泣き虫TSっ娘の恋のお話
「は……ははは……そう……だよね」
放課後。係の仕事で教室に残り、少し遅めの時間に帰宅することになった私。係の仕事も終わって教室の窓を閉めていると、その光景が目に映った。
私の想い人――――幼馴染の如月唯斗と、同じく、幼馴染の齋藤凛。その二人が、学校の中庭で夕暮れをバックにして向かい合って立っている。それは如何にも、という雰囲気を出していて、次に起こす行動はもう想像に難くない。
私は、聞きたくないのに、好奇心で窓を開けてしまった。
『――!俺と、つ、付き合って下さい!』
『はい!』
前半は良く聞こえなかったが、後半だけでも私の中の何かが割れる音がした。繊細なガラス細工の様な心は、もうその姿を消してしまっている。
目からは透明な雫が流れている。
実を言うと、前々からその様な気はあったと思う。私と唯斗と凛は小学校時代から三人で過ごして来た幼馴染だ。
私が唯斗にその気でも、唯斗は凛に夢中かもしれない。そもそも、私は凛とは同じ土俵にすら立っていないのだ。こうなるのは、必然だった。
凛は私が唯斗への抱く気持ちを知ってるのに。
心の奥底でドス黒い嫉妬の気持ちが湧いてくる。でも……そんな中でも。唯斗への、おめでとうって気持ちもある。
Trans Sexual Disease 別名TS症。罹った者は体の性が転換するというものだ。一度なってしまった場合、元の性別には戻らないとされている。
この病気は百年程前から確認されるようになっている。当初は社会の法律がなんやらかんやらで揉めたらしいが、それも今では昔の話。法律なども改正され、不自由なく人生を過ごしていけるようになっている。
また、この病気になる原因は不明。寝て起きるとそうなっているケースしか確認されていない。これはそれほど珍しいというわけでもなく、大体、百五十人に一人程だと言われている。
そして、その私――木崎優衣はこの病気に罹ったTS症患者である。
罹った当初はやっぱり心に傷は負ったものの、幼馴染二人の熱い支援により、なんとかちゃんと自分の性に向き合うことが出来た。これにはとても感謝している。
幼馴染以外の人も、TS症への理解があったからか、イジメだとかそういった問題は起こらなかった。
でもやっぱり、そういう気持ちは隠しきれないんだと思う。体は女の子だとしても、心はまだ男の子。周りの態度も勿論変わってくる。これは仕方ないことだとは思うけど、嫌な物は嫌だ。
でも、そんな中で幼馴染二人は態度を変えないで、今まで通りに接してきてくれた。
そして私は、いつの間にか恋心を抱いていた。唯斗……男の幼馴染に。元男だから、女の子の凛に抱くと思っていたから、これには自分でも驚いた。
いくら表面上は普通に接してきてくれるとしても、内面がそうだとは思わない。外は女の子でも、中身は男の子。そんなヤツと付き合うのは、唯斗も嫌だろう。だから、唯斗には、この気持ちは知られてはいけない。
でも、好きは抑えられなくて……。
メイクもするようになった。
髪のセットもするようになった。
肌のケアも一日も忘れたことはない。
嫌だった、女の子向けの洋服を来て、お洒落をした。
アクセサリーも出来るだけ可愛いのを選んだ。
言葉遣いも女の子のようになることを意識した。
一番大変だった仕草も一生懸命覚えた。
凛に自分の気持ちを曝け出して、協力をお願いした。
何度も誘って、二人きりでお買い物にも行った。
精一杯やって、自分の魅力を伝えてみた。
気付けば色々な事をやっていた。実際にやってみて、唯斗に褒められた時は嬉しかったし、心の奥底から暖まるような感じがして、幸せだと感じていた。
二人きりで何処かに出掛けたときもそれっぽい雰囲気は何度もあった。
……自分がヘタレすぎて気持ちを伝えられなかったけど。自分の気持ちを否定されるのが怖くて、自分からは何も言い出せなかった。
色々と、たくさん、たくさんたくさん努力した。出来るだけ女の子みたいになろうって。
でも、でもでもでもでもでも。やっぱり、唯斗にはそういう気持ちは無かったんだ。
この前見たのは、唯斗が幼馴染の凛へと、自分の気持ちを告げているところだった。
その時に私は思ってしまったんだ。
――あぁ、やっぱり。唯斗も普通な子が好きなんだね。
あくまで、幼馴染だから接してるに違いない。そんな事を、頭で理解して。でも、体は理解できなかった。
どうして……。どうしてどうして。
どうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうして!!!!!!!!!!!!!
凛は私が唯斗に抱く気持ちを知っているはずなのに! どうして!
脳では当たり前だと処理されて。体ではただただ嫉妬心が増幅されていく。そうなると、精神的、身体的に支障をきたす。
私は当然のように、体調が悪くなった。
今日は月曜日。この前の告白の時が金曜日だから、今日までで二日が経っている。私の体調も悪くなったのは二日前からだ。
唯斗と凛とはもう二日程連絡をとっていない。お邪魔になると悪いから……。
そんな時、携帯から通知がなる。見る気も起きないが、重要な連絡の場合を考えて一応見る。
《なんかあった? 唯斗とお見舞い行くよ! 好きな人がお見舞いに着てくれるなんて嬉しいでしょっ?》
ガンッ
「死ねっ!!」
携帯を床に叩きつけ、言葉を吐く。
好きな人を取った後にその人へ好意を持っていた人にあんな事を言うなんて頭がどうかしている。やっぱり頭の中では私の事を嘲笑ってるんだ。
嫉妬。殺意。悲しみ。様々な感情が私の中を支配していく。
もう凛とは普通の関係で居られるとは思えない。
涙の枯れ果てた私の瞳は、流すものも何もないまま枕に押し当てられた。
「失礼。いるか? 優衣」
「優衣いるー?」
いつの間にか、私は寝てしまっていたらしい。
そんな私を起こしたのは今最も聞きたくない、二人でよろしくやっている幼馴染の声だった。
「何?」
無意識に低く、威圧的な声で返事をする。自分が出したのが信じられない程に。
「っえっと。お見舞いに来たんだけど、入っても大丈夫?」
「勝手にすれば?」
もう姿も見たくないほどだが、それすらも考えるを放棄して二人を部屋に入れてしまう。
「「失礼しま〜す」」
二人の声が重なって響く。その合わせ方はまるで恋人のように。
「ねぇ優衣。大丈夫? 目元酷いよ?」
私の一番嫌いな奴の声が、私の耳へと届く。凛の声が。
「大丈夫」
姿を目にした途端に湧き出た感情を抑えて、平気なように見せて返事をする。
でもやっぱり、幼馴染の目は騙せなかったみたい。
「いや絶対大丈夫じゃないでしょ。連絡も返してくれなかったのに──」
「分かったようなこと言わないで! 私は大丈夫だから……! もう出て行って!」
声を荒げて否定する。私が大丈夫だということを証明するために。
「黙って休んどけ。お前みたいなヤツが大丈夫な訳無いだろ」
大丈夫だと言ったはずなのに、それを速攻で否定する、大好きな人の声。でも、その想いはもう叶わない。
「でも……本当にだいじょ――」
「黙っとけって言ってるだろ。課題はここに置いとくから」
「……うん。ごめん……」
「おう。じゃあな」
「じゃあね。早く元気になると良いね」
二人はそれだけ言って、私の部屋を離れていく。ドアを閉めて、二階にある私の部屋から階段で一回へと歩む音が聞こえる。
『『お邪魔しました〜』』
その声が聞こえると、やがて家の中は静寂に包まれた。
課題。やる気も起きないが、怒られたくもないので一応やっておく。今の私の頭じゃ何も考えられないから、問題は大体間違っているだろうが、それもいいだろう。好きな人を親友だと思ってた幼馴染に取られた私にはお似合いだ。
……二人はこれからも先、共に進んでいくんだろう。ふと私が思い浮かべていたのは、そのまま結婚へと至る幼馴染達の姿。
凛と唯斗がそのまま口を付けようとして……
「ぐすっ……うぅぅ……ぁぁ!」
涙の枯れ果てた私の瞳からは、涙では無いと思う、水滴が溢れ落ちて行く。
「嫌だ……嫌だよぅ!」
嫌だ。嫌なものは嫌だ。凛から唯斗を奪い取りたい。でも、凛は普通の女の子で……私はおかしい女の子で……そこで決定的な差が出ている。唯斗が凛を選んだ時点でお察しのことだろう。
……あぁ。これは、この気持ちは。唯斗への恋は、叶わぬ恋なんだろう。
それを自覚すると、私の瞳からは、水滴の量が増えた様な気がした。
「ご飯置いとくね」
「……うん」
私が部屋に引きこもり続けても何も言わずに接してくれるお母さん。朝ご飯をドアの前に置いてくれたので、それを取ってそそくさと部屋へとすぐに戻る。
親には本当に迷惑を掛けていると思うけど、私の気持ちを察してくれるのは嬉しい。
今日は火曜日。学校や会社に行くような平日。そんな日を、私は昨日に続けて休んだ。二日間連続だ。二日続けて休むなんて初めてだと思う。
でも、そうでもしないと、より一層自分の心の傷が広がるような気がして仕方ないんだ。
――唯斗と凛はどこまでやっているんだろう。
ふと、そんな思考になる。頭は考えたくないって思うのに、そういうものほど考えてしまうのは人間のさがなのだろうか。
イヤに憂鬱になる気持ちを抑えるために、味のしない朝ご飯を食べる。吐きそうにもなるが、私の残してはいけない精神でなんとか持ち堪えて飲み込む。
喉が乾いてきたので、コップの中にある水を飲む。コップの水が瞳に当たって視界が歪むが、そんな事はどうでもいいだろう。
無味の筈の水が、しょっぱく感じるなんて、どうでもいいことなのだ。
コップを置いて、瞳についた水を手で拭う。
朝ご飯は既に食べ終わっているため、ご飯を乗せていたトレーに食べ終わって出てきた食器類を再度乗せて、ドアの前に置いておく。
画面にヒビの入った携帯で、母へと『ごちそうさま』そうとだけ連絡して携帯の電源を落とす。
今から、お昼の十二時まで。何もすること無く、時間を過ごすことになる。
何かをしなくちゃなと思って、この前勉強机に向かっても、やる気は起きなかったし、好きだったゲームをやっても楽しいと感じない。まるで、世界の全てが色褪せたように。
壁にあるシミを見ながら、私は無心になる。……あ、シミが顔に見えてきた。唯斗のように。
「ゆいと……そこにいたんだね。そうだね。たのしかったね。あれはわたしもたのしかったなぁ。だよね」
声が聞こえてくる。
『優衣! そっちいったぞ!』
『ああ、分かってる任せろ! 唯斗!』
『わーふたりともがんばってー』
『『お前も手伝えよ! 凛!』』
『面倒い!』
あぁ……これは小さい頃の記憶だ。この時の私は男の子で。私達三人は男二人で女一人だった。将来の事も何も考えて居ないようなそんな自分達。
三人で仲良く、ずっと共に過ごす。仲間として。でも、そんな物も、私がTS症に罹ると違ってくる。
男は一人で女は二人になる。そんな幼馴染である三人の関係。
でも、私が好きなのを知ってるのに唯斗と付き合う凛。そして、凛に告白した唯斗。
きっと、私達の関係はここでヒビが入って崩れ落ちていくんだろう。
……はぁ。
『お姉ちゃん。どうしたの?』
「っ?! いや、大丈夫だよ!」
『なんかお姉ちゃんの目、悲しそうに見えたから』
「そ、そっかぁ……ははは」
まさか、過去の自分に話しかけられるなんて、誰が想像出来ただろう。
男の時の自分なんて、もう二度と見ないし、声も聞こえないと思っていたのに。
……それにしても悲しそうに見えた、か。
私は心の底では関係が崩れるのが怖いんだろう。いくら凛が憎くても、いくら凛を殺したいと思っても、それだけは変わらないと思う。
私達の関係が変わらないようにするには、私がちゃんと受け入れていかないといけない。
なら、私が出来るのは、二人を祝福することなのだろうか。胸が幾ら張り裂けそうでも、この関係を維持できるなら……それでも……いいかな。
いつの間にか眠っていたらしい。
意識が覚醒してくる。妙な夢を見た。すべてをハッキリと覚えている。何か珍しい。
夢の中で私が決意したこと。凛と唯斗を祝福する。そこに他意はいらない。私の気持ちには、私がキッチリと整理をつけていかないと。
等と考えてる時、目に白い紙の様な物が映った。
気になって近づいてみると、それは手紙のようだった。書いてある差出人は唯斗で、何が書かれているかが気になる。
手紙の封を切り、ササッとその本文の書かれた手紙を広げる。
ザザッと音が鳴って開かれる手紙。そこには、こう書かれていた。
『大丈夫? 明日来られるのなら来て。無理を承知で言ってる。けど、本当に来てほしい。そして放課後、中庭に来てほしい。わがままだけどこれが俺だろ?』
「……ふふ」
本当に唯斗みたいだ。何で悩んでるかも分からない子を無理矢理呼び出すなんて。本当に馬鹿で馬鹿で馬鹿馬鹿しくて。でも、本当に唯斗らしい。
恐らく、ここで切り出されるのは、二人の付き合いました報告だ。思い浮かべるだけでも死にそうになる。
けど、ここを聞いて、ちゃんと自分自身に折り合いを付けないと。ここが、チャンスなんだ。自分が変われるチャンス。
そうだ、お土産を持っていこう。唯斗の好きなチーズケーキだ。学校に持っていくのは禁止だが、別にバレなきゃ問題ないだろう。
二人が、『付き合いました!』と言う前に祝福の言葉でもどうだろう。バレてたの?! って感じになって反応も面白良さそうだ。
はは、ほんとうに……楽しみだな……あれ? 欠伸したっけなぁ?
今日は水曜日。
久々に髪を櫛で梳いて、髪のセットを行った。
高校の制服に体を通した。
朝ご飯もキチンと食べた。母はなにやらビックリしてたけど、私は何も知らない。
今日は少し早めに家を出て、ケーキを買いに行く。これは勿論唯斗と凛へのお祝いだ。
唯斗達とは時間を合わせてないので、会うこともない。
家を出て、駅についた。普段はそのまま駅から高校へと行くが、今日はその前にチーズケーキを買っていくのだ。生モノだけれど、保冷バッグに保冷剤もあるので腐ることは無いだろう。……多分。
ケーキの値段は3000円だった。お土産としてはいい感じの値段だろう。いい幼馴染……あれ? 雨かな? まあ、いい幼馴染を持ったね。唯斗。
駅から出た電車を乗り継いで行き、高校へと着いた。
久々(と言っても4日振りぐらいだけど)についた校門では、制服を身にまとった人々が、高校への敷地内へと入っていく。
私自身もその人混みに紛れるように高校へと入っていった。
久々の高校は楽しかった。けど、やっぱり何かの一ピースが足りないような気がしてならない。
授業の内容は頭に入ってこなかったし、先生にも注意されてばっかりだった。
友達からも心配されまくったが、なんとか振り切った。
唯斗達とは顔は合わせたが、私がすぐにどっかへ行って結局は一言も話さなかった。
夕暮れが高校の校舎へと降り刺さる。まるでこの前の様な。
「……っ」
いや、何も思い出さないようにしておこう。今思い出してしまうと、自分の一度も決めた決意が歪んでしまうような気がするから。
今から、放課後の中庭へと向かう。
自分の教室がある三階から階段で降りていく。コツコツコツコツとなる音が、その時を知らせるカウントダウンの様で気分が悪くなる。
でも、気分が悪くなっても私は二人を祝福しなきゃいけない。それが、幼馴染だから。
階段を降りる音が、いつの間にか消えていた。遂にその時だ。これは、自分への決意を強固にするために必要なこと。
私はそう割り切って、中庭へのドアを開け、歩みを進めた。
歩き始めて十秒程。中庭に唯斗の姿が見えた。私はそれを確認して、サササッと足早に移動する。
やがて、私は唯斗の前へと向かい合うように立った。
……数日前の唯斗と凛の様に。
切り出すのは私から。驚いた顔を見てやるんだ。
「ごめん待った?」
「いや、今来たところ」
まるで、物語のような会話のキャッチボールに顔がニヤけてしまう。
さて、それではここからだ。
「その、お前を呼び出した件につ――――」
「おめでとう! はいこれ! チーズケーキ。好きでしょ? いやぁ、まさか凛と付き合うなんてね」
「え? いやちょっ――――」
「あんな夕暮れの中告白しちゃうなんてもう大胆だね。本当におめでとう! 大丈夫だよ! 応援してる」
「おい待ってそれは――――」
やめろ。ここでペースを途切れさせちゃいけないんだ。
「二人はさ、いつからそういう雰囲気になったの? やっぱり前々から? うんうん。確かに二人ともお似合いだしね。美男美女で!」
「おい、お前――――」
「私もそろそろかなって思ってたんだよね。これからは私が二人のサポートをしていかないとって! 本当におめでとう!」
「ちょっと待ってお前――――」
「二人はもうどこまで進んだの? やっぱりキスとかまでは――――」
「黙れ!!」
いきなりの唯斗の怒号に、思わず体がビクッとしてしまう。普段怒らない人が怒ったらなんたらかんたらってやつだ。
「どうかした――――」
「お前。おめでとうおめでとう言ってるけど、じゃあなんで泣いてるんだ?」
「……え?」
確かに、さっきから口の中が妙にしょっぱかったけど、泣いてたのかな。そう? でも私が泣く理由なんて……どこ……にも……。
「お前は一つ、大きな勘違いをしている」
唯斗が右手の人差し指をピンと立て、こちらへと向けてくる。
それにしても、大きな勘違い? 何がだろう? どこにも勘違いなんて――――
「まず、俺と凛は付き合ってない」
……は?
「嘘つかなくて良いよ。告白してるの見たんだから」
「えっとー……それはー……えー」
唯斗が言葉を選んでいる。ほら、やっぱり。告白してるのは否定してないじゃん。凛も『はい!』だなんて言ってたし。
「凛もちゃんと返事してたのに……」
「えっと……これはだから……」
唯斗が顔を赤くしながらあたふたとしている。なに? 告白の後の事でも考えてるの?
「ほーら。やっぱり。唯斗は凛のことがす――――」
「あれはなぁ! その……優衣への告白練習として付き合ってもらってたんだ」
「……は?」
は? 何いってんの? 唯斗が私へ告白? そんな夢みたいな事があるわけないじゃん。
「ああ! もう全部言ってやる! 俺は優衣のことが好きだ! そのかわいい顔も冷たい顔も楽しんでる顔も泣いてる顔も喜んでる顔も全部好きだ! 少し天然の入った性格もいいし、優しい性格も大好き! 多少アホだけどそこがまた良い! こんな俺だけど付き合ってください!」
「ちょちょちょストーーップ! 何大きな声で言ってるの?」
いやいやいや! 本当に何言ってるの? 私の事が好き? 本当に? もしかして本当に私の勘違いだったの?
「あらあら。お熱い事」
背後から声が聞こえた。その声は、私のもう一人の幼馴染の声だった。
「「凛!」」
私と唯斗の声が重なる。私は凛へと詰め寄る。
「ねえ! 唯斗と本当に付き合ってないの?」
「勿論。誰がこんなやつと。それに、最近元気が無いと思ったら、こんな勘違いだったなんて……」
……どうやら本当に勘違いだったらしい。これじゃあ、悩んでた私が馬鹿みたいじゃん。うわ待って恥ずかしすぎる。……でも、それを上回ってる何かがある。
「まあ、その勘違いさせてすまんかった」
「本当にね」
「うわー唯斗さいてー」
「いやお前も共犯だ凛!」
「えー? わたしは何だっけなー『優衣に告白したいんだけどお前を練習相手にさせてくれ』って言ってきたやつの願いを聞いてあげただけなんですけど?」
「わー! わー! わー! 黙れ凛!」
ああ、やっぱり、この三人は良いな。唯斗は誰とも付き合ってなかったらしい。その事実に心の底から安堵する。
ん? なんか凛がニヤニヤしながらこっちに来てるんだけど?
「それでさ、優衣。さっきの返事どうするの?」
「えっ……それってさっきのこくは――――」
「待って。もう一度言うからそれで答えてほしい」
「……分かった」
どうやら今から本気の告白をするらしい。さっきまで穏やかだった空気が一気に張り詰めたように変わるのを肌で感じた。唯斗の目もキリッとしている。私もそれに応えるように目を合わせる。
数秒見つめ合った後、唯斗はその口を開く。
「俺こんなんだけどさ……こんな俺で良かったら……これから先も今と同じ様に迷惑かけるかもしれないけど……もし良かったら付き合ってほしい。いや、付き合って下さい!」
そう言って出された手を私は両手で包み込み、私の胸へと当てる。その嬉しさを感じるために。
「迷惑をかけられるのは嫌だけど……こちらこそ、こんな私でいいなら、よろしくお願いします」
私達はそう言って、暫く目を合わせて、やがてお互い笑った。
私の目から溢れた涙は、前までと同じ様にしょっぱくなくて、どこか、体が暖かくなるような、幸せな涙だった。
「なんかわたし忘れられてない?」
「「黙ってて今良いところだから」」
変な虫を潰して、私達は体を抱き寄せ合い、口付けをした。
私の涙が混じった味は美味しいとは言えないけれど、充分、私達の幸せを分け合えるような味だった。