16-3.ミルキィとメラニア
タルタオが聞いていたこの計画の目的は三つ。メサィアと呼ばれるリールとリールが誰かを救いたいと思ったからこの島を作ったという事。そして家族のように過ごしたいと思った事。そしてもう一つ。それだけだった。
メサィアが消滅を願っているという事ではない。しかしメラニアはタルタオがそれを知っているのだと思った。
「なら、この計画を止めるために協力してください! こんな計画あってはならない! 小春様がそうお望みです!」
「小春様が? こんな計画あってはならないと?」
タルタオは太い眉をひそめた。立ち上がってメラニアを睨む。
「出ていきなさい。あの人達の望みを邪魔する人を、わたしは許さない!」
その言葉をメラニアから聞いた小春はショックを受けた。タルタオは計画に協力し、メサィアを殺そうとしている。
「まさかと思いますが、タルタオ様はこちらの女性のメサィアに心を奪われてしまったのでは……尋常ではない親愛を感じました。いえ、すいません。憶測です。忘れてください」
メラニアはそう言ったが、その言葉に小春は嫉妬心を燃やした。
「タルタオ様を奪い、そしてあの尊い方を死なそうとしている、そんな者がいていいはずがない……」
メラニアは電話の向こうで嗚咽を漏らす小春の声を聞く。メラニアは覚悟した。
「小春様。ご命令とあらば、わたしは命を捨てます」
「メサィアの分身を、殺せと言うの……」
「はい。メサィアが死ぬなど、あってはなりません」
小春は長らく沈黙していた。だが最後に小さく「メラニア、頼みます」と言った。
アクロスは九時を回る頃に共同風呂に入っていた。そこにイランが入ってくる。
「珍しいな。こんな時間に風呂に入ってる奴がいるなんて」
島の子供達はいつも早めに寝るので、もうこの時間に風呂に入っているのはイランくらいだ。
「あんたは……」
「イランだよ、よろしく。えっと、アクロス、だっけ?」
「そうだよ、よろしく」
「あんたあのキットとかいう奴らと一緒に入らなかったのか」
「一緒に来たからって一緒に入るとは限んねーだろ?」
「まあそうか」
イランは頭と体を洗う。アクロスはイランが湯船に入ってくるのを見て話し出す。
「あいつらってさー、肉付きいいじゃん? おれ身長の割に細いからさ、コンプレックスなんだよな」
「へー、そんな言うほどでもないと思うけどな」
「そりゃあんたと比べたらな」
イランとアクロスはしばらく雑談し、そしてから風呂から上がった。
リールはメラニア達がこの島に来た時、キットの事に心を割いていて、メラニアの持ち物チェックなどはしていなかった。メラニアは大人の服の中に隠し持っていた銃とナイフを握る。ミルキィは子供の姿になる負荷に疲れ、もう部屋で休んでいる。今がチャンスだった。
メラニアは家を出る。出た瞬間、メラニアはそこにいた影を見て体を震わせた。そこにはリールが立っていた。リールは感情のない目でメラニアを見ていた。
「君に呼ばれている気がして」
メラニアは戦慄しながらも、家の裏の方向に歩き出した。その二人の影を共同風呂から戻ってきていたアクロスが見ていた。
アクロスは不審に思いながら二人の後をつける。メラニアは他の子の家が遠い空き地まで歩いてきた。そこでリールに向き直り、懐にしまってあった銃を向ける。銃を向けられたリールの表情は無表情だった。
「メラニア、そんなものでぼくは死なないよ」
その瞬間、アクロスが出てきてメラニアの持つ銃を掴んだ。
「何してるんだ、あんた……!?」
アクロスの握力に負け、メラニアは銃を離す。しかしその気勢は衰えていなかった。ナイフを取り出し、アクロスを避け、リールにその刃を突き立てる。リールの腹部から血が滲んだ。
「死なないんだってば」
リールの表情は涼しいままだった。メラニアはその表情をメサィアである少年の表情とだぶらせ、恐怖する。メラニアはとっさに逃げた。アクロスはメラニアを追うべきか、リールを見るべきか一瞬迷う。リールの顔はあまりにも涼しい。
「大丈夫、か?」
リールは服をめくって傷ついていたはずの場所を見せる。
「大丈夫、もう塞がった」
アクロスは以前銃で指を飛ばされたメサィアを思い出した。その時のメサィアもリールと同じ涼しい顔をしていた。
「なんなんだ、おまえらは……!」
「メサィアだよ、アクロス」
「わっかんねーよ!」
アクロスはメラニアを追いかけた。
メラニアは家の中に走り込み、ミルキィの部屋のドアをどんどんと叩いた。ミルキィは少し寝ぼけた声を出しながらも起きてくる。そのミルキィに、メラニアは震えながら縋りついた。
「どうしたの?」
ミルキィが問うが、メラニアはミルキィに聞こえるとは思えない声でぶつぶつと口の中で呟く。
「ダメ、無理……気持ちが持たない。あの人を刺してしまった。あの人を、メサィアを……」
追いかけてきたアクロスが来る。アクロスはメサィアを撃って発狂しかけた女性を思い出していた。
「落ち着け……! 落ち着け……!」
メラニアの肩をゆすって声をかけるが、メラニアの視点は安定しない。そこへリールも入ってくる。
「メラニア、ヤマシタを呼んだ。君は島を出るといい」
「リール、どういう事!? メラニ、どうしたの!?」
ミルキィがリールの服を引っ張る。その瞬間リールは痛みに耐えかねて顔を歪める。
「ごめん、そこ触らないで。まだ表面を覆っただけだから、中の修復は少しかかる」
ミルキィはリールの服に穴が開き、血がついているのに気づく。
「どうしたの、リール。一体何があったの?」
「大丈夫、なんでもないんだ。アクロス、頼みがあるんだけど。メラニアを港まで連れていって。ぼくは着替えてから行く。他の子には見られたくないから」
リールはこっそりと家に戻ったが、今日に限ってアラドが眠い目をこすりながら起きてきた。既に着替えた後だったので血は見られずに済んだが、アラドはリールの何も感じていないかのような無表情に何か違和感を覚えたかのように、リールに声をかける。
「リール、どうした?」
「なんでもないよ。ちょっと急用ができたんだ。ぼくまた出てくる」
「ま、待て」
アラドはあくびが出そうになるのをこらえながら、足早に歩くリールを追いかけた。