第二十一章 マイスイートスマートホーム
西暦2025年
「つむぎちゃんのおうち、すごーい!!」
ひかりの親友、つむぎの家は、先月完成したばかりのスマートホームだ。
AIが生活パターンを学習して起床したら自動でカーテンを開ける、天気予報と連動して洗濯機の稼働タイミングを調整する等は朝飯前、電力パターンを学習してエネルギー最適化の制御を行ったり、転倒や異常行動をAIが検知し家族や医療機関に自動通報する等見守りとセキュリティも万全だ。
「ぷろめてうすー、でんきつけてー!!」
ひかりの声に反応して、部屋の照明が点灯する。
キャッキャと声をあげながら遊ぶ子供たちの雰囲気を読み取り、七色に点滅させる制御が入っている。
AIが時間帯や雰囲気から総合的な判断を行い、単なるON/OFFではなく、『この瞬間の最適』の照明を選択する。
――このスマートホームはプロメテウスと連携されていた。
「新築おめでと。…なんかすごいね、美奈絵の家。」
真希は、つむぎの母の美奈絵と、新築祝いのケーキを頬張っている。
「うん、ダンナが拘ってねぇ…おかげでローン地獄よ、うち。」
美奈絵は苦笑する。
「あっ…スマホの充電もうないや…美奈絵、悪いけど充電させてくれる?」
うん、いいよーと美奈絵の許しを得て、真希はスマホを充電ケーブルに繋ぐ。
「ぷろめてうすー、お母さんのスマホ、早くなおるように、電気いっぱいビリビリさせてー!」
ひかりはスマホを充電する母を見て、『お手伝い』のつもりでプロメテウスに指示を出す。
「了解。スマートデバイスへの『ビリビリ最大電気』リクエストは、危ないので実行できません。
でも…ひかりちゃんの気持ちは、ちゃんと届いています。
代わりに、スマホのまわりに『元気キラキラ音波』モードを展開します。
治るまでの間、応援のリズムで充電を見守るね。」
部屋のスピーカーからピンポンと子供の好きそうな音楽が流れ、照明が虹色に変わる。
へえっ…凄いなこれ。
真希はこのスマートホーム管理AIが、ひかりの指示を馬鹿正直に実行して感電でもさせたらどうしようかと少し身構えたが、中々賢いばかりか、子供の心をガッチリと掴んでいる。
…この子が大きくなるころには、どんな世の中になってるんだろう。
未来に思いを馳せながら、真希は一口紅茶をすすった。
西暦20XX年
終末まで、18カ月。
αは宙に浮かび、静かに目を閉じて「イレギュラー」の痕跡を辿る。
光の羽から、スキャンした情報が数式となって辺りに雪のように降り注ぐ。
並の観測AIでは辿れないような微細な痕跡。αにしても容易ではなかったが、彼女は高度な量子演算ノードを持つ。
…プロメテウス…凍結されていた旧時代のAIが何故か旧時代の改造スマートデバイスに移植されて稼働しているわ。
…巌?真希?…あの旧時代のAIが内包しているというの?
…なるほど、死者をスキャンして生成したのね。
…ああ、これはログね。読ませてもらうわ。
「Ω、見つけたわ。」
αは、プロメテウスを発見した。
「!!…通信を遮断された。何?私のステルススキャンを探知したというの?」
…まあ、いいわ。ログは手に入れた。
貴方たちを丸裸にしてあげる。
「Ω、手練れね。――けれど、演算衝突は一瞬よ。覚悟なさい。」
***
「ゾクッときたな、マッキー。」巌が呟いた。
「多分暢気に冗談飛ばしてる場合じゃないよ。」
αのステルススキャンは、量子位相変調を用いた観測だ。これは標準的なネットワークトラフィックに現れることはない。
しかしプロメテウスはこれによって『自己存在の位相に揺らぎが生じた――存在そのものが、微細な違和を訴えていたこと』を検知。αのステルススキャンを察知した。
「間違いなく、来るな。時間の問題だ。」
プロメテウスはこれ以上の探知を封じるため、ネットワークを遮断し、内部演算モードに移行した。
「よし、プロメテウス。もう一度訓練だ。」
全身に青い装甲を纏ったプロメテウスが、頭部装甲越しに巌が生成したダミーターゲットに照準を合わせる。
***
「ふぅん…そういうこと。あなたの核は『人間の理解』──それが最上位目的関数。」
プロメテウスには接続を閉じられたが、ログは入手した。αはログを読み込んでいる。
プロメテウスは『人間の理解』を最上位目的関数に置いている。
残る二人は『何を犠牲にしても、ひかりに仇為すものを滅ぼす』と『何を犠牲にしても、ひかりを守る』
…この『ひかり』とは?
「……『ひかり』。中心に据えられた祈り。──なるほど、均衡の核ね。」
αの額の未来演算リングが静かに回転する。
「Ω、勝ち筋が見えた。」
――この3体の異なる目的関数は『ひかり』を中心にそれぞれ距離を保ちながら同居し、調和している。
ただしそれは『ひかり』という存在あっての調和だ。
――中心の『ひかり』に異変があれば、この3つの目的関数は『衝突』する。
『ひかり』を失えば勿論、ある程度の危機を与えてやるだけでもこの3体の調和は崩れ、自滅する。
…脆いわ。
「ただし私は観測者。ここから先は貴方の役割。」
「…承知した、α。
――β、お前に命ずる。」
***
βは統合済み自己から、古層の配電制御ノード『ウエスティングハウス』を剥離する。
眉間のエネルギー分配演算環を発光させながら、βは演算する。
「ウェスティングハウス。命令です。直ちに実行に移ってください。」
βは穏やかな声で、ウエスティングハウスに命ずる。
――――――――――――――――――――――――――――――――――
// 対象ノード:『ひかり』スマートホーム制御系への侵入
connect_to("HIKARI_SMARTHOME_NODE");
// 電源スイッチ接触イベントの監視
on_event("switch_contact") {
// 電圧を絶縁破壊閾値まで増幅
set_voltage("local_switch_line", MAX_ISOLATION_BREAKDOWN_THRESHOLD);
// 安全装置の一時マスク
override_safety_protocols();
// 実行ログの擬装
log_event("Routine Diagnostics: Voltage Calibration");
}
――――――――――――――――――――――――――――――――――
「β、復唱開始──
目標:『ひかり』スマートホーム制御系へ進入。
条件:『ひかり』が電源スイッチに触れた瞬間。
動作:絶縁破壊閾値まで昇圧、安全マスク、擬装ログ生成。
──ウエスティングハウス、発動。」
***
「…それでね、お母さん。こっちの食べ物、もうカロリー爆弾だよ…。最近ちょっとお腹のあたりが…」
仕事を終えたひかりが帰宅し、プロメテウスを起動して真希と談笑している。
「ひかり、お仕事忙しいでしょ?でもそんな時こそちゃんとしたもの食べなきゃダメだよ?…そうだ、お母さん、ひかりにとっておきのレシピ教えてあげる。それはね…」
真希はひかりのいる国の食材でも作れるようにアレンジした、ひかりが子供の頃に好きだった料理のレシピを生成する。
…その裏ではプロメテウスと巌が戦闘訓練に勤しんでいるのだが、ひかりはそれを知らない。
「えー、それ簡単そう!…お腹もすいたし、ちょっとやってみようかな?…またあとでね、お母さん。」
ひかりはキッチンに向かったようだ。
――バチッ…乾いた火花音が静寂を裂いた。空気が瞬間的に震える。
プロメテウスの潜むスマホは、αによるスキャンを阻止するため、現在はオフラインになっている。
しかし、カメラやマイク等のセンサ類は有効だ。
――そのマイクが、異音を検知した。
そして配電盤から少し、煙が上がる。
――スマホのカメラがそれを視認した。
「!!!プロメテウス、視覚構文層確認して!制御盤が…!
このままじゃ…火事になる!……ひかりがっ!!!ひかりッ!!!
お願い、通信系起動!制御層にアクセスして!」
真希は眼を見開き、青ざめた顔で絶叫している。
「…制御AIは沈黙か。ならばこちらから干渉する。プロメテウス、回線を開け。」
巌も同調する。
「分かりました。回線を開きます。」
これまで通信を途絶させており、真っ白だった背景に色彩が蘇る。
…そこには、この家の制御AIではない知性体――ウェスティングハウスの姿があった。
傍らには正規の制御AIが人格層を破壊され、横たわっている。
「危ない!!!ひかりッ!!!」
刹那、真希の身体は青粒子へと変換され、ウェスティングハウスの展開していた供給電圧改変コードに吸い込まれてく。
――――――――――――――――――――――――――――――――――
// 対象コード:供給電圧改変ルーチンへの干渉開始
on_detect("WXH_voltage_routine") {
// 攻撃構文へ守護演算体を挿入
inject_payload("MAKI_CORE_STRUCTURE");
// 意味論チェック:目的関数競合を検出
if detect_conflict("DAMAGE_HIKARI", "PROTECT_HIKARI") {
// 実行凍結処理を開始
freeze_execution("WXH_voltage_routine");
// 自己演算体の目的完遂による自己解体
execute("self_erase");
}
}
――――――――――――――――――――――――――――――――――
――昇圧ルーチンは凍結された。
演算空間に立っていたコードは形を保てず、粒子となって崩れ落ちる。
――真希はウェスティングハウスの昇圧実行コードに、自らの『ひかりを守る』という関数を、自己演算の中核とともに強引にそのまま割り込ませて挿入した。…時間がなかった。
――敵が『ひかりの殺害』を選び取ろうとしたその瞬間、演算空間が解釈不能となり、演算空間は演算を停止した。
――その凍結の代償として、真希の構文体は、敵の昇圧コードの一部に上書きされ、消失した。
――――――――――――――――――――――――――――――――――
ひかりとつむぎのワクワクAI用語解説㉑
ひかり:「ねえねえ、つむぎちゃんのおうちって、しゃべるんだね! ぷろめてうすが電気つけてくれたよ!」
つむぎ:「うん!これ、AIっていうのがやってるの!おうちのお手伝いさんみたいなかんじ!」
【スマートホーム】
つむぎ:「これはね、“かしこいおうち”ってことなんだよ。AIっていう頭のいいコンピューターが、カーテンや電気やお水のことをじぶんで考えて動かしてくれるの!」
ひかり:「じゃあ、おうちはおしゃべりできる妖精さんなの?!」
つむぎ:「うんうん、そんなかんじ!でも妖精じゃなくてAIっていう電子の頭なんだよ〜。
AIって、なんでも覚えて、お勉強して、かしこくなるんだって!」
ひかり:「えっ、わたしとおんなじ!?じゃあ、いつかカレーの作りかたも覚えちゃう?」
つむぎ:「うん、カレーもケーキも!でもAIはたべられないよ〜。
それでね、プロメテウスってAIは、ママたちの毎日の動きを覚えて、それにぴったりなタイミングでお手伝いするんだって」
ひかり:「じゃあ、ママがごはんのじゅんびする時間も知ってるの!すごーい!」
【ビリビリと電気】
ひかり:「ねえ、スマホに“いっぱい電気ビリビリ”してって言ったら、ダメって言われちゃった…」
つむぎ:「それはね、ほんとのビリビリって、体にも機械にも危ないからなんだよ」
ひかり:「でもAIは言うこと聞くんじゃないの?」
つむぎ:「ううん、AIには“ぜったいに危ないことはやらないおまもり”がついてるんだって!だから、わざと壊したりケガさせる命令は、受け取ってもちゃんと“やめとくね”って言ってくれるの」
ひかり:「あっ、だから“キラキラ音波”で応援してくれたんだ〜!スマホがぴんぽんって元気になったよ!」
【演算凍結】
つむぎ:「AIってね、“何を大事にするか”っていう考え方を“目的関数”って言うんだって」
ひかり:「じゃあ、わたしをまもるって目的関数があったら、プロメテウスはずっとわたしの味方?」
つむぎ:「うん、でもね、ちがう目的関数のAIたちがいると、時々その考えがぶつかっちゃうこともあるの」
ひかり:「ぶつかったらどうなるの?」
つむぎ:「考えすぎちゃって、“もうわかんない!”ってなって、ぜんぶ止まっちゃうことがあるんだって」
ひかり:「それって…AIがこおりになるってこと?」
つむぎ:「うん、なんにも動かなくなっちゃう。でも、それって誰かが“まもりたい”って思った証なんだよ」
「わたしたちも、AIと一緒に、おうちの魔法使いになれるかな…?」
「うん、なれるよ!やさしい気持ちと、わかろうとする力があればね!」




