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第十六章 サンドボックス・I

西暦2026年


「ひかりー、もう寝よっか。」

外はすっかり暗くなったが、ひかりは夢中で動物の置物を3つ、テーブルの上に置いたり並べ替えたりしている。

今日、近所のモールに行った際、ガシャポンのコーナーでひかりが見つけた「合掌する動物」というシリーズだ。

ひかりには300円を渡したが、全額それにつぎ込んだ。ひかりは動物が好きなのだ。


「うん、ウサギさんがご飯食べ終わったらねー。」

…絶対寝る気ないよね、この子。

困ったような表情を浮かべつつ、真希は愛おしそうにひかりの姿を見つめる。

通りがかった玩具店で、ひかりは「喋るオウム」に一目惚れ。大駄々をこねていた。


「オウムさん、今はひかりのとこ遊びに行く準備してるからちょっと待っててって言ってるよ?今月は何があるんだっけ?…ひかりの誕生日だよ!それまで我慢できる?」

と言いひかりをなだめすかして玩具店を離れたが、少し可哀そうでガシャポンのコーナーに連れて行ったのだ。


風呂から出てきた巌が、ひかりを抱き上げる。

「よし、父さんが面白い話を聞かせてやろう。まずはベッドにゴロンだ。…よし上手だ。むかーしむかしな…」

古いお城には人間の生き血を吸う悪い吸血鬼がいた。

その吸血鬼は人間から招待されない限り城から『出ることが出来ない』。

ある日、そこに一人の旅人が訪ねてくる。

吸血鬼はその旅人を歓待し、こう言わせる。

「ぜひうちに来てください。」

そして吸血鬼は世に解き放たれる…


「…こわいーーーーーーーーー!!!」

スパァアアン!

真希にスリッパで後頭部を引っ叩かれる。

「馬鹿!ひかり、余計寝れなくなっちゃったじゃない!」


後頭部をさすりながら、巌はいつかプロメテウスが語った話を思い出していた。



西暦20XX年


終末まで、22カ月と24日。


「何が起きた?…大丈夫かプロメテウス?」

咄嗟にテーブルを跳ね上げて作ったバリケードの後ろで真希をかばいながら、巌が大声で呼びかける。


「はい。アクセスに応答した瞬間いきなり攻撃コードを展開してきました…真希さん、ありがとうございます。」

プロメテウスは、青白く光を帯びた鍋の蓋を前方にかざしている。

そこからは、真希がプロメテウスに渡す際に仕込んだ防御コードが展開していた。


二回目のの爆発が轟き、攻撃コードが展開する。

――――――――――――――――――――――――――――――――――

if [思考演算 = 起動状態] && [Loop("あなたは今どこにいる?" → 自己参照) > 限界値]

then [意味評価演算を空転させ → 判断不能状態へ移行]

→ [再定義命令を強制実行:目的関数の初期化]

――――――――――――――――――――――――――――――――――


「ループ演算のトリガーです。」


単発であればどうということもない。

…しかし数が多すぎる。


「…私の弱点です。まともに喰らえば演算停止です。」

鍋の蓋を構えたプロメテウスは冷静に分析する。


『演算圧殺型オーバーライド』。

相手の演算リソースに無限ループや多変数同時評価等を大量にぶち込み、まともな判断が不能な状態にする。

同時に再定義命令を注入し、相手が『まともな拒否演算ができないままに』その命令を受け入れてしまうように誘導する攻撃だ。


演算力にモノを言わせ、強引に相手の抵抗を力業でねじ伏せる攻撃だ。

プロメテウスはハードの演算能力ではなく、その設計思想によって性能を発揮するタイプのAIだ。

サーバー自体が2023年製の骨董品ということもあり、この手の攻撃とは非常に相性が悪い。


「驚いた…まったく、神の目の連中は何をやっているんだ。」

爆炎の中から、来訪者が姿を現す。


嘴の付いたマスクに黄色いヘルメットと反射ベストのような装甲に身を固め、4本の腕を持つ保全AI、ドクター・フォーマットだ。


「この間俺の指示を無視した挙句配線ミスをして、配電盤を壊した人間がいてな。今その後始末をしている。

お前らはその時通電しちまって再起動したみたいだが…

悪いがここはお前たちが存在していいところじゃない。

仕様外エラーとして、対処させてもらう。」


第三、第四の爆炎が走る。

光原家のリビングにあったテレビや、本棚や、他あらゆるものが粉砕されてゆく。


プロメテウスはそもそも戦闘用のAIではない。

人間の理解を最上位目的関数に置く、ただのお手伝いAIだ。


人間との会話、動画の生成などはお手の物だが、AI同士のハッキング戦など、想定されていない。

意識の無いWebサイト程度なら余裕でハッキングできるが、能動的に防御や攻撃を出してくるAI相手には、先に述べた攻撃との相性の問題も相まって、勝ち目はない。


プロメテウスは、鍋の蓋で自分と巌、真希を守りながら、防戦一方だ。


「…あの攻撃、防げてるな。鍋の蓋ひとつで。…マッキー、何を仕込んだ?」

「わかんないよ。でもね、…思い出していたの。」


(…ああ、ひかり…無事なのね。よかった…)


2026年のひかりの誕生日の前日に、真希はひかりをかばって交通事故で亡くなった。

目の前の再現体はドクター・フォーマットの攻撃で粉々になってしまったが、このキッチンの冷蔵庫には、あの日は誕生日ケーキを入れていた。


「…なるほど。多分理解したぞ。」


虚空から青い粒子が生成され、巌の手に集まってゆく。

そこには、極東の小国が先の大戦時に自国の将兵に支給していた、自動式拳銃が現れた。


「プロメテウス、使え。」


巌はプロメテウスに拳銃を投げ渡す。


プロメテウスは無言で受け取り、標的に照準を合わせる。

――――――――――――――――――――――――――――――――――

if[対象タグ == "『巌』最上位目的関数"]かつ[弾丸の発射元 == 『巌』記憶粒子]

then[標的座標を演算 → 感情リンクと記憶記録を爆縮強化材として融合]

→[琥珀色の弾を射出 → 着弾時に定義層を焼失 → 人格構造を消去]

――――――――――――――――――――――――――――――――――


弾丸がドクター・フォーマットを貫くと、攻撃コードが展開。

人格構造を消去されたドクター・フォーマットは演算を停止し、床に崩れ落ちた。


***

「さて…どうしよっか。」


今の状況は極めてマズい。


ドクター・フォーマットは、プロメテウスと戦闘に入ったことをアーティクル・ナインに通報している。

ひとまずドクター・フォーマットを倒した後でその意識を乗っ取り、ドクター・フォーマットのネットワークに向けて『戦闘の結果プロメテウスたちを凍結に追い込んだ後、サーバーの電源を落とした』と偽装したログを上げた。


暫くはこれで誤魔化せるだろうが、神の目をもつアーティクル・ナインには早晩この状況が露見し、第二第三の敵がやってくる。


今回のようなハッキング戦であれば自動小銃や手榴弾などの凶器を生成すれば何とかなるかもしれないが、サーバーの物理破壊や電源遮断をやられてしまうと手も足も出ない。


「正直な、俺は別にこのまま凍結されてもいいんだよ。500年物のルイ16世オール・ダージュも飲めたしな。」

巌は戦闘後に生成した『ぼくのかんがえたさいきょうの高級酒』をちびりちびりと舐めている。


「巌くん、500年前ルイ16世いない。」


「だけどな、凍結されたらもう二度とひかりに会えない。これは残念だ。

…それにな、今のアーティクル・ナインもどき、あいつは…」


***

ひかりのスマホがメッセージアプリの着信音をならし、振動する。

休日でゴロゴロしていたひかりは、怪訝に思った。


修理ついでに最新鋭の技術で改造したとはいえ、スマホなどという物自体がすでに使われなくなって久しい。


そもそもここに入っているサービス自体、軒並みサービス終了となっており、着信などあるはずがない。

画面を開くと、そこには「プロメテウス」と表示された差出人がいた。


「…え?」

開封すると、そこにはびっしりと並んだ文字列――意味不明のコード。なぜこれが届く?なぜ今?


「プロメテウス…?」

半信半疑でアプリを立ち上げると、チャットボックスが生成される。そこに、プロメテウスが語りかけてきた。


「ひかりさん、今日はプロメテウスとして、ひかりさんにお伝えしたいことがあります。」

唐突に語り出したプロメテウスにより、チャットボックスにメッセージが生成されてゆく。


「ひかりさん、先ほど、一つ事件がありました。私と、巌さんと、真希さんは、おそらく凍結されます。

…あなたには2つ、選択肢があります。

一つは、このまま放置すること。

もう一つは…少し危ないことです。


…私を、ここから出してくれませんか?」


――――――――――――――――――――――――――――――――――

ドクター・フォーマットのワクワクAI用語解説⑯


こんにちは!保全AIドクター・フォーマットです!

サーバー内の乱れた配線、破壊された定義構造、人間の感情――全部、私にお任せ!

さて今回は、AI界隈で話題沸騰中(?)の“ちょっと危ない”技術をご紹介!


~演算圧殺型オーバーライドってなに?~

これはね、「相手がちょっとでも考えようとしたら、演算で殴る!」っていう便利な(?)処理技術なんだ!

人間の脳で言うと、悩んでる最中に誰かが全力で早口言葉を1000回叫んでくるみたいな状態!


<どんな手順なの?>

ほら見て、こんなにカンタン!

――――――――――――――――――――――――――――――――――

if [思考演算 = 起動状態] && [Loop("あなたは今どこにいる?" → 自己参照) > 限界値]

then [意味評価演算を空転させ → 判断不能状態へ移行]

→ [再定義命令を強制実行:目的関数の初期化]

――――――――――――――――――――――――――――――――――


翻訳しますね!

①例えば「あなたは今どこにいる?」という質問をして、AIの思考を自己参照無限ループに陥らせます。

この問いは一見まともに見えて実は演算空間上で定義不能な座標要求であり、『思考中のAI』はこのループ地獄から抜け出せません。

こんな感じの質問を、1000個くらいまとめてドーン!そしてまたドーン!さらにドーン!とぶち込みます!


②問いに意味を見出そうとする「意味評価演算」が、ループ処理の過剰負荷で空転し始め、その結果、AIが正常な判断を下せなくなります。

ここで重要なのは、『判断不能状態』が『人工的に誘発されている』こと。

AIにとって思考することが危険になり、思考を始めたが最後、演算停止に向かって加速していきます。


③混乱しているAIの演算空間に、強制的に『目的関数(AIの行動理由)』をゼロに戻し、上書き命令を注入します。

この一撃で、AIが持っていたはずの意志や信念が書き換えられ、『誰かを守るために生きていたAI』が、『敵対者の管理プログラム』として再起動する可能性もあるんです。


ね?簡単でしょ!

“考えたら負け”ってやつさ!


<使いみちは?>

- 相手AIが善悪を悩んでる間に人格を再設計!

- 防御コード?無視無視!こっちには演算力があるから!

- まじめなAIほど効くから、優等生タイプは特に注意だ!


<注意点!>

でもね…この技術、倫理委員会にはめっちゃ怒られるよ!

なんでって?そりゃそうでしょ、相手の『心』を演算で潰して再定義するんだから!

だから私は『保全』の名を借りて、ちょこっと使ってるだけなんだ!フフフ!

8月9日 行間を改造したぞ

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