第六話 可愛い妹が自殺した真相
妹の麻衣が自殺した。
京也がその知らせを受けたのは、十一月も下旬に差し掛かった頃だった。母親からの電話。彼女は、電話口で泣いていた。
両親の離婚で引き離された、京也と麻衣の兄妹。仲のいい兄妹だった。
麻衣とは、もう三年以上会っていなかった。それでも、彼女に対する愛情は変わっていなかった。高校を卒業して就職したら、久し振りに連絡してみよう。初任給で、何かプレゼントでも買ってやろう。もし彼女が大学進学を希望しているなら、その一部だけでも支援しよう。
京也は、そんなことを考えていた。
そんなことを考えていた矢先の、知らせだった。
母親の知らせを、最初は、悪い冗談だと思った。すぐに考えを改めた。たとえ冗談でも、我が子が自殺したなどと言う親はいない。子供を虐待している親でもない限りは。
病院以外での死亡は、変死に該当する。警察が介入する案件となる。検死が行われ、その後、遺体は遺族に戻される。
葬儀は密葬の形式で行われた。
夫婦仲が拗れて離婚した両親も、麻衣の葬儀の場では、啀み合うことなどなかった。ただひたすら、愛する娘の死に涙していた。
京也も、涙を堪えられなかった。思い浮ぶのは、麻衣の笑顔ばかりだった。
『お兄ちゃん』
可愛い声で自分を呼ぶ妹。自分の後をチョコチョコとついてくる麻衣を、昔から愛おしいと思っていた。会えない時間が長くなり、気まずくて連絡できなかった。それでも、高校を卒業して生活が一段落したら、久し振りに会おうと思っていた。
――それなのに!
葬儀の後。京也と父は、母から、麻衣の遺書を渡された。ひどく簡潔な遺書だった。
『大好きで、結婚したいと思ってた人に捨てられました。彼も、将来は結婚しようって言ってくれてたのに。ずっと悩んでたけど、もう生きいていたくないです』
遺書は、ノートの一ページを破って書かれていた。殴り書きのようだった。
――いや。
殴り書きのようだった、ではない。殴り書きだったのだ。麻衣は絶望して、自ら死を選んだのだ。
警察の検死の結果で、判明したことがある。
麻衣は、妊娠していた。妊娠し、相手の男に捨てられたのだ。
妊娠を知ったとき、どれだけ不安になっただろう。子供の父親に捨てられたとき、彼女は、どんな気持ちだっただろう。まだ高校生なのに妊娠してしまって、どれだけ悩んだだろう。母親にすら伝えることができず、一人で抱え込んで。
それでも、お腹の中で子供は育ってゆく。支えてくれる人もいない、望まれない子供が。
「母さん。麻衣のスマホ、ある?」
遺書に目を通した後、母親に聞いた。麻衣の遺品だからと、母親は大切に持っていた。
麻衣のスマートフォンには、数字形式のロックがかかっていた。四桁の数字。考えられるパターンは、一万通り。
京也には自信があった。ロックを解除させる自信。
数字入力の欄に、京也は、自分の誕生日を入力した。京也は七月十七日生まれ。「0717」と入力した。
思った通りだった。ロックは、簡単に解除された。
京也も、麻衣と同じだった。麻衣の誕生日を、ロックの解除番号にしている。
ディスクトップが開かれたスマートフォン。複数のアプリが表示されている。
京也は、チャットアプリをタップした。トークのやり取りをしている面々が、多数表示された。ほとんどが、麻衣の女友達のようだった。
男の名前なんて、ほんの少数。
その、数少ない男の中に、見知った名前を見つけた。
京也は迷わず、その男とのトークルームを開いた。
麻衣から男に送信された、最後の数日分のメッセージ。既読すら付いていなかった。明らかに、男にブロックされていた。
メッセージを遡った。
一番最初のメッセージで、男が、麻衣を口説いていた。
当初、麻衣は、男の誘いを断っていた。しかし、熱心かつ甘い言葉で口説く男に、少しずつ心が動かされたようだった。次第に、仲睦まじい恋人同士のようなやり取りになっていった。
だが。
麻衣が妊娠を告げた直後から、既読がつかなくなった。
京也は手を震わせた。麻衣の形見のスマートフォンを、強く握り締めた。怒りと恨みで、どうにかなりそうだった。
麻衣を口説いていた男。彼の名前が、開いたトークルームに表示されている。
五味秀一、と。