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子供の島の物語  作者: 真喜兎
第三話 レイリール
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3-2.レイリール

 最初に書類に書いてあった事はこうだ。指定食堂にて三食支給、被服費支給(上限あり)、共同家屋(三名一家屋。個室あり。家具付き)、共同風呂、共有ランドリーなど。主に島での生活に関する事が書いてあった。


 二枚目には規則と思われるものが書いてある。特に重要そうに書いてあったのは通信の制限だ。


「これは極秘のプロジェクトだからね。外部に知られるような事は困るんだ。インターネットでの発信は禁止。それから外部への電話も極力控えてもらいたい」


 そんなに問題はないとエドアルドは考えた。SNSなどはやっていないし、連絡を取りたい友人知人もいない。それから三枚目をめくると、『契約書』と書いてあった。そこには細かい文字がつらつらと書かれてある。


(うーん、全部読むのめんどくさ)


 元々細かい性格はしていない。頭が痛くなるような文字の羅列を読むのは止めて、リールを見て聞いた。


「契約書なんて必要なの?」

「うん。プロジェクトの詳細は島に着くまで明かせないけど、そこでは重要なルールがあるんだ。それを守ってもらう必要があるからね。それからお手伝いに対する報酬や、計画が終わった後の成功報酬もある。だから契約書は必要なんだよ」

「報酬」


 エドアルドは思わず反応する。


「次に書いてあるよ」


 エドアルドはページをめくり、さっと数字の書いてある場所を探す。


「え……!? これ本当!?」


 リールはにこっと笑って頷く。


(えー!?)


 エドアルドは目を丸くして成功報酬の金額を凝視する。


「成功報酬って、何が成功……?」

「実はさっき言った重要なルールとは、少し体に負荷のかかる現象の事なんだ。ああ大丈夫。最初は慣れないかもしれないが、慣れれば大した事はない。その現象を受けたまま、一年が経過する事。プロジェクト開始から既に三カ月近く経っているから、残り九カ月程だね」


 エドアルドはそれを聞いてから少し考え込んだ。


(九ヶ月。思ったよりも長……でもこれだけあれば、当面の生活は心配しなくて済む)


 姉が死んだ後、働く気力もなくなって職を失くしたエドアルドにとって、成功報酬の額は魅力的だった。


「いいよ、わかった。このプロジェクトに参加する」


 エドアルドは改めて参加の意思を示した。リールは「ありがとう」と言って、にこっと笑う。それから書類にサインしたり、注意事項を聞いたりしながら、エドアルドは報酬に釣られた自分自身に呆れていた。


(おかしいよなあ、ぼく。死のうかとも思ってたのに、当面の生活だなんて)


 一人きりダイニングに座って、自分の人生を呪っていたのを思い出す。だが、列車の窓の外に走る景色を見ているだけでも、そんな選択などしなくてよかったと、今は思った。


 そしてもう一人、あの雨の日にリールと来た三つ編みの少女の事を思い出していた。あの子もその島にいるんだろうか。


 特別会いたいと思った訳ではない。なにしろ会った時その子は下ばかり向いていて、ほとんど話もしなかったのだから。でもそれが家の中で一人落ち込んでいた自分の姿と重なっているような気がして、まったく気にしないという事も出来なかった。リールに聞いてみようかとも思ったが、行けば分かる事だと思い直した。






 エドアルドとリールは目的地の駅に着いてから銀行などに寄り、その後繁華街の服屋に入った。リールはエドアルドに十二歳くらいの時の服のサイズを聞く。


「え? 知らない。百五十センチくらい?」

「じゃあその辺のサイズ適当に。好きな服とかある?」

「ぼくはボーダー柄が好きかなあ」

「了解」


 リールは買い物かごの中にポンポンと服を投げ入れていく。


(買い方すご……)


 それから手早く会計を済ませると、リールは買ったものをエドアルドに渡した。


「いや、いくらなんでも着れないよ? ぼく今身長百七十二あるし」


 そう言ったが、リールは「大丈夫、大丈夫」と声を弾ませる。


「一応ある程度の予備はあるんだけどね。君、案外あっさりついてきちゃったから時間が余った」


 リールは遠慮なくもらってと、紙袋を押しつける。


(なんなの、このエキセントリックな人)


 心の中で思ったつもりだったが、口に出ていたらしい。リールはハハっと笑い、「島につけばわかるよ」と言った。






 港には中年の男性、ヤマシタが既にボートの出発準備を済ませて待っていた。時間は午後七時頃になるが、夏場の太陽はまだまだ空を明るく見せている。


 エドアルドはボートが向かっている島を見つめた。思っていたよりは少し大きい島だ。見える範囲にビーチはなく、代わりに切り立った崖が見えた。そのすぐ横の港、小さな桟橋のある場所にボートは到着した。


 そこで待ち受けていたのは、十二歳くらいの美形の少年だった。その美形の少年は一睨みするようにエドアルドを見ると、その後は目線を合わせず「後ろを向いて」とだけ言った。


(なんだ、この子供)


 エドアルドはまじまじとその少年を見ていた。美形の少年はもう一度「後ろを向いて」と言った。エドアルドはそう言えばさっきも同じ事言ってたなと思いながら、なんとなく従う。するとリールがまずエドアルドの後ろ首辺りに手を当てる。ちくっとしたような気がしてぽりぽりと背中を掻く。その次に美形の少年が同じ場所に手を当てた。


 なんだか体の熱がぐるぐると回るような変な感覚がした。視界までがぐるぐる回りそうな気がして、ぐらっと肩が落ちかけた。ズボンが垂れ下がっていくのを感じて、思わず抑え込む。


 次に目を開けた時に、変化があるのが嫌でも分かった。地面はさっきよりも近く、服がぶかぶかになってずり落ちそうになっている。


 リールがにこにことしながら、「鏡見る?」と聞いてくる。渡された手鏡の中に映っていたのは、平凡な顔立ちに眠たそうな目をした見覚えのある十二歳くらいの少年の顔だった。


「ようこそ、エドアルド。子供の島へ!」


 そう言うリールの声がやけに陽気なものに聞こえる。鏡の中の顔が自分なのはすぐにわかった。エドアルドは自分でも気づかぬ内に「えええええ」と言葉にならない声を出していた。


「この島ではね、子供の姿で生活する事がルールなんだ」


 リールは楽しそうに言った。


次回 第四話 エドアルド・カフカス

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