第七話 当然の報いだ
麻衣が自殺した。五味に、自殺に追い込まれた。
事実を知ったとき、京也は、迷うことなく復讐を決意した。
問題は、どんなふうに復讐するかだった。
最初に思い浮んだのは、単純暴力だった。一方的に痛めつけてやる。五味の男性器を切り取って、二度と女性を抱けないようにしてやる。
しかし、そんなことをしたら、当然だが警察に捕まってしまう。警察に捕まれば、五味を痛めつけた動機も明確となる。結果として、麻衣が五味に弄ばれたと、世間に知られてしまう。両親にも迷惑がかかる。
警察に捕まるわけにはいかない。では、どうしたらいいか。
ストーカーのように五味をつけ回し、徹底的に嫌がらせをする。精神的に追い詰めてやる。決して、自分の存在が明るみに出ないように。
京也はすぐに行動を開始した。まずは、放課後に五味の後をつけた。彼は女性と待ち合わせをし、ホテルに入った。休憩時間である三時間が経過した頃に出てきて、女性と別れ、帰宅した。
五味の自宅を特定できた。
五味が家に入ってすぐに、玄関テラスのすぐ上の部屋に、明りが点いた。あそこが五味の部屋だと特定できた。
京也は、新聞配達のアルバイトをしている。朝刊配達のために、毎日午前三時半に起床している。
その起床時間を、一時間早くしよう。新聞販売店に行く前に、五味の家に行こう。夜の闇に紛れるように、全身を黒ずくめにして。
十二月二日。
京也は、計画を実行した。野球ボールほどの石を持ち、五味の家まで行った。持ち前のコントロールを活かし、彼の部屋に石を投げ込んだ。手袋をしているので、京也の指紋は石に残らない。
その日の学校で。
突然、五味に、家に泊めてくれと頼まれた。
事情を聞くだけ聞いて、断った。
次の日の早朝。午前三時頃。
昨日と同じように、京也は、五味の部屋に石を投げ込んだ。割れた窓はガムテープで塞がれていたが、簡単に突き破れた。
「誰だテメェ!?」
五味の部屋から、彼の怒鳴り声が聞こえてきた。
今も健在の俊足で、京也は、すぐに逃走した。
――その日の午前七時半頃。
五味は、凍死体で発見されたという。スウェット姿で倒れていたそうだ。石を投げ込んだ京也を捕まえようとして、防寒もせずに外に出たのだろう。
けど、と思った。京也の胸中には、大きな疑問が残った。
二日連続で、部屋に石が投げ込まれた。五味が犯人を捕まえたいと思うのは、当然と言える。しかし、だからといって、凍死するまで探し続けるだろうか。
五味の死体が発見されたのは、彼の家のすぐ側だったという。石を投げ込んだ犯人を追いかけ、探し続け、凍えて家に帰ろうとしたところで力尽きたのだろうか。
腑に落ちない疑問。同時に、どうでもいい疑問だった。
五味には、彼に相応しい罰が下った。麻衣を弄び、自殺に追い込んだのだから。その結果だけで十分だった。
それにしても、と思う。
京也は五味を恨み、彼に復讐しようと決意した。だが、京也が何もしなくても、いずれ五味は自ら転落していったのではないか。
五味は、友人の恋人にも手を出していた。それが知られて、リンチを受けていた。だから、石を投げ込まれた日に、仲間だった奴等を頼れなかった。結果として、ほとんど話したこともない京也にまで頼ってきた。
馬鹿な奴だ。心底そう思った。モテることに自惚れ、女性の気持ちを考えもしなかった。相手の女性どころか、仲間の気持ちすら考えなかった。
挙げ句の果てには、京也に頼ってきたときに、下らない嘘までついてきた。
『さらに、石を投げた奴に、部屋の中を覗き込まれて』
京也は、五味の部屋を覗き込んでいない。ある程度の距離から石を投げ込み、すぐに逃走した。
『しかも、その石に『赤ちゃん産ませて』なんて書かれててさ』
京也は、投げ込んだ石に『赤ちゃん産ませて』なんて書いていない。投げ込んだのは、ただの石だ。
五味の死が学校内で周知されたとき、誰一人として同情しなかった。
「ざまぁないな」
そんな言葉すら耳に入ってきた。
五味の机の上には、教師が用意したと思われる花が飾られている。
その花を見ながら、京也は、誰にも聞こえないように呟いた。
「助けてやれなくてごめんな、麻衣」