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EP7

 陽が山の背から顔を覗かせる頃、アーサーの姿はどこにもなかった。

 騎士団の見張りによれば、夜明け前、彼は一人、静かに剣を振っていたらしい。

 その後、朝靄に溶けるように、馬を駆って出発したという。


 それを聞いたバザークは、何も言わなかった。

 ただ、胸の奥に疼くものがあった。

 昨夜の静かな炎のような剣戟も、感情を押し殺した瞳も、今になって焼けつくように思い出されてくる。


 アーサーの魔王討伐への執念。それは、正義感といった言葉ではとても括れない。

 もっと深い、もっと切実な何か。

 きっと、家族のことが関係しているのだろう。

 そう思うには十分な、あの夜の語り口と表情だった。


 バザークは大きく息を吐くと、また今日の任務に取り掛かった。


 彼は自覚していた。自分はアーサーのようにはなれない、と。

 魔王を討てる聖剣も、勇者の聖滅の力も持っていない。

 けれど、守るべきものが目の前にあるのなら、それに背を向けるわけにはいかなかった。


 村の人々にはできる限り魔王軍の侵攻状況を説明し、子供たちの不安には笑顔で答える。

 悲観に傾きかけた老いた人々には、声をかけ、手を添える。

 そしてまた、今夜に備えるために体を休める時間を確保する。


 それが、バザークにできる全てだった。



 

 それから、アーサーが姿を消して数日が経ち、バザークは村の近く、大木の陰に腰を下ろすと、硬い干し肉を手に取った。

 もはや味など覚えていない。

 それでも、ここで倒れるわけにはいかない。


「はぁ……」


 深いため息が漏れる。

 ここでの苦労に意味はあるのかと、本気で心の底から思っていると、前方から誰かがやってきた。


「若いの。幸せが逃げるぞい」


 声の主に顔を向けると、そこにいたのはタリウス村の村長だった。

 アーサーと言葉を交わしていた老人だ。

 小柄な体躯ながらも背筋は伸びており、朗らかな笑みを湛えている。


「……村長さん」


「黒髪の青年にも伝えたがの、本当に助かった。あれだけの魔族を、たった一人で……。被害を最小限に抑えられたのは、そなたらのおかげじゃ」


 そう言って腰を下ろす村長を見ながら、バザークは首を振った。


「僕たちがもっと強ければ……あの二人を救えていたはずなんです」


 言葉の端がかすれた。


 バザークが初めてここに派遣された日の夜、二人の村人が喰われた。

 無惨にも、目の前で、跡形もなく。

 アーサーが口にしていた、“父さん”と“姉ちゃん”という言葉が、重く胸に残っていた。


「運命は変えられぬ。そなたらは、最善を尽くした。それだけで、十分じゃよ」


 村長はそう言って、空を見上げた。


 だが、バザークにはどうしても納得ができなかった。

 あの二人が殺された時、自分は生きていた。

 見ていることしかできなかった。

 生き残った自分たちを「最善を尽くした」と呼ばれても、喉元に詰まるものは消えなかった。


 何より、アーサーが……あの二人の命を“供え物”にされたことを、どれほどの思いで受け止めていたか。


 拳を握った。

 自分の手には、剣がある。

 だが、彼のような力はない。

 だからこそ、自分の場所で戦うしかなかった。


 ——必ず、あの人が魔王を討ってくれる。


 そう信じて、自分は背中を預けているのだ。


 バザークはもう一度、空を仰いだ。


 すると、村長がおずおずと口を開く。


「のう、若いの。魔族は全滅したようだし、村をあげて宴を催したいのじゃが……」


 村長は辺りを見回してから、バザークに声をかけた。

 どうやらアーサーのことを探しているようだ。


「彼はもういませんよ」


「はて、あれから姿を見かけないとは思っておったが、どちらへ行かれたのかな?」


「さあ、そこまでは聞いてません」


 バザークは  彼の行き先を知っていたが、村長には嘘をついた。

 アーサーはあまり他言してほしいような感じに見えなかったから。


「ほう。これほど早く出発なさるとは、もしかしてあの青年は通りすがりの旅人さんかのう?」


「はい? 彼が旅人?」


 バザークは耳を疑った。

 アーサーはこの村が故郷と言っていた。村長はなんでそんな赤の他人みたいな言い方をしているのか、バザークは思わず眉を顰めて聞き返していた。


「旅人ではないのかのう?」


「……あの、彼はわざわざアルス王国からこの村を助けに来てくれたんですよ? 自分の故郷の村を救いたいと言ってね」


「故郷とな? 黒髪の青年はこの村の出自なのかえ?」


 ぽっかりと口を開ける村長は本当にアーサーのことを知らない様子だった。

 バザークにはどちらが正しいことを言っているのかが全くわからない。しかし、アーサーのあの悲しい顔に嘘はないと信じたかった。


「あのような好青年をわしは知らぬがな。名はなんと言っておった?」


 村長は続けて尋ねた。


「……すみません。僕の勘違いでした」


 少しだけ考えた末に、バザークは誤魔化した。

 もしかしたら、アーサーには何か隠したい事情があるのかもしれない。彼はそう思ったからだ。


「ちなみに」


 間を置いてから、今度はバザークが話を切り出す。


「なんじゃ」


「亡くなられたのはどんな方だったんですか?」


 バザークは理解しながらもそれを尋ねた。


「妻を亡くした夫とその娘さんじゃよ。昔はもう一人子供がおったが……ありゃあ、完全な忌み子じゃな」


「忌み子?」


「うむ。大体十五年ほど前の話じゃが……確か男の子じゃったか。泣かず、叫ばず、痛みに強く、何かに取り憑かれたように常に木の棒を握り、まるで剣のように振り、時には山の小さな猪を狩ってきたこともあった。その子の父親は剣の腕が良かったからその教えじゃろう」


「優秀で素晴らしい男の子じゃないですか。騎士団にほしいくらいですよ」


 バザークはその子がアーサーであることは理解していたが、知らないふりをして囃し立てた。

 だが、村長の面持ちは優れない。首を横に振っていた。


「その子は子供なのに子供らしい一面が一切なかったんじゃよ。しまいには、他の者とは違う奇怪な雰囲気を身に纏っておってなぁ……わしを含め皆が畏怖した結果、其奴を村から追い出すことにした。五つになる頃だったかのう」


「そんなことで?」


「……これは村の内々で秘めている話ではあるが、実は他にも理由がある。村を救ってくれた礼に教えてしんぜよう」


 村長は一呼吸置いて顔を上げると、バザークを見据えて口を開いた。


「その子は母親を殺して生まれてきたんじゃ。産声を響かせながら、母親のお腹を破って誕生した。親殺し。村から追放するには十分な理由じゃろう?」


 至極当然。村長はそう言いたげな口ぶりだったが、バザークはその現象をよく知っていた。

 それは、幼い頃に憧れた勇者としての力を持つ者の絶対的な条件だ。


勇者の胎動(ブレイヴ・パルス)


 ふいに言葉が漏れ出ていた。


「はて? それはなにかの?」


「……なんでもありません、ちなみに、その子の名前は覚えていますか? その子は先ほどの黒髪の青年に似てませんでしたか?」


 正直、バザークの心中は穏やかではなかった。聞いてて不快感が残る話だった。しかし、それを振り切って核心に迫る質問をした。


「ふむぅ……先の青年と同じような黒色の髪の毛じゃったが、名前も顔ももう覚えてないわい。とうの昔に死んどるはずじゃからのう。まあ、もとより、母親を殺した罪業を背負った子供など碌な人生を送れんじゃろう。考えるだけ無駄じゃ。そう思わんかね?」


「そう、ですか」


 彼はアーサーが悲しみに暮れていた気持ちを改めて理解した。

 一切の外交がない辺境の村だからこそ、村人たちは勇者に関する知識を持ち合わせていなかったのだ。

 そのせいで、アーサーは母親殺しの忌み子とされてしまった。


 仕方がないと言って片付けるのは簡単だった。

 だが、五歳の子供を一人で村から追い出すだなんて残酷な判断……普通はできない。

 更に言えば、飄々とした村長の反応は、まだ何かを隠しているように見えた。


 バザークの心は疑念に満ちていた。


「……質問、いいですか?」


「なんじゃ?」


 陽気に見える村長だったが、目の奥は笑っていなかった。

 アーサーの父と姉が二人揃って見せしめとして殺されたのにも、何か理由があるのは明白だった。


「二人の男女が魔族に殺害されましたが、彼らは僕たち騎士団が到着してからすぐに、いきなり村から飛び出してきて魔族に追いかけられてましたよね?」


「……ふむぅ、わからんな。囮になるよう命令した覚えもなければ、外の安全を確かめるよう指示した記憶もないわい。運悪く魔族に捕まり殺されてしまったがのう。誠に残念じゃ。

 強いて言えば、あの二人は魔族の気配がどうこう言って村を捨てて逃げるとか何とか抜かしておったから……その報いじゃろ。ついさっき話した息子のこともしつこく聞いてくるもんじゃから、他の村人も嫌気がさしておった。運命としか言いようがない」


 村長はスッと瞳を細めた。わざとらしく目頭を押さえる。

 運悪くとか記憶がないとか報いとか、村の中から犠牲者が出たのにそんな言葉を使うなんて感性がズレてるらしい。

 その所作と言動を見ていると、バザークの気分は徐々に悪くなっていた。


 ——こんな人だとは思わなかったな。


 バザークは真に思った。


 アーサーが不憫でならない、と。


「もう、行きます。僕は用事ができたので」


 バザークは干し肉を口に放り込んで立ち上がる。

 村長には一瞥もくれてやらない。


 アーサーに真実を伝えたい。その一心しかなかった。

 家族の死の真相を知らずにいるだなんて可哀想だ。

 

 ——君の家族は殺されたんだよ。村に。村長に。


 バザークはわかっていた。

 自分が追いかけて何かできるわけではなく、むしろ足を引っ張ってしまう。

 しかし、それでも何か些細な事でも力になれるかもしれない。


「……僕にもできることがあるはずだ」


 バザークは戦闘面はそこそこではあったが、周囲の空気を和ませたり緩衝役になったりするのは得意だった。

 即戦力にはなれずとも、精神的な支柱として誰かのためになりたいという意思が強かった。


「ここで待っていれば、アーサーの仲間が来てくれる気がする」




 ◇◇◇◇◇




 子どもの頃、バザークは勇者の御伽話が好きだった。


 世界を救う英雄の話に胸を躍らせ、就寝前に両親が絵本を読み聞かせてくれるたびに、夢中でその結末を待ったものだった。

 もしかしたら、自分だって勇者候補の一人で、いずれ選ばれる日が来るかもしれない。そんな淡い夢を見ていた。


 しかし、小さな国の、小さな街に生まれた自分が、そんな特別な存在になれるはずがない。


 そもそも勇者の胎動(ブレイヴ・パルス)を経験していない時点で、勇者候補(ブレイヴ・シード)の枠組みから外れていた。

 その事実に気がついたのは、数えて十歳になった時だった。


 バザークは悟った。自分には「選ばれる理由」が何もないことを。


 それでも諦めきれなかった。

 勇者じゃなくても、誰かを守れる存在にはなれるかもしれない。切にそう思った。

 だから、彼は、戦士になりたいと思った。


 いつか、勇者育成学校に通い、文武を学び、勇者・賢者・僧侶、そして戦士である自分の四人でパーティーを組んで、数多の冒険に旅立つ。


 そんな未来を描いていた。


 屈強な肉体と鋼の精神を持ち、皆を守る盾として頂点に立つ戦士。その役割に、バザークは強い憧れを抱いていた。


 だが、それもまた夢のままだった。


 貴族でもなければ名家の出でもないバザークが、そんな場所に通えるはずがなかった。

 結局のところ、彼は、小国の騎士団に所属する、一端の騎士にしかなれなかった。


 「バザーク」という名は、高祖父と同じ名だった。


 さすがに曾祖父のさらに父となると面識はなかったが、家にあった古びた肖像画に映るその人影は、まるで自分を見ているかのように似ていた。すらりと高い身長、広い肩幅、燻んだ茶髪と冴えない顔立ち。

 唯一異なるのは、剣の腕前だった。


 高祖父は、大国の騎士団で騎士団長を務めていたという。

 正義感が強く、国を守るために命を落とした。

 その最期の手紙には、当時の勇者パーティーと深い交友があったことも綴られていた。

 英雄譚の片隅に名を残すその人に、バザークの父は強い憧れを抱いていた。


 だからこそ、その名を息子に託したのだろう。


 ——いつか、お前も誰かを守れる騎士になれますように、と。


 バザークは時折、考えることがある。


 もし自分が死ぬとしたら、どんな最期がいいか。

 できることなら、誰かを守って死ねたら、それが一番だと思う。

 そういう最期なら、きっと自分の人生にも意味があったと信じられる気がする。


 もちろん、本音では死にたくなんかない。

 怖いし、痛いのは嫌だ。


 それでも誰かのためになれるなら、それが本望だとも思うのだ。


 バザークは決して強いわけではない。

 しかし、人の輪の中にいることが得意で、誰かの気持ちを察するのが早い。

 場を和ませたり、緊張をほぐしたり、そういう役割なら自然と身についていた。

 また、体も丈夫だった。多少の攻撃なら持ちこたえられる。高祖父譲りの、唯一の誇りだ。


 だから、彼は自ら志願して最前線に立った。

 魔王軍に蹂躙されようとしているタリウス村を、少しでも守るために。


 そして、その地で出会った。


 本物の勇者に。


 名乗りもしないまま魔族の軍勢を切り伏せ、希望をもたらした青年。


 アーサーは、誰よりも静かで、誰よりも強かった。


 バザークは確信していた。

 彼こそが、自分が幼い頃から夢見ていた“勇者様”だった。






 ◇◇◇◇






 アーサーとの出会いは唐突でありながら、あっけないもので、あれからバザークはやりがいのない日々を過ごしていた。


 今日も空が赤く染まりはじめている。夕暮れが近い。

 アーサーの言っていた“知り合い”とやらは、まだ現れていなかった。


 バザークは容姿も性別も聞きそびれていたが、きっとアーサーと同じように馬を駆って現れるはず——そう信じて、毎日のように小高い丘の上に立ち、彼が去っていった方角をじっと見つめていた。


 それが訪れたのはいきなりのことだった。

 バザークの視界の端に小さな影が二つ浮かび上がる。

 砂煙を巻き上げて近づいてくるその影は、間違いなく馬だった。しかも二騎。


 遠目にも、その馬たちは村を目指していると分かる。

 バザークは確信すると、軽く息を吸い込み、丘を駆け下りた。両手を大きく広げ、接近する騎乗者に向かって手を振る。


 やがて馬が近づき、乗り手の姿がはっきりしてくる。


 一人は、白を基調とした高級そうなローブを纏ったエルフの女性。背に長杖を携えている。魔法使いらしい風貌で、その佇まいには品位があった。

 もう一人は黒を基調としたローブに、ワンピースのような衣装を合わせた金髪の人間の少女。武器は見えないが、要所には簡易な防具が施されており、旅慣れた雰囲気を感じさせる。


 どちらも只者ではない気配を放っていたが、目に映る印象以上に強く伝わってきたのは、その視線だった。

 彼女たちは、まるで真実を問い詰めるように、バザークをまっすぐ見据えていた。


 馬が止まり、金髪の少女が先に飛び降りると、勢いよく歩み寄ってくる。

 開口一番、鋭い声が飛んだ。


「ねぇ、きみ! 黒髪の男の子って来なかった!? っていうか、戦況はどうなのよ! のんびりしちゃってるみたいだけど、魔族はどうなったの!?」


 矢継ぎ早に放たれる言葉に、思わずバザークは口をつぐむ。

 驚いたというより、その真っ直ぐすぎる勢いに気圧されたのだった。


 少女の顔には、どこか既視感があった。心の奥を軽くくすぐるような、不思議な感覚。

 後ろに控えるエルフの女性にも、似たような印象を受けた。初対面のはずなのに、何かが記憶を揺さぶってくる。


「セシリア、落ち着いてください。彼が困っているでしょう?」


 すっと、エルフの女性が前に出て、少女をたしなめるように声をかけた。


 金髪の少女、セシリアと呼ばれたその人物は、はっとして一歩後ずさる。


「そ、そうね……ごめんなさい、レミーユちゃん」


「いえ、大丈夫です」


 バザークは思わず頬をかきながら応じた。

 慌ただしくも真っ直ぐな言動に、悪意がないことはすぐにわかる。むしろ、それは心配や焦りの裏返しのようにも見えた。


 沈黙の間を埋めるように、彼は問いかける。


「えーっと……お二人は、アーサーの知り合いで、合ってますか?」


 その問いに、二人の女性はそろって頷いた。

 迷いのないその動きに、ようやく小さな安堵が胸の奥に落ちた。

 

「ええ。その様子だと、彼はもうここにはいないのですね。魔族も……すでに倒された後でしょうか?」


 エルフの女性、レミーユは穏やかな声音を保っていたが、その眼差しには焦燥の色が滲んでいた。

 彼女の後ろに控えるセシリアもまた、微かな息遣いの荒さから落ち着きを欠いていることが伺える。


「三日前に、ここを発ったよ」


 バザークは簡潔に答える。

 彼女たちの態度や仕草から、アーサーの行き先が重要な意味を持つことは明白だった。


「そうですか……どちらへ?」


「魔王を討伐するって言っていたから、山脈を迂回した先にある大森林だと思うよ。今はそのさらに奥へ向かっていると思う」


 情報を受け取るや否や、レミーユは短く「やはり」と呟き、すぐさまセシリアに視線を向けた。


「セシリア、追いかけましょう」


「うん、行こう」


 二人は踵を返し、駆け足で馬へと戻ろうとする。

 その背中に、バザークが声をかけた。


「……待って。僕も同行させてもらえないかな」


 その言葉に、セシリアが驚いたように振り返った。


「えっ? きみが?」


「うん。ダメかな?」


 セシリアは一歩近づくと、真っすぐな目で彼を見つめた。

 その視線は強く、そしてどこか優しかった。


「ダメだよ。アーサーくんが向かう先は、魔王の元なんだから、流石に危険すぎるよ」


 はっきりとした拒絶の言葉だったが、敵意はなかった。むしろ、その裏には彼の身を案じる気持ちが垣間見えた。


 続いて、レミーユが問いかける。


「貴方は強いのですか?」


 質問は率直だった。実力を測ろうとしているのが見て取れる。


「戦う力は、あまりないかも。でも……」


 バザークはゆっくりと息を吸い、言葉を選ぶように続けた。


「体は丈夫だよ。見ての通り、大柄で筋肉もあるし、アーサーが来るまでは僕が一人で魔族の攻撃を耐えていたんだ。あと、あまり自信たっぷりに言えることじゃないけど、性格は明るい方だから雰囲気を和ませるくらいはできると思う……」


 バザークの声に嘘はなかった。

 事実だけを、飾らずに伝えたにすぎない。


 手柄が欲しいわけではない。戦いたいわけでもない。

 ただ、あのアーサーの隣に立ちたかった。


 彼の言葉を受けたレミーユは、顎に手を当てていた。少し眉を顰めている。


「それに、アーサーは向こうの地理や地形なんかは全部把握しているみたいだったけど、それは君たちも同じだったりするの?」


 バザークは言葉を続けた。


「こんなこと伝えるのは悪いと思うんだけど、向こうは毎日のように天候が変わるし、地理や地形は魔王軍にやられて酷いもんだよ。正直、無知な人間が進める場所じゃないね。それで、どうなの?」


「っ……も、もちろん! ね、レミーユちゃん?」


「……セシリア、私もある程度は把握してますが、流石に全部がわかるわけではありませんよ」


 話を振られたレミーユは溜め息混じりに答えた。

 バザークはアーサーが規格外だっただけだと知り安心した。


「え? そうなの? じゃあ、アーサーくんはなんで全部わかるの?」


「彼は魔物や魔族、その他の地理や地形、天候に関する情報には詳しかったはずです。今思えば、それは魔王の元へ澱みなく辿り着くためでしょうね」


「ふーん……じゃあ、わたしたちだけじゃこの先に進むのは無理ってこと?」


「ええ。こうして地図を持って来ていますが、この先は魔王の侵略のせいで全てが大きく変動しているでしょうし、私たちだけでアーサーに追いつくのは難しいかと」


 二人は揃って顎に手を当てて悩ましげな表情を浮かべたので、僕はここぞとばかりに手を上げた。


「僕なら山脈を超えた先の道がわかるから案内できるよ。多少変動していようとも歩き慣れているからへっちゃらさ」


「……本当ですか?」


「うん。昔、向こうに住んでいたからね」


「セシリア、彼に案内をお願いしましょう」


「うーん……そうするしかないのかなぁ? 仕方ないかー」


 レミーユとセシリアは目を見合わせて頷いた。


「決まりかな。自己紹介が遅れたけど、僕はバザーク。この騎士団の一員だよ。こう見えても団長なんだ。今は村の人たちのケアをしながら、地道に防衛拠点を展開している最中さ。そろそろ増援が来る頃合いだからナイスタイミングだったね」


 話がまとまったところでバザークは二人に握手を求めた。


「私はレミーユです」


「セシリアよ。よろしくねー」


 バザークは二人と握手を交わすと、ふいにどこか懐かしさを感じた。彼は彼女らと面識なんかないはずなのに、不思議な気分に陥っていた。


「あれ……おかしいな」


「何か気になることでもありましたか?」


 バザークの呟きを拾ったのは、首を傾げるレミーユだった。

 そして、レミーユの言葉に返したのは、これまた不思議そうな顔をしているセシリアだった。


「うーん……ねぇ、バザークくん、わたしとどこかで会ったことない?」


 セシリアはバザークと距離を詰めると、眼前から彼のことを見つめた。眉間に皺を寄せて唸っている。

 だが、その気持ちはバザークも同じだった。


「それ、僕も思ってたんだ。でも、僕はアルス王国とは関係のない小国の生まれだし、多分勘違いなんじゃないかな?」


「そうかなー? レミーユちゃんとも面識はないよね?」


「ないね。エルフの知り合いなんて一人もいないよ。レミーユさんも僕のことなんて知らないもんね?」


「……そのはずなんですが、そう言われてみれば、不思議とバザークとは初対面のような感じがしないんですよね。なぜでしょうか?」


 バザークの予想に反して、二人とも眉を顰めていた。訝しげな目で彼を見た。

 知り合いではないはず、会ったことなんてないはず、なのに、バザークたちは似たような感覚に陥っていた。


「えー、なんだろうねー、これ」


「不思議ですね」


 二人は顔を合わせて首を傾げていた。

 共通の話題で会話を交わしたからか、少しばかり空気が緩んでいた。


 だが、話はこのくらいにして、早急に出発したほうがよさそうだ。

 そうこうしている間にも、アーサーは魔王討伐を目指して歩みを進めている。


「二人は少し休憩する?」


 バザークは交互に二人の顔を見やる。


「ううん、すぐにでも行けるよ。ね?」


「はい。のんびりなんてしていられませんから」


「わかった。じゃあ、僕も急いで準備をしてくるから少しだけ待ってて」


 バザークはそれだけ告げて踵を返すと、駆け足で拠点へ向かいそそくさと準備を整えた。

 騎士団の仲間には置き手紙だけを残し、馬を一頭拝借して二人と合流する。


 どうやら、レミーユもセシリアもここまで休まずに来たようだ。彼女たちはそんな様子はおくびにも出さない。強い精神を持っている証拠だった。

 バザークはアーサーに助けられるまでは死を覚悟して弱気になっていたが、今は彼に真実を伝えたいら一心で意識を入れ替えた。

 


 ——彼とは一日足らずの付き合いだけど、放っておけない感じがするんだ。



 バザークは思った。

 レミーユとセシリアに感じる懐かしさも同様で、どこかモヤがかかってはっきりしない。


 しかし、どこか赤の他人とは思えなかった。


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