第四話 誰も助けてくれない
自室に石を投げ込まれた日。
登校した五味は、案の定、友人だった奴等に白い目で見られた。
いや。
白い目、などという生易しいものではない。殺意すら感じられる目だった。
彼等の視線を無視して、五味は自席についた。
朝のホームルームが終わり、授業が始まった。
授業が終わり休み時間になると、五味は、ひたすらクラスメイトに声を掛けた。各授業の合間の、小休憩。昼休み。ほとんど話したこともないクラスメイト達に、手当たり次第に頼み込んだ。
「家に泊めてくれないか?」
承諾する者は一人もいなかった。どうやら、クラスメイト全員に、五味のしたことが吹聴されているようだった。
友人の恋人と寝た。
男女問わず、五味を軽蔑の眼差しで見ていた。
昼休みも残り十分くらいになった頃。
声をかけていないクラスメイトは、あと一人となった。富井京也。彼は父子家庭だという。家計を助けるためにアルバイトをしているため、非常に多忙なのだと聞いていた。だから、友人と遊ぶことなどほとんどない。
五味自身も、京也と遊んだことなどない。それどころか、言葉を交わした記憶すらない。それでも、彼に声を掛けた。
「なあ、富井。ちょっといいか?」
「なんだよ?」
富井も、五味の話は聞いているのだろう。露骨に軽蔑の目で見てきた。
「頼みたいことがあるんだ」
「言っとくけど、ウチには泊めないからな」
五味が要件を言う前に、富井は、即座に拒否の姿勢を示した。他のクラスメイトとの会話を、聞いていたのだろう。
「そう言わないで、せめて、事情くらい聞いてくれよ」
他のクラスメイトには、昨夜――といっても、時刻でいえば今日なのだが――の状況を話していなかった。しかし、富井に拒否をされて、ふと思い立った。
夜中に石を投げ込まれるという、異常な凶行。そんな被害を受けていると伝えれば、あるいは。
五味は、意図的に哀れっぽい表情を作った。
「俺、今、追い込まれてるんだよ。夜中に、いきなり、俺の部屋に石が投げ込まれたんだよ」
「……」
「さらに、石を投げた奴に、部屋の中を覗き込まれて」
富井は特に表情も変えず、五味の話を聞いていた。
「しかも、その石に『赤ちゃん産ませて』なんて書かれててさ。俺、女を妊娠させたことなんてないのに」
自分の哀れさを演出するため、嘘を交えた。
「そりゃあ俺は、色んな女と寝たけどさ。だけど、相手だって合意の上だったんだ。それなのに、あんまりだと思わないか? これじゃあ、俺、安心して寝れもしないよ」
五味は、富井に向かって両手を合せた。そのまま、深々と頭を下げた。
「だからさ、頼むよ! しばらくでいいから、お前の家に泊めてくれよ!」
頭を下げた五味。その頭上に届いたのは、富井の溜め息だった。
「そりゃ器物損壊だ。立派な犯罪だろ。誰かの家に泊る前に、とっとと警察行けよ」
もっともな意見だった。もちろん五味も、警察に出ることを考えた。しかし、もし警察に通報し、犯人が捕まったら。
犯人の女の口から、五味の所業が明らかにされてしまう。ただセックスをするためだけに、甘い言葉を口にした。避妊もせずにセックスをした。妊娠を告げられたら、辛辣な言葉を吐いて捨てた。さらに、妊娠した責任も取らずに連絡先をブロックした。
そんな事実が、相手の女の両親や、自分の両親に知れたら。
間違いなく、責任を取らされるだろう。
――冗談じゃない!
この後に及んで、五味は、色んな女とセックスする生活を捨てられなかった。責任を取って一人の女に縛られるなんて、嫌だった。
下げていた頭を上げ、富井の顔を見た。彼は、冷め切った表情をしていた。自業自得だ。そんな言葉が聞こえてきそうな顔。
「クソが! もう頼まねぇよ!」
唾を飛ばしながら吐き捨て、五味は富井に背を向けた。
富井の対応で、五味は悟った。誰も助けてくれない、と。自分でどうにかするしかない、と。
真夜中に石を投げ込まれた後。五味は割れたガラスを片付け、窓はガムテープで塞いだ。両親には、部屋で転んで窓を割ってしまったと説明した。
今日も、部屋に石を投げ込まれるのか。それとも、まったく別の仕返しをしてくるのか。
五味の脳裏に浮かぶ、窓を割られた直後の光景。窓から、こちらをじっと見つめる目。思い出しただけでゾッとした。
足が震えるほどの恐怖。吐き気を覚えるほどの気持ち悪さ。同時に、強い怒りも感じていた。
――ふざけやがって!
自分を奮い立たせるように、五味は、胸中で怒声を上げた。
やってやる。自分一人でどうにかしてやる。どうせ、相手は女だ。直接戦って負けるはずがない。
放課後になると、五味は、早々に学校を後にした。帰宅途中にホームセンターに立ち寄り、不審者撃退用の道具を二つ購入した。
ひとつは、雪道でも滑らずに不審者を追いかけられる、スパイクが付いた靴。
もうひとつは、武器となる金属バット。
家に着くと、購入した物を自室に持ち込んだ。ベッドの上に腰を下ろし、金属バットを握り締めた。
もし今日も、石を投げ込んできたら。部屋を覗き込んできたら――
「追いかけて、捕まえて、ぶっ殺してやる!」