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子供の島の物語  作者: 真喜兎
第十四話 リールの過去
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14-1.リールの過去

 リールは海から顔を出した。ざぶっざぶっと砂浜に上がっていく。服は着ていない。五十年近く前の話だ。リールは今と変わらない十八歳くらいの姿だった。リールは海から生まれた。






 子供の島にある廃屋の一つに、ドルとリールはいた。畳の部屋でリールはうつむくように座り、その前にドルも座っている。


「ぼくはあまり昔の記憶がないんだ。死ぬと記憶が曖昧になる」

「死ぬと……?」


 ドルはいつものような陽気さはなく、静かな表情で首を傾げる。


「ぼくは死んでもまた生き返るんだよ。それがメサィアという呪われた力の一つ……」


 全裸で歩いていたリールは老夫婦に見つけられ、その老夫婦が亡くなるまでの三十余年間を老夫婦と共に暮らした。


 ある日、民家で火事が起こり、リールは中の人を助けるために火の中へ飛び込んだ。服が半分燃え、火傷を負って出てきたリールだが、しばらくするとその火傷は跡形もなく、なくなってしまった。それにリールはその三十年余りの間、歳を取った様子が見られなかった。リールの事が噂になり始めた頃、老婦人は自分が余命いくばくもない事を感じ、とある宗教団体にリールを引き取れないかと相談した。


 リールはその宗教団体と関連があった製薬会社の地下に、隠されるように生活するようになった。宗教関係者達はリールの不思議な噂を検証しようと、リールに数々の実験を行うようになった。超能力実験が主な物だったが、やがて攻撃実験も行われるようになった。


「攻撃実験……!?」

「ぼくはどんなケガでも短時間で修復する事ができる。そしてさっきも言ったように、死んでも死なない」






 機械に繋げられた銃が向けられ、ドン、ドン、ドンと銃弾が発射される。銃弾が命中する度にリールの体は弾かれるように動き、最後には倒れる。


「生命反応停止。死亡確認しました」


 事務的なアナウンスが流れる。リールが倒れている白い部屋のガラスの向こうに実験者達はいた。倒れているリールを見ている実験者達の目は、今目の前で人が一人死んだと思えないほど冷たい。


「よし、いつものように出血が止まったら医務室へ運べ」


 所長らしき男がそう命令する。その後ろでは新人の研究員が震えていた。


「なんだ、これは……!」

「驚いたようだな。だがこれが今日から君の仕事になる」

「どういう事です!? これはただの人殺しではないですか!?」


 所長はその研究員に刺すような冷たい視線を向けた。


「あれは人ではない。ただの化け物だ。数日すれば分かる。あれは、生き返る」

「なんですって?」


 その新人の研究員は名をハドソンといった。ハドソンは医務室に運ばれたリールの体を驚きの表情で見ている。リールの体は徐々にだが確実に、修復されていった。そしてその二日後には本当にリールは目を覚ました。


「まさか……そんな……」


 驚いているハドソンに、疲れているようなどろっとしたリールの視線が向けられる。


「ハドソン、ハドソン・ハートフォールド」

「な、なぜわたしの名を」

「ぼくに同情してくれてるのか。いいよ、ぼくは平気……ではないけれど、こうして生き返る」


 何とも言えない重い気持ちがハドソンの心を締め付けた。






 それから何日か後になって、また白い部屋でリールに銃が向けられた。所長は片手を上げる。


「第八回銃殺実験を行う。イェーガー・ウェイスト、ハドソン・ハートフォールド、オオタケ・ノリコ、配置につけ。わたしの合図で一斉に撃て」


 ハドソンは銃の発射装置のボタンを握りしめながら歯ぎしりしていた。


(罪の意識を軽くするため、複数人による射撃……)

「射撃用意」


 研究員達はボタンに指を乗せる。


「撃て」


 二つの銃が火を噴いた。しかし真ん中の銃は動かない。


「ハドソン! 何をしている! 撃て! 撃て!」


 三つの銃で瞬殺されなかったリールはかろうじて立っている。そのリールが咆哮を上げた。


「うう……ガアアアア!」


 その瞬間、研究員達は頭を抱える。


「うわああ!」


 ハドソンもひどい耳鳴りと頭痛を覚え、頭を抱える。


「な、なんだこれは!?」

「奴の攻撃だ! あれは精神に攻撃してくる!」


 所長はハドソンからスイッチを取り上げ、ボタンを押す。真ん中の銃から弾丸が発射され、リールは倒れる。だがまだ意識があり、リールの目からは涙が零れる。


「痛い……」


 そしてそのままリールは事切れた。


「死亡、確認しました」


 センサーを確認した研究員の一人がそう言った。所長は顔をしかめて動かないリールを見る。


「バカな奴だ。人間を攻撃すれば、自分もその痛みを共感してしまうのに」


 所長の後ろでハドソンは震えていた。


「いったい、この攻撃は何のために行われているのですか!?」

「あれの超回復能力を測るためだと説明したはずだ」

「彼女の超回復能力はもう充分証明されている! それでも実験を続ける理由は何です!?」

「上層部の命令だからだ」


 所長はハドソンの肩に手を置く。


「ハドソン、あれを人と思うな」

「人ですよ……! 痛いと泣いていたではありませんか!」

「あれに心を奪われるな」

「あの子の手当てをさせてください」

「……手当てなど、しない方がいいと思うがな」


 ハドソンは所長を睨んだ。


「人でないのはあなたの方だ……!」






 ハドソンは医務室に運ばれたリールの体から弾丸を取り出し、傷を縫って包帯を巻いた。それを一人の女性の看護師だけが手伝ってくれた。看護師は翌日になってハドソンに声をかける。


「ハートフォールドさん、『あれ』が目を覚ましました」


 ハドソンは看護師をじっと見た。


「あなたの名前は?」

「ベレチネ・ペイビャオです」

「ベレチネ、なぜあの子の事をみんな『あれ』と呼ぶのですか? 名前があるはずなのに、書類にも名前が書かれていない」

「『あれ』を名前で呼ぶ事は禁止されています」

「なぜ……?」

「みな『あれ』を人だと思いたくないからです」


 ハドソンはベッドに寝ているリールの横に座った。そして目を開いたリールに声をかけた。


「やあ、気分はどうだい?」

「最悪だよ。あちこちが痛い」

「君の名前、教えてもらってもいいかな?」


 ハドソンは優しい声で尋ねた。


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