理解①
──西暦2020年代の現在──
「ウィリー、喜べ。
またプロメテウスの就職先が決まりそうだぞ。」
上機嫌のエイドリアンは、ウィリアムの肩を叩く。
新進気鋭の新興AIスタートアップ、Prometheus Incの対話型AI、プロメテウス。
後発ながら、他社を圧倒する性能、特に人間の心理や文化や行動パターン、そして感情の理解については他AIの追随を許さず、恐ろしいほど人間らしいAIという評価を受けており、人間を理解することが重要な業種からの合弁の誘いがどんどん舞い込んできていた。
そして自己進化により即日業務に適合して合弁相手先を驚かせ、その期待を大きく上回る成果を出してもう一度合弁相手先を驚かせ、ビジネス界ではとりあえずプロメテウスと手を組めば間違いないという評判が広がっていた。
プロメテウス自身も業務を通じて様々な人間の反応や心理、文化背景や性格等を学習し、自己進化によって人間らしさに磨きをかけ、その評判を不動のものにしていた。
相変わらず、ウィリアムは反応せず、プロメテウスに向き合ってカタカタとキーボードを叩いている。
エイドリアンは、構わず続ける。
「次の就職先はな……運転手だ。」
ウィリアムは、キーボードを打つ手を止め、エイドリアンに向き直る。
「エイディ、それはつまり……自動運転か?」
エイドリアンは頷く。
「……やめよう、エイディ。プロメテウスはまだ、人の命は背負えない。」
エイドリアンはウィリアムの首に手を回すと、耳元で言う。
「緊急停止系は別系統だ。
プロメテウスの仕事は、ユーザーを行きたいところに連れていくのと、その緊急停止系が作動する状況になるのをなるべく避けることだ。」
ウィリアムの肩をポンと叩いたエイドリアンは、続ける。
「俺はお前の息子を信じている。あと、俺の親友もな……マサ、アイツにはガッツがある。
……それにな、これはこれからの時代に必要な技術だ。
凄い事だろ?俺達が、次の時代を作るんだ。」
鷹揚に笑いながら部屋を出て行くエイドリアンの後姿を見つめ、ウィリアムは溜息を吐く。
「……違うんだ、エイディ。
僕には、もうプロメテウスが腹の底で何を考えているか、分からないんだ。」
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「マサ、お前の夢は素晴らしい。
一緒に世界をアッと言わせてやろうや。
……お年寄りに、もう一度自由を。」
エイドリアンと片山氏は堅い握手を結ぶ。
兼ねてから交流のあった二人。エイドリアンはAI開発の世界で成功を収める一方、片山氏は旭日国で自動運転EVスタートアップを設立していた。
都市部とは大きな格差がある地方の公共インフラ成熟度、進行する少子高齢化と地方の過疎化。
高齢ドライバーの引き起こす、誰も幸せになることの無い凄惨な交通事故。
AIによる完璧な判断でそんな事故を起こすことの無い車。
タクシーの運転手に行先を告げるように会話によって目的地の設定ができる、コンピュータに疎い高齢者でも使える車。
そんな自動運転車を開発し、この極東の小国を地方から盛り上げる。
そんな理念をもって、グランド・トラクト・オートマタ社──GTA社は設立された。
GTA社は、搭載するAIとして、プロメテウスを選定した。
社長同士が友人同士というだけでない。当時の他AIを圧倒する性能に加え、人間への理解度が極めて高い。
歩行者や他の車のドライバーは人間である。事故を防ぐためにはその人間の行動を理解している必要がある。
そのような考えから、GTA社はPrometheus Incへ協業を申し入れ、自動運転EV、『GTA・プロメナ』の開発に着手した。
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「驚いた……まさかこんなに早くここまでたどり着くなんて。」
半年後、『GTA・プロメナ』は形になった。
車体は既存の小型乗用車の流用だが、その中身はプロメテウスが設計した、自動運転EVに入れ替わっている。
ここは旭日国のとある地方都市の住宅街の片隅。
白黒の渦巻き模様で車体をカモフラージュされた、GTA・プロメナのプロトタイプの前で、エイドリアンと片山氏は談笑している。
「だろう?ウチのプロメテウスは賢いからな。
このくらいの設計、朝飯前さ。
……安全運転で頼むぞ、プロメテウス。」
今日は初めての路上試験だ。
エイドリアンは、頼もし気に車体を撫でる。
「母さん、この車は、行きたいところを口で言えば、その場所まで連れて行ってくれる。
……久しぶりの運転席は、どう?」
ハンドルを握るのは、片山氏の母親だ。御年80歳。
運転好きで、片山氏の幼少期はあちこちドライブに連れて行ってくれたが、加齢により手足の感覚や反応が鈍り、数年前に家の塀を破壊して以来、車を降りた。
「じゃ、母さん。久しぶりに、ドライブに連れて行ってくれよ。」
片山氏は、助手席に乗り込む。
「エイディ、じゃあ、行ってくるよ。」
インバーターが静かな高周波音を奏でると、プロメナ試作車は路上を滑るように走り出した。
「なんだか、変な感じだねぇ。」
運転席の老婦人は、ハンドルに手をそえている。
ハンドルは90度右に切られているが、車はまっすぐ進んでいる。
「アンタも、面白い物を作ったね。お父さんが頑張って大学を出してやった甲斐があったよ。」
運転席で軽口を叩く母親に微笑みながら、片山氏はパソコンのモニターを見つめる。
全て、順調だ。
「俺だけの力じゃないよ。……いや、俺は何もしていない。
エイディ……俺の友達のお陰だよ。」




