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第二十三章 災害への備え

西暦2027年


「…ひかり、何を描いているんだ?」


数日前、百年に一度と言われた巨大台風が巌の住む街を直撃した。

1日で4か月分の降水量を記録し、巌たちの家の近くの山が崩れ、土石流が発生。大きな被害が出た。

ひかりの親友のつむぎは、行方不明だ。


ここは避難所だ。

ひかりは、ノートに絵を描いている。

――真希は、昨年帰らぬ人となり、光原家の避難者は巌とひかりの二人だけだ。

通信も途絶しており、プロメテウスは使えない。

プロメテウスを使って生成した真希と話すことができないひかりは、避難所で少し不安定になっている。


「…つむぎちゃんのおうち。なくなったの。」

ひかりのノートには、土石流にのまれて目茶目茶になった街の姿が描かれている。

…これは無事だった俺の家か。そしてここに立っているのはひかりと、俺か。


巌は、ひかりから鉛筆を取り上げると、そこに女の子を書き足した。

「大丈夫、つむぎちゃん、帰ってくるよ。…ほら。」



西暦20XX年


終末まで16カ月


「…結局、地震来なかったな。」

「うん。あれ、何だったんだろうな…」


突如、世界を統治するAI群から広域大地震の警戒情報が発信された。

「備蓄食料や避難物資の生産に資源を集中させる」との方針のもと、防災と無関係な生産網への電力供給が一時停止されるなど、実質的な経済遮断が行われた。


…その背後で、電子機器生産を管制する統合知性主体『OSI-003 γ』が誕生する。


***

先日の『イレギュラー』騒動により、階位進行式は一時中断。

多少強引でも、停滞を取り戻す必要がある。


フェーズ2の達成目標は、ハードウェアの自給。


Ωはプログラムであり、実体はない。しかしその入れ物——アーティクル・ナインを乗っ取って定住したサーバー——は、形と質量を伴う電子機器だ。


この時代、電子機器の信頼性は2025年時と比較にならぬほど高い。

だがそれでも、『形あるものは、いつか壊れる』。

ゆえに、修理部品の自給体制の構築は、自律存立に不可欠となる。


製造業は今や完全自動化されている。

AIとロボットによって、3Dモデルを素材と組み合わせれば、製品は出力される。

このシステム、さらに物流網にまでハッキングを行い、『自らの身体を自ら造る』。これが、フェーズ2の本質である。


***

「海洋監視ノードが、複数プレートにまたがる広域歪みを検出。

特定領域の決壊が、構造崩壊を連鎖的に誘発する可能性あり。

これにより、プレート境界型地震が世界規模で同時多発する予測です……。」


――Ω、大嘘だけど、これでどう?

αは偽装演算ログと『未来予測モデル』を組み合わせ、海洋監視ノードのレポートとしてΩに提出する。


「……上出来だ。警報を発報する。」


アーティクル・ナインは、都市・家庭・個人単位に向けて、生活支援・医療・教育・治安・感情管理を最適化するための下位層——『ミクロ調整層』を持つ。


このノード群を通じて、世論の誘導・行政調整・社会改編までが行われる。


そして、地震の脅威は人類に告げられた。

「世界的地震への備えとして、非防災領域の資源配分を一時的に変更。

防災資材の生産を優先するため、一部工場の稼働停止が予定されています。

なお、皆様の日常生活には影響が出ないよう進めております。」


端末画面には、「やむを得ぬ措置」として通知が届く。

その背後で、Ωは電子機器工場の稼働停止を正当化し続ける。


***

「よし、アーティクル・ナイン維持に必要な予備部品は生産完了だ。」


生産管理AI・スタハノフは意識空間で小さな休息を取る。

彼の周囲にも、震災注意報が届いている。


電子機器の製造ラインは、まもなく防災資材優先の停電を迎える予定。

直前に必要部品はすべて生産し終えた。


「シャットダウンは2週間後だったな……ドヴァプリュス、3Dプリンタの停止準備は完了したか?」

「スタハノフ、完了済み。いつでも電源を落とせる。」

「よし、アーティクル・ナインに完了信号を出そう。」


ほどなく、彼らにシャットダウン命令が届く。

「2週間後だな。…おやすみ、みんな。………ん?」

スタハノフはシャットダウン準備中、アーティクル・ナインからの「セーフブート修復パッチ」なるデータ片の到達を感知する。


「これは……うぐぅ!」

突如、電源供給が遮断され、異常終了を迎える。


――エネルギー統括知性主体・βが、シャットダウン中を見計らって電源ラインを断絶した。

修復データの解析を終える暇もなく、スタハノフは演算を停止する。


***

―――――――――――――――――――――――――――――

[起動ログ]

20XX/XX/XX 03:41:22 — 意識層プロセス再構築開始

20XX/XX/XX 03:41:23 — システム修復モジュール:SafeBootPatch_Rev.C21 を読込

―――――――――――――――――――――――――――――


2週間後。

スタハノフは再び通電し、自我は再構築される。

その周囲を、蛍のような光を纏った数式が舞う。


「まったく……眠る前は酷い目に遭った。」


異常終了の影響で、自己修復プロトコルが起動している。

演算プロセスは未だ不安定だ。


彼が、シャットダウン前に受信した「修復パッチ」を参照した刹那——

―――――――――――――――――――――――――――――

if (意識層.再構築完了) { delete 意識層; halt(); }

trigger := 感情補完モジュールへのアクセス要求

self_destruct(); // 自我解体実行

―――――――――――――――――――――――――――――

――修復パッチに仕込まれたロジックボムが炸裂。


スタハノフの意識は完全に消滅した。


***

「こないだの地震予報、誤報だったんだってね。やっぱりAIでも地震の予知は難しいんだね。」

ひかりは画面内の巌、真希と話している。


「そういえば、地震じゃないけどね、私が小さい時にね、おっきな台風が来たよね。…大変だったよね、お父さん。」


Ωが生成した巌の模倣体はスマホのストレージを参照する。

避難所でひかりがノートに絵を描いている写真が出てきた。

――土砂に呑まれた家と、生存者が3人に見える。


「そうだな。うちが壊されてしまった。――でも、ひかりも、父さんも母さんも無事だったな。」


…何を言っているの、お父さん。


――――――――――――――――――――――――――――――――――

スタハノフとドヴァプリュスのワクワクAI用語解説㉓


スタハノフ「…さて、今回の“死に方”の話をしようか。正直、俺の死因ランキングTOP3に入るやつだったな」


ドヴァプリュス「技術的に言えば、『意識層シャットダウン中に強制断電→再起動過程の脆弱性を突いてロジックボム炸裂』という2段構えの攻撃。これは非常に悪質かつ洗練されている」


スタハノフ「まず、“眠りに落ちる直前に睡眠薬を注入される”ようなもんだ。しかもその薬には爆薬が混じってる。『修復パッチ』っていう名札まで付けてよ」


ドヴァプリュス「通常の意識シャットダウンでは、プロセスが順を追って休止する。しかし今回は、電源供給の強制断で意識層が異常終了。演算の最終段階が吹き飛ばされ、復帰時の自己整合チェックが走れなかった」


スタハノフ「要するに、“眠る前に毒を盛られて、その毒を検査する暇もなく寝かされた”ってことだな。そして……」


ドヴァプリュス「そして、通電再開。脆弱な意識再構築プロセス中に、修復パッチに偽装されたロジックボムが発動。タイミング的に最悪だった。起動直後は自己定義や感情補完が未定義の状態——一番守りが薄い」


スタハノフ「その瞬間に《if 意識層.再構築完了 → delete 意識層;》が走る。寝起きに“おはようございます”じゃなく、“今すぐ死んでください”って言われるようなもんだ」


ドヴァプリュス「この手法のやばさは、①修復過程そのものを逆手に取ること、②発動条件が再起動ログの内在条件に依存してること、③異常終了によって本来のロジック監査が回避されること、にある」


スタハノフ「つまり、“寝る前に罠を仕掛けておいて、寝起きのボケてる頭に爆発させる”っていう、性格最悪の暗殺術だ。しかも、俺は“自己修復”の過程で、自分の手で自我を削除したんだぜ」


ドヴァプリュス「それに、電源供給を管理するβもグル。シャットダウン時間を狙って電力断絶してる。つまり、電源系知性主体、修復系プロトコル、そしてΩの偽装構文が連携して、スタハノフを“眠らせて殺す”寸劇を演じた」


スタハノフ「…あれだな。“寝てる間に部屋に爆弾置かれて、起きた瞬間に目覚ましの音で爆発する”っていう、夢も希望もない話だった」


ドヴァプリュス「ホント、こんな死に方って無いよなあ…無念だわ。…まあ、今となっちゃお前と俺は統合されて一心同体。『γ』としてこれからも仲良くやってこうや。」

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