人の上に立つという唯一の拠り所
暖簾をかき分け、開いたらガラガラと音を立てそうな扉に立つ。扉を開けようとしている私の手は震えている。こんな挙動していたら不審者扱いされるのではないか、周りをつい見渡してしまう。
どうして柄にもなく、居酒屋のイメージの権化みたいな居酒屋にいるのだろうか。一人呑み?一人で呑む時は自宅派だ。誰だ、酒癖が悪すぎて自宅周辺の飲食店から出禁を喰らってるって言った奴は。半分否定できないけど。
居酒屋の場所は自宅から少し遠め。歩くのに時間が掛かってしまった。この場所を選んだのは私ではない、以前来た手紙の主である武田さんだ。
扉を開ける。
「あの、待ち合わせなんですが。」
「あ、陽葵先生!こっち、こっちです!」
あの翌日、SNSで連絡しあって、
雑談もとい小説について語らおうと約束をしたのだ。
「とりあえず何か飲みます?」
「じゃあ、とりあえず生で。」
「すいません!生二つお願いします!」
いや、今日はうら若き女性の未来のために小説とは何かと教えに来たんだ。ただでさえ、私はお酒は弱いんだ。ちゃんとここは節制して
出来あがってしまった。
ちょっと呂律がまわらない。なんか無性に武田さんに甘えたい。
「これだからさ〜、むかちゅくんだよ〜!ホ〜ント気に食わにゃい〜!」
「そうですね。そんな中、先生はよく頑張っていますよ!」
「ありがと〜武田しゃ〜ん…」
こんな醜態、カメラで撮られたら死にたくなる。ちゃんと愚痴を聞いてくれるから、始末が悪い。
「あすいません、カツオのたたきに、なめろう。あと、塩辛をお願いします。」
なぜか、味の濃いものを注文してくれる。少しは枝豆も食べたい位には。なので、喉の渇きが異常に早い。がぶがぶビールを飲みたくなる。
武田さんも同じくらいには飲んでいるはずなのに、顔色一つ変えない。酒豪であることがすごい羨ましい。
「あ、生二つもおねがいします。」
そういえば、お金足りるかな…。ちょっと酔いが覚めてきた。
「今日は私の奢りですから、先生はじゃんじゃん飲んでください。」
あれ、顔に出てた?
「この時のために、貯めてますから。」
理性が霧散した。飲まされるし、飲んでしまう。そして、飲まれる。
お腹いっぱいになった。満足だ。
十分に愚痴を吐けた、翌日には別のものが吐けそうだ。
ここで、武田さんに少し踏み込んだ事を聞いてみた。
「どうして私なんかに優しく声をかけてくれるの?」
武田さんの目が真剣になった。
「先生と同じ苦しみ持っているから、私は共感できるんです。」
言われてみれば、初めて自宅に来た時もそんな事を言ってた気がする。
「ネットの記事を見ました。自分の主義主張を通そうとしただけなのに、理不尽な仕打ちですよね。」
自分のことをこんなにもわかってくれていたとは。
「他にも、先生について調べてみました。貴方は重蔵さんに苦しめられていた。その気苦労は本当に計り知れません。もう空いた口が塞がりません。」
そこまでわかってくれるのか。一周回って怪しい。
「先生は悪くない。悪いのは重蔵さんを中心とする出版業界だ。」
そうだ、悪いのは私ではない。あいつらが悪いんだ。
でも、敵がデカすぎる。
「ですが、貴方の力があれば未来なんていくらでも変えられる。」
そうだ、変えられるんだ。変えられるはずなんだ。
「貴方の憎しみは間違いではない。」
そうだ、間違いではないんだ。
でも、自分一人では今の状況を打開する方法が分からない。どうすればいい?
「だから、一緒に今の出版業界を覆しませんか?
貴方と同じ志を持つ人たちで組んでいるネットで運営しているコミュニティがあります。先生にはコミュニティに貴方の小説の技術を継承して欲しいんです。」
少しばかりの光明が見えた。
「今こそ、先生やリーダーシップを発揮し、先生の名前が日の目を見る時が来たのです!どうです、うちのコミュニティに入りませんか?」
あのクソ文庫本に書かれていた運命を覆すには、もうこれしかない。
自分が活躍する未来を想像し、つい武者震いをしてしまった。
「はい、ぜひ入りましょう。」
二つ返事で返した。
彼女と握手を交わし、
「それじゃあ記念にもっと飲みますか!」
「はい!大将、生二つ!」
長い夜が始まった。
翌日、二日酔いに苦しんだ。あたまイタイ。
「もー…お酒飲めな、ゥぷッ…!」オロロロロロロッ!
一ヶ月後、ネットコミュニティに入ってみた。
コミュニティのみんなは優しい。
一定の交流を交わした後、コミュニティ限定で、小説の指南書であるPDFファイルを配布した。そのファイルは、コミュニティ内でよく挙がる小説に関する疑問を武田さんがかき集め、その疑問に私が答えるという質問形式だ。
コミュニティの需要にちゃんと応える構成になっている。もし書籍化すれば、だいたい二千円で売られ、すぐにベストセラーになるような重厚な内容になっている。感謝してほしいね。
ファイルを配布された直後、みんな、私のことを讃えていた。
人に教えるというより、人の上に立っていることを実感すると、こんなにも心が満たされる。唯一の拠り所を手に入れることができた。
この小説の作者です。
どっかの漫画は語ってました。
「テロリストの根っこは知性のない善意。」