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遺言と私小説  作者: 朋樹
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文芸系ポルターガイスト

「あなたの命は四年もありません」

どんな状況でも、自分の余命を告げられたら、現実を直視できなくなるのは至極当然である。


私の場合、告げられた状況がオカルトじみてるから尚更だ。

少々話が回りくどくなるが、聞いてやってくれ。


住んでいる家は昭和どころか、明治という単語を連想させる匂いが充満した日本家屋で、その実、いわゆる事故物件である。詳しく聞くと、前に住んでいた人は自分と同じ小説家、そして死因は自殺らしい。私だったら、絶対そんな馬鹿な事をしない。気高い精神を持ってるからね。


腐っても事故物件、やはり超常現象が起こる。

なんと、和室のちゃぶ台の上に買ってもいない紙の文庫本が置いてあるのだ。


恋人を奴隷みたいな何かと勘違いしている面倒臭い彼女と同じ位、かまってオーラを感じているし、自分の店前に立ち尽くしているインド料理人並みの力強さをもった視線も感じる。

小説家を志してから十数年たつが、これほど本の置き方に自我を感じることは後にも先にもこれだけだった。


この現象を【文芸系ポルターガイスト】と名付けた。

数年を掛けて調べて、二つの法則がある事に気づいた。


一つ目は、月曜日の0時を境に、別の文庫本に変化する。

二つ目は、出てきた文庫本はジャンルや私の評価に関わらず、大体四年後に発行されて、必ずベストセラーになる。


【文芸的ポルターガイスト】の法則を利用して、小説家を目指す事にした。この現象のメリットは数え切れない程ある。

無料で未来のトレンドがわかるのが特に大きい。


トレンドとは秒単位で移ろうモノで、四年の月日ともなれば、若者の考え方なんてまるで違う。今がナタデココを表すなら、四年後はタピオカ、つまり今と三年後は、ナタデココとタピオカと同じくらいのギャップがあった。

そのギャップはインスピレーションにしやすい。

ギャップに対して、自分が面白いと思うまで、「それはなんで?」と問い続ければいいからだ。そうすれば、自ずと名作は出来上がる。


出てきた小説が面白かった時には、ほぼパクって、そのまま出した。

そのせいで、パクリ元の小説家が私を襲って、警察にパクられる事が偶にあった。まぁ、事故物件に住んでるわけだから、この程度は仕方ないよね。

こうして名作を量産して、有名な小説家として不動の地位を築く事が出来ました。めでたしめでたし。


という風にいかないのが、人生だ。

昨日の0時に変化した文庫本の表紙を見て、えずいてしまった。

作者名はこう表記されている。

「黒田重蔵」「黒田陽葵」

後者の名前は私の本名だ。そう私の名前は陽葵だ。

しかし、だ。

しかし未来の誰かがフザケてるのか、前者は打倒すべきあの、ち…父親の名前だ。これが因果応報という奴か。

あぁもう…『父親』なんて呼びたくない、テメェなんか『クソ』。せいぜい『重蔵』だ。同列に立たされているのが実に不快だ。


害された気分を落ち着かせる為に一日寝かせてから、読むことにした。

本のタイトルは「遺言と私小説」。

ジャンルと内容が想像しやすい重蔵らしいタイトルの付け方だ。堅すぎる。

勇気を振り絞ってページをめくると、衝撃の一行目。


「最愛の娘が死んだ。自殺だった。」


数秒思考停止。

あぁ〜!娘って私の事か〜!

つまり、四年後には確実にこの世にいないって事か〜!

未来を知れてよかったよかっt


小説を壁に叩きつけて後ずさる。

なんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんで


息が詰まる。視界が揺れる。彩度が落ちる。落ちる様な浮遊感も出る。 

待て、一旦オチケツ。違った落ち着け。まずは深呼吸。

冗談じゃない、笑えない。もう夜は眠れNight。


断片的に読んでわかったことは、

娘てある私が遺書を残して自殺し、その遺書を読んだ重蔵が娘に懺悔して、自らを反面教師にして、世間に説法を垂れ流すだけの内容だった。

心に響かなかった、釈迦だから。

心にヒビは入った、人間だから。


もう許容できないツッコミどころが多すぎる。

何が一番許せないって、自分の娘の死を直ぐにダシにして、またベストセラーを生み出している事だ。

稼げていない私への当てつけか?拝金主義も酷いと家族の尊厳も踏みにじる事も厭わないのか?それは昔からか。この金の亡者が。


こんな未来はあってはならない。

絶対に力で捻じ曲げてやる。


「面白いあらすじですね、熱も程々にしてくださいね。」

出版社の担当は腫れ物を触る様に、どこかぶっきらぼうだった。

会社が男性中心だと、弱者である女性は適応しないと生きていけないですよね?そうですよね?わかります、心痛み入ります。

「ちゃんと聞いてますか?私がこんなにも頭下げて相談しているのですよ?少しはマトモに聞いてくださいよ!」


担当は肩をすくめた。

ため息が聞こえたのは、精神不安定による幻聴だからかもしれない。

今すぐにでも精神病院を探さねば、担当の。

「オカルト現象うんぬん以前に、陽葵さん、貴方は少しはお父さんに譲歩してください。」

おっとー、ここまでの世迷言を放つとは。これは入院か?

「あんな素晴らしい人格を持っている方は父親においても、小説家においても、どこにもいませんよ?」


そう、重蔵もまた小説家である。いつくたばってもおかしくない年齢だが、未だに現役で書き続けている。

これまで数十の小説を書いており、なぜか、その殆どは映画やドラマにもなっているらしい。担当を含めた出版業界の周りの人たちは大御所作家と称えている。

「近い将来で大成功する中堅作家の私から言わせれば、老いてなお、死ねなかったタダの『生き残り』ですよ。」


瞬間、小さく啜った音した。誰か蕎麦でも食ってるのだろうか。

「…正直、貴方にはがっかりしています。」

おっと、担当の声が震えている。

これは事実陳列罪、ちょっと言いすぎたか(笑)。


それからの担当から出る本音っぽい発言は私への妄言ばかりだった。

最初は欠伸をしながら聞いていたが、書いた人の人生経験が乏しく見えるほどストーリーが絶望的にベタ、父親から生まれたとは思えないこんな性格じゃ、人生経験を積ませてくれる友達もいませんよね、という発言を聞いた辺りから、なぜか、電話の着信音、話し声やタイピング音といった周りの音が聞こえなくなっていた。


おい、泣いて誤魔化しても無駄だ。

それは誹謗中傷だ。侮辱罪だ、信用毀損罪に名誉毀損剤だ。

もしスマホやレコーダーを持っていて隠れて録音していたら、何もかも訴えて、出版社ごとお前を潰す事が出来るんだぞ。私は優しいからな、波風立てないであげてるんだぞ。発言には気を付けろ。


気づいたら、私は自宅近くの公園の椅子で項垂れていた。片手にカップ酒。もう片手にはコンビニの骨なしチキン。ホラー映画に出ている怪異の呻き声しか出せなかった。

「パパーあれ何してんの?」

「おいそんなもん見んな、そろそろ帰るぞ。」

そうだよ見せもんじゃねぇよ、犯罪者予備軍共。


結局、担当の言い争いは警備員が来るまでデッドヒートして、最終的に私は出版社を出禁となった。担当は自宅謹慎。最近「疲れ」が溜まってたらしいので、休ませてあげようというのが「上」の判断らしい。

そんなんお咎めなしみたいなもんだろ。名誉男性と女性でこんな躊躇なく差別してくるとは、もう日本終わったな。


あぁ疲れた。安直に他人に相談するもんじゃなかった。類人猿を正す為に来たんじゃない。ただ助けてほしいだけなんだ。いや、そもそも男性中心になっている出版業界に頼ること自体、間違いだったのか。

あぁ感情が死んでいく。今なら逆に何でもできそうな気がする。


まずは、家に帰ろう。

この小説の作者です。

この主人公に不快を感じたのなら、私としては作者冥利に尽きます。

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