16-2.ミルキィとメラニア
リールの説明が一通り終わると、アクロスは手を上げて質問する。
「暇な時は釣りしてもいいですか? せっかく海に囲まれてるんだから、おれ釣りしたいんだけど」
「いいよ。食べられる魚とか釣ってもらえるなら、食材補給の助けにもなるしありがたい。それからこの島ではぼくに敬語は使わないで。呼ぶ時もリールとそう呼んで」
他に質問はないようだと思うと、リールは「それじゃ」と行きかける。それをキットは縁側から転げ落ちるように追いかける。
「リール! おれはおまえといたい!」
「……ぼくの家はさっき案内した所だ。用があるなら来てよ。大丈夫、ぼくはここから逃げたりしない。君達もしばらく休息するつもりでここにいてくれるといい」
それでも食い下がる小さなキットの肩に、リールは手を置く。
「キット、君はだいぶ疲れているはずだ。ずっと寝てないって聞いてるよ? いいから君は休みな」
「……わかった」
キットは肩を落として、リールの背中を見送る。そしてから縁側の見える居間に戻り、そこで横になり、その内眠りに落ちた。
キット達の家から去ったリールは、ヤマシタに迎えに来てもらい、ヤマシタの家にいるドルの元へ向かった。ドルには叔父と住んでいる自分の家に戻ってもらうつもりだった。ドルにそれを話すと、ドルは静かな表情のまま言う。
「おじさんはおれがいなくなって、せいせいしてると思うよ」
「ドル……」
「おれはリールといる」
「ドル」
困ったようにドルの名を呼ぶリールと目線は合わせず、ドルは呟くように話す。
「死んじゃダメ。死んじゃダメなんだよ」
「ぼくはもう大丈夫だ。体はなんともない」
ドルは立ち上がってリールの手を握る。
「おれもわかるよ。誰にも言わなかったから。でも死んじゃダメ」
その言葉にリールは少し泣きそうな顔になり、何も言えなくなる。そのドルとリールを見て、ヤマシタが口を挟んでくる。
「彼も計画に参加させてはいかがですか」
「ヤマシタ……」
「彼は恐らく虐待されている。分かっているでしょう? あなただって助けてあげたいと思っているはずだ」
ドルの体に殴られた痣がいくつもあるのを、ヤマシタももう見ていた。ヤマシタの言葉にドルは首を振る。
「違うよ。おれが助けてあげたい。おれだって、誰かに必要とされたいもの……」
リールはドルの気持ちを感じ、目が潤みそうになるのをこらえて頷く。
「わかった……ただし君の居場所は君の保護者に連絡する」
「うん」
「島でみんなと生活してもらう事になるけど、ぼくの事を口外する事は許さない」
「うん」
リールは僅かなやり取りの間にもドルの意思が変わる事がないか窺っていたが、やはりドルの表情は変わらない。
「じゃあ……行こうか」
「その前にもう一度抱きしめさせて。君、まだ辛そうな顔してるもの」
「バカめ!」
精神世界の暗闇の中で、メサィアと呼ばれるもう一人のリールが声を荒げる。
「また人間と依存しあうつもりか! 兄ちゃんと……アラド・レイの時と同じだ!」
メサィアと呼ばれるリールは、怒りを浮かべている表情を隠すように片手で覆う。
「人に優しくされ、愛されると、すぐ甘えて余計なボロが出る。ぼくとおまえの悪い癖だ! ぼく達はもうすぐ消えるんだぞ! 彼はどうなる!?」
「元に戻る……だけだ」
リールはうつむいて答える。もう一人のリールは顔をしかめた。
「モンスターめ……!」
一通り島の内情を把握したメラニアは、ミルキィが早めに眠りについたのを見て、携帯電話を取り出し電話しだした。
「小春様、メラニアです。お知らせしたい事が……」
小春とはメサィアの宮殿にいる女性だった。腰まで届く長い真っ直ぐな黒髪を持つ女性で、年齢は僅か十七歳。メサィアの婚約者候補に挙がっている女性ではあるが、その実、想いは幼馴染であるタルタオに向いている。だがそれでもメサィアを敬愛する気持ちは強かった。メラニアは元々小春の召使であったため、小春に思い入れが強く、小春の真の想いにも気づいていた。
メラニアの報告を受けた小春は、メサィアに秘密の謁見を申し込み、二人は誰もいない部屋で話し出す。
「人を子供の姿にし、島に閉じ込める計画などあってはなりません! 法王に、バイロト様に報告いたします!」
「やめてくれ、小春……」
メサィアは目を閉じて奥歯を嚙み締めた。
(失敗した……! メラニアを島に連れてきたのは失敗だった……!)
精神世界の向こうでリールも歯ぎしりしている。
「小春、本当の事を話す。本当の事を話すから、バイロトに報告するのだけはやめてくれ」
メサィアは静かに話し出す。
「この計画は、ぼくが死ぬためにあるんだ」
小春は目を丸くする。
「ぼくは四百年余りを生きて、生き疲れた。もう全てのしがらみを捨てて、死ぬための計画なんだよ」
メサィアはあまり表情の変わらない顔で、でも必死に小春に訴えた。小春は話を理解したが、その理解はメサィアの思う所と別の所にあった。小春はメサィアの分身と言われる者が、メサィアを殺す計画なのだと認識した。そしてその敬愛の強さから、メサィアを死なせてはならないと感じた。
小春はメラニアに計画を話し、タルタオに協力を仰いで計画を阻止するように指示した。
翌日、メラニアは他の子供達の目に触れないように、タルタオの元を訪れた。タルタオはメラニアをリビングに案内した。
「それで? わたしに用とは何です?」
「わたしは以前小春様に仕えていた者です。今はMAとしてミルキィという有尾人の保護をしているため、この島に来ました」
「ええ、知っていますよ。リールに聞きましたから。それで?」
「単刀直入にお聞きします。タルタオ様はこの計画の目的を知っておられるのですか?」
メラニアは膝を揃え、真っ直ぐ座っている。タルタオは落ち着いた目で頷く。
「……ええ、知っていますよ。あの人はわたしには何でも話してくれますから」
それはタルタオは自分がリールのお気に入りだという自負から出た言葉だった。タルタオのそれは恋愛感情ではなく、純粋な敬愛心だ。メサィアやリールを神としてではなく、一人の人として心配したり、好意を向けたりするタルタオに、リール達は気を許して色々な事を話していた。




