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恵美の覚悟

 恵美を乗せた電車がO市に着くと恵美はゆっくりとホームに降り立つ。暫く俯いたまま一人ホームで佇んだ後、恵美はゆっくりと顔を上げた。


「ふぅ、らしくないな」


 髪をかき上げそう呟くとゆっくりと歩き出し、駅を出てバスに乗り込み窓際の席へと腰を下ろす。窓の外を流れる景色を見つめながら

「あまり変わらないな」

とぽつりと呟いた。


 バスに十五分程揺られた所で恵美はバスを降りた。他にも数人は同じ所で降りたのだが、そこは住宅街にあるバス停であり、普段見かける事のない部外者である恵美を不思議そうに見つめる者もいた。


 恵美はそんな視線を感じながらも、あえて堂々と歩みを進める。昔の記憶を辿りながら住宅街を歩いて行くと、バスを降りて十分程歩いた所でコンクリートで出来た灰色の建物が目に入った。


 通称D団地。目指していた団地だ。


 住宅街の隅に建ち、異様な雰囲気を醸し出しているコンクリート製の灰色の巨大な建造物。周りにはロープが張られ、立入禁止の看板が掛けられてはいるが、入ろうと思えば誰でも入れるお粗末なバリケードだ。


「ふぅ……本当に変わらないな」


 少し呆れた様に呟いた後、傾いた夕日に照らされ赤くなった団地を見つめて佇んでいた。


 今ならまだ明るい。陽の光が届くうちに――。


 恵美がそう思い、張られたロープに手を掛けた瞬間、いきなり後ろから声を掛けられた。


「君、何してるんだ!」


 驚き振り返ると、そこには制服に身を包んだ警察官が怪訝な表情をして立っていた。警察官は顔をしかめたまま、ゆっくりと恵美の方へと歩み寄って来る。


「えっとですね。あの、私、昔ここら辺に住んでたんですよ。それで、あの、古い友人を訪ねて来てて、なんか懐かしいなぁー、なんて」


 なんとか笑顔を作りながら弁明する恵美だったが、警察官は変わらずいぶかしんだ眼差しで恵美を見つめていた。


「最近ね、肝試しだとか言って若い子達がこの団地に入り込む事が多くてね、近隣の方々も迷惑してるんだよ。ここね、立入禁止だから勝手に入っちゃ駄目なんだよねぇ」


 そう言って疑惑の眼差しを向けられて、思わず恵美も怒りが込み上げて来る。


「私は別に肝試しとかに興味はありませんからそんな輩と一緒にしないで下さい。だいたい――」


 癪に障った恵美が少しムキになって反論しようとした時、警察官は恵美を見てある事に気が付いた。


「おや? 君の制服、最近捜索願いが出された女の子と一緒じゃないか? 確かその子もこの周辺で目撃情報があった筈だし……」


 警察官は自らの顎に手を当てながら恵美を食い入るように見つめる。


「ちょ、ちょっと、あまりジロジロ見ないで下さい。訴えますよ」


 そう言って警察官の視線を外そうとする恵美だったが、実際は視線より、警察官が口にした事の方が気になっていた。


『その子もこの周辺で目撃情報があった』


 やはり自分以外にもこの団地を訪れていた人物がいる。だが今の情報だけではそれが藍の事なのか、麗の事なのかは分からない。しかし尋ねた所でそんな事を教えてもらえる訳もなく、モヤモヤとした気分だけが募って行く。


「いや、勿論変な目で見ているつもりはないんだがね――」


 恵美が強気に文句を言って警察官が僅かにたじろいだ丁度その時、恵美のスマートフォンから軽快なメロディが流れる。慌てて画面に目をやると彼氏の名前が表示されていた。

 正に狙いすましたかの様なタイミングでの着信に恵美も表情を綻ばせて急いで電話に出る。


「あ、もしもし、今丁度連絡しようと思ってたんだけどさ」


 明るい声を出して笑顔で電話に出ながら少しづつ警察官と距離を取っていく。だが恵美の表情や声色とは裏腹に電話の向こうの彼氏はかなり不機嫌な様子だった。


「何が連絡しようとだよ。お前今日の約束どうなってるんだよ? だいたい今何してるんだよ?」


「……え、あ、うんうん。ああ、そうなのよ、今そっち行くからさ」


 ひとまずその場を離れたい恵美は、彼氏との会話が噛み合わないままでも笑顔を作ると、踵を返しゆっくりと歩き出す。恵美はそのまま鏡を取り出し、鏡で自分を見る振りをしながら徐々に遠ざかる警察官を見ていた。鏡越しではあるが警察官はまだ恵美の事を見つめている様に思える。


「は? お前何言ってんの? だいたい今何処にいるんだよ恵美?」


「うんうん、そうなんだ。まぁもう少しだしさ」


 電話の向こうで怒りを募らせていく彼氏を他所に、噛み合わない会話を続けながら恵美は笑顔を作って歩いて行く。曲がり角を曲がり警察官の視線が切れた所でようやく恵美も普通の会話に切り替えた。


「あ、あのごめん。今ちょっとやばくて」


「は? お前何なんだよ? お前浮気とかしてんだろ!?」


「はぁ? 何言ってんの? だいたいいつもお前とか言わないでって言ってるよね? 何かあったら上から目線で言ってくるのいい加減にしてくれない? とりあえず今忙しいの! 後にして!」


「はぁ? 何なんだよ、お前は? 本当に浮気――」


 電話の向こうで怒気を強める彼氏だったが、恵美は構わず通話を切ると、恵美も苛苛した様子で頭を抱えた。


「……はぁ……何様なのよ?……まぁ今回は私が悪いか。ただ浮気してんのはあんたでしょうが。私が何も知らないとでも思ってんの? ふぅ……本当に最低なのは私か……分かってるわよ。本当に最低な女」


 ため息をつきながら呆れた様に呟く。恵美はそのまま閑静な住宅街をあてもなく歩いて行く。

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