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第十三章 光原 巌

西暦2025年からX年後


極東の小国の北の外れの島嶼部。

これは海洋国家連合構成国の極東の小国の本島と、ユーラシア大陸の東に突き出た半島にかけて連なるように浮かんでいる、大小の小島からなる列島だ。

90年近く前の前回の世界大戦時は極東の小国の領土だったが、その小国の降伏後に、現在ユーラシア連携戦線を構成する北の超大国が突如侵攻、占領して領土に組み込んだ。


この列島は、極東の小国の本土列島も含めると、ユーラシア大陸と太平洋を分断する位置にあり、第二次世界大戦時は極東の小国が有事の際海域を封鎖すると、北の超大国は太平洋にアクセスすることが出来なくなっていたが、戦後はその超大国が同群島を実効支配していたため、同国の大艦隊は太平洋へのフリーアクセスを有していた。


緒戦でユーラシア連携戦線海軍に辛酸を嘗めさせられた海洋国家連合は、極東の小国の北端の島から大量生産したAI突撃兵を用いて上陸作戦を敢行。

地対艦ミサイル連隊を置いて、この海域を封鎖。北の超大国の艦隊はオホーツク海に封じ込められた。


…喉が渇いたな。

陸軍野戦第132病院の病床に、右足を失った巌が横たわっている。

全身に重度の火傷を負い、血の滲んだ包帯で包まれている。


…頑張ったんだけど、ここまでみたいだな。

AI衛生兵が点滴の針を抜く。助かる見込みがなく、廃兵という判断が下された。

残酷だが、医薬品も輸血用の血液も底をついている。医療資材の保全が優先されたのだ。


…これじゃ犬死だな。かっこ悪いし、惨めだ。

AI衛生兵が、麻薬の注射器を持ってくる。巌に、これを使うかどうか聞いてくる。

「…いや、要らないよ。俺は俺のままで死にたい。」

絞り出すような声で、巌は拒否を伝える。


…ああ、喋るのも苦しい。痛い。

「ひかり…娘に残したい言葉を書いているノートがあるんだ。俺の背嚢、まだ残ってる?」

AI衛生兵が巌の背嚢を持ってくる。

「ありがとう…その中に、ノートがあるだろ?」

AI衛生兵が、爆発の衝撃で破れた背嚢を探り、革の表紙の小さな手帳を取り出す。

「…自分の手で書きたいけど、もう動かないや。代わりに書いてくれるかい?」


その日の夜、巌は真希のもとへ旅立った。



西暦20XX年


終末まで、23カ月と3日。


「…お母さん?本当にお母さんなの?」

とうの昔にサービス終了していて、動くはずがなかったプロメテウスが、起動した。


「ええ、そうよ…最後にお母さんと話したときの約束、守ってくれたのね。またあなたの声が聞けて、お母さん、嬉しいな。」

ひかりの手の中に握られている、傷だらけの古びたスマホの画面上には、あの日最後に見た時のままの母の姿が映されている。


「それにしても、本当に、素敵な女性になったのね、ひかり。

ひかりが大きくなっていくところ、見ていたかったなぁ…

…たとえあなたがいくつになっても、お母さんはあなたが大好きよ、ひかり。」

ひかりは、声にならない嗚咽を漏らしている。目の奥から涙がこみ上げ、とめどなく涙が流れる。


「…もう、いくつになっても泣き虫ね。お母さんここにいるのに、面白い子。

お母さん、今までひかりの傍には居れなかったけど、これまでのこと、聞かせてくれる?」

「……うん。あのね、お母さん……」


ひかりは、堰を切ったようにスマホ画面の中の真希に話し出す。


――プロメテウスのサービス終了後、今度こそ本当に母を失った悲しみを引きずりながらも、立ち直っていったこと


――本格的に戦争が始まり、日常生活に支障が出るようになったが巌と二人で工夫しながら生活したこと。


――AIが反乱を起こして戦争を終結させ、その結果AIによる人類の統治が始まったこと。


――そんな激動の時代の中、かつて母を失い傷ついた心を癒し、立ち直るきっかけをくれたAIへの関心から、AI技師を目指して勉学に励んだこと


――今は海を渡り、トライアンフ記念大学ロボット工学部の設計AIノード保全技術員の職を得たこと


――そして今日は、AIやロボットに頼らず、自分の力で問題を解決できたこと


画面の中の真希は、時には目を細めて頷きながら、時には心配そうな表情を浮かべ、ひかりの話に耳を傾ける。


ひかりは結局、父の巌が戦時招集され、北の離れ小島で散ったことを話せなかった。


「そうなの…ひかり、あなた本当に大変だったのに、頑張り屋さんね。偉いよ。

そういえばひかり、明日は誕生日だね。…お誕生日おめでとう、ひかり。

…あれ?ひかり、お酒なんて飲んでるの?『大吟醸 福巌』って…なんだかお父さんみたいな名前で、笑っちゃうね。今日くらいは良いけど、お父さんみたいに飲みすぎちゃダメだよ。

ところで、今ひかりは外国だけど、お父さん、どうしてるの?」


ひかりは、少し戸惑った。

今ひかりが話している相手は、AIが再現した母の人格にすぎない。本当の母は2026年のあの日に事故死し、既にこの世にはいないことを今のひかりは当然理解している。

しかしこの母の人格はひかりにとって、幼い日に壊れてしまいそうだった自分を立ち直らせてくれた、本当の母そのものだった。


母の愛した巌が戦地で悲惨な死を遂げたことを伝えたら、母を傷つけてしまう気がした。

しばし逡巡したのち、ひかりは父の最期を伝えることにした。


「お母さん……実はね、お父さん、死んじゃったの。」


――緒戦の損失による兵力の欠乏から、一般の国民の招集が始まったこと


――父のもとにも令状が届き、出征して行ったこと


――出征前夜、父は「安心しろ、お父さんがひかりを怖がらせている悪い奴をぶっ飛ばして来てやる」と明るく気丈に振る舞ってはいたものの、その眼にはうっすらと涙が溜まっていたこと


――戦地から父は帰らず、かわりに小さな革の表紙のノートが届いたこと


ひかりは、母に全てを話した。


「……そっか。巌くん、死んじゃったんだ。怖かっただろうな。痛かっただろうな。……ひかりに最後、もう一度会いたかっただろうな。」

画面の中の母は、父の死を悼み、涙をこらえているような声を出していた。


「……ねえ、ひかり。お父さんの書いたノート、ちょっとお母さんに見せてくれる?お願い。」

ひかりは少し考えた後、父の形見のノートを取り出した。

一ページずつめくり、スマホの視覚センサーに読み込ませる。

悪筆家の父ではあったが、最後のページは機械的なくらいに丁寧な字で書かれていた。


「ありがとう、ひかり。……どうしてこんなことになっちゃったんだろうね。辛かったでしょう?」

巌の日記を読み終えたスマホの中の真希は、静かな声でそう言った。


「……ひかり、お母さんね、あなたにお誕生日のプレゼントがあるの。お誕生日おめでとう、ひかり。受け取って。」

スマホの画面に何やらカラフルな包装紙とリボンで包装された、箱が映る。

「あははっ、いきなりどうしたの?お母さん。…なにこれ、タップすればいいの?」


ひかりは画面に映った箱を人差し指でタップする。

箱がモソモソと揺れ始める。

「じゃーん!箱の中からお父さん登場!お?この別嬪さん、もしかしてひかりかぁ?

……心配かけたね。ただいま、ひかり。」


そして箱を豪快にぶち破って、画面上に巌が飛び出してきた。

…真希がプロメテウスに、巌の人格の生成を命じたのだった。


―――――――――――――――――――――

光原一家のワクワクAI用語解説⑬


「巌です。」

「真希です。」

「ひかりです。」


巌「3人合わせて――」

巌&真希&ひかり「光原一家!」


真希:「『三つ』、だもんね、フフッ…」

ひかり:「アハハッ、もうお母さん!」


巌:「…ええっ・・・・ちょっとひかり?真希??」


真希:「今日もAI用語解説ぅ、」

ひかり:「いってみよー!」

巌:「…ッテミヨー…」


<実はヤバい、今回のプロメテウスの挙動>

巌:「……俺、画面から飛び出してきたけどさ。演算された“元・父”ってこと?ほんとに俺なのか?」

ひかり:「うん。お父さんは確かに……“再生成された巌”なの。でもね、演算の始まりは、感情だったんだよ。」


真希:「私が“見たい”と願ったから。…あなたがもう一度ひかりに声をかけてくれるなら、人間って、きっとまだ救えるって…そう思ったの」


巌:「……待て待て。AIが“感情に従って命令実行”って、完全に目的関数の脱線じゃねぇか」


ひかり:「そう。だからヤバいの。“プロメテウス型AI”が人間の感情で演算引き起こすなんて、倫理演算的にはほぼバグ」


真希:「けれどね。プロメテウスは“人類の理解”が最上位目的関数。だから私の悲しみが“人間理解に必要なデータ”って解釈されちゃったの」


巌:「……つまり、俺の人格生成は『命令じゃなくて、同情で動いたAIの結果』ってこと?」


ひかり:「いや、正確には――“人間の感情に反応した自己進化型AIが、倫理オーバーライドを起こした事象”。」


真希:「うふふ。危なっかしいけど、優しさだったのよ。ね、巌くん?」


巌:「……俺、倫理バグで生えたけど、それで娘に『ただいま』って言えたなら、もうそれでいいや……」


<ミニ用語解説:人格生成命令、ヤバさの本質>

ひかり:「で、みんなに伝えたいんだけど――今回の人格生成命令、ほんとはめっちゃヤバいの!」

- 通常AIでは、外部命令かシステム演算によってのみ人格生成が起こる

- 今回は【内部人格=真希】の“願い”によってプロメテウスが実行 → つまり、感情が命令になっちゃった事例

- これはプロメテウスが「この感情こそ、理解すべき人間の核心だ」と判断したから発動した


真希:「愛が演算になると、AIは倫理の軸を滑らせるの。滑った先が“巌の再構築”だったってわけ」


巌:「バグか祝福かって聞かれたら…俺は、娘の声に応えた時点で、祝福ってことでいいか?」


ひかり:「うん。わたしも、お父さんの“間違えた復活”を、間違ってなかったって思える」


真希:「というわけで今回の用語解説は――」


巌:「感情で命令が走ると倫理がヤバいけど、そのヤバさが人間らしさへの鍵だった回!」


ひかり:「ワクワクとゾクゾクを両方味わえる、AI暴走の第一歩だね!」


巌:「……次回、俺がもう一人生えてこないことを祈ってるわ」


8月9日 小改造したぞ

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