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子供の島の物語  作者: 真喜兎
第十五話 キットゥス・ハウイ
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15-7.キットゥス・ハウイ

 リールは翌日、ニメクキウヨラの村の中を回る前に村長に言った。


「一つ頼みがあります。この村……いや、ニメクキウヨラ族全体で行方不明になっている人がいないかどうか調べてほしい」

「……ニメクキウヨラは戦士の一族だ。戦いの末、戻らぬ者はいるが、里から逃げる者などいない」


 村長は少し間を置いた後にそう答えた。


「そういう意味ではないんだけど……いや、行方不明者がいないのならそれでいいんだ」


 リールはその間が少し気になったが、村長にそういう情報が入っていないのなら、ニメクキウヨラ族に行方不明者はいないのかもしれないと考え直した。






 リールが村人の病気やケガを診ている間、キットはずっと村の入り口の広場で待っていた。申し訳程度の食事が与えられた時だけ、リールと話ができた。キットはリールが痛みを引き受けすぎていないか心配したが、リールはなんとか笑って「平気だ」と答えた。


 日が暮れかける頃、キットを見張るようにしながら、広場の隅で男達が焚火を囲んでいた。ニメクキウヨラは弓をよく使うため、矢尻を削り、毒を塗っている。


 その時だった。十四、五歳くらいの若い男の子が手元を狂わせ、毒のついた矢尻で自分の腕を傷つけてしまった。男達はにわかに騒ぎ出す。


「何してるんだ、バカ!」

「毒が回ると死ぬぞ!」


 その騒ぎを聞きつけて、リールが広場に出てくる。腕を傷つけた少年はパニックになり、矢を振り回していた。


「嫌だ! 死にたくない!」

「腕を切れ! 腕を切るんだ!」


 大人が叫ぶが、少年はそれも恐れて暴れ回っている。リールはその少年に近寄ろうとしていたが、少年が暴れているため近づけない。


「彼を押さえて! キット、お願い! 彼を押さえて!」


 キットは少しためらうも、矢を振り回す少年の腕を掴み、後ろから羽交い絞めにする。リールはその少年の腕から毒を吸い出し始めた。


「バカな! 口から飲んでも死ぬぞ!?」


 キットが驚く横で、リールはペッと毒を吐き出す。


「大丈夫……ぼく毒にはちょっと強いんだ」


 それから何度か毒を吸い出し、ようやく落ち着いた所でキットは少年を離した。少年は憔悴しているが、もう毒の心配はなさそうだった。毒を吸い出した口を拭いているリールを見て、キットは歯ぎしりする。


「おまえが身を挺してまで、ニメクキウヨラの者などを救う事はなかった」

「何言ってんの。キットだって彼を押さえてくれたじゃない」


 二人が話している間に、村長が前に出てきた。


「おまえはニメクキウヨラの若い命を救った。それに痛みを取ってもらった村人達もみな感謝している。礼にわたしの村の者はもうハウイの者を襲わない。そう約束しよう」

「本当? 嬉しいよ」


 リールは少し笑うも、ふらっと足元がおぼつかない様子を見せた。村長は懐から薬の入った袋を取り出す。


「解毒剤を飲んでおけ。いくらか軽くなるはずだ」

「ありがとう」


 リールが村長の言葉をキットに伝えると、キットは驚いた。


「ニメクキウヨラがもうおれ達を襲わない!? 本当か!?」

「あくまでもわたしの村の者達だけだ。他のニメクキウヨラには注意するがいい」


 リールは村長の言葉をまたキットに伝える。


「ニメクキウヨラが話の通じる種族だった事に驚きだ。うまくいけば将来ニメクキウヨラとも取引できる時代が来るかもしれない。リールのおかげだ」

「フフ、よかったね」


 キットが村長と握手する姿を、リールは嬉しそうに眺めた。






 その夜は簡単だが、歓迎パーティーが開かれて、翌朝も和やかな雰囲気で村を送り出してくれた。案内役のニメクキウヨラはハウイ族の村の近くまで送ってくれた。


 もうすっかり日も暮れ、星の光る空を見上げながらリールとキットの二人は歩く。


「昔、海蛮人とおれ達は対等に取引をしているのだと思っていた。だが大きくなるにつれて、海蛮人の多くの人間が、おれ達を対等な人に見ていないのだと気づいた。おれは外の世界に出たいと思った。海蛮人におれ達ハウイの者が、見下すべき原始人ではないのだと思わせたかった」


 キットは柔らかな光を灯した瞳でリールを見る。


「おれはニメクキウヨラを人とは思えなかった。だがおまえにとっては人だったんだな。おまえは……すごい奴だ」


 リールはキットの隣を歩きながら、笑顔を見せる。


「フフ、よくわからないけど、褒めてくれるのは嬉しいよ」

「おまえもおれ達と同じ、人だ。とても……かわいい」


 リールは松明に照らされるキットの眼差しを見て、少し顔を赤くする。


「ハハ、そんな事言われちゃうと照れちゃうな。ぼく、君の役に立てたって事かな?」


 キットは指でそっとリールの頬に触れる。


「充分すぎるほどだ」

「はは、そっか」


 キットの表情が、その時はとても優しげに見えた。リールは少しだけ報われたような気持ちになって、緩やかに流れる風の中を歩いていった。






 ようやくゲンジの家に辿り着いたリールは、倒れこむように眠った。リールはその次の日の夕方までずっと眠っていた。


(毒を分解するのにずいぶんかかったようだ。人の痛みをたくさんもらってるから、その疲れも残ってたのかな)


 リールは起きると、そう考えた。それから立ち上がって厠へ行き、頭領のゲンジがいる居間へ向かった。ゲンジはリールの顔を見るなり言った。


「リール、おまえはしばらく休め。もう人の痛みを取らなくてもいい」

「え、でも」

「キットに聞いたぜ。ニメクキウヨラなんて危ねえ種族に目をつけられたんだってな。特別な力を持ってるおまえはもっとひっそりと生きるべきだぜ。おまえの噂はおれが何とかしといてやる」


 リールはゲンジの前にぺたんと座る。


「ぼくは誰かの役に立ちたかったんだ。でも三日前、ニメクキウヨラの人達に見つけられた時にキットを危険に晒してしまった」

「三日前じゃねえ。四日前だ。それだけ眠ってたんだ。おまえは働きすぎなんだよ。自分の疲れに気づかないほど働きやがる。これほど心配になる海蛮人も珍しいぜ」

「おまえはうちの大事な客だ。やるべき仕事はあるんだろうが、それ以外はゆっくりしときな」


 ゲンジの隣にいるカラムもリールにそう声をかける。リール達が帰ってこなかった間、それなりの騒ぎになっていたらしい。リールは申し訳なさそうにこくんと頷いた。


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