EP6
夕暮れのベルガス山脈の麓。空が茜に染まり始める頃、仮設の陣地にはまた一つ、重たい夜の気配が漂いはじめていた。
ここは、魔王軍が根城にし始めたとされる天然要塞——ベルガス山脈。
その拠点を包囲する形で、各国から寄せ集められた騎士たちによる即席の連合騎士団が配置されていた。
彼らは名ばかりの“騎士団”だった。指揮系統はバラバラ、連携も不十分。共通していたのは、皆が不安と恐怖に呑まれているという事実だけ。
その最前線に立つ一人。それがバザークだった。
頑健な体格。生まれつきの肉体の強さを買われ、彼は盾役として日々仲間を庇い続けていた。
今日もまた、魔族たちの奇襲に備えて、硬い地面の上に腰を下ろす間もなく、常に鎧の下の筋肉を緊張させている。
彼の視線の先、夕日を背負ったベルガス山脈はまるで巨大な獣のようにそびえ立っていた。
断崖絶壁が複雑に入り組み、隠れ道も多く、遠距離攻撃の要塞にもなれば、逃げ道の無い檻にもなる。
まさしく、山全体が罠だった。
「……今日も来るのか、夜が」
ぼそりと、バザークは吐いた。
夜になると、魔族たちはじわじわと姿を現す。時に偵察を、時に狙撃を。
襲撃が本格化することはまだないが、それもきっと魔王軍の余裕の現れだ。
攻めようと思えば攻め落とせる。
だが、じっくりとこちらの精神をすり減らして、希望という名の光を断ち切るのを待っているかのようだった。
もはや、騎士団の精神は限界だった。
仲間の一人が呟いた。
「せめて、勇者様が来てくれたらな……」
誰もが願っている。だが、実際には百年も現れていないという現実が、その言葉の背後に虚しさを貼り付ける。
もう誰も、本当の意味では勇者など来るとは思っていない。
バザークも、そうだった。
彼らの任務は、最前線で“粘る”こと。誰も勝つとは言っていない。
ただ、できるだけ長く時間を稼ぎ、魔王軍の拡大を遅らせるための生贄でしかなかった。
こうして彼らはまた永い夜を過ごすことになる。
だが、その日は違った。
「……あれは、増援か!?」
前線の誰かが叫んだ。騒然とする空気のなか、皆が一斉に後方を振り向く。
細く続く山道の先に、一騎の馬が砂埃をあげて駆けてきていた。乗っているのは若い青年、軽装備。
騎士団の重厚な鎧とは違い、旅人のような格好。武具は腰に帯びた剣のみ。
仲間たちは一瞬ざわめいたが、その期待はすぐに失望へと変わった。
「……たった一人かよ」
「なんだよ……あれじゃ戦力にならねぇ」
落胆の声が漏れる。無理もない。山に構える魔王軍の規模は百を超える。魔族たちは夜ごとに力を蓄え、この山に巣くっている。それに対抗するには、軍勢が必要だった。たった一人でどうにかなる相手ではない。
バザークも、深くため息をつく。
だが、何故だろうか。彼の眼だけは、その青年から視線を外せなかった。
夕焼けを背にして馬を駆るその姿が、まるでこの地の絶望に抗う“何か”のように見えたからだ。
「……まさか……ね」
言葉にはしなかった。希望を口にするには、現実はあまりに酷だ。だが——。
その青年が馬から飛び降り、騎士たちの視線のなかに立った時。
誰よりも早く、バザークだけが気づいた。
——この人は、普通じゃない。
あまりにも静かで、あまりにも冷たい瞳。
それでいて、魂の芯が燃え滾っているような、圧倒的な何かが彼の内側に宿っている。
彼が到着してからというものの、ベルガス山脈の夕暮れはどこか異様な静けさに包まれていた。
夕陽を背に受けながら、黒髪の青年が一人、剣一本で魔族の群れへと歩を進めていた。革鎧と薄手のローブ、戦地にはあまりに軽装。
彼の強さは一目でわかっていた。しかし、それでも相手は無数の魔族だ。
バザークは大声を出して呼び止める。
「それ以上は進んじゃだめだ!」
彼が足を踏み入れようとしていたのは、死のボーダーラインだった。そこを超えた瞬間に魔族は一斉に攻撃を始める。つまり、死ぬことになる。
「問題ない」
彼は淡々と答えた。
その最中、彼は死のボーダーラインを超えた。
バザークや他の騎士たちは、一様に嘆息し、これから起こる悲劇を想像して目を閉じた。
瞬時に山脈から、炎、氷、雷——様々な属性を持った魔法が五方から襲いかかるのが見えた。
数秒後には彼のいた場所に大きなクレーターができて、肉塊すら残らなくなる。バザークは何度となくその光景を目にしてきたからわかった。
「……死んじゃった、また一人、命を落としちゃった」
バザークは涙を流して首を垂らす。
そして数秒が経過した……しかし、一向にその時は訪れない。
——あれ? 音が聞こえない?
バザークは恐る恐る顔を上げると、目を剥いて言葉を失った。
なんと、彼は全てを斬っていたのだ。
たった一振りで断ち切る。その軌跡は目に映らないほどに鋭く、魔族たちが準備した結界すら貫通し始めていた。
「……本当に、一人で……勝てるのか?」
バザークは唇を震わせながら呟く。
周囲の騎士たちもまた、目の前の出来事に言葉を失っていた。ずっと続いていた重苦しい空気、恐怖と疲弊が支配していたはずのこの地に、今、わずかながら熱が芽生えていた。
「やるぞ……あの人が切り拓いてくれてる……!」
誰かがそう呟くと、静まりかえっていた騎士たちに、次第に生気が戻っていく。
だが、その中でもバザークは一歩引いて、じっと青年の背中を見つめ続けていた。なぜだか、あの青年からは不思議な気配を感じていた。
冷静で、決して慌てることなく、無駄な動きもない。
しかし、その背中から滲み出るのは、静かな怒りにも似た熱。
それは、何かを守るために剣を振るっている者だけが纏える、誇りのようなものだった。
——この戦いに、私情があるのかな……?
直感だったが、バザークは確信していた。騎士として剣を振ることについての理解は深い。彼の剣の太刀筋を見れば、何か濃密な感情で満たされていることがわかった。
この青年は、ただの通りすがりでも、戦場の英雄でもない。きっとこの山脈に、彼自身の「理由」があるのだ。
「……随分と多いな」
青年がそう口にすると、目の前で、雷撃を纏った魔族が飛来し、巨大な戦斧を振りかぶる。
「ギィィィアアアアアア!!」
耳障りな咆哮とともに、巨体が青年に迫る。
だが、青年はそれに目もくれず、一歩踏み込んだ。
剣閃が閃き、戦斧ごと魔族の首が跳ね上がった。
一撃だった。
そのまま青年は歩みを止めることなく、また別の方向から迫る魔族たちへと向かっていく。
「すごい……」
バザークの胸に、じんわりと温かいものが広がっていく。絶望に支配されていた戦場に、確かに灯った小さな希望の光。
誰とも名乗らず、誰にも期待されずに現れたその青年は、騎士たちの間に伝播していく勇気の種となっていた。
その背に、誰よりも強い意志が宿っていることを——バザークだけは、気づいていた。
しかし、そんな希望を持った瞬間。
魔族はここにきて初めて焦燥感を覚えたのか、今度は続々と山脈から降りてきてその姿を現す。
その数は百を超えている。
様々な大きさで様々な見た目の魔族はギラギラとした瞳でこちらを睨みつけている。
予想よりも遥かに多い。
人の言葉を操るような上級魔族はいないみたいだけど、いくら相手が下級魔族であってもこの数を相手にするのは不可能だ。
やっぱりダメかもしれない。一転して騎士たちの士気が下がり始めた。
今は精神的にも肉体的にも参ってる状況だ。
青年がいくら強いと言っても、たった一人で相手をするには限度がある。
でも、目の前に敵が現れて、おめおめと逃げ出す騎士は本当の騎士じゃない。
バザークはかろうじて正気を保てていた。
「……みんな、戦おう!」
バザークは剣を抜いた。
皆も立ち上がった。
気合を入れて剣を構えた。
しかし、青年はちらりとこちらを一瞥すると、首を横に振った。
それが何を意味するのかはわからなかったが、勢いに反して膝が震えるバザークたちはその場から動けなかったのは事実だった。
虚勢を張ったが動けずにいると……青年は迷うことなく駆け出す。
そして、気が付けば迫り来る魔族たちの背後を取っていた。
「は?」
何が起きたのかわからなかった。
一つ瞬きを終えたら、既に数体の魔族が絶命していたのだ。
青年は血飛沫を上げる魔族の上に立つと、またも剣を構えて駆け出した。
そこからは、まさに蹂躙だった。
ただ立ち尽くすことしかできなかった。
あれほど恐れていた驚異的な強さを誇る魔族たちは、なす術なく青年の剣技によって倒されていき、やがては最後の一体が首を飛ばされて絶命した。
山脈の麓には約百五十体の魔族の亡骸が散らばり、積み重なる亡骸の上に青年は立っていた。
達成感を得た顔なんかせず、まるで自分は何もしていないかのようなごく自然な表情だった。
誇らしげにしているわけでもなく、魔族の亡骸を見て悦に浸るわけでもない。力を誇示して叫ぶこともせず……ただ、そこに佇んでいた。
彼は何者なのか。
それはわからない。
だが、平然と佇む彼の姿を見て、子供の頃に見た御伽話の世界を思い出した。
そして、無意識に切望していた存在を口にしていた。
「勇者……さま……?」
◇◇◇◇◇
山の麓に、穏やかな静寂が戻っていた。
赤黒い血の匂いと、焦げた肉の臭いが重く淀み、風すらどこか遠慮がちに吹き抜ける。
青年は剣を収めていた。
騎士たちの誰もが動けずにいる中、青年は村の入り口で、杖をついた小柄な老人と何やら言葉を交わしていた。
あれが、村長なのだろうか。
バザークがここに駆り出される前に聞いた話によると、あの村は閉鎖的で外の世界との交友を好まないという。噂では勇者という存在すら知らないんだとか。
だからこそ、気になったバザークは思わずその光景に目を凝らす。
すると、青年の横顔が、はっきりと見えた。
——怒っているのかな。
それも、噴き出すのを押し殺すような、深く静かな怒りだった。
腰に添えた手は剣の柄を握っていた。 かなりの力が込められているのが、遠目にもわかる。
一瞬でも気を抜けば、村長に斬りかかってしまうのではないかと思えるほどだった。
青年は、必死に感情を抑えていた。
まるで、心の奥に煮えたぎるものを押し込めるように。
「……ここで何かあったのかな」
バザークは息を呑む。あれほどの戦いぶりを見せた男の胸の内に、これほどの怒りが渦巻いているとは。
バザークは震える脚をなんとか動かして、青年に歩み寄る。
この人は、きっと本当に何かを背負っている。そうでなければ、あんな戦い方ができるはずがない。
声をかけるべきか、ためらった。
でも、聞かずにはいられなかった。
「あの……助けてくれてありがとう。あなたは……その、名前を聞いても?」
青年はちらりとこちらを見たが、名乗ろうとはしなかった。
けれど、わずかに口角を上げて、代わりに逆に問い返してくる。
「……村の状況を聞きたい」
「え?」
唐突な言葉にバザークは目を瞬いた。
「村人の被害状況だ。亡くなったのは、二人で間違いないか?」
その問いには、少しだけ答えるのが辛かった。
けれど、隠すべきことじゃない。
「僕たちが見たのは、二人……かな。魔族の囮にされたみたいで、さっき村人たちが話しているのを聞いただけだよ」
「……そうか。二人か……わかった」
青年はそう言うと、腰を落として地に膝をついた。
全身はすっかり脱力しており、戦いの時のような気力は全く感じさせなかった。
「その花は?」
バザークは青年が右手に持つ花を指して聞いた。
小さな白い花束が握られていた。
花は恐らく、この辺りで咲いていた山野草だ。名前もわからないような、小さくてか細い花。
だが、それが青年の拳の中で握りしめられるたび、白い花弁に赤が滲んでいった。
手のひらが血で濡れているのだ。
指が食い込むほど強く握りしめられていた。
青年の背中から、悔しさが伝わってきた。
怒りでも、憤りでもない。
それは、護れなかったことへの無力感だった。
どれだけ強くても、どれだけ剣を振っても——遅かったという現実は、彼を容赦なく打ちのめす。
「せめてもの弔いだ」
青年は花をそっと地に置く。
供えるように、祈るように。
バザークは隣に立ったまま、黙ってその様子を見守った。
この人は、ただ強いだけの戦士じゃない。
この人は、痛みを知ってる。だから、戦えるんだ。
風が一陣吹き抜けた。
赤く染まった白い花が、一輪、地に舞い落ちた。
そして、バザークは再びその名を問うた。
「……君の名前は?」
青年は、ふとバザークに目を向けた。
一拍の沈黙のあと、短く答える。
「アーサー」
それだけだった。
名乗るというより、自分にそう言い聞かせるような声だった。
「ここにはなにをしに?」
「大切な人を救いにきた」
「あそこの村の人?」
バザークは山脈の麓にある小さな村――タリウスを指差した。
「ああ。タリウスの村だ。でも、遅かったみたいだ」
アーサーは短く返す。その横顔には怒りも悲しみもなく、ただ深く沈んだ影だけが落ちていた。
「……遠くから見てたけど、亡くなった二人は魔族に売られたみたいだね。村を一時的に見逃す代わりに、二人の命が差し出されたんだよ」
「そうか」
「それは村長さんからもう聞いたの?」
やけに淡々としているアーサーの様子に、バザークは思わず問いを重ねた。
「いや……あいつはこう言った。『尊い犠牲だった。自ら名乗り出た村の英雄だ』ってな。二人は、父さんと姉ちゃんはそんなタイプじゃないんだけどな……いや、俺が知らないうちに変わっちまったのかもしれない。まあ、何にせよあそこは本当に馬鹿げた村だよ」
吐き捨てるように言ったアーサーの拳は、膝の上でじっとりと汗を滲ませていた。土と血にまみれたその手には、真っ白な野花が握られている。だが、それも今や、血で紅く染まりかけていた。
静かに、しかし確実に、アーサーの奥底にある感情がひとつ、ひとつと崩れていく。
彼の表情は変わらない。ただ、声の奥ににじんだ疲弊が、それを雄弁に物語っていた。
「もう一ついい?」
慎重に声をかけたバザークに、アーサーはほんの少しだけ目を向ける。
「なんだ」
「アーサーは勇者なの?」
「……どうしてそう思った」
「直感かな。でも、聖剣を持ってないし、違うのかなって」
バザークは頬を掻きながら笑った。その笑顔には、純粋な好奇心と、ほんの少しの羨望が混じっていた。
「ほう、聖剣を持っていれば勇者になれるのか?」
皮肉めいた笑みを浮かべながらも、アーサーの目はどこか遠くを見ていた。
「うん。有名な伝承だよね。聖剣を抜いた勇者候補が本物の勇者だって」
バザークにとって、勇者の存在は希望そのものだった。幼い頃に幾度となく語られた英雄譚。その中にある「勇者の剣」は、すべての悪を祓い、世界を救う力を持つ象徴として語られていた。
だが、アーサーはそれを持っていない。
彼が目の前に立っているのは事実だ。それでも、あの剣は彼の手にない。
「一つ教えてやる。聖剣ってのは、単なる鈍だ」
「え?」
「実際にこの手で握ったから間違いない。あの剣に特別な力はない」
「……そうなんだ」
「だから、俺は聖剣を持っていない。あんな剣、ないほうがマシだ」
そう言って、アーサーは儚げに笑った。
本来、信じるに値しない話だったが、バザークは不思議と彼の話ならば否応なしに信じることができた。説明しようがないが、それは単なる感覚的な問題だ。
「いいなぁ、僕はアーサーが羨ましいよ」
バザークは自然とそんな言葉が漏れ出ていた。
実のところ、彼は勇者を志していた過去があるので、アーサーに羨望を向けるのは仕方がなかった。
しかし、当のアーサーは悲観的な顔つきだった。
「……羨ましいか」
アーサーは天を仰ぎ、かすれた声で呟いた。その響きは、どこか自己否定に似ていた。
「嬉しくないの? 生まれた瞬間からそんなに凄い力を手にしたのに?」
「確かに勇者候補は聖滅の力を手に入れることができる。だがな……その代償はあまりにも大きい」
そう呟いたアーサーの声には、微かに怒りにも似た感情が滲んでいた。
「感情や倫理観の欠落だけなら、まだいい。だが……中には残虐性が増して、人の死をなんとも思わなくなる奴もいる。俺はそうはなりたくない」
バザークは沈黙した。
その言葉は、ただ重かった。
「……ごめんね。何も知らずに失礼なことを言っちゃったね」
アーサーは首を横に振った。
「気にするな。俺はあいつらとは違う。こんなことで怒るほど子供でもない」
「ありがとう。優しいんだね、アーサーは」
「……優しい、か。俺には……よくわからないんだ。そういうの」
ぽつりと落とされたその一言に、バザークは思わず目を見開いた。
それは、演技ではなかった。
本当に、自分が“優しい”存在なのか、彼自身が理解できていない。
人の痛みに心を痛めているのに、その心が自分の中にどんな形で存在しているのかを知らない——そんな印象だった。
「俺には、たぶん欠けてるものがある。何がって言われると、はっきりとは言えない。でも……時々、みんなが当たり前のようにしてることが、わからなくなるんだ」
アーサーは拳を強く握りしめた。染まった白い花が、ぷつりと弾けた血でさらに紅く染まる。
その姿に、バザークは何も言えなかった。
ただ隣に立ち、そっとその横顔を見つめていた。
——勇者。
人々が夢に見る存在。
でも、目の前のこの青年は、アーサーは、その理想から最も遠い場所で生きてきた。
それでも彼は、立っている。
倒れることなく、剣を握り、守るべきもののために命を削っていた。
それが“勇者”でなくて、なんだというのだろう。
——君は……本当に、勇者じゃないの?
バザークは、心の中で問いかけていた。
「あ、そうだ」
「どうしたの?」
立ち去る間際、アーサーがバザークを見下ろした。
「……おそらく、数日後に俺のことを追って人がやってくる。どうか二人にはこれ以上は後を追わないように伝えておいてくれ」
「いいけど……やっぱり魔王のところに行くつもりなのかい?」
「ああ、当然だ。俺は絶対に魔王を討伐する」
アーサーの目に淀みはなかった。驚くほど透き通っている。
それはまさに勇者が持つ強い使命感からくる真っ直ぐな瞳と意志だった。
「一人で大丈夫?」
「問題ない。こう見えても世界の地理や地形には明るいんだ。魔族やモンスターに関する知識もな」
アーサーは至極当然かのような口ぶりだった。
「……やっぱり、君は勇者様だよ」
「そんな大それた器じゃないさ。とにかく、迷惑かもしれないが確かに頼んだからな」
アーサーはそれだけ言い残して立ち去った。バザークは彼がどこへ向かったのかはわからない。ただ、その大きな背中を見て確信を得た。
アーサーは勇者だ。そして、世界を救う英雄だ。
「……凄いな、あれが本物の勇者様か。ついに現れたんだね……百年ぶりに、世界を救うために」
バザークの小さな呟きは、村から聞こえる喧騒的な風にさらわれて消えたのだった。