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子供の島の物語  作者: 真喜兎
第十五話 キットゥス・ハウイ
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15-2.キットゥス・ハウイ

 男は数年後には現れなかった。代わりに現れたのはもう一人のリール・ゲルゼンキルヘン。姿形はその男と似ているものの、年齢は若く、そして女の体を持つレイリール・ゲルゼンキルヘンだった。






 カプルカ島の港に大きな船が着き、そこから金色の髪の少年のような姿をした者が出てくる。


「正気か!? たった一人で有尾人の村へ!?」


 無謀にも一人で有尾人の村へ入ろうとする少年を、数人の船乗り達が囲んで止めようとしていた。


「心配してくれてありがとう。でもぼくなら一人で大丈夫」


 少年の金色の目がきらりと光る。船乗り達は頭の中に何か走ったような感覚を覚え、その次の瞬間には少年を心配する事を忘れた。


「そうか、気をつけていけよ」


 船乗り達は手を振り、それぞれ自分の持ち場に戻っていく。少年も手を振って、有尾人の村へ向かって歩き出した。






 歳が二十二になったキットはその頃、離れの大きな小屋のような家の中にいた。床の真ん中には毛皮が敷かれ、毛布代わりの布が散乱している。キットは床と土間の段差の所に座り、その太ももの間には女性が顔を埋めていた。キットはその女性の頭に触れる。


「すまない……やっぱり無理だ」


 キットがそう言うと、女性は立ち上がり入り口に向かって歩いていく。そして出ていきがてら台詞を吐き捨てた。


「インポ野郎」


 キットは頭を抱え、肩を落とした。






 キットは海岸へ走っていた。林を抜け、少し崖になっている場所へ抜ける。キットは何かあるといつもそこへ来ていた。その場所から海蛮人の世界に思いを馳せるのがキットにとって唯一の慰みだった。だが今日はそこに先客がいた。金色の髪をした少年のような者がそこに座っている。


「ここで何をしている」


 少年は紙に何か書いている所だった。振り向いた少年を見て、キットは年老いていたあの男に似ていると思った。


「ここで何をしている」


 キットは僅かに知っている海蛮人の言葉でもう一度聞いた。


「報告書を書いているんだよ。ここに住んでいる人達がどういう生活をしているか、困っている事はないか書くんだ。今はここに到着したという事を書いている所だ」


 少年はハウイ語で答えた。流ちょうなハウイ語だ。


「おれ達の言葉が分かるのか。通訳か?」

「通訳ではないよ。ぼくは調査員だ。一人で行動する事を許されてる」

「バカな。海蛮人が一人で出歩くなど、危険なだけだ」


 少年は土を払いながら立ち上がる。


「以前のぼくもそうしていたはずだけど。君は知っているはずだけどな。キットゥス、いや、キットと呼んだ方がいいのか」

「なぜおれの名を」

「君の事なら知っている。以前のぼくは君と何度も話したからね。ぼくはリール・ゲルゼンキルヘン。リールと呼んで。以前のぼくは君達によく世話になった」


 キットは意味が分からず少し首を傾げる。


「おまえはあの年老いたリールの娘、いや、孫娘という事か?」

「娘? おかしいな、ぼく、今男に見せているはずだけど」

「何を言っている? おまえは女だろう?」


 リールはキットの目を見つめる。


「このぼくの幻惑の魔法を見抜くなんて。まあいいか。女でも構わないさ。やる事は変わらない」


 リールは背筋を伸ばし、片足を曲げて腰に手を当てる。その金色の目は輝いている。


「このぼくこそがレイリール・ゲルゼンキルヘン。リール(・・・)、今回の仕事はこのぼくが終わらせるよ」

「おまえは変わった女だな」


 妙な言動をするリールをキットは不思議そうに見つめた。


「ハハハ、そうかい? キット、頭領のゲンジの所へ案内してもらえるかな? 挨拶をしておきたい」


 キットは「いいだろう」と頷いた。






 キットとリールは二人並んでハウイ族の町の中を歩いていく。すると道々キットに声がかけられる。


「キット、今日の取引はどうだった?」

「ああ、いつも通りだ。問題ない」

「キット、今日は問題は起こらなかったか?」

「ああ、大丈夫だ」


 次々と声に応えていくキット。次期頭領としてその人望の高さが伺えた。リールはじろじろと見られているが、キットと歩いている事で、必要以上に絡んでくる者はいない。そしてキットとリールは大きな屋敷の前まで来た。


 そこはキットの家で、門の前にはキットの弟のカットが立っていた。キットもそうだが、カットももみ上げから顎にかけて髭がある。身長が高い事もあって、年齢がそれぞれ二十二、二十とは思えないような貫禄があった。


 カットはキットを待っていたかのようにキットの前に立ち塞がる。キットはリールにカットを紹介した。


「こいつはカッティス。おれの弟だ。カットと呼んでくれ」

「海蛮人の……女? 何でこんな所に」


 カットは他の有尾人達のように、なめ回して見るような無作法な真似はしない。ただ不思議そうに真っ直ぐリールを見つめるので、リールはにこっと笑い返す。


「カット、この娘はあのリールの孫娘……でよかったか?」


 キットはリールが孫だという事を肯定していなかったのを思い出して、改めて確認する。リールはその方が分かりやすいかと思い頷く。


「ああうん、いいよ」

「名前も同じ、リールだそうだ」

「ふん……そうか」


 カットはあまり興味なさげにし、リールに聞こえないように声を低くして聞く。


「キット、あれはどうだったんだ?」

「いや……ダメだった」


 カットは苛立ちを抑えられないような表情をした。


「いい加減にしろよ、キット……!」

「わかってる」

「いつもそれだ」


 カットは背を向ける。キットはそんなカットを見送り、リールと一緒に家の中に入っていった。






 家の中にはキットとカットがそのまま歳を取ったような大男が居間の奥に座っていた。それがハウイ族の頭領のゲンジだった。その隣にはさらにゲンジが歳を取ったような男がいる。それはゲンジの祖父、キットとカットの曽祖父カラムだ。


「あのリールの孫娘? リールはどうした?」

「彼は……死にました」


 リールは正座してゲンジの前に座っている。


「そうか。あの男も歳だったからな。それで代わりにおまえが来たわけか。名前も同じリール?」

「ええ、祖父と同じようにあなた達の暮らしを調査、記録します。書いたものはお見せします。あなた達の不利益になるものが書いてあるといけないから」


 そう言ってリールはレポート用紙を取り出した。


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