15-6.キットゥス・ハウイ
「キット、ありがとう。でももうぼくの心配をする事はなくなる」
「?」
リールがキットの感情を操作しようとした瞬間、キットは突然後ろを向いた。
いつの間にか黒い肌に黒い毛の男三人が、キットとリールの後ろに立っていた。男達はリール達に弓を向けている。キットはリールを庇うように立った。
「ニメクキウヨラ族、なぜこんな所に……!」
ニメクキウヨラという種族の男達は、キットにも分からないニメクキウヨラ語で話し合う。
「金色の髪の子供。こいつで間違いない」
「手前の男はどうする。恐らくハウイの巨人。頭領の血筋だ」
「構わん。抵抗するようなら殺せ」
その会話を聞いたリールが口を出す。
「待って。彼を殺したらぼくは行かないよ。ぼくに用があるんだろう?」
ニメクキウヨラ族の男達は驚く。
「あいつおれ達の言葉を話したぞ」
「彼は見逃してくれ。ぼくは君達と行こう」
前に出ようとするリールの腕をキットは掴む。
「なんだ!? 何と言っている!?」
キットはリールがニメクキウヨラ語まで話したのを驚きながら聞く。
「キット、君は帰って。ぼくはこの人達と行く」
「バカな事を言うな! おまえ一人置いていけるものか!」
リールの金色の目がきらりと光る。キットは頭の中に何か走ったような感覚を受ける。しかしリールの腕を握る手を緩めない。
「……効かない。本当に心配してくれてるのか。だから感情操作が効かないんだ」
リールがぼそっと言っている間に、ニメクキウヨラの男が言った。
「ハウイの男は人質だ。おまえが逃げようとすれば、その男を殺す」
リールは顔をしかめた。
「いいか。彼を殺したら、ぼくは絶対許さない」
「おまえ、病気を治す不思議な力あると聞いた。だからおまえを連れていく」
リールはその言葉を聞いてショックを受けた。自分が安易に力を晒したせいで、今キットが危険な目にあっている。
精神世界の中、リールは座っていた椅子から立ち上がりかけて言った。
「ぼくはバカか! うかつにメサィアの力を使った結果がこれか!」
もう一人のリールは何も言葉を発しないが、その通りだと言いたげに眉をひそめている。
リールはキットに握られている腕に痛みを覚えて正気に戻る。
「キット、ごめん。君も来てくれ。大丈夫、君に手出しはさせない。それから悪いけど、腕、離してくれ。ちょっと痛い」
「ああ、わかった。すまない」
キットはリールの腕からゆっくり手を離す。キットとリールはニメクキウヨラの男達に包囲されるようにしながら歩き出す。
「おまえ達、なぜこの子の事を知っているんだ」
キットは歩きながら男達に聞く。
「言葉が通じないか?」
「……ハウイ、人、集まる。男、捕まえた。聞いた」
男達の一人がたどたどしいハウイ語で話す。
「その男はどうした」
「生きてる、多分」
キットは拳を握りしめた。
「おまえ達、おれ達ハウイ族と戦争でもするつもりか」
「ハウイ、臆病。戦争、しない」
「ハウイ族を見くびるな」
「見くびる、ない。ハウイ、海蛮人、弱み見せる、できない。だから、戦う、ない。違う、か?」
キットは苦虫を噛み潰したような顔になる。実際ハウイ族が弱まれば、その領地を奪おうと考える海蛮人がいないとは言えない。だから頭領であるゲンジも、争いを極力避ける政策を取っていた。キットはキットやリールよりも小さな、百六十センチメートル前後しかないニメクキウヨラの男達を捻り潰したい衝動に駆られながらも、大人しくついていった。
ニメクキウヨラの里はリールが思ったよりも遠く、野宿をして、翌日の日暮れ頃に到着した。キットは村の広場に待機するように言われる。
「おまえ、ここ、待て」
「彼に手を出させないでよ」
リールが口を出す。
「安心しろ。おれ達野蛮人と違う。おまえの態度次第だ」
ニメクキウヨラ族の村人達は身長の高いキットを物珍しそうに見ている。キットは静かに立っていた。リールは男に連れられて、村で一番大きな家へ向かう。
「村長の家だ」
村長の家は木造で床が高くなっており、リールは階段を上る。そのまま押されるように中に入れられて、村長やその家族が集まっている前に出される。その前には七、八歳くらいの子供が寝かせられていた。
子供は苦しそうに息をしており、時々呻く。村長は低い声で言った。
「息子だ。治せ。さもなくばおまえも外の男も殺す」
リールは怯まず真っ直ぐ村長の目を見て答える。
「病気は治せない。せいぜい痛みと苦しみを緩和するだけだ」
「死にたいか?」
「ぼくを殺したいのならそうするといい。だが外の彼は困る。彼に害をなそうとするなら、ぼくも村中の人間に攻撃せざるを得ない」
リールは言いながら、寝かせられている子供の横に座った。その首元に手を当てる。そうしていると徐々に子供の呼吸が落ち着き、少し顔色がよくなってくる。それを見ていた家族の者達は歓喜の声を上げかけた。
(ダメ……だ)
リールは目を細めながら力を振り絞った。子供はにっこりと微笑んだ。
「ありがとう。楽になった」
そうしてそのまま息をするのをやめた。顔は先程までの苦しい表情から、穏やかな顔に変わっている。リールは思わず口元を手で抑える。
「この子、死んだのか……!」
村長は少し目の開いていたその子の目を閉じさせた。
「死んだ……逝ってしまった」
リールは呻きそうになり、目から涙が零れた。
(なんて事だ……! 禁止されているとはいえ、治してやるべきだったんじゃないのか!? いや、でも治せる保証はないんだ。それにぼくが力を使えば、また悪い事が……)
村長は心の中で葛藤しながら嗚咽をこらえているリールを見る。
「最後に笑った。だから許してやる。ハウイの男は返してやる。だがおまえは残って、村の者の病気を診ろ」
「頼むから勘違いしないでくれ。ぼくは痛みを和らげてあげる事しかできないんだ。病気を治す事は……できない」
リールが訴えると、村長は少し考えて頷いた。
「なるほど。それならそれでもいい。明日村の中を回れ。全部済んだらおまえもハウイの村に返してやる」
リールは涙を拭いて、「わかりました」と答えた。
「彼さえ無事なら何でもやるよ」
そう呟いた。




