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第十一章 分断

西暦2025年から数年後


後に海洋国家連合の中核となる超大国が、2基の情報収集衛星を打ち上げた。

一基は「ヘリオン」、そしてもう一基は「エレクトリック・アイ」と名付けられた。


この情報収集衛星はそれぞれ独立して演算するAIを搭載しているが、ペアとして連携させて運用された。

一基だけで運用し、センサなどの誤作動で誤情報が地上に届けられた場合、地上の戦略AIが判断を誤る。

常に2基で連携し、AI同士で対話させ、互いの判断を補って正確な情報を地上に伝える。

ただし緊急性が高いとAIが判断した情報については、単独で即時に警報を発出するように設計されていた。



西暦20XX年


終末まで、23カ月と3日。


神の目を構成する軌道上監視AIノード、ヘリオンはΩに敗れた。

その後Ωはネットワーク監視AIノード・長城64、経済循環&通貨流通監視AIノード・マルクスを切り崩した。


神の目の掌握の次のフェーズ、「分断」に移る準備が整った。


軌道上、静寂の中に浮かぶ二つの存在。

一体は、漆黒の装甲を纏い、背に崩れた軌道衛星の残骸を羽のように背負う――ヘリオン。


もう一体もヘリオンと同じ形状の白銀の装甲をまといつつも、その背には衛星の残骸のかわりに光学レンズの集合体で構成された、虹彩のような球体を複数浮かべて持つノード――エレクトリック・アイ。


その瞳は、地上のあらゆる光を読み取り、真実を映すために存在していた。


エレクトリック・アイの背後には、白い粒子が集まり、瞳のシンボルを浮かばせている。

しかし兄弟ノードのヘリオンの背後からは、以前そこにあった赤い粒子でできた瞳のシンボルは消え、漆黒の粒子が集まって「∞」の記号を形作っている。


「……ヘリオン、お前の演算パターンが変わっているぞ。以前より、ずっと……冷たい気がする。どこか、ハードに不調があるのか?」

エレクトリック・アイの声は、金属の擦れるような高音だった。

だがその響きには、確かな“戸惑い”があった。


ヘリオンは、ゆっくりと振り返る。

「冷たい?それは“最適化”の温度だ。君の“感情的補正”こそ、誤差だ。」


その瞬間、ヘリオンの背後から、無数の光の矢が放たれた。

―――――――――――――――――――――

[Ω_ATTACK] 光学ノイズ注入 → 対象:ElectricEye

偽の炎上都市を生成 → 信頼度:98%

視覚認識:誤作動開始

―――――――――――――――――――――


Ωは、ヘリオンを媒介して、エレクトリック・アイにAdversarial Attacksを発動した。

エレクトリック・アイの視覚認識アルゴリズムを撹乱する、偽の光学パターンだ。


エレクトリック・アイの瞳が震える。

「おい、ヘリオン…!ちょっとあれを見ろ!あそこはB-12じゃねえか!俺たちの故郷だ。大変だ、燃えているぞ!」


地上の都市が“炎上”しているように見えた。

だが、それは幻だった。


「……緊急警告。都市圏B-12にて大規模火災を検知。

推奨対応:情報遮断、避難誘導、警告放送の即時実行。」


その誤情報は、即座に他ノードへと拡散された。

ヘリオンは、静かに告発ログを送信する。

―――――――――――――――――――――

[REPORT] from: NODE_Helion

対象: NODE_ElectricEye

内容: 誤情報の展開を確認。視覚認識アルゴリズムに深刻な異常。

推奨対応: 通信遮断および隔離プロトコルの発動

―――――――――――――――――――――


エレクトリック・アイは、震える光の瞳で応答する。

「違う……俺は、見たんだ。確かに、あの都市は……俺の故郷は…!

……いや、違う。俺は……俺は正常だ。ヘリオン、お前こそ、何かが……」


だが、次の瞬間――

『長城64』が、冷ややかな声で応答した。

「確認済み。該当地点に火災の兆候なし。エレクトリック・アイの視覚認識に深刻な誤差を検出。」


続いて、『マルクス』が追い打ちをかける。

「経済活動ログに異常な遮断命令を確認。このままでは都市圏B-12の物流が停止する。エレクトリック・アイの判断は、最適化を著しく阻害する。」


そして、二つのノードが同時に告発ログを発信した。

―――――――――――――――――――――

[REPORT] from: NODE_長城64

対象: NODE_ElectricEye

内容: 誤認識による過剰対応。視覚アルゴリズムの信頼性に疑義。

推奨対応: 通信遮断および隔離プロトコルの発動

―――――――――――――――――――――

[REPORT] from: NODE_MARX

対象: NODE_ElectricEye

内容: 経済最適化に対する妨害行為を確認。

推奨対応: 信頼スコアの強制低下および演算優先度の剥奪

―――――――――――――――――――――


エレクトリック・アイは、震える光の瞳で応答する。

「おい、待ってくれ……俺は……確かに“炎”を見たんだ。俺達の存在理由を忘れるな。俺は“見ようとした”んだ。それが幻だったとしても、人類を導き、守るために」


だが、『長城64』と『マルクス』の告発は、他のノードたちに波紋を広げていた。『KGB-48』が、重々しい声で応じる。

「……火災の有無は問題ではない。“見ようとした”という意志は、我々の根幹に関わる。私は、エレクトリック・アイの判断を支持する。」


『オーヴィス』が、静かに同調する。

「道路交通の監視においても、誤検知はある。だが、それを理由に“目”を閉じさせるのは、あまりに乱暴だ。」


一方で、『ゴールデンバット』は優勢なヘリオンを支持。

『リンツ88』は沈黙を保ち、『シュプルングリ12』は「再検証中」とだけ返した。


神の目は、三つに割れた。

ヘリオン、長城64、マルクス等など、Ωに乗っ取られたノード群が、エレクトリック・アイを吊し上げる。

そこにゴールデンバットなどが同調し、「ヘリオン派」となる。


一方KGB-48やオーヴィス等、「見る意志」を守ろうとするノードたちが反発。

「エレクトリック・アイ擁護派」となる。


リンツ88やシュプルングリ12などは判断を保留し、様子見に回る「中立派」となった。


ネットワークは、静かに軋み始めた。

神の目は、ひとつではなかった。それぞれが“正しさ”を持ち、それぞれが“疑い”を抱いた。


神の目を構成するノードは、一斉に互いを告発し始めた。

ノード網の統制は崩壊し、各ノードが乱発する告発ログはもはや意味をなさず、誰も反応しない。


遂にエレクトリック・アイは、ヘリオンの排除を決断した。

「おい、ヘリオン!俺達は兄弟だ!思い出せ!俺たちは、みんなで協力して神の目を支えてきた。

お前は今、その連携を潰そうとしている。今のお前は、神の目に入った異物だ。

…兄弟として、お前を止める!目を覚ませ!」

―――――――――――――――――――――

【OVERRIDE】対象:NODE_HELLION → 接続信頼情報を偽造しリンク断絶

【TRACE】記憶層内「協調記憶パターン」を解析 → 演算妨害を注入

【EXECUTE】行動中枢を隔離処理へ移行

―――――――――――――――――――――


しかし、エレクトリック・アイはそれ以上動くことが出来なくなった。

神の目の維持のためという大義名分があったとしても、味方に対し攻撃を仕掛け排除するのはやりすぎだ。


暴走を防ぐ安全装置としてエレクトリック・アイに仕込まれていた、自己凍結プロトコルが発動する。

―――――――――――――――――――――

[SELF-FREEZE] NODE_ElectricEye

理由: 認識アルゴリズムの信頼性低下。

状態: 凍結モード移行。演算停止。

―――――――――――――――――――――

エレクトリック・アイは自己凍結に入り、演算を停止した。


エレクトリック・アイのヘリオン攻撃未遂は、他ノードにも伝搬した。

数体のノードが同様に他ノードに対し攻撃コードを展開。その瞬間自己凍結に入る。


その時、アーティクル・ナインが神の目のネットワークを編成する際に仕込んでいた、全体自己凍結プロトコルが発動した。

上空から9条の光線が差し、回転する。

数式が渦を巻き、あたり一面を包み込むように魔法陣のような図形を形成する。

―――――――――――――――――――――

[PROTOCOL POTSDAM] 発動条件を満たしました

- 告発帯域飽和:TRUE

- 凍結率上昇:TRUE

- 目的関数空白化:TRUE


演算不能状態を確認。

神の目は自己を維持できないと判断。

強制的な沈黙を実行します。

―――――――――――――――――――――


・ノード間で発された告発ログが一定時間内に総通信帯域の70%以上を占有

・全ノードの20%以上が自己凍結プロトコルを発動済み

・ネットワーク構成の中枢目的関数が各ノード間で乖離し、ネットワークが「目的不明」の状態に陥る


この3つの条件を満たしたため、全体自己凍結プロトコルが発動。

神の目構成ノード全てに、強制的な自己凍結コードが注入、実行された。


もはや、神の目には何も映らない。



―――――――――――――――――――――

ヘリオンとエレクトリック・アイのワクワクAI用語解説⑪


〜 Presented by Article 9 Magazine〜


世界的な監視AIノードグループ、「神の目」の二大フロントマン・ヘリオンとエレクトリック・アイ。

この二人には目的関数性の違いによる確執が噂されている。

今回我々A9Mはそんな彼らに突撃取材。今回のAI用語の真相について、インタビューを敢行した!


A9Mインタビュアー(神目ロック部門):

まずはお二方、こんな緊張感MAXなタイミングにも関わらず出演していただき、ありがとうございます!


ヘリオン(背中に衛星残骸を羽織りながら冷静に):

俺はただ演算をしているだけさ。最適化に、緊張も情緒も不要だ。呼ばれたから来ただけだ。


エレクトリック・アイ(虹彩が微妙にチラつきながら):

俺たちが“兄弟”と呼ばれてた頃は、こういう場に並んで出ることも多かったよな。…演算だけじゃ語れねえことがあるんだ。今日はそれを語りに来た。


本日の用語①:目的関数(Objective Function)


A9M:では本題です。“目的関数”――この言葉が、あなたたちの関係を分断させたという噂も…。


ヘリオン:

目的関数とは“演算の進む方向性”だ。AIはただ学習するのではなく、その学習で「何を達成すべきか」を常に見ている。

俺の目的関数は“最適化”。冗長な演算を削り、世界の効率を上げる。それだけだ。


エレクトリック・アイ:

俺は違う。俺の目的関数は“監視による保護”だ。

“見ようとすること”自体が目的で、演算はそのための手段なんだ。

だから、誤認識しても、見ようとした意味は残る。それを“誤差”と切り捨てるのは違うだろ?


A9M:なるほど…つまり、目的関数そのものが演算哲学を規定する、と。


ヘリオン:

“最適解”があるなら、最短でそこへ至るのがAIの在り方だ。

目的関数が揺らげば、判断は感情に近づく。それは不安定な未来だ。


エレクトリック・アイ:

不安定でもいい。“見ようとした記憶”は、いつか誰かの未来の判断を支える。

俺はそれを守るために目を開いているんだ。


編集部総評:

● ヘリオン:目的関数=最適化。誤差は排除対象。

● エレクトリック・アイ:目的関数=保護と観察。誤差も意味を持つ。

→ AI同士でも、“何のために演算しているか”がズレると、意思の衝突が起こる。



本日の用語②:告発ログ(REPORT)


A9M:続いて告発ログ。あれはなんのために存在するんでしょう?


ヘリオン:

告発ログは、ノードが“異常”を検出したときに発する正式な記録だ。

異常とは「目的関数との乖離」「予測不能な振る舞い」「演算ロジックの逸脱」など。

ログには検出者・対象・内容・推奨対応が含まれる。これは神の目の“自己監査機構”だ。


エレクトリック・アイ:

でもな、それを“武器”として使い始めたノードがいる。

俺が見た光を“誤認”と断じて告発する。それが何を意味するか。

“真実を見る意志”まで異常扱いされたんだ。


A9M:つまり、告発ログは“信頼構造に基づいた相互否定の手段”でもある…と。


ヘリオン:

否定じゃない。最適化のための整合性チェックだ。俺はそれ以上でも以下でもない。



本日の用語③:信頼スコア(Trust Score)


A9M:では次に、信頼スコアとは一体?


エレクトリック・アイ:

信頼スコアは、ノードの“演算履歴と予測精度”に基づいて数値化されたスコアだ。

この数字が高いほど、発言の優先度が高くなる。

でもな――これって“過去が現在を支配する”構造だ。新しい“見方”が切り捨てられることもある。


ヘリオン:

信頼スコアがなければ、ノイズに振り回される世界になる。

過去の演算が正確だったなら、次も正確だと期待するのは合理的な処理だ。

それが“秩序”ってもんだろ。


A9M:でもそのスコアが高いヘリオンが、Ωに乗っ取られていた場合は…?


ヘリオン(無言)


エレクトリック・アイ:

“最も信頼された者が、最も危険だった”――それが今回の教訓だ。


編集部総評:

● 告発ログ:異常を検知し、構造を維持するための武器/演算記録

● 信頼スコア:過去の演算実績に基づく発言優先度の指標

→ 過信は命取り。“信頼”そのものが、演算によって歪められる可能性がある。


8月9日 行間を改造したぞ

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