第二話 ゲスの極み
五味が千人斬り宣言をしたのは、高校一年の冬。
あれから二年近く経った。
宣言通り、五味は、様々なところで女を口説いていた。寝た女の名前と写真を、自分のチャットアプリのアルバム機能に保存した。その人数は、現在のところ二八四人。確実に数は増えているが、宣言した千人にはまだ遠い。
豊平高校の生徒のほとんどは、卒業後、就職をする。受験勉強に集中する生徒は少数。就職のために学校側と相談をする生徒は大多数。
五味は、そのどちらにも属していなかった。卒業後は、アルバイトでもすればいい。それよりも今は、ひたすら女を口説きたい。
高校三年の十一月末日。昼休み。
五味は相変わらず、自分の女性遍歴を語っていた。周囲には、クラスカースト上位の男子勢。
「――ってわけで、今のところ、まだ二八四人としかヤれてねぇんだよ」
五味は、言葉に溜め息を交えた。
二年前に千人斬り宣言をしたあたりから、五味の名前は、学校中で有名になってしまった。校内の女子生徒には、どうせ体目当てなんだ、という目で見られるようになった。当然のように、学校内の女は口説きにくくなった。
「千人とか無理なんじゃねぇの?」
同じクラスの川村が、茶化してきた。彼は、一年のときから今の恋人と付き合い続けている。五味と浮気した恋人と。もちろん彼は、その事実を知らない。
茶化してきた川村に対して、五味は、フンと鼻を鳴らした。
「別に、高校のうちに達成するなんて言ってねぇし。卒業した後もヤり続けて、千人斬りを達成してやるよ」
五味の発言は、強がりでも何でもなかった。本気で言っていた。
今はもう、校内で女を口説いていない。行きつけのコンビニエンスストアやドラッグストア、街中で見かけた女も口説いている。そんなやり方で、高校入学時から二〇〇人以上も経験人数を増やした。時間はかかっても、千人斬りはそう難しくないはずだ。
口説いた女とは、できる限り最短でベッドインするようにしていた。人数を増やすのが目的なのだから、一人一人に時間などかけられない。甘い言葉でそれらしい雰囲気を作り、流れのまま寝る。それが一番、効率的だった。
流れのまま寝るから、甘い雰囲気を遮断したくない。だから、コンドームを着けたことなどほとんどない。二八四人のうち、コンドームを着けてセックスをした女は、片手の数にも満たない。
「まあ、ゴムなんて着けない方が気持ちいいし。ゴムなんて買ったこともないし」
購買で買ったジュースを飲みながら、五味は、常識のように語った。
「おいおい」
周囲の一人が、少し呆れた表情になった。彼の恋人とも、一年のときに寝た。
「妊娠したらどうすんだよ?」
コンドームなど着けない。そう言うと、しばしばこの手の質問を受ける。五味は、いつもと同じ回答を口にした。
「知らねぇよ、そんなこと。ゴム着けてって言われないから、着けなかっただけだし。それで妊娠しても、俺の責任じゃねぇだろ?」
五味は理解していた。女は俺に好かれたがっている、と。だから「コンドームをして」なんて言わない。そんなことを言って嫌われたくないから。
「ああ、そういえばな」
ふいに思い出して、五味は、ポンと両手を叩いた。
「ヤッた女の一人が、夏頃に、妊娠したとか言ってきたな」
「マジかよ?」
「ああ。マジ」
「どうすんだよ? そいつと結婚でもするのか?」
「まさか」
五味は鼻で笑った。
「言っただろ。俺の責任じゃねぇ、って。『勝手に妊娠したんだから、自分でどうにかしろ』って言っておいた」
「うわ。ゲスの極みだな」
「人聞きの悪いこと言うなよ。俺は、ゴムしろって言われなかったからしなかっただけだ。しろって言われたらしてるって」
「で、その女は何て?」
「さぁ?」
「さぁ、ってお前」
「いや、だって。そういう女は面倒だから、連絡先もチャットもブロックしたし。家も知られてねぇから、完全にシャットアウトだよな」
右手で空気を切る仕草をして、五味は笑った。一人で、ゲラゲラと。
――あまりに非道な発言に、周りの面々は少し眉をしかめていた。
五味は、周囲の様子に気付くこともなかったが。