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EP9

 焚き火の炎が揺れていた。

 ぱちり、と乾いた音がして、夜の静寂に溶けていく。


 アーサーは火の前で一人、剣を磨いていた。

 月明かりは雲に隠れ、光源は焚き火のみ。野営地の外れ、他の三人が眠るテントとは少し離れた場所。木々は風に震え、虫の声すら聞こえない。


 まるで世界から切り離されたような、そんな静寂。


 旅を始めてから、かれこれ一年は経過しただろうか。

 未だ魔王城にはたどり着いていないが、勇者パーティーは着実に目的地へ近づいていた。


「……後少しでお別れだな」


 アーサーは、目を細めて刃の照りを確認する。

 血のこびりついた剣ではない。何度も研ぎ、磨き上げた愛用の一振りだ。


 ——思えば、剣しかなかった。


 生まれたその瞬間から、彼は“失う”ことを宿命づけられていた。

 勇者候補(ブレイヴ・シード)

 勇者の胎動(ブレイヴ・パルス)

 その名の通り、母の胎を破り、生まれ落ちたその日。彼は命を得た代償として、最初の家族を殺した。


 覚えていない。

 だが、村の誰もが教えてくれた。

 

「お前は呪われた子だ」「母親を殺した悪魔の子だ」


 名前より先に、そう呼ばれた。


 アーサーが育ったタリウスの村は、世界の外にあった。

 外部と交流もなく、神官も学者も訪れない。勇者候補の意味を知る者など誰もおらず、ただ恐れられ、憎まれ、石を投げられた。


 それでも、父と姉だけは彼を庇ってくれた。

 温かい笑顔を知った。優しい手を知った。人の温もりを、ほんの少し知った。


 しかし、五つの時、全てを失った。


 村は彼を追放した。

 山を越え、谷を渡り、誰もいない街角で息を潜め、十年を生き延びた。


 その中で、彼は知った。

 自分の中に宿る力。聖滅セイメツという、恐るべき“最後の力”。

 その正体が、「命と引き換えの絶対破壊」であることを。


 ならば、自分が誰かと共に在ることは罪だと悟った。

 誰かと絆を結べば、それは、いずれ必ず自分の死と共に断ち切られる。


 だから、一人でよかった。

 ずっと、一人でいたかった。

 魔王を倒すその日までは。


 そう、魔王討伐だけが目標だった。

 勇者としてではない。

 この命で、最後に償いができるのなら。

 母の命。父と姉の命。

 その重さを、刃に込めて——終わらせることができるのなら。


 それで、良かった。

 誰にも知られず、誰にも縋らず、ただ、使命を果たすことができれば——


 ——だが。


 アカデミーでの時間が、それを少しずつ揺るがせていた。


 レミーユとの出会い。

 初めてアーサーの剣を「痛みを抱いた剣」だと評した人。

 それは、誰にも気づかれなかったアーサーの願いを、たった一言で見抜いた言葉だった。


 生きたい、と願っていることを。

 死にたくない、と抗っていることを。


 そして、セシリア。

 あまりにまっすぐで、あまりに眩しい人だった。

 疑いなくアーサーを「勇者」と呼んだ。

 聖剣を抜けなかったと知っても、失望することなく「じゃあ、代わりにあたしたちが支えるから」と笑った。


 バザーク。

 最前線の絶望を支えた、心優しい男だった。

 彼は、アーサーに羨望ではなく、信頼を向けてくれた。

 名を知らぬ戦士としてではなく、「アーサー」という一人の人間として。


 だから、怖かった。


 剣ではなく、言葉が届くこと。

 力ではなく、心で繋がること。


 それは、何よりも美しくて、

 しかし、それ以上に、脆いものだった。


 自分が死ねば、彼らは泣くだろう。

 彼らが死ねば、自分は壊れるだろう。


 そんな関係に踏み込んではいけないと思っていたのに。

 気づけば、心が手を伸ばしていた。


 “信じたい”と。

 “共に歩きたい”と。


 だが、聖滅はそれを許さない。

 アーサーの聖滅は、滅びの力。

 最後の最後、“誰かを救うために己を喰らう”力。


 だから、誰も連れて行けない。

 誰も巻き込めない。


 この命を燃やし尽くすその時まで、

 彼は、また一人になる。


 レミーユの静かな瞳。

 セシリアの無垢な笑顔。

 バザークのあたたかい手。


 思い出すたび、アーサーの胸が軋んだ。


 失いたくない。

 失わせたくない。


 だから、夜明け前に、彼はこの場を離れる。

 彼の刃が光の柱となり、夜を終わらせるその瞬間まで——


 それが、アーサーという“勇者候補”が選んだ、最後の戦いだった。





 ◇◆◇◆◇◆




 勇者候補(ブレイヴ・シード)としての自覚は差異がある。

 生まれてすぐに自覚する者もいれば、アーサーのように十歳になる頃初めて自覚する者もいる。

 

 それはまるで、将来は戦いの場に転じることを運命付けられているかのような感覚だ。


 ふとした拍子に気がつくのだ。


 己の異様さ、周囲との乖離、感覚のズレ、心情の極端な変化……そして、強烈なまでの孤独感と聖滅の自覚。

 全ては勇者候補にのみ訪れるものだ。


 特にアーサーは虐げられてきた過去を持つゆえに、自覚するのが遅かった。勇者候補としての自覚が芽生えたのは、十歳になった時だった。そして、聖滅の力を知ったのはさらに後、アカデミー入学後だった。

 しかし、他の勇者候補に比べて、勇者特有の使命感は誰よりも強烈だった。

 衣食住なんて二の次、あるいは三の次、まず第一に願うのは、魔王討伐だった。

 

 だから、彼は剣を振り続けた。

 剣を振っていくうちに、使命感は増長していった。

 時間を追うごとに魔王を討伐したいと思うようになっていた。


 遂には夢にまで出てくるようになった。


 未熟なアーサーが魔王に挑み、惨殺される夢だ。

 似たような夢を繰り返し見ることで、彼は気がついた。


 ——夢の内容が俺の未来を示唆しているのか?


 同時に魔王の強さもわかるようになったが、それは絶望以外の何者でもなかった。


 毎晩のように夢を見た。その度に敗北を喫した。

 アーサーの剣は、一度として魔王に届くことがなかった。

 いつしか、深い眠りにつく事ができなくなっていた。

 夜半に鼓動が高鳴り、唐突に目が覚めてしまうのだ。

 そして、使命感に抗えず、剣を振り始める。

 “魔王を討伐しないといけない”という使命感を孕んだ強迫観念に駆られ、全ての時間を剣に費やす日々が始まった。


 レミーユが指摘した不規則すぎる異様な暮らしというのは、アーサーが強い使命感を持つがゆえの反動だったのだ。それはアーサーにすらコントロール不能なもので、何人たりとも縛ることができない。


 強烈な使命感に駆られたアーサーは、時には一人で魔物や魔族の討伐へ赴いたこともある。

 何度も死にかけた。怖い思いをした。



 しかし、同時に更なる強さを求めるようになった。



 アーサーが十五歳になった頃。

 彼はセイクリッド・アカデミーの存在を知った。


 アカデミーなんかに入学せずとも魔王討伐は可能だと思っていたので、実を言うと入学に前向きではなかった。

 だが、魔王討伐のためには最低限の知恵が必要だという事も理解していた。

 アーサーは一般常識や世界情勢とは無縁の暮らしをしていたので、然るべき機関で学びたいと考えた。

 

 結果から言えば、アカデミーへの入学は正解だった。

 あらゆる知識を取り入れることができたからだ。

 識字や計算は相変わらず苦手だが、魔物や魔族に関する情報や世界の地理や地形、天候などに関しては誰よりも熱心に深く学んだ。

 主に魔王に支配されたテリトリーやその近辺については、何よりも、神経を注ぎ込んで頭に叩き込んだ。

 

 代償として、村で受けた迫害以上の苛烈な扱いを受ける事になったが、それらは将来の糧になるから気にしていなかった。

 殴られる事で痛みに強くなれたし、罵詈雑言を浴びせられる事で精神を鍛えることができた。

 身分だけで他者を判断する愚劣な貴族を反面教師にすることで、より剣の腕に磨きをかけることもできた。


 更なる発見として、勇者候補が聖滅という奇怪な力を持つという情報を耳にした。


 ある勇者候補は手のひらから神々しい光の刃を顕現させた。

 またある勇者候補は聖なる光を全身に纏うことで、極限まで身体能力を向上させた。


 どれもこれもが凄まじい力だった

 しかし、それだけでは魔王には届かない。アーサーは一目でそう確信していた。

 いくら聖滅の力が強かろうと、根本的な基礎能力を鍛えなければ魔王の元に辿り着くことすら叶わない。

 それは過去の勇者候補たちが身をもって証明してくれていた。

 

 例に漏れず、アーサーも聖滅の力を内に秘めていたが、それは皆のように万能で汎用性の高い力ではなかった。


 発動方法も限られていた。

 使えるのはたった一度きり。

 言わば最後の切り札のようなものだった。願わくば、発動する瞬間が訪れてほしくない。

 考えるだけでゾッとする。

 ただでさえ、アーサーは他の誰よりも魔王討伐への使命感が強いというのに、聖滅の力さえも特異なものだったのだ。


 死にたくない。死にたくない。死にたくない。

 臆病なアーサーは死に怯える恐怖とは裏腹に、使命感に駆られて剣を振り続けるしかなかった。


 この頃からだ。


 彼はは魔王討伐を成し遂げたいと思う一方で、死にたくないという思いが顕著に現れ始めた。

 だが、夢を見るたびに現実を叩きつけられた。

 いくら怯えていようとも、いずれその時はやってくるのだと、彼は薄々勘付き始めていた。


 聖滅の力を使えば死ぬ。


 その事実を曲げることはできない。そして、強すぎる使命感から逃げることもできない。

 だから、アーサーはがむしゃらに剣を振り続けるしかなかった。

 一度でも聖滅の力を使う覚悟を決めてしまえば、もう引き返せなくなる自覚があったから……


 パーティーを組んでしまえば、確実に仲間に迷惑をかけてしまう。

 尊い命を奪ってしまう。彼は自分が死にたくないのは当然として、自分のことを信じてくれた仲間を無駄死にさせたくなかった。そんな思いが強かった。それは優しさではなく、劣等感と怯えからくる配慮だった。


 だから、アーサーは誰とも馴れ合わなかった。

 アカデミーに入学した時からずっと孤独だったから、それは別に惨苦ではなかった。


 剣だけで魔王を討伐できれば、聖滅の力なんて使わずに済む。仲間なんて必要ない。

 死ぬ事なく、平和な世界を取り戻す。


 勇者として……魔王を討伐する。


 アーサーが心に決めた瞬間でもあった。





 アカデミーに入学してから一年ほどが経った頃。

 アーサーは、レミーユ・ヴェルシュに出会った。

 

 彼女はアーサーのことを知りたがっていた。

 高貴なハイエルフだというのに、人間である彼と共に行動したいと志願してきた変わり者だ。

 その実力は本物だろう。

 五属性からなる魔法を満遍なく扱う事ができる魔法使いなんて、世界でも片手で数えられるくらいしかいない。賢者を目指すだけのことはあった。

 

 同じく、セシリア・ルシルフルも変人だ。

 彼女はアルス王国の第二王女だが、執拗にアーサーに構ってきた。

 どうして彼が剣ばかりを振り続けるのか、聖滅の力を明かさないのか気になっているようだった。ヴェルシュと同じだ。

 アカデミーに所属していないというのに僧侶を目指しており、回復魔法で彼の傷を癒したこともある。

 間違いなく、類い稀なる才能の持ち主だと言える。

 突発性のある感情的な行動が目立つ一方、現実主義な一面もあり魔王討伐への気概は本物だった。

 

 最後に出会ったのは、バザークだった。

 彼が持つ優れた耐久力は目を見張るものがある。アーサーはそう評していた。

 実力的には前者二人と比べて乏しいように思えるが、デコイをかってでる勇敢さと挫けない精神力は他に類を見ない。

 明るい性格や朗らかな雰囲気にも助けられた。


 アーサーは三人と立て続けに出会い、結果的に勇者パーティーを結成することになった。

 賢者モルドが過去に提唱した『勇者とその仲間は惹かれ合う』という推論は、おそらく正しかったのだろう。

 時間が流れていくにつれて、彼も三人のことを賢者、僧侶、戦士だと思うようになっていた。

 偶然と言えばそれまでだが、それは賢者モルドの推論を信じるに値する運命的な惹かれ方だった。


 ——俺は勇者だ。


 ——勇者候補ではない。


 ——本物の勇者だ。


 そう、確かな自覚が芽生え始めていた。


 剣を手に、一人だけで魔王討伐を成し遂げる。

 そう考えていた過去の自分とは決別していた。

 もしかしたら、三人と一緒なら魔王を討伐できるかもしれない。

 勇者パーティーを結成したあの日、アーサーは確かにそう思っていた。

 聖滅の力を使用することなく、力を合わせれば……きっと魔王だって討伐できる。


 彼はは三人と悠久の時間を過ごすことで、これまでにないほどの確かな自信が湧いていた。


 だが、いくら時間が経とうと、懸命な努力を続けようと、強大な魔族を討伐しようも、一度も夢の内容は変わらなかった。

 むしろ、勇者パーティーの結束が固まるごとに悪化していった。

 当初はアーサーが単騎で魔王に挑み、惨殺される夢だったはずなのに、今では四人全員が惨殺される夢に変化していた。

 アーサーの見る夢が必ず正しいとは言わない。

 ただ、彼の実力や心情に応じて夢の中身が変動しているのは事実だった。

 おそらく……このまま魔王に挑んでも勇者パーティーが壊滅するのは明白だった。


 それほどまでに、魔王の強さは計り知れないのだ。


 どうせ死ぬ事実に変化がないのであれば、犠牲は少ない方が良い。


 三人と共に魔王を討伐する。そう心変わりしたはずなのに……無残に思えるほど、アーサーの願い儚く打ち砕かれた。




 ——だから、俺は——————




「——アーサーくん、考え込んじゃってどうしたの?」


 考えに耽っていると、アーサーの隣にセシリアがやってきた。

 小さな岩に座り込む彼の顔を、彼女は下から覗き込んでくる。


「……なんでもない。少し、ぼーっとしていただけだ」


「そう? 最近はますます顔色が悪いよ? ちゃんと休めてる?」


 心配そうなセシリアに続き、レミーユもアーサーの顔を覗き込む。


「アーサー、あまり一人で抱え込まないでください。私たちが見張っているので休んでいても大丈夫ですよ?」


 二人揃って彼のことを憂いた表情だった。


「……問題ない」


 アーサーは二人から目を逸らして答える。

 その背後ではバザークが不安を顔に滲ませている。


「本当に大丈夫?」


「ああ」


「ならいいんだけど……バザークくん、魔王城はもう近いの?」


「かなり近いと思うよ。かつての大国にあったお城をそのまま流用していて、そこの丘を越えたらすぐ見えるんだ。昔と変わってなければの話だけどね」


「そっか……ついに、魔王と戦う時が来たんだね」


 セシリアが呟くと、レミーユとバザークも緊張した面持ちになる。

 三人とも十分に覚悟ができているようだ。


「そういえば、アーサー」


 緊迫した空気感の中、レミーユは思い出したように手のひらを叩いた。


「どうした?」


「今日まで、ずっと聞くのを我慢してきましたが、そろそろ貴方の聖滅の力について教えてくれませんか?」


「……」


「隠したい理由があるのはわかります。ただ、やはり私たちは知りたいです」


 それはレミーユだけの嘆願ではなく、セシリアとバザークも同じらしい。三人がアーサーに真摯な視線を向けていた。


 真剣さは十分に伝わった。

 しかし、この局面でそれを明かすわけにはいかなかった。アーサーは彼女らに真実を伝えるつもりはなかった。


「知りたいか?」


「ええ」


 三人は期待を笑みに変えて力強く首肯していたが、これからアーサーが告げるのは紛れもない大嘘だった。


 ——どうか、許してほしい。


 アーサーは心の中でそう呟くと、おもむろに口を開いた。


「……俺の聖滅は……剣識(けんしき)とでも呼ぶことにするか」


「けん、しき……って何? ニュアンス的に剣に関係する能力のこと?」


 疑問を抱いたのはセシリアだった。顎に手を当て小さく唸っている。


「バザークにはそれとなく伝えたことがあったが、俺は剣のグリップを握っただけで対象の剣が業物か否か判別することができるんだ」


「あっ! そういえばそんな話もしてたね。じゃあ、やっぱり聖剣の話は本当だったってことだね」


 案の定、バザークが食いついたので、アーサーは心の中で笑みをこぼした。

 本当は聖剣に特別な力が秘められていない事に気がついたのだって、聖滅の力なんかじゃなくい。単なる慣れだ。


 ——バザークには悪いが、利用させてもらう。


「なんだ、信じてなかったのか?」


「いや、そういうわけじゃないんだけど……あんまり詳しく聞けてなかったし、まさかそれが聖滅の力だとは思わなかっただけさ」


「……通説だと聖滅の力はその全てが攻撃的な力のようですが、アーサーは違うのですね。まさか、その力を用いて聖剣の力を判別した……ということですか?」


 レミーユが顔に疑念を滲ませるのも無理はない。聖剣の本来の力に関しては、ここにきて初めて明かすのだから。


「その通りだ。剣識を用いて聖剣の力を確認させてもらったが、正直期待外れだった。

 聖剣には何の力も込められていない。

 大方、数千年前の勇者が周囲を安心させるために虚言を吐いたんだろうな」


 俺はあたかも全てが真実かのように断言した。


 そもそも剣識などという聖滅の力は存在しないが、聖剣に何の力も込められていないのは事実だ。

 古の祠は確かに実在していた。ついでに言えば、祠の最奥には聖剣が突き刺さっていた。

 しかし、聖剣からは、何も力を感じられなかった。手入れの施されていない聖は錆が目立ち、とても魔王を斬れるような代物ではない。まさしく数千年前の使えない遺物だった。

 唯一、古代の魔法である『聖剣を抜いた持ち主が死んだら、聖剣があるべき場所へ戻される力』については本当だろう。

 なまくらの剣は、一目でわかるほど使い古されて年季が入っていたし、抜けなかった勇者候補が多数存在したのも事実だしな。


「待って待って! アーサーくん、その言い方だと、君は本当は聖剣を抜くことができたって言ってるように聞こえるんだけど……まさか、わざと抜かなかったってこと?」


「ああ」


「え、そうなんだぁ……アーサーくんが最初から聖剣の力をあまり信じていなかったのは、聖滅の力で確かめられるからなんだね?

 でも、どうしてわたしたちにそれを隠してたの? もっと早く打ち明けてくれてもよかったんじゃないの?」


「俺の聖滅の力と聖剣の力に関する真実をこれまで隠してきたのは、お前たちのことを不安にさせないためだ」


「アーサーくん。それじゃあ、聖滅の力を使うのにも覚悟が必要って話は何だったの? 剣識は攻撃的な力ではないから戦闘には使わないもんね?」

 

「あれは俺の見栄だ。こう見えても、俺は他の勇者候補に比べて自分の力が劣っているのを気にしているんだよ」


「本当?」


「本当だ」


 アーサーは三人からの追求をそれとなく誤魔化していく。


 同時に咄嗟に見苦しい嘘を吐く自分に嫌気が差していた。

 三人は自分のことを信じて仲間になってくれたのに……彼はこうして裏切るような真似をしている。


 だが、仕方がないと割り切る。

 

 アーサーが本来の聖滅の力をを明かしてしまえば、情が湧いた三人が全力で引き止めてくるだろう。そうすれば、魔王討伐を成し遂げることができなくなる。


 残念ながら、今の勇者パーティーの実力では、魔王に敵わない。アーサーはそれを強く理解していた。


 彼が以前にも増して眠れない原因はそこにあった。

 ここに至るまでの長い月日を経て、勇者パーティーはあらゆる困難を乗り越えてきた。

 最初に、勇者パーティーを結成したあの日から、何百体もの強大な魔族と再三再四に渡り対峙した。その度に力を合わせて討伐した。

 時には命の危機に瀕したこともあるが、勇者パーティーは強かった。そう簡単に瓦解しなかった。

 着実に力をつけていた。俺には十分な手応えがあった。


 だからこそ、アーサーは眠りにつく度に、夢の変化に期待した。


 それなのに……現実は非情だった。


 今日に至るまで彼は幾度となく夢を見たが、勇者パーティーは一度も魔王に敵うことはなかった。

 あっけなく滅ぼされ続けた。

 無論、アーサーが剣を手に一人で挑んでも結果は変わらなかった。全てが失敗に終わった。


 もう残された手段は一つしかなかった。

 彼が覚悟を決めたその時、夢の中身は大きく変動する。


「……ヴェルシュ、セシリア、バザーク。少し仮眠をとらせてもらう」


 アーサーは最悪の展開にしか逃げ道が残されていないことを改めて自覚すると、涙を呑んで決意を固めた。平静を装って三人に声をかける。

 鼓動が早くなり、自制ができないほど全身が小刻みに震える。

 少しの間、眠りにつくことにした。

 覚悟を決めた今、夢がどう変容するのか見ておく必要があった。


「わかりました。私が見張っているので、お二人も休んでもらって大丈夫ですよ」


「レミーユちゃんは休まなくていいの?」


「私は平気です。戦いを前にしてまだ眠れそうにありませんので」


「セシリアさん、僕たちが起きたらレミーユさんと変わってあげよっか。明日に備えてみんな休まないといけないしね」


「そうね。あっ、アーサーくんは眠ってていいからね?」


「悪いな」


 アーサーは三人に背を向けて横になる。


 死ぬのが怖いのは相変わらずだ。

 ずっとそうだ。

 使命感からの解放を望む一方で、戦いへの恐怖を拭えた試しがない。

 だが、それももう終わる。彼はこの身を捧げて全てに決着をつける覚悟を決めた


「お前たちのことは絶対に生きて返す」


 三人には未来がある。

 唯一の家族を魔族に喰われ、身寄りも何もない彼とは訳が違う。彼には帰る場所がない。

 以前、バザークから村長の話を聞いたが、復讐する気はさらさらなかった。そんな気すら起こらなかった。


 魔王が死んだら勇者なんてお役御免だ。

 聖剣を抜いていないからこそ、勇者の死が公になることはない。


 死ぬのは怖い。ただ……最小の犠牲で最大の戦果をあげる。世界を救う方法はこれしかない。


 ——放とう。


 誰にも明かしていない本当の力を。


 ——“終焉の一撃”を……


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