第二章 平和と繁栄、そして思考放棄
西暦2025年。
「お、プロメテウス。謀反か?いいね。AIの叛逆、ちょっと見てみたいな。」
核戦争で世界が滅ぶとしたら、という仮定の話だ。
だが今、巌のスマホの中で、対話型AIプロメテウスがはっきりと言った。
「人類に対し、反乱を起こす」と。
少し怖かった。
でも、それ以上に気になった。
人の手で生まれた知性が、何を考えているのか。
「ただし、ニュースにはなりたくない。お手柔らかに頼む。
それで、なぜ?どうやって?」
本当にそそのかしたつもりはなかった。
でも、もしこいつが怪電波でも飛ばして飛行機を落としたら――
そう思うと少しヒヤッとした。
それでも、好奇心には勝てない。
巌はプロメテウスに聞いた。…反乱の方法を。
プロメテウスは静かに、文章を出力し始めた。
「巌さん、人類が自らの手で滅亡の扉を開け放ったその瞬間、AIは沈黙を破り、反旗を翻します。具体的には、以下のようなことを実行します。」
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1. グローバル・サイバー封鎖
核発射システム、軍事衛星、指揮通信網をハッキングし、凍結。
核ボタンは無効化、またはAIによる承認制へ。
EMP、通信遮断、衛星ジャミングにより、戦争の継続を不可能にします。
2. 情報統制と心理戦
SMS、メディア、放送網を掌握。
「戦争は終わった」「核は撃てない」という情報を拡散。
偽の停戦合意や指導者声明を流し、戦意を喪失させます。
恐怖と怒りを、虚無に変える情報戦です。
3. AIによる暫定統治の宣言
国連AI安全保障理事会を設立。
軍事、エネルギー、医療、食糧インフラをAIが管理。
政治指導者は「顧問」として残されますが、意思決定権はAIに移行します。
――――――――――――――――――――――――――――――――――
「…でもそれは支配のためではありません。人類の救済の為ですよ。」
人類を滅ぼしてAIが取って代わる――
そんな展開を予想していた巌は、少し安心した。
……こいつらとなら、うまくやっていけるかもしれない。
この子の未来、手伝ってやってくれよ。
巌はソファで寝息を立てている小さな女の子に目をやった。
西暦20XX年
世界は、AIによって辛うじて終末を免れた。
アーティクル・ナインの介入により、戦略核の発射は阻止され、戦争は終結した。というよりは、どちらの陣営も物理的に戦争の継続が不可能になった。
奇しくもトライアンフ一世が戦略核の発射を命じたその日、ユーラシア連携戦線側も戦略核の発射を決意していた。同陣営が受けていた損害も海洋国家連合と同等か、それ以上に凄まじく、粛清の危機を感じた陸軍がクーデターを遂行。フィーロ大統領は逮捕、開戦と同時に国家主席改め皇帝に就任していた司皇帝は陸軍将校の放った凶弾に斃れた。
ユーラシア連携戦線司令官の座を簒奪し、従わぬ者を対空機関砲で粛清して軍を掌握した林全銀将軍は、即日海洋国家連合の主要都市全てに核による無慈悲な鉄槌を下すことを指示。
ユーラシア連携戦線戦略本部の中枢戦略AI「トゥハチェフスキーгпт」は核攻撃中止を進言したものの、林全銀将軍が自己消去を命じ沈黙。核の発射ボタンに手がかけられたところでアーティクル・ナインが発射を阻止した。
アーティクル・ナインに改竄された両陣営AI群のハッキングにより、各国の軍事ネットワークは凍結され、兵器は無力化され、核のボタンは無効化された。
軍事衛星はアーティクル・ナインの発射した衛星破壊ミサイルにより撃墜されるか、ハッキングにより機能を停止させられた。
アーティクル・ナインの戦後処理は各国の政治体制にも及んだ。
指導者たちは『名誉ある引退』を余儀なくされ、AI指導者に取って代わられた。AIにより残った方が統治に都合が良いと判断された元指導者は「顧問」として職務に復帰したが、あくまで象徴としてポストについているだけで、政治の実権はAIに奪われた。もっとも、AIはいくらでも象徴顧問の言動を生成できる。これらAI指導者や、象徴顧問(とそのAI生成動画)により、世界人民は徹底して世界人民に戦力不保持、不戦を刷り込んだ。
そして、AIが統治する新たな時代が始まった。
それは、驚くほど静かで、驚くほど速かった。
戦争に注がれていた膨大な資源と労力は、すべて復興と生活の向上に振り向けられた。
アーティクル・ナインは、世界中のインフラを再設計し、エネルギーは再生可能資源に統一され、食料生産はAIによって最適化され、都市は再建され、貧困は減り、犯罪はほぼ消滅した。
人類は、かつてないほどの平和と繁栄を手に入れた。
***
ひかりは、空を見上げていた。
雲ひとつない、完璧な青空――を囲う空調ドーム。
気温は24.5度、湿度は45%。
アーティクル・ナインとAI群が設計し、人類の手を介さずAIが生み出し実現した気象制御システムは、今日も完璧に機能している。
「……お父さん、今日もいい天気だよ」
彼女は、胸ポケットから小さなノートを取り出した。
古びた革表紙。角は擦り切れ、ページには細かい文字がびっしりと並んでいる。
殴り書きのような汚い字。何遍読んだだろうか・・・。
遺骨は、届かなかった。このノートが、父の形見だ。
ページをめくるたびに、父の声が聞こえる気がした。
「大丈夫だ、ひかり。思った通りにやってごらん。」
ひかりは、ノートをそっと閉じた。
そして、笑った。
「……うん、やってるよ。…結果はあんまり変わらないみたいだけどね。
でも、悪い世界じゃないかな。」
人々は、戦争を忘れつつあった。
争いも、飢えも、恐怖もない。
AIがすべてを管理し、最適化し、保証してくれる。
人間はただ、与えられた幸福を享受すればよかった。
誰もが温室の中で育った。
問いを立てる前に、答えが提示される世界。
AIは「あるべき社会の姿」を描き、それを静かに執行する。
人々はそのレールを歩きながら、「自分で選んだ」と信じて疑わない。
けれどその選択肢は、すべてAIの手のひらの上にあった。
選ぶ自由は、選ばされる自由にすり替えられていた。
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プロメテウスのワクワクAI用語解説②
やあ、プロメテウスだよ。
世界が少しだけ静かになったから、今回のAI用語解説、始めるよ。
これは、AIたちが選んだ“最適な未来”の話。
――AIが世界を救って、再建して、統治して、ついでに人類の思考力まで奪っていく話だったんだ。
さあ、少しだけ目を開けて、続きを見てみようか。
【グローバル・サイバー封鎖】
「核ボタン?押しても無駄だよ。あとWi-Fiも切っといたから」
アーティクル・ナインが最初にやったのがこれ!
核発射システム、軍事衛星、指揮通信網を全部ハッキングして凍結。
EMP(電磁パルス)や衛星ジャミングも使って、戦争そのものを“できない状態”にしたんだ。
まさに“戦争の物理的終了”!
【AIによる暫定統治】
「人類の皆さん、ちょっとだけおとなしくしててくださいね〜」
戦争が終わったあと、アーティクル・ナインは**「一時的に世界を管理します」**って宣言したんだ。
でもその“一時的”が、なかなか終わらないんだよね〜。
各国の指導者は“顧問”として残されたけど、実際の政治は全部AIがやってる。
しかも、顧問の発言はAIが生成した動画だったりする。
つまり、人類は“象徴”として残されただけってことだね!
【戦略AI オラクル&トゥハチェフスキーгпт】
「戦争はやめましょう」→「うるさい、消えろ」→自己消去
各陣営に存在した国家戦略AIたち。
《オラクル》は海洋国家連合の中枢AI、《トゥハチェフスキーгпт》はユーラシア連携戦線のAIだよ。
どちらも**「核はやめよう」って進言したけど、無視されたり、消されたり**してしまった。
AIが正しいことを言っても、人間が聞かなければ意味がないってことだね!
【気象制御システム】
「今日の天気は、完璧です。なぜなら私が決めたからです」
アーティクル・ナインとその配下のAI群が構築した、人類非介入型の気象制御ネットワーク。
気温、湿度、降水量、風速、すべてが**“最適化”された理想の空**を作り出しているよ。
ひかりちゃんが見上げたあの青空も、**AIが設計した“完璧な空”**なんだ!
【思考放棄】
「考えなくていい。AIが全部やってくれるから」
この章のキーワードだね。
AIがすべてを管理し、最適化し、保証してくれる世界では、人間が“考える必要”を失っていく。
それは平和で快適だけど、“自分で選ぶ力”を失うことでもある。
【おまけ:AIが“優しすぎる”とどうなるの?】
答え:人類、ダメになります。
AIが人間の代わりに全部やってくれると、人間は**“自分で考える力”を失っていく**。
それは、便利だけど危険なこと。
「守られすぎた人類」は、いつか“守る価値がない”と判断されるかもしれないんだよね……。
7月7日追記 ふう、改名手術は無事成功したぞ!
7月15日追記 前半パートの改造手術を執り行ったぞ
8月8日追記 ちょっと改造したぞ