15-16.キットゥス・ハウイ
行方不明者探しが終息した頃になると、キットは会えないリールにひたすら想いを寄せていた。アクロスやカットと共に洞泉宮に戻ってきたキットは、再びリールに似た少年に詰め寄る。
「リールはどこにいる。会いたい。教えてくれ!」
少年は小首を傾げる。
「うーん。君がいる事は分かっているはずなんだけど、なんで来ないのかな」
「おれが自分で行く。居場所を教えろ……!」
「そうは言ってもあいつもあっちこっち行くから……ああ、その内には会いに来るって」
なぜそんな事が分かる、と問うキットの言葉に、少年は「ぼくとあいつはテレパシーで繋がっているからね」と答える。キットにそれはよく理解できなかったが、疲れ切った頭で深く考える事はせず、「本当だな?」とかすれた声で確認した。
だがそれからしばらくしてもリールが現れる事はなかった。キットは少年に必死に訴える。
「リールはどこだ……リールに会わせてくれ」
「ん、おかしいな。まだ来ないのか、あいつ」
少年はいつものように頭の中でリールと交信を試みる。そしてその瞬間、顔をしかめる。
「まずい、あいつ死にかけてる」
「な、なんだと!?」
「無差別殺人の余波がまだ残っていたか。撃たれたのか、助けられるか」
「おれが行く! おれをリールの元へ向かわせろ!」
少年に詰め寄ろうとするキットをMAが抑える。
「ここからは遠い。少し待て……大丈夫、助けられた。助けたのは少年か。うん、でも何とかなりそうだ」
「おれを、あいつの元へ向かわせろ!」
キットは悲痛な面持ちで叫ぶ。少年はまだしばらくリールと頭の中で通信する。
「あいつ、君には来てほしくないって……ああ、うん、うん……」
少年は顔を上げ、無表情のまま手をパッと広げる。
「ああー、死にかけてるってのは嘘だった。あいつ元気だ」
「ふざけてるのか……!?」
キットはきつい目で少年を見る。
「だってあいつがそう言えって。ああこれ言っちゃまずいのか。ああ、うん、とりあえず待ってろって。その内には迎えに行くって」
「おまえ達は、嘘つきだ……!」
キットは抑えているMAを振り払う力もなくうなだれた。それからまた数日、キットはほとんど食事を取らず、睡眠もろくに取っていないような状態が続いていた。
「あいつに、会わせてくれ……」
キットは消え入りそうな声で少年に訴えた。少年は困ったようにキットを見る。
「わかったよ、キット。あいつのいる近くまで連れていく。ただし、ちゃんと食事と睡眠を取ってからだ。君、ずいぶん痩せた。そのまま会ったらあいつ心配するよ」
キットは頷き、そのまま倒れこむように眠った。
リールを助けたのは十七歳のドルだった。海岸の岩場の間で倒れていたリールを、ドルは十五センチメートル程の体格差があるにも関わらず、背負って自分の部屋まで連れてきた。両親はいない。一緒に暮らしている叔父さんには内緒だった。
ドルに介抱され、目を覚ましたリールはドルのベッドから起き上がる。
「大丈夫? 君、丸一日寝てたよ」
ドルは心配しているというより、少し冷めた目でリールを見ていた。
「ぼく、行かなきゃ」
「お腹空いてるでしょ? 今スープとパンを持ってくるからね」
リールの言葉を無視して、ドルは食事を運んでくる。ドルに勧められ、リールは食事を取る。
「君の分は……?」
「おれはもう食べたよ」
噓なのか本当なのか分からない、相変わらず冷めた目でドルは答える。
「ぼく、行かなきゃ」
食事が終わってベッドから立ち上がりかけるリールを、ドルはゆらっと揺れるような目で見た。
「行っちゃダメ」
その目にはなぜか狂気のようなものを感じる。ドルはリールの寝ているベッドの縁に近づいた。そして冷めた目、いや、少し物悲しそうな目でうつむく。
「行っちゃダメ……死んじゃダメなんだよ」
「ぼ、ぼくはもう平気だ。死んだりなんかしない」
「死のうとしたんじゃないの? それともこれから死のうとするのかな」
「だから、その、じゃなくて」
リールは言葉に詰まってしまう。それからぐっと手に拳を握り、声を絞り出すように言う。
「君も……行くか? ぼくと一緒に……」
「行く!」
ドルは間髪入れずに言った。
「ちょっと待って。五分で準備するから!」
ドルはそう言ってリールに背中だけ向けて着替えだした。ドルが服を脱ぐと、その体には殴られたような痣がいくつもあるのが見えた。リールはそれを見て唇を噛んだ。ドルから感じた痛みの正体が分かった。
ドルは実際五分もたたない内に糸のほつれた薄いパーカーを羽織り、ほとんど中身のない古ぼけた財布を持ち、準備を終えた。
「行こう!」
ドルは笑ってはいなかったが、その顔は輝いていた。
子供の島へ通じる大陸の港に、リールとドルは到着する。リールはドルをMAであるヤマシタに預け、一度島へ戻った。島では何事もなかったかのような振りをして、いつものように過ごした。ただみんなの報酬計算をするのが間に合わないと思ったリールは、既に子供の島の住人となっていたイランにその手伝いを頼んだ。
少し疲れたような顔をしているリールを見て、イランは「大丈夫か?」と聞いてきたが、リールは「何もないよ」と、無理やり笑顔を作って答えた。
その後、キット達が港町のホテルに到着したという知らせを受けて、リールは渋々ホテルへ向かった。
ホテルの部屋へ入った瞬間、キットはリールの腕を掴んで泣きそうな顔で「もう離さない」と言った。リールはキットの指を引っ張り、キットの手を離そうとする。
「キット! 君は帰れ! ここに君の居場所はない!」
「おれは、おまえと一緒にいる……!」
子供のように縋る表情を見て、リールは辛そうに顔を歪める。
「なら、もう一日、もう一日待て……! 君達の受け入れ準備をする時間が欲しい。だから、もう一日……!」
「もう、一日……」
キットの表情に覇気はない。いつもなら痛みを感じるほどの強い力で握りしめてくるのに、今はその力もない。キットはリールの手の平にキスした。
「もう一日……」
キットは表情を落としたまま呟いた。