14-2.リールの過去
リールはゆっくり口を開く。
「ぼくは……リール。リール・ゲルゼンキルヘン」
「そうか、リールか。リール、ぼくはこの野蛮な実験をやめさせたいと思っている」
「それは無理じゃないかな。ぼく、ここの偉い人達に会いに行った事があるんだ。だから無理だよ」
「わからないな。偉い人達に会ったのならなおさら。君は特別な存在だ。ここで虐げ続けられるより、みんなから崇められる存在であるべきだ」
ハドソンはそれから所長に話に行った。所長は静かに答える。
「上層部はあれの報復を恐れている」
「あれだけ殺され続けていれば、リールの怒りは最もだ。上層部はリールに殺されると考えているのですか」
「少し違う……あれは人を殺せない。人を殺せるような武器、刃物や銃などを持つ事を極端に怖がる」
「それじゃあ何をそんなに恐れているのです?」
所長はじっとハドソンを見つめた。
「あれには強い同調能力がある。人の気持ちに共感する力が」
「共感?」
「リアル教のメサィアが持っているとされる力だ」
ハドソンは「メサィア」と呟く。
「あれの報復は共感だ。共感とは何だ? 相手の痛みを知り、苦しみ、悲しみを知り、相手と心を分かち合う。それを人は何と呼ぶ? ……愛。誰も抗う事のできない強制的な愛。愛する者を何度も何度も殺す事に耐えられる者がいるか? あれを殺し続けて狂った者は何人もいる。もちろん上層部にも。だから上層部は恐れている。あれが回復して、抗えぬ共感能力を持ってやってくるのを。だからあれを回復させてはならないのだ」
「バカな! 他にやりようがあるだろうに!」
「どのようなやりようが? あれは瞬間移動の能力まで見せた事もある。ただ閉じ込めるという事もできはしない」
「全ての能力は彼女がメサィアの生まれ変わりだという証だ。彼女はこの世に現れたメサィアではないのか? わたしは彼女を、リールを助けたい! どうか手を貸してくれ!」
所長は静かに首を振った。
「わたしは何もしない。何もできない。あれをリールと呼ぶな」
それから次の銃殺実験は日にちが早められた。ハドソンは所長に抗議しに行く。
「言ったろう? 手当てなどしない方がいいと。あれの回復が早まれば、それだけまた実験が早められる」
「上に報告したのか!?」
「実験は監視されているんだ。君は今回の実験には参加しなくていい」
そして所長はまた白い部屋にリールを配置し、機械に繋がれた銃を向ける。
「第九回、銃殺実験を始める。イェーガー・ウェイスト、オオタケ・ノリコ、配置につけ。第二ボタンはわたし、ダルハン・アゼルバジが担当する」
リールはいつものようにじっとガラスの向こうの研究員達を見ている。もう痛いのは嫌だ。そんな表情だ。
「射撃用意」
ダルハンはいつものように冷徹に言葉を発する。リールは人ではない、化け物。人の心に忍び寄り、愛を錯覚させる魔物。そう、気づかない内に愛してしまうのだ。
「撃……」
ダルハンは躊躇した。口が動かない。他の研究員が不審がってダルハンを見る。ダルハンの目からは一筋の涙が零れた。その瞬間、どうやってか防弾ガラスを越えてリールが研究員達のいる部屋に入ってきた。リールはその涙を隠すようにダルハンの目を覆う。
「もういい、もういいよ、ダルハン」
リールの手の下から涙がとめどなく流れてくる。
「リール様……」
ダルハンはそう呟いた瞬間、ドタンっと音を立てて倒れた。
「きゃああああ!」
研究員のノリコが叫ぶ。
「リール様! すいません、申し訳ありません!」
ノリコは涙を流して座り込む。もう一人の研究員イェーガーは胸を鷲掴みにし、荒く息をしながら叫ぶ。
「あの男のせいだ! あの男がリール様を人間扱いするから! みんな壊れてしまう!」
リールはノリコの前に膝をつき、ノリコの頬を撫ぜる。
「ノリコ、いいよ、大丈夫。今までよく耐えてくれたね」
その言葉を聞いたノリコは気を失った。リールはイェーガーにも近づいていく。
「嫌だ、来ないで……! ぼくは狂いたくない! ぼくは殺し続けてきたんだ、大切なあなたを、特別なあなたを。嫌だ! 狂いたくない!」
リールが触れるとイェーガーも気を失って倒れる。リールは周りを見渡すように視線を動かした。リールのメサィアとしての能力が最大限に引き出される。
リールは教団の上層部の人間の前に現れた。ゴルフをしていた者、自宅にいた者、公演をしていた者。実体ではない。精神だけを飛ばした。上層部の人間達は発狂した。腰を抜かす者もいた。発砲する者もいた。リールは目を閉じ、また開ける。金色の瞳はまた部屋の中の景色を映していた。
実験室のドアが開かれ、ハドソンが入ってくる。
「これは一体……!」
リールはハドソンの方は見ず、静かに自分の両手を見つめる。
「攻撃実験なんてものを甘んじて受け続けた結果がこれか。リールとレイリール、ぼくらは分かれて壊れてしまった」
ハドソンは訳が分からず、ただ困惑していた。リールは倒れているダルハン達を見つめる。
「ぼくのせいで苦しんでいる人がたくさんいるね。ぼくは何なんだろう。何のために作られたんだ」
それからハドソンは上層部を説得し、リールの精神の安定を図るプログラムを提案した。それはリールの見た目年齢と同年代の子供達と話す機会を与えるグループセラピーだ。
これ以上のリールの報復を恐れた上層部は、あっさりとそれを承諾した。上層部がそれを承諾したのにはもう一つ理由がある。人の心に忍び込むリールの能力を使って、有力者の子供達を宗教に勧誘させようとしたのだ。
それに招待された一人がラウスだった。ラウスの家は有力な地主だ。ラウスは高校三年間の間、そのセラピーに参加した。
「そう、ラウスともそこで会ったんだね」
ドルはリールの話を頷きながら聞く。ドルはリールを助けてくれたハドソンが、数年後事故で亡くなってしまった事も聞いた。元所長のダルハンらは生きてはいるが、いまだ精神科の病院に通っている。
「ぼくは生きてても、他の人を苦しめているだけなんだ」
「だから、この計画を立てたの? 誰かを助けて、そして家族のように暮らせるように」
「そう……ぼくの最後の願いだ。それが叶えられた時、ようやくぼくは消える……」
次回 第十五話 キットゥス・ハウイ




