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遺言と私小説  作者: 朋樹
3/5

撒き散らす塩

出版社を出禁になってから一ヶ月経過した。

突然インターホンが鳴った。無視をしても、鳴り止まない。うざい。

「新聞なら受け付けていませーん」

「私です、陽葵さん!開けてくれませんか?」

モスキート音を匹敵する不快な甲高い声にゾッとしてしまった。二度と聞きたくなかった。担当だ。玄関の向こう側に二人の影が見える。体格から察するに左は女性、もう一方は男性だ。

扉を開けた。


「先日は大変申し訳ー」

「おらぁ、開けてやったぞ!!」

床に置いてあった盛り塩を力一杯に担当の顔に撒き散らした。

横に上司みたいな佇まいをした男にはなるべく当たらない様に。担当は何か言いかけてはいたが、別に構わない。自宅まで来たんだ。こんな事されても文句は無いよね?

担当は後ろにヨロけながら、倒れてしまった。


私は怒号した。

「帰れ!崇高な私をあれだけ侮辱したんだ!

お前が出版業界にいる限り、この家の敷居は跨がせんぞ!!」

言ってやった、言ってやったぞ。

心の底から有頂天になってしまった、ちょっと笑みを零してしまったかもしれない。


担当は嗚咽した、泣きたいのこっちなんだが。

男が駆け寄って慰めて背中をさすってたが、まぁ泣き止まない。そして、私を睨みつける。その目つき、完全に犯罪者だわ。

そして担当を抱えながら、帰っていった。

担当はまだグスグスしている。まだ泣いてるよ、あまりのメンタルの弱さに流石に同情しちゃうな。


まったく、まるで私が悪者あつかいだ。

4年以内に死ぬ弱者に対して、可哀想に見えないのか?

胸糞が悪い。今日はもう寝よう。


翌日、インターホンが鳴る。眠い。

「うちにテレビなんかありませーん」

「陽葵、いるかい?お母さんだよ」


お母さんだ。来てくれたんだ。

盛り塩を後ろ手に、扉をほんの少し開ける。

「何?今更どうしたの?」


お母さんは一呼吸入れてから話す。

「単刀直入に言うとね、実家に戻ってほしいの。」

「寝言なら寝てから言って?私、もう独り立ちできるわよ?」


「もう貴方には小説は書かせない。」


「え?」

「お父さん、貴方が出版させて貰ってたところも含めた大手の出版社各所に陽葵が来ても関わらない様に頭を下げていったの。」


「悪い事をしたとは思っているわ。でもこれ以上、他人に迷惑はかけられない。貴方は小説家として、人としての器が小さすぎる。」


寝耳に水。

そして悟ってしまった、そういう事か。


「貴方が何もしなくても、一生を過ごせる様に私たち両親の遺産は残してあるわ。だから、私のところに」


扉を開け放ち、盛り塩をお母さんの顔に撒き散らした。

今までの鬱憤を捲し立てた、自分の耳がキンキンする程に。もはや自分でも何を言ってるか分からない。お母さんは立ち尽くしていた。

家が歪みそうなくらい強く扉を閉めた。さぞかしすごい音だっただろう。


すぐに、パソコンを使って、ニュースを調べた。


「大御所作家・黒田重蔵、娘である陽葵に『出版業界永久追放宣言』」


野望は、圧倒的強者の不当な圧力で無情にも絶たれてしまった。

担当との一悶着も脚色され、証言として取り上げられている。視聴回数も増え、SNSも私への非難一色。重蔵との確執はネットでは既に有名な話になっていたのもあり、完全に四面楚歌。もう何も出来ない。


なぜ親というものは、こうも容易く子供の足枷になれるだろうか。

顔に泥を塗る気になのか。重蔵とお母さんは毒親だった。いや、お母さんなんて呼びたくない。テメェなんか千鶴だ、千鶴。

あと、私の野望の対価が雀の涙ほどのちっぽけな遺産程度なんて許せない。野望はお金に換えられないんだぞ。


もう誰も信用できない。私はこうして緩やかに死んでいくのかな?

それでも、精神は死なせようとしない。重蔵を中心とした出版業界への憎しみが生きろと支えている。


でも今日は眠すぎる。寝よう。


インターホンが鳴る。

昨日の夜は眠れてない。もう声を出す気力もない。誰とも話したくない。

少々舌足らずで、女子から女性に移りかけてる様な客の声がせめてもの癒しだ。こんな体調じゃ、何て言ってるか分からない。


「私だけは黒田重蔵さんから色んな仕打ちを受けた貴方の苦しみをわかっています。」


急に滑舌が良く聞こえた。

後ろから心臓を刺された感覚を覚えた。そのせいか、むず痒い。


「もし、返事ができないなら、扉の前に手紙を置いておきますね」


しばらくした後、扉を開けた。

誰もいなかった。また塩を無駄にすることはしなかった。盛り塩は意外と出費が高いから安心した。


というか、なんでここに住んでいるって知っている?

深く考えるのはやめよう。少なくとも、手紙は怪文書ではないらしい。


「拝啓 黒田陽葵 先生 

朝の空気に爽秋の気配が感じられる頃となりました。


いつも素晴らしい作品を読ませていただいております。『天才の孤独な叫び』に大変感動し、先生の作品の世界観に魅了されました。


私は現在、小説の執筆をしており、先生の作品から多くのことを学ばせていただいています。特に、人の心をくすぐる語彙や、テーマの扱い方など、参考にさせていただきたい点が多くあります。


そこで、もしよろしければ、一度お話をお伺いできないかと考えております。先生の貴重なご経験やアドバイスをいただければ、私の執筆活動に大きな力になると考えています。


具体的なご相談事項としては、以下の点が挙げられます。

・普段、どのような環境で執筆されているか

・書き出す前に何か特別なことをする習慣はあるか

・登場人物のキャラクターは、どのように作り上げていくのか


お忙しいところ恐縮ですが、もしご都合がよろしければ、お返事いただけると幸いです。


時節柄くれぐれもご自愛くださいませ。

敬具

武田 結衣」


手紙を濡らしてしまった。

事故物件だから、雨漏りしてしまったのだろう。


そして、手紙と一緒に名刺が入っていた。名刺には色んなSNSのQRコードが貼ってある。連絡しようとしたが、やめてしまった。まだ他人を信用できないらしい。これでいいのか?


目線の先に文庫本が置いてある。見たことがない本だ。

気晴らしに読むことにした。読み終わった、小説を読んで息を止めるほど興奮したのは久々だ。雨漏りも顔の前を中心に激しくなった。


本の内容は、足を洗った殺し屋が組織にかぶれてしまった大切な人を助けるためだけに、再び銃を握って組織を潰しまくるハードボイルドな小説だ。

こういう勧善懲悪は大好きだ。

作中に出る組織が相当な悪魔なのが小説の面白さを引き立たせている。殺し屋の大切な人が引っ掛かった理由は殺し屋を一助になりたいという心を弄んだところにある。これ以上はネタバレになるから、心理描写といえど話せない。


本を閉じて、ため息をついた。

現実にも、あんな叩きやすい悪魔がいれば、死ぬとわかっていても、満足はするだろう。終わり良ければ、全て良しってか。あまり人生において使いたくない言葉だが。

世の中、叩きにくい悪魔だらけだ。特に出版業界が分かりやすい。

その悪魔を讃えている周りがなまじ「いい人」なのがタチが悪い。私の様な目を覚ました人が「そいつは悪魔だ」と真実を伝えても、「いい人」はそれを信じずに叩きまくる。どうして他人ってこんなにも物分かりが悪いのだろうか。


今日来たお客さんはそうではなかった。

もし自分がガンダタなら、あれは蜘蛛の糸だろうか。あれは救いの手だっただろうか。邪険に扱ってしまった事を後悔した。


またあの人に会える事を願って、今日も寝た。いつもより少し寝付けが良かったかもしれない。

この小説の作者です。

手紙で挙げた小説のタイトルがすげぇダセェ。

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