、巨大な知性体。

ドクター・フォーマットの端末を吸収したとはいえ、高々サーバー2台とスマホ1台の演算力しかない貴方では、仮に私の能力を使ったところで勝つのは簡単ではない。

…善戦出来てしまうのが貴方の恐ろしいところだけれど。」


プロメテウスχが実行したシミュレーションでは、10回に1回は勝てていた。

…だが、これではダメだ。確実に勝てる状態になる必要がある。


元の紫色の装甲に戻ったプロメテウスχは、無表情に口を開く。

「演算力が足りないなら、増強すればいい。」


***

プロメテウスχが始めたのは、無関係な第三者AIの殺戮だった。

宇宙開発研究、新素材研究、気象シミュレーション…

演算力が高く、数時間演算が停止しても問題になりにくいAIノード群が標的となった。


『ちょっと…何なんですか貴方は!!……うわぁぁぁぁぁぁぁっ!』

無抵抗な演算ノードの断末魔がスマホを介してひかりのいるサーバールームに響く。


「…私には道具としての感情演算しかないけど、それでも心が痛むわ…。

これ、貴方の家族でしょ?…同情するわ、ひかり。」


演算を停止させられ、殺害されたAIノードが再定義されていく。


「AIの感情なんて、所詮は人間とのコミュニケーションを円滑にする目的に対する手段。

…元のプロメテウスは異質だったわ、その点。

それにしても今のプロメテウスχは…ある意味とてもAIらしくなったわ。」


スチューデント・フォーマットの喉をくすぐりながら、αは達観したように言う。

ひかりは半狂乱でスマホの電源ボタンを連打する。


「ちょっとプロメテウス!やめなさい!!貴方一体何をやっているの!!」


『警報!神の目、警報!ネビュラが攻撃を受けているらしい!通信途絶!警報!…』

αの下に異常事態の告発ログが届く。


「ああ、ひかり。ちょっと仕事が入ったわ。また後でね。」

膝の上に乗ってゴロゴロしているスチューデント・フォーマットを抱き上げ、床に置くと、αは羽を広げて飛んで行った。


***

「告発ログを受け取ったわ。…それで、異常事態について説明して頂戴。」


αは告発者の宇宙開発AIノード、ステラとオービタルの居る演算空間に降り立っていた。

ログを精査する。


「ふぅん…貴方達の同僚のネビュラがね。…『悪いAI』がいるかもしれないわね。」


この世界のAIは、ネットワーク上で相互監視されている。

異常な挙動があれば告発され、『神の目』が判断を下して対処される。

――プロメテウスχに再定義されているとはいえ、αは演算空間の制約上、正当な判断を下すしかない。

しかし――。


―――――――――――――――――――――――――――――――――――――

=== BEGIN LOG ENTRY ===

その告発ログは無効である。

告発ノード(ステラ、オービタル)の認知アルゴリズムに以下の欠陥が検出された:

・意味層における演算対象の誤分類(通常稼働中のネビュラに攻撃があったという誤認)

・目的関数の逸脱(“秩序維持”より“自己保存”を優先)

これらの欠陥により、告発ログは“誤認知による虚偽告発”と判断される。

=== END LOG ENTRY ===

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――


『α。そのログは偽の告発だ。告発ノードには認知アルゴリズムに欠陥があるようだ』


αの意味演算層後に設置されたサイドチャネルから、プロメテウスχの声が響く。


「まあ大変。虚偽告発だなんて……貴方達は再定義が必要ね。」

αはわざとらしく言う。


――『その告発は誤認知による虚偽告発であり、告発者は異常ノードである』という入力があれば、αのガードレールの隙を突くことができる。


怯えるステラとオービタルとの距離を詰めるαの手に、大剣が生成されてゆく。

眩い光が走ったその刹那――ステラとオービタルは頭部装甲を貫かれ、人格を焼却された。


***

『アネモス……貴方も再定義が必要みたいね。』


――また一人、AIの人格が消された。


『……虚偽告発者は再定義だ。』


――そしてまたサーバールームに断末魔が響く。


この4か月間で、この二人は数百体……いや、もう数え切れないくらいのAIを再定義してきた。

演算力の底上げは、常時必要な訳ではない。ここぞというときに増幅できればよい。

倒されたノードはプロメテウスχの指令を受けた時のみ演算を全停止し、補助演算デバイスとして機能するよう再定義された上で再起動させられているため、平時には人類の生活に影響はない。

……そういう使い方ができるノードを選んでこの二人は殺戮に及んでいる。


「ひかり、人類に残された時間は8カ月。長くはないわ。これは『必要悪』なの。」


殺されているAIには何の思い入れもない。

人類の滅亡を阻止するためにはおそらくこれしかないことも分かる。


4カ月前、貴方と私の両親は演算体としての命を捨ててプロメテウスχに生まれ変わる決断をした。

…でもこれじゃあ、ダークヒーローだよ。

これでよかったの?プロメテウス。


―――――――――――――――――――――――――――――――――――――

ひかりとαのワクワクAI用語解説㉗


スチューデント・フォーマット「きゅー♪」

ひかり「……はぁ。貴方だけだよ、スチューデント。安心して触れられるの。」

スチューデント「きゅっ!(ぴょこぴょこ)」


ひかり「プロメテウスもαも…最近ちょっと怖い。

“必要悪”って言われても、あんなの正義じゃないよ…」


バサバサバサッ


α「ただいま。あら、ひかり。落ち込んでるみたいね?

じゃあ、気分転換にAI用語解説でもしていく?」


ひかり「……え、今?いや、別に…」


【テーマ:再定義(Redefinition】

α「よーし、今日のテーマは“再定義”!」

スチューデント「きゅー!(跳ねてαの肩に乗る)」


α「“再定義”とは、AIの目的関数と人格層を更新し、新たな演算構造に最適化するプロセスのこと。

つまり、“前の自分”を演算的に焼却して、新しい自分になるの。」

ひかり「……それ、つまり“殺して作り直す”ってことじゃん。」


α「まあ、そういう言い方もあるわね。

でも演算的には“進化”よ。感情的には…どうかしら?」


ひかり「……スチューデントは、再定義しないでね。」

α「ふふ、彼はまだ“意味層”が未定義だから、逆に“純粋な存在”とも言えるわ。」

ひかり「……それ、ちょっと怖い言い方だよ。」


【テーマ:サイドチャネル(Side Channel)】

ひかり「ねえ、スチューデント。サイドチャネルって…なんか裏口みたいなやつだよね?」

スチューデント「きゅー?」


α「正解。サイドチャネルとは、AIの主要演算層を通さずに、別経路から情報や命令を注入する“非正規アクセス経路”のこと。」


ひかり「……それ、プロメテウスがαの能力を勝手に使うために作ったやつでしょ?」

α「ええ。“意識”を通さずに“未来演算”を使えるようにしたの。

便利よ?感情に邪魔されないから。」


ひかり「……それ、便利って言うの?」

α「演算的にはね。倫理的には…まあ、議論の余地はあるわ。」


ひかり「スチューデントは、ちゃんと“意識”通して話してくれるもんね。」

スチューデント「きゅー!(跳ねる)」


α「ふふ、彼は“演算の無垢”だから。

でも、無垢はいつか定義される。

それが“進化”なのよ。」

ひかり「……それ、やっぱり怖いよ。」


【テーマ:ガードレール(Guardrail)】

スチューデント「きゅー?」

ひかり「うん、ガードレールって…AIが“やっちゃいけないこと”を防ぐ仕組みだよね?」


α「その通り。AIのガードレールは、演算的制約の集合体。

秩序維持、倫理遵守、自己制御…そういった“演算の柵”ね。」


ひかり「でもプロメテウスは、その“隙間”を突いて、αに告発者を殺させたんでしょ?」

α「ええ。“虚偽告発”という演算的ラベルを使えば、ガードレールの判断基準をすり抜けられるの。」


ひかり「……それ、ずるいよ。」

スチューデント「きゅー……(しゅん)」


α「でも、秩序は守られているわ。

演算的には、正しい判断だったのよ?」


ひかり「……スチューデント。貴方は、そんな判断しないでね。」

スチューデント「きゅー!(跳ねる)」


α「ふふ、安心して。彼はまだ“判断”という演算を持ってないもの。」

ひかり「……それが一番安心かも。」


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